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Ⅰ
アーノルド男爵家
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それからも花嫁修行という名目でハンナの嫌がらせはありましたが、ついにブラッドと会う日がやってきました。
私はいつも通りの町人とそんなに変わらないような服を着てアーノルド男爵家の屋敷に向かいます。馬車に乗ってハンナやエイダたちの元を離れると私はほっとしました。彼女らと同じ家にいると、いつだって気が休まりません。普通は馬車に乗っている方が疲れるのに、今日は久し振りにゆっくり休めたような気分になりました。
アーノルド家の屋敷はエイダが言っていた通り私たちの屋敷とさして変わらぬぼろ屋敷でした。ただ、庭にはところどころ野菜が植えられているなど貧しいことを受け入れている様子が見えます。
私が到着すると、うちと同じようにくたびれた服を着た執事に応接室へ通されます。ただ、さすがに来客への配慮だけはあるのか応接室のソファや絨毯は真新しいものが使われていました。自分の部屋だけきれいにして高級な装飾品を置くエイダとはえらい違いです。
「すみませんが、少々こちらでお待ちください」
「はい」
待っていると、やがてメイドが紅茶とクッキーを持ってきてくれます。こちらも結構な高級品で少し驚いてしまいます。貧しくても来客へのもてなしは妥協しないというのは好感を抱けます。
「失礼する」
少しして部屋に入ってきたのは身長が高く鼻筋が通った好青年でした。うちの父上のように貧しいからといって周囲に卑屈になることもなく、背筋を伸ばして堂々と歩いてきます。私と違ってきちんとした服を見ているので少し気が引けてしまいました。
私は慌てて立ち上がって挨拶します。
「初めまして、キャロル・ローウェルです」
「ブラッド・アーノルドだ。よろしく頼む」
そして私たちは向かい合って腰を下ろします。
彼は温和な笑みを浮かべて話しかけてくれます。
「この屋敷までは遠かったかい?」
「いえ、領地が近かったのですぐでした」
と言ってもお互い王都に屋敷を構えているので数時間ほどでしたが。
「そうか、まずははるばる来てくれてありがとう」
それから私たちはしばしの間他愛のない世間話をします。
が、おもむろにブラッドは切り出しました。
「あまり他家のことを言える立場でもないが、失礼ながら君の家は随分大変なようだね」
彼の視線は私の服に向いています。豪商の娘の方がもっといい服を着ているのではないかというぐらいの私の服装を指摘され、私は少し恥ずかしくなります。
もしかしたら婚約者同士が初めて顔を合わせるのにこんな服を着てきて遠回しに責められているのではないか、という不安が頭をよぎりました。
私がどう答えるか迷っていると、ブラッドはふと首をかしげます。
「でもそう言えば前にパーティーで君の家の母上を見たが、もっときらびやかな服装を纏っていたような。それによくよく思い返してみれば、その場に君はいなかったような」
どうやら彼は頭の回転が速いようです。
自分の事情を打ち明けるのであれば今が最良のタイミングでしょう。
私は意を決して口を開きます。
「ブラッド殿。信じられないことかもしれませんが、実は我が家は母上の贅沢で大変貧しくなっているのです」
それから私は堰を切ったようにこれまで母上がしてきた贅沢や豪遊、そして自分が受けてきた仕打ちを語り始めます。最初は初対面の婚約者に自分の愚痴を言うのははしたないという思いもありましたが、我慢していたとはいえずっと苦しめられてきたせいでしょう、一度話し始めると言葉は次々とあふれ出し、止まらなくなります。
ブラッドは最初はそんな私の態度と話の内容に驚いて目を丸くしていましたが、次第に私の境遇に同情してくれたのか、うんうんと頷きながら聞いてくれるようになります。
「……という状況なんです。すみません、初対面なのにこんなに一方的に話してしまって。迷惑ですよね」
話している最中は夢中になってしまっていましたが、話し終えるといきなりまくしたてるように話してしまったことに対する後悔が襲ってきます。
が、ブラッドはそんな私に優しく声をかけてくれます。
「いや、そんなことはない。辛いことをよく話してくれた。ありがとう。……済まないが、お茶を持ってきてくれないか?」
気が付くと話している間に手元のティーカップは空になっていたようです。それに気づいたブラッドは私のためにメイドを呼んでくれました。
