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Ⅱ
アーノルド家の事情
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こうしてゆっくり休み、翌朝、私はすっきりとした気持ちで目を覚ましました。
早速部屋にあった服に着替えて朝食の席に向かいます。
「おはようございます」
「おはよう」
ほぼ同じタイミングでブラッドや男爵夫妻も現れます。
朝食の席上、ふと私は疑問に思っていたことを尋ねてみます。
「そう言えばアーノルド家は古くからの家で、過去には王国の大臣クラスの人物も輩出していますよね? それがなぜここまで貧しくなってしまったのでしょうか? 領地に災害が起こったとかでしょうか?」
訊きづらいことですが、この家の一員になった以上知っておいた方がいいことでしょう。
すると皆を代表してアーノルド男爵が答えてくれます。
「いやあ、それがお恥ずかしい話なのだがな。十年ぐらい前のことだろうか。ちょうどこの国を大きな飢饉が襲ったんだ」
言われてみれば幼いころに大人が困っていた記憶がうっすらとあります。
「それで王国の大きな貴族は皆打撃を受けたんだ。そしてその時の王太子殿下、つまり今の国王陛下が代替わりすることになったんだ。一説によると、先王陛下は飢饉が起こったのは自身の不徳ゆえだと思って王位を譲ったとか」
「ただ、一つ問題があった。王位継承の式典をしようにも、どこにもお金がない。そこで国中の貴族に資金を募った訳だが、飢饉が起こっているのはどの家も同じだろう? どの家も名乗り出ることはなかった。その時わしは殿下と仲が良かったから軽い気持ちで領内の豪商から金を借りて費用を出すことにしたんだ。いやあ、返せると思ったんだが想定が甘くてな」
そう言って男爵は頭を掻きます。
するとブラッドが苦笑いでフォローします。
「いや、父上はこう言ってはいるが、実は色々と返済のあてはあったらしいのだ。だが、飢饉が思いのほか長く続いたせいでそれらが全ておじゃんになったらしい」
「まあ結局はわしの見通しが甘かったということだ。ともかく、その返済で様々な物を売り払ったところ、我が家は貧しくなったと言う訳だ」
「なるほど、そういう事情だったのですか」
それを聞いて私は納得しました。国王陛下の代替わりの即位式典と言えば大事な儀式です。それが満足に行えなくなったとあれば一生の恥になるかもしれません。そのために大金を支援した男爵の行為は国に仕える貴族としては褒められるべきものでしょう。
……もっとも、領主としては甘い判断だったと言えるでしょうが。
「分かりました。出来ることがあれば何でも手伝いますので遠慮なく言ってください」
「あの、それだと早速で申し訳ないんだけど……」
男爵夫人が遠慮がちに言います。
「こら、お前……」
「いえ、大丈夫です」
男爵がたしなめようとするのを私は止めます。
すると彼女は申し訳なさそうに言いました。
「実は今日、うちでキッチンを任せていたメイドさんの子供が誕生日らしいの。だから今日ぐらいは休みをあげたくて」
「分かりました。そういうことでしたら私が代わります」
「済まないな、来てもらったばかりなのに」
「いえ、構いません。料理自体は好きですので」
自分の料理を喜んで食べてくれる人に振る舞うのでしたらこちらから進んでやりたいぐらいです。
「本当にありがとう。では夕食を頼むわ」
こうして私は前に来た時と同じようにキッチンに立つことにしたのでした。メイドさんが残してくれたメモに沿ってサラダと白身魚のソテーを作ったのですが、無事ご好評をいただけて良かったです。
「今日は代わっていただき本当にありがとうございます」
翌日、私の元に急遽休みをとったメイドさんがやってきました。ちょうど自分の母親ぐらいの年齢ですが、エイダとは違い常に人の好さそうな笑みを浮かべています。
「いえ、大丈夫です。私も料理は好きなので」
「実はこのところ人手不足であまり休みもとれず、家を出ようとするたびに泣きつかれて困っていたんです。だからせめて誕生日ぐらいは休みたかったのですが、かといって私が休めば他の方にしわ寄せが言ってしまうのも目に見えていまして……」
「そのお気持ち、私もよく分かります」
貧しい家や、退職が相次いで一時的に人手不足になっている家ではよく聞く話です。
「お子さんの様子はどうでしたか?」
「はい、久しぶりに一緒にご飯を食べて、プレゼントも渡したら喜んでくれました。おかげでしばらくは大丈夫そうです」
「それは良かったです。また何かあれば言ってくださいね」
「すみませんね、いらしたばかりなのに気を遣わせてしまって」
そう言って彼女は何度も私に頭を下げます。
