【完結】その令嬢は可憐で清楚な深窓令嬢ではない

まりぃべる

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17 ランナル=ステンホルムの記憶

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 俺はランナル=ステンホルム。今は二十歳ではあるが、侯爵家の爵位を継いで二年になる。学院を卒業してすぐに父から跡目を継いだのだ。父は、念願だった事が存分に出来ると領地でさまざまな種類の林檎を目を細めて一つ一つ愛でながら育てている。


 観光客の多いこの時期は、王都の人の集まり易いこのホテルに泊まり、市場調査をしている。母と妹は賑やかな場が好きで付いてきたが女性目線や子供目線での意見も聞ける為、少々うるさくはあるが助かってもいる。

 王宮御用達にもなる高級林檎とはいえ、ただ果実を売るだけでは大した利益にならない。天候や野生動物の被害によって獲れる量も違うし、傷付いてしまう果実もある。それに高級品だからとあぐらをかいて流行を敏感に取り入れなければ、その内手に取ってもらうことも出来なくなる可能性だってある。
 そこで、この周辺諸国からも人の集まるホテルに目をつけ、ここでの食事や土産物屋や併設された外の植物園にあるカフェでステンホルム産の林檎を使って、料理や飲み物として提供してもらっているのだ。


 このホテルのロビーに面したラウンジは、人の出入りもそれなりにあり、