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Ⅲ
ローウェル家の悲劇
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国王の十周年記念式典の知らせはローウェル家にも届いていた。
ジェーンを嫁がせたため少しだけ経済的な余裕が出来たローウェル家はロザリーという新人メイドを雇い、少しだけ余裕を取り戻していた。
そんな折の大規模な式典であるため、二人とも気分転換になるのではと楽しみにしていた。
「十周年記念か。ならばわしもきちんと着飾っていかなければならないな」
「そうね。そう言えばあなたの正装ももうずいぶん見てないわね」
「ああ、確かに長らく仕舞ったままだったからな」
そう言ってバイロンはタンスの奥から服を取り出す。しかし頻繁にパーティーに出かけるためにドレスを着ているエイダと違い、彼は年に一度ぐらいしか正装の機会がないためすっかり誇りを被ってしまっていた。
「せっかくだし、式典の前にクリーニングに出すか」
「そうね。私のも一緒に出してもいい?」
「もちろんだ。おい、ハンナ」
バイロンはハンナを呼び出す。
新人メイドのロザリーは以前にも似たような職についていたらしく、さぼってばかりのハンナよりも有能であった。そのため家事はロザリーに任せ、ハンナをお使いに出す方が合理的ではないか、とバイロンは考えた。
呼ばれたハンナは不承不承という雰囲気でやってくる。しかもさぼっていたのか、服からはかすかに煙草の臭いがただよっていた。それを見てエイダは眉をひそめた。
「ハンナ、あなたまたさぼっていたの?」
「いえ、真面目に働いていましたが」
ハンナはぶっきらぼうに答える。
「じゃあその臭いは何? 前も仕事中に煙草は吸うなって言ったわよね?」
「何だと? 全く、家事も新人より出来ない癖にさぼりだけは一丁前か?」
エイダの言葉を聞いてバイロンも腹を立てる。
「全く、キャロルよりも新人よりも家事が出来ないならその辺の女を連れてきた方がいいのではないか?」
「こんなことならハンナを追い出してキャロルにここにいてもらった方がまだましだったわ」
エイダはエイダで新人メイドがハンナよりも優秀だったため、すっかりハンナに対する愛情は失われていた。
結局のところエイダとハンナはキャロルという共通のいじめ相手がいたからたまたま意気投合していただけであり、二人とも性格が悪いためそれがなければただ反発し合うだけだった。
そして早くもエイダはキャロルに嫌がらせをし過ぎたことを後悔していた。
「そうね、彼女の給料を半分にして新しいメイドを雇った方がいいんじゃないかしら」
「そ、そんな、それだけはやめてください!」
それを聞いてハンナは泣きつくが、二人の表情は冷たい。
「どうする?」
「まあそれは考えておこう。実は今度大きな式典がある。だからわしらの服をクリーニングの業者に出してこい」
そう言ってバイロンは服が入った包みを渡す。
「あの、給料の件は……」
重ねてハンナが尋ねると、バイロンの表情が変わる。
「うるさい! 人より仕事も出来ない癖に給料だけは人よりも多くもらおうとするのか!? 決めた、お前の給料は今日から半分だ」
「それはいいわね。ちょうどパーティーで出費もかさむことだし」
エイダもそれにあっさり同意した。
それを聞いたハンナは無言で屋敷を出る。しかし彼女は道を歩きながら考える。
昔はもうちょっと仕事が出来たはずなのに、さぼってばかりいるうちにキャロルや新人にまで腕で負けてしまうようになっていた。頼みであったエイダとの仲も悪化した以上、自分がこの屋敷に居続けるためには給料を半分にしなければならないかもしれない。
いくらローウェル家が貴族とはいえ、給料が半分になるぐらいなら他にもっとましな働き口があるだろう。そこでハンナはふと自分が高い服を持っていることに気づく。これを売ればまあまあのお金になるのではないか。
