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16 食事
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「あ、おいランナルじゃないか。」
少し話していると、入り口の方から真っ白のシャツにスラックスをはいた黒髪の男性が、茶色いワンピースを着た黒髪の女性を伴って歩いて来た。
「なぁ、このホテルはいつから野蛮な輩が出入りするようになったんだ?
まぁ、一般人も使えるから仕方ないが、質が問われるよね。
…と、連れがいたの?おっとこれは失礼!」
そういうと恭しく頭を下げる男性に、ランナルはわざとらしくため息を漏らすと声を繋ぐ。
「はぁ…分かって声を掛けたんでしょう?殿下。」
(でんか…?)
アウロラはその言葉に、えっと驚く。
「おい、ここではそう呼ぶなよ。こんな格好してるんだから分かるだろう?お忍びなんだぞ?学生の時のように呼んでくれ。
だから、そちらの方もそんなに気負わないで、ね?…あれ?もしかして…」
「ねぇランナル、紹介してくださる?きっと、そういうお方なんでしょう?」
そう言われ、ランナルは一度アウロラの方を見て済まなそうな顔をしてから、さも面倒そうに返答をする。
「はいはい、せっかくなんで言われなくてもしますよ。
こちらはアウロラ=フランソン伯爵令嬢。
そしてこちらは…ドロテーアさんとマックスだよ。」
(ドロテーア、ってオリアン侯爵家のドロテーア様だわ!落ち着いた茶色のワンピースをお召しだけれど確かに気品もあるもの。
マックス、ってさっき殿下とも言われていたしマックス王子殿下よね?でも…髪が黒?お忍びって言っていたし鬘かしら?)
今の現国王アンドレ陛下と正妃クリステル様の子は二人。メルクル王子は二十三歳、マックス王子はランナルと同じく二十歳だ。
アウロラにとって、祖父であるイクセルの弟が前国王だった事もあり遠い親戚といえるが恐れ多くて付き合いがあったわけでもなく、イクセルの元で学んでいた時に数回会ったかもしれないが、全く覚えていなかった。
「やっぱり?大きくなったなぁ!
てか、なんだよ、ランナル知り合いだったのか?」
「まぁいろいろあってね。
マックスこそ、アウロラ嬢と初対面じゃないんだ?」
「お、妬いてんのか?
心配するな、暫く会ってなかったから言われるまで気付かなかったよ。
アウロラはな、聡明だぞ?こーんなに小さかった時からカルロッテと一緒に勉強しててさ、あいつと引けを取らなかったんだぜ?」
マックスは手を自分の膝あたりに持っていきアウロラは小さかったと説明する。
「カルロッテ?」
「レイグラーフ公爵家のカルロッテ様のこと?」
ランナルの質問に、ドロテーアが疑問形を口にする。
「そうそう。たまーにじぃさんが王宮にも連れて来てさ、兄貴とカルロッテは同じ歳だったからね。張り合わせたかったんじゃないの?」
「え、カルロッテ様とアウロラ嬢が一緒に学んでた!?」
「カルロッテのワガママだよ。懐かしいよなぁ。あいつ、元気でやってっかなー。
ん?アウロラはおれの事覚えてない?」
「えっと…」
「ま、いろいろとじいさんに連れ回されてたみたいだし、小さかったから覚えてないか!」
「そうだったのね。カルロッテ様とご一緒にお勉強されてたの…英才教育を受けてらっしゃるのね。」
「い、いえ!」
「ふふ。可愛いわね。
アウロラちゃんって呼んでもよろしいかしら?」
「はい、恐れ多いですがもちろんです。」
「そんなに畏まらないで?
マックスの機嫌も落ち着いたし、あなたにもお会いできて良かったわ。これからも宜しくね。」
「はい、こちらこそよろしくお願いします。」
「何だよ、そういえばマックス機嫌悪かったのか?」
「あぁ、そうだよ聞いてくれ!
さっき入り口で柄の悪い奴に絡まれたんだよ。割り込むな、肩が当たったらとかなんとか。」
「本当、どこの荒くれ者かと思いましたわね。ホテルの係員が仲裁に入ってくれたけれど、驚いたわ。」
「俺たちがこんな一般的な格好していたからか?鬘被って変装してきたのが逆効果だったとはな!