何にせよ、久しぶりの誕生日を無事祝えたのであれば良かった、と思うのでした。
早速部屋にあった服に着替えて朝食の席に向かいます。
「おはようございます」
「おはよう」
ほぼ同じタイミングでブラッドや男爵夫妻も現れます。
朝食の席上、ふと私は疑問に思っていたことを尋ねてみます。
「そう言えばアーノルド家は古くからの家で、過去には王国の大臣クラスの人物も輩出していますよね? それがなぜここまで貧しくなってしまったのでしょうか? 領地に災害が起こったとかでしょうか?」
訊きづらいことですが、この家の一員になった以上知っておいた方がいいことでしょう。
すると皆を代表してアーノルド男爵が答えてくれます。
「いやあ、それがお恥ずかしい話なのだがな。十年ぐらい前のことだろうか。ちょうどこの国を大きな飢饉が襲ったんだ」
言われてみれば幼いころに大人が困っていた記憶がうっすらとあります。
「それで王国の大きな貴族は皆打撃を受けたんだ。そしてその時の王太子殿下、つまり今の国王陛下が代替わりすることになったんだ。一説によると、先王陛下は飢饉が起こったのは自身の不徳ゆえだと思って王位を譲ったとか」
「ただ、一つ問題があった。王位継承の式典をしようにも、どこにもお金がない。そこで国中の貴族に資金を募った訳だが、飢饉が起こっているのはどの家も同じだろう? どの家も名乗り出ることはなかった。その時わしは殿下と仲が良かったから軽い気持ちで領内の豪商から金を借りて費用を出すことにしたんだ。いやあ、返せると思ったんだが想定が甘くてな」
そう言って男爵は頭を掻きます。
するとブラッドが苦笑いでフォローします。
「いや、父上はこう言ってはいるが、実は色々と返済のあてはあったらしいのだ。だが、飢饉が思いのほか長く続いたせいでそれらが全ておじゃんになったらしい」
「まあ結局はわしの見通しが甘かったということだ。ともかく、その返済で様々な物を売り払ったところ、我が家は貧しくなったと言う訳だ」
「なるほど、そういう事情だったのですか」
それを聞いて私は納得しました。国王陛下の代替わりの即位式典と言えば大事な儀式です。それが満足に行えなくなったとあれば一生の恥になるかもしれません。そのために大金を支援した男爵の行為は国に仕える貴族としては褒められるべきものでしょう。
……もっとも、領主としては甘い判断だったと言えるでしょうが。
「分かりました。出来ることがあれば何でも手伝いますので遠慮なく言ってください」
「あの、それだと早速で申し訳ないんだけど……」
男爵夫人が遠慮がちに言います。
「こら、お前……」
「いえ、大丈夫です」
男爵がたしなめようとするのを私は止めます。
すると彼女は申し訳なさそうに言いました。
「実は今日、うちでキッチンを任せていたメイドさんの子供が誕生日らしいの。だから今日ぐらいは休みをあげたくて」
「分かりました。そういうことでしたら私が代わります」
「済まないな、来てもらったばかりなのに」
「いえ、構いません。料理自体は好きですので」
自分の料理を喜んで食べてくれる人に振る舞うのでしたらこちらから進んでやりたいぐらいです。
「本当にありがとう。では夕食を頼むわ」
こうして私は前に来た時と同じようにキッチンに立つことにしたのでした。メイドさんが残してくれたメモに沿ってサラダと白身魚のソテーを作ったのですが、無事ご好評をいただけて良かったです。
「今日は代わっていただき本当にありがとうございます」
翌日、私の元に急遽休みをとったメイドさんがやってきました。ちょうど自分の母親ぐらいの年齢ですが、エイダとは違い常に人の好さそうな笑みを浮かべています。
「いえ、大丈夫です。私も料理は好きなので」
「実はこのところ人手不足であまり休みもとれず、家を出ようとするたびに泣きつかれて困っていたんです。だからせめて誕生日ぐらいは休みたかったのですが、かといって私が休めば他の方にしわ寄せが言ってしまうのも目に見えていまして……」
「そのお気持ち、私もよく分かります」
貧しい家や、退職が相次いで一時的に人手不足になっている家ではよく聞く話です。
「お子さんの様子はどうでしたか?」
「はい、久しぶりに一緒にご飯を食べて、プレゼントも渡したら喜んでくれました。おかげでしばらくは大丈夫そうです」
「それは良かったです。また何かあれば言ってくださいね」
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そう言って彼女は何度も私に頭を下げます。
何にせよ、久しぶりの誕生日を無事祝えたのであれば良かった、と思うのでした。
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