長年働いたことだし、退職金代わりにもらってもいいだろう。
そう考えたハンナは王都を出ると、故郷の村へ向かい、その途中で衣服を売り払ったのだった。
それから数時間後、一向に帰ってこないハンナに業を煮やしたエイダは新人メイドのロザリーにエイダを探しに行かせる。急に人探しにだされた彼女は困惑しつつも屋敷を出た。
そしてその翌日。ロザリーは血相を変えて戻ってくる。
「大変です! 旦那様と奥様の服が近くの町で売りに出されていました!」
「何ですって!?」
それを聞いたエイダは驚愕する。
「話によるとハンナさんと思われる人が服を売っていったと」
「そんな……もう式典は数日後に迫っているのよ!?」
愕然とするエイダ。そこへ騒ぎを聞きつけたバイロンがやってくる。
「どうした?」
「実は……」
ロザリーが話すと、みるみるバイロンの表情が赤くなっていく。
「あの役立たずめ! ただ辞めるだけならまだしもこんなことをしやがって! くそ、こんなことならさっさとあいつを追い出してキャロルにもう少し家にいてもらうんだった……」
バイロンは悔し気に言うが、すでに後の祭り。エイダもそれを聞いて同感だったが自分のせいでもあるので大っぴらには同意も出来ず、気まずそうに目を伏せるだけだった。
とはいえ商人はすでにお金を払ってしまった以上、ハンナに返金させない限り服を回収することは不可能だろう。そしてハンナを捕まえるのは式典には絶対に間に合わない。
エイダは蒼い顔で言う。
「式典に着ていくものはどうしましょう?」
「仕方ない、すぐに仕立てさせる他ないだろう。ロザリーはすぐに行ってきてくれ」
そう言ってバイロンはロザリーに馴染みの服飾商人の名前を出す。
が、ロザリーが去っていってもバイロンの表情は浮かないままだった。
式典に着て恥ずかしくないドレスを用意するには膨大な金がかかる。しかしキャロルやジェーンの食い扶持が減った程度ではそこまでのお金は浮かなかった。
「仕方ない、手元にある金で精いっぱいのものを用意するしかあるまい」
そう言ったバイロンの表情には無力感が滲んでいた。
ジェーンを嫁がせたため少しだけ経済的な余裕が出来たローウェル家はロザリーという新人メイドを雇い、少しだけ余裕を取り戻していた。
そんな折の大規模な式典であるため、二人とも気分転換になるのではと楽しみにしていた。
「十周年記念か。ならばわしもきちんと着飾っていかなければならないな」
「そうね。そう言えばあなたの正装ももうずいぶん見てないわね」
「ああ、確かに長らく仕舞ったままだったからな」
そう言ってバイロンはタンスの奥から服を取り出す。しかし頻繁にパーティーに出かけるためにドレスを着ているエイダと違い、彼は年に一度ぐらいしか正装の機会がないためすっかり誇りを被ってしまっていた。
「せっかくだし、式典の前にクリーニングに出すか」
「そうね。私のも一緒に出してもいい?」
「もちろんだ。おい、ハンナ」
バイロンはハンナを呼び出す。
新人メイドのロザリーは以前にも似たような職についていたらしく、さぼってばかりのハンナよりも有能であった。そのため家事はロザリーに任せ、ハンナをお使いに出す方が合理的ではないか、とバイロンは考えた。
呼ばれたハンナは不承不承という雰囲気でやってくる。しかもさぼっていたのか、服からはかすかに煙草の臭いがただよっていた。それを見てエイダは眉をひそめた。
「ハンナ、あなたまたさぼっていたの?」
「いえ、真面目に働いていましたが」
ハンナはぶっきらぼうに答える。
「じゃあその臭いは何? 前も仕事中に煙草は吸うなって言ったわよね?」
「何だと? 全く、家事も新人より出来ない癖にさぼりだけは一丁前か?」
エイダの言葉を聞いてバイロンも腹を立てる。
「全く、キャロルよりも新人よりも家事が出来ないならその辺の女を連れてきた方がいいのではないか?」