しかし、ああやって誰にでも喧嘩を吹っかける奴が出入りしてるのは問題だよ。」
それを聞き、アウロラとランナルは一瞬顔を見合わせ、ランナルは眉間にしわを寄せて告げる。
「それって、女性を連れた奴だったか?」
「あぁ、そうだよ。ここまで聞こえたのか?」
「まぁそれもあるが、男の方はビリエルって言ってショールバリ侯爵家の奴だよ。」
「へぇ…昔はショールバリ家もしっかりしてたらしいけど、ありゃダメだね。女の方も知ってるの?」
「ディーサって言って、トルンロース侯爵家の令嬢らしい。」
「ふーん…分かった。
世の中ってのを知らないんだね。誰も教えてくれる人が居なかったのかな?まぁどうでもいいや。
おれが教えてやろっと。」
「おい…」
「ランナルが名前を覚えてるって事は、お前にも関係あるんだろ?
いろいろ聞きたいし、その時に教えてよ。」
「徴集かよ…。」
「さ、そろそろ行きましょう?あまりデートの邪魔をしてもいけないわ。」
「あぁそうだったね、おれらにも時間は限られてるし行こうか。
これから夜の部の歌劇を観覧してくるよ。じゃあ、またねー。」
「気をつけろよ。」
「分かってるって。
アウロラも、またねー。」
「はい。」
マックスの声に合わせて手を振るドロテーアに、会釈をしてアウロラは返した。
ランナルはそれを優しく見守っていたが、ラウンジにある置き時計を見ると結構経っており声を掛ける。
「俺たちもそろそろ、行こうか。」
アウロラにそう言うと立ち上がり、傍に来ると手を差し伸べエスコートをし、二階のレストランへと向かった。
父と昨日来た食事処ではなくその隣の趣の違ったレストランに入ると、個室に案内される。二人はすでに座っていた。
「お兄様!とアウロラ様!!」
「遅かったのねぇ。
じゃあ用意してもらいましょうか。」
そういうと、部屋の傍に控えていたレストランの店員に声を掛け、注文を確認する。
「さ、二人ともそちらに座って。
苦手なものはあるのかしら?」
促され、座ると同時にアウロラは特にないと首を振ると、再び話される。
「あら、じゃあ勝手に頼んでもいいかしら?
今日のお薦めを聞いたらね、サーモンだっていうの。だからそれをお願いしようかと思って。」
「はい、ありがとうございます。」
内容を確認し、店員が個室を離れたところで、ランナルの母が声を掛ける。
「そう言えば私の名前を言っていなかったわね。私はエメリ。もうすでに察してるとは思うけど、ランナルとクリスティーンの母よ。」
「ご丁寧にありがとうございます。私は…」
「あぁ、いいのよ。アウロラさん…って呼ぶのって余所余所しいわよね。
アウロラちゃんってお呼びしても?」
「はい。」
「ねぇ、そのカメオ素敵ねぇ。それって…」
「あ、祖母からお譲りいただいたのです。祖父が贈ったものらしいです。」
「まぁ!やっぱり!!
ちょっと、ランナルもちゃんと褒めて差し上げたの?あれは愛を示すカメオなのよ?」
「ちょ…いきなり何を!
そりゃ素晴らしいとは思いましたが、女性の胸元にあるものをわざわざ口に出して言いませんよ!
アウロラ嬢は何を召されても似合ってるんですから!今日だって、さながら花畑に降り立った女神のようだと思っていたんですから!」
「!」
「あらやだ。」
「お兄さま、恥ずかしい事を妹の前で言わないでくださる?」
「な…!」
「あらあら、ランナルがそういう顔をするのって珍しいわぁ。最近、気取ってばっかりなんですもの。」
侯爵家当主として、普段は表情を出さなくなったランナルであったが家族の前では少しだけ口調も私的のそれとなる。だが今日は母親に揶揄われたからかアウロラといて心が躍っているからか、普段よりも更に崩れて子供の頃のように表情が変わっておりそれを嬉しく感じるエメリ。
「母上!」
「はいはい。もう二度と一緒に食事しない、なんて言われても困るからここまでにしておきましょうね。」
「お兄さまは一度落ち着いた方がよろしいですわよ?ほら、お水でも飲んで?
それよりアウロラ様のお家は馬を育ててらっしゃるのでしょう?」
「あ、は、はい。そうです。」
アウロラも顔を真っ赤にしていたが気を取り直してそう答える。
「もう!昼間みたいに優しく接してくださいな!他人行儀は淋しいですわ。」
「え…ごめんなさい。いいのかしら。」
「もちろんですわお姉さま!!