「とりあえず、一息ついてくれ」
メイドがやってきて紅茶をついでくれると、私はそれを飲んで一息つけたのでした。
私はいつも通りの町人とそんなに変わらないような服を着てアーノルド男爵家の屋敷に向かいます。馬車に乗ってハンナやエイダたちの元を離れると私はほっとしました。彼女らと同じ家にいると、いつだって気が休まりません。普通は馬車に乗っている方が疲れるのに、今日は久し振りにゆっくり休めたような気分になりました。
アーノルド家の屋敷はエイダが言っていた通り私たちの屋敷とさして変わらぬぼろ屋敷でした。ただ、庭にはところどころ野菜が植えられているなど貧しいことを受け入れている様子が見えます。
私が到着すると、うちと同じようにくたびれた服を着た執事に応接室へ通されます。ただ、さすがに来客への配慮だけはあるのか応接室のソファや絨毯は真新しいものが使われていました。自分の部屋だけきれいにして高級な装飾品を置くエイダとはえらい違いです。
「すみませんが、少々こちらでお待ちください」
「はい」
待っていると、やがてメイドが紅茶とクッキーを持ってきてくれます。こちらも結構な高級品で少し驚いてしまいます。貧しくても来客へのもてなしは妥協しないというのは好感を抱けます。
「失礼する」
少しして部屋に入ってきたのは身長が高く鼻筋が通った好青年でした。うちの父上のように貧しいからといって周囲に卑屈になることもなく、背筋を伸ばして堂々と歩いてきます。私と違ってきちんとした服を見ているので少し気が引けてしまいました。
私は慌てて立ち上がって挨拶します。
「初めまして、キャロル・ローウェルです」
「ブラッド・アーノルドだ。よろしく頼む」
そして私たちは向かい合って腰を下ろします。
彼は温和な笑みを浮かべて話しかけてくれます。
「この屋敷までは遠かったかい?」
「いえ、領地が近かったのですぐでした」
と言ってもお互い王都に屋敷を構えているので数時間ほどでしたが。
「そうか、まずははるばる来てくれてありがとう」
それから私たちはしばしの間他愛のない世間話をします。
が、おもむろにブラッドは切り出しました。
「あまり他家のことを言える立場でもないが、失礼ながら君の家は随分大変なようだね」
彼の視線は私の服に向いています。豪商の娘の方がもっといい服を着ているのではないかというぐらいの私の服装を指摘され、私は少し恥ずかしくなります。
もしかしたら婚約者同士が初めて顔を合わせるのにこんな服を着てきて遠回しに責められているのではないか、という不安が頭をよぎりました。
私がどう答えるか迷っていると、ブラッドはふと首をかしげます。
「でもそう言えば前にパーティーで君の家の母上を見たが、もっときらびやかな服装を纏っていたような。それによくよく思い返してみれば、その場に君はいなかったような」
どうやら彼は頭の回転が速いようです。
自分の事情を打ち明けるのであれば今が最良のタイミングでしょう。
私は意を決して口を開きます。
「ブラッド殿。信じられないことかもしれませんが、実は我が家は母上の贅沢で大変貧しくなっているのです」
それから私は堰を切ったようにこれまで母上がしてきた贅沢や豪遊、そして自分が受けてきた仕打ちを語り始めます。最初は初対面の婚約者に自分の愚痴を言うのははしたないという思いもありましたが、我慢していたとはいえずっと苦しめられてきたせいでしょう、一度話し始めると言葉は次々とあふれ出し、止まらなくなります。
ブラッドは最初はそんな私の態度と話の内容に驚いて目を丸くしていましたが、次第に私の境遇に同情してくれたのか、うんうんと頷きながら聞いてくれるようになります。
「……という状況なんです。すみません、初対面なのにこんなに一方的に話してしまって。迷惑ですよね」
話している最中は夢中になってしまっていましたが、話し終えるといきなりまくしたてるように話してしまったことに対する後悔が襲ってきます。
が、ブラッドはそんな私に優しく声をかけてくれます。
「いや、そんなことはない。辛いことをよく話してくれた。ありがとう。……済まないが、お茶を持ってきてくれないか?」
気が付くと話している間に手元のティーカップは空になっていたようです。それに気づいたブラッドは私のためにメイドを呼んでくれました。
「とりあえず、一息ついてくれ」
メイドがやってきて紅茶をついでくれると、私はそれを飲んで一息つけたのでした。
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