「こんなことならハンナを追い出してキャロルにここにいてもらった方がまだましだったわ」
エイダはエイダで新人メイドがハンナよりも優秀だったため、すっかりハンナに対する愛情は失われていた。
結局のところエイダとハンナはキャロルという共通のいじめ相手がいたからたまたま意気投合していただけであり、二人とも性格が悪いためそれがなければただ反発し合うだけだった。
そして早くもエイダはキャロルに嫌がらせをし過ぎたことを後悔していた。
「そうね、彼女の給料を半分にして新しいメイドを雇った方がいいんじゃないかしら」
「そ、そんな、それだけはやめてください!」
それを聞いてハンナは泣きつくが、二人の表情は冷たい。
「どうする?」
「まあそれは考えておこう。実は今度大きな式典がある。だからわしらの服をクリーニングの業者に出してこい」
そう言ってバイロンは服が入った包みを渡す。
「あの、給料の件は……」
重ねてハンナが尋ねると、バイロンの表情が変わる。
「うるさい! 人より仕事も出来ない癖に給料だけは人よりも多くもらおうとするのか!? 決めた、お前の給料は今日から半分だ」
「それはいいわね。ちょうどパーティーで出費もかさむことだし」
エイダもそれにあっさり同意した。
それを聞いたハンナは無言で屋敷を出る。しかし彼女は道を歩きながら考える。
昔はもうちょっと仕事が出来たはずなのに、さぼってばかりいるうちにキャロルや新人にまで腕で負けてしまうようになっていた。頼みであったエイダとの仲も悪化した以上、自分がこの屋敷に居続けるためには給料を半分にしなければならないかもしれない。
いくらローウェル家が貴族とはいえ、給料が半分になるぐらいなら他にもっとましな働き口があるだろう。そこでハンナはふと自分が高い服を持っていることに気づく。これを売ればまあまあのお金になるのではないか。
長年働いたことだし、退職金代わりにもらってもいいだろう。
そう考えたハンナは王都を出ると、故郷の村へ向かい、その途中で衣服を売り払ったのだった。
それから数時間後、一向に帰ってこないハンナに業を煮やしたエイダは新人メイドのロザリーにエイダを探しに行かせる。急に人探しにだされた彼女は困惑しつつも屋敷を出た。
そしてその翌日。ロザリーは血相を変えて戻ってくる。
「大変です! 旦那様と奥様の服が近くの町で売りに出されていました!」
「何ですって!?」
それを聞いたエイダは驚愕する。
「話によるとハンナさんと思われる人が服を売っていったと」
「そんな……もう式典は数日後に迫っているのよ!?」
愕然とするエイダ。そこへ騒ぎを聞きつけたバイロンがやってくる。
「どうした?」
「実は……」
ロザリーが話すと、みるみるバイロンの表情が赤くなっていく。
「あの役立たずめ! ただ辞めるだけならまだしもこんなことをしやがって! くそ、こんなことならさっさとあいつを追い出してキャロルにもう少し家にいてもらうんだった……」
バイロンは悔し気に言うが、すでに後の祭り。エイダもそれを聞いて同感だったが自分のせいでもあるので大っぴらには同意も出来ず、気まずそうに目を伏せるだけだった。
とはいえ商人はすでにお金を払ってしまった以上、ハンナに返金させない限り服を回収することは不可能だろう。そしてハンナを捕まえるのは式典には絶対に間に合わない。
エイダは蒼い顔で言う。
「式典に着ていくものはどうしましょう?」
「仕方ない、すぐに仕立てさせる他ないだろう。ロザリーはすぐに行ってきてくれ」
そう言ってバイロンはロザリーに馴染みの服飾商人の名前を出す。
が、ロザリーが去っていってもバイロンの表情は浮かないままだった。
式典に着て恥ずかしくないドレスを用意するには膨大な金がかかる。しかしキャロルやジェーンの食い扶持が減った程度ではそこまでのお金は浮かなかった。
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