敬称も付けないで呼んでくれるともっと嬉しいのですわ!」
「ええっ?」
「あら良いわね。アウロラちゃんが娘なんて大歓迎よ。
本人もそう言っているしクリスティーン、って気軽に呼んでちょうだい。」
「ちょ…クリスティーン、母上!娘、とか変な事言わないで下さい!アウロラが困ってしまいます!!」
「あら、困ってるのはランナルだけでしょう?照れちゃって。
アウロラちゃん、どうか気負わないで話してくれると嬉しいわ。」
「…ありがとうございます。ではお言葉に甘えてそうさせていただきますね。
クリスティーンは、馬に興味があるのですか?」
「はい!だって格好いいのですもの!」
「そうね、凜としていて格好いいわよね。」
「分かって下さいます!?
でもね、女が馬好きだなんてはしたないってみーんな言うのよ?」
クリスティーンは可愛い口を尖らせてそう呟く。
「んー一般的には…本当に気心知れた人にだけ、胸の内を明かせばいいんじゃないかしら。確かに、いろいろと言う人はいるものね。」
貴族階級の社会では凝り固まった考えが浸透している。紳士たるものこうあるべき、淑女たるものこうあるべき、というように。
弓を扱う事だって家族の中では良かったが、やはり一般的には弓は男性がするものだという認識だった。伯爵家だったから許されていたが、それより格上の侯爵家であるクリスティーンには、もっとさまざまに制限があるのだろうとアウロラは考えた。
「そっか…確かに!」
「ええ。自分の心にまで嘘はつかなくていいと思うの。
そうね…そんな事言う人と話す時は余所行きの服を着ていると思って、格好つけて話すの。でも嘘は付いてはいけないわ。
そうじゃない時は、余所行きの服を脱いで、ゆったりとした心でいればいいのよ。」
「え…そっか!そうね演じるのね?」
「演じる…?
これは私も人から聞いた受け売りなんだけれど、確かに演じているのかもしれないわねぇ。」
「あら、それはいい考えね!クリスティーンも演じるのは大好きなのよ?今日出掛ける時は町娘を演じてたのよね?
…そのことを教えてくれた人は、アウロラちゃんのご両親?」
「あ、いえ。私の従姉妹です。今は帝国に嫁いでしまったんですけど、従姉妹のカルロッテ様から、私がうんと小さい時に言われたんです。」
「そうなのね。カルロッテ様…素敵な方なのね。」
「はい!」
ーーー
ーー
このようにエメリとクリスティーンが主に話し、たまにランナルが加わったりして楽しく会話が弾んでいったのだった。
少し話していると、入り口の方から真っ白のシャツにスラックスをはいた黒髪の男性が、茶色いワンピースを着た黒髪の女性を伴って歩いて来た。
「なぁ、このホテルはいつから野蛮な輩が出入りするようになったんだ?
まぁ、一般人も使えるから仕方ないが、質が問われるよね。
…と、連れがいたの?おっとこれは失礼!」
そういうと恭しく頭を下げる男性に、ランナルはわざとらしくため息を漏らすと声を繋ぐ。
「はぁ…分かって声を掛けたんでしょう?殿下。」
(でんか…?)
アウロラはその言葉に、えっと驚く。
「おい、ここではそう呼ぶなよ。こんな格好してるんだから分かるだろう?お忍びなんだぞ?学生の時のように呼んでくれ。
だから、そちらの方もそんなに気負わないで、ね?…あれ?もしかして…」
「ねぇランナル、紹介してくださる?きっと、そういうお方なんでしょう?」
そう言われ、ランナルは一度アウロラの方を見て済まなそうな顔をしてから、さも面倒そうに返答をする。
「はいはい、せっかくなんで言われなくてもしますよ。
こちらはアウロラ=フランソン伯爵令嬢。
そしてこちらは…ドロテーアさんとマックスだよ。」
(ドロテーア、ってオリアン侯爵家のドロテーア様だわ!落ち着いた茶色のワンピースをお召しだけれど確かに気品もあるもの。
マックス、ってさっき殿下とも言われていたしマックス王子殿下よね?でも…髪が黒?お忍びって言っていたし鬘かしら?)
今の現国王アンドレ陛下と正妃クリステル様の子は二人。メルクル王子は二十三歳、マックス王子はランナルと同じく二十歳だ。
アウロラにとって、祖父であるイクセルの弟が前国王だった事もあり遠い親戚といえるが恐れ多くて付き合いがあったわけでもなく、イクセルの元で学んでいた時に数回会ったかもしれないが、全く覚えていなかった。
「やっぱり?大きくなったなぁ!
てか、なんだよ、ランナル知り合いだったのか?」
「まぁいろいろあってね。
マックスこそ、アウロラ嬢と初対面じゃないんだ?」
「お、妬いてんのか?
心配するな、暫く会ってなかったから言われるまで気付かなかったよ。
アウロラはな、聡明だぞ?こーんなに小さかった時からカルロッテと一緒に勉強しててさ、あいつと引けを取らなかったんだぜ?」
マックスは手を自分の膝あたりに持っていきアウロラは小さかったと説明する。
「カルロッテ?」
「レイグラーフ公爵家のカルロッテ様のこと?」
ランナルの質問に、ドロテーアが疑問形を口にする。
「そうそう。たまーにじぃさんが王宮にも連れて来てさ、兄貴とカルロッテは同じ歳だったからね。張り合わせたかったんじゃないの?」
「え、カルロッテ様とアウロラ嬢が一緒に学んでた!?」
「カルロッテのワガママだよ。懐かしいよなぁ。あいつ、元気でやってっかなー。
ん?アウロラはおれの事覚えてない?」
「えっと…」
「ま、いろいろとじいさんに連れ回されてたみたいだし、小さかったから覚えてないか!」
「そうだったのね。カルロッテ様とご一緒にお勉強されてたの…英才教育を受けてらっしゃるのね。」
「い、いえ!」
「ふふ。可愛いわね。
アウロラちゃんって呼んでもよろしいかしら?」
「はい、恐れ多いですがもちろんです。」
「そんなに畏まらないで?
マックスの機嫌も落ち着いたし、あなたにもお会いできて良かったわ。これからも宜しくね。」
「はい、こちらこそよろしくお願いします。」
「何だよ、そういえばマックス機嫌悪かったのか?」
「あぁ、そうだよ聞いてくれ!
さっき入り口で柄の悪い奴に絡まれたんだよ。割り込むな、肩が当たったらとかなんとか。」
「本当、どこの荒くれ者かと思いましたわね。ホテルの係員が仲裁に入ってくれたけれど、驚いたわ。」
「俺たちがこんな一般的な格好していたからか?鬘被って変装してきたのが逆効果だったとはな!
しかし、ああやって誰にでも喧嘩を吹っかける奴が出入りしてるのは問題だよ。」
それを聞き、アウロラとランナルは一瞬顔を見合わせ、ランナルは眉間にしわを寄せて告げる。
「それって、女性を連れた奴だったか?」
「あぁ、そうだよ。ここまで聞こえたのか?」
「まぁそれもあるが、男の方はビリエルって言ってショールバリ侯爵家の奴だよ。」
「へぇ…昔はショールバリ家もしっかりしてたらしいけど、ありゃダメだね。女の方も知ってるの?」
「ディーサって言って、トルンロース侯爵家の令嬢らしい。」
「ふーん…分かった。
世の中ってのを知らないんだね。誰も教えてくれる人が居なかったのかな?まぁどうでもいいや。
おれが教えてやろっと。」
「おい…」
「ランナルが名前を覚えてるって事は、お前にも関係あるんだろ?
いろいろ聞きたいし、その時に教えてよ。」
「徴集かよ…。」
「さ、そろそろ行きましょう?あまりデートの邪魔をしてもいけないわ。」
「あぁそうだったね、おれらにも時間は限られてるし行こうか。
これから夜の部の歌劇を観覧してくるよ。じゃあ、またねー。」
「気をつけろよ。」
「分かってるって。
アウロラも、またねー。」
「はい。」
マックスの声に合わせて手を振るドロテーアに、会釈をしてアウロラは返した。
ランナルはそれを優しく見守っていたが、ラウンジにある置き時計を見ると結構経っており声を掛ける。
「俺たちもそろそろ、行こうか。」
アウロラにそう言うと立ち上がり、傍に来ると手を差し伸べエスコートをし、二階のレストランへと向かった。
父と昨日来た食事処ではなくその隣の趣の違ったレストランに入ると、個室に案内される。二人はすでに座っていた。
「お兄様!とアウロラ様!!」
「遅かったのねぇ。
じゃあ用意してもらいましょうか。」
そういうと、部屋の傍に控えていたレストランの店員に声を掛け、注文を確認する。
「さ、二人ともそちらに座って。
苦手なものはあるのかしら?」
促され、座ると同時にアウロラは特にないと首を振ると、再び話される。
「あら、じゃあ勝手に頼んでもいいかしら?
今日のお薦めを聞いたらね、サーモンだっていうの。だからそれをお願いしようかと思って。」
「はい、ありがとうございます。」
内容を確認し、店員が個室を離れたところで、ランナルの母が声を掛ける。
「そう言えば私の名前を言っていなかったわね。私はエメリ。もうすでに察してるとは思うけど、ランナルとクリスティーンの母よ。」
「ご丁寧にありがとうございます。私は…」
「あぁ、いいのよ。アウロラさん…って呼ぶのって余所余所しいわよね。
アウロラちゃんってお呼びしても?」
「はい。」
「ねぇ、そのカメオ素敵ねぇ。それって…」
「あ、祖母からお譲りいただいたのです。祖父が贈ったものらしいです。」
「まぁ!やっぱり!!
ちょっと、ランナルもちゃんと褒めて差し上げたの?あれは愛を示すカメオなのよ?」
「ちょ…いきなり何を!
そりゃ素晴らしいとは思いましたが、女性の胸元にあるものをわざわざ口に出して言いませんよ!
アウロラ嬢は何を召されても似合ってるんですから!今日だって、さながら花畑に降り立った女神のようだと思っていたんですから!」
「!」
「あらやだ。」
「お兄さま、恥ずかしい事を妹の前で言わないでくださる?」
「な…!」
「あらあら、ランナルがそういう顔をするのって珍しいわぁ。最近、気取ってばっかりなんですもの。」
侯爵家当主として、普段は表情を出さなくなったランナルであったが家族の前では少しだけ口調も私的のそれとなる。だが今日は母親に揶揄われたからかアウロラといて心が躍っているからか、普段よりも更に崩れて子供の頃のように表情が変わっておりそれを嬉しく感じるエメリ。
「母上!」
「はいはい。もう二度と一緒に食事しない、なんて言われても困るからここまでにしておきましょうね。」
「お兄さまは一度落ち着いた方がよろしいですわよ?ほら、お水でも飲んで?
それよりアウロラ様のお家は馬を育ててらっしゃるのでしょう?」
「あ、は、はい。そうです。」
アウロラも顔を真っ赤にしていたが気を取り直してそう答える。
「もう!昼間みたいに優しく接してくださいな!他人行儀は淋しいですわ。」
「え…ごめんなさい。いいのかしら。」
「もちろんですわお姉さま!!
敬称も付けないで呼んでくれるともっと嬉しいのですわ!」
「ええっ?」
「あら良いわね。アウロラちゃんが娘なんて大歓迎よ。
本人もそう言っているしクリスティーン、って気軽に呼んでちょうだい。」
「ちょ…クリスティーン、母上!娘、とか変な事言わないで下さい!アウロラが困ってしまいます!!」
「あら、困ってるのはランナルだけでしょう?照れちゃって。
アウロラちゃん、どうか気負わないで話してくれると嬉しいわ。」
「…ありがとうございます。ではお言葉に甘えてそうさせていただきますね。
クリスティーンは、馬に興味があるのですか?」
「はい!だって格好いいのですもの!」
「そうね、凜としていて格好いいわよね。」
「分かって下さいます!?
でもね、女が馬好きだなんてはしたないってみーんな言うのよ?」
クリスティーンは可愛い口を尖らせてそう呟く。
「んー一般的には…本当に気心知れた人にだけ、胸の内を明かせばいいんじゃないかしら。確かに、いろいろと言う人はいるものね。」
貴族階級の社会では凝り固まった考えが浸透している。紳士たるものこうあるべき、淑女たるものこうあるべき、というように。
弓を扱う事だって家族の中では良かったが、やはり一般的には弓は男性がするものだという認識だった。伯爵家だったから許されていたが、それより格上の侯爵家であるクリスティーンには、もっとさまざまに制限があるのだろうとアウロラは考えた。
「そっか…確かに!」
「ええ。自分の心にまで嘘はつかなくていいと思うの。
そうね…そんな事言う人と話す時は余所行きの服を着ていると思って、格好つけて話すの。でも嘘は付いてはいけないわ。
そうじゃない時は、余所行きの服を脱いで、ゆったりとした心でいればいいのよ。」
「え…そっか!そうね演じるのね?」
「演じる…?
これは私も人から聞いた受け売りなんだけれど、確かに演じているのかもしれないわねぇ。」
「あら、それはいい考えね!クリスティーンも演じるのは大好きなのよ?今日出掛ける時は町娘を演じてたのよね?
…そのことを教えてくれた人は、アウロラちゃんのご両親?」
「あ、いえ。私の従姉妹です。今は帝国に嫁いでしまったんですけど、従姉妹のカルロッテ様から、私がうんと小さい時に言われたんです。」
「そうなのね。カルロッテ様…素敵な方なのね。」
「はい!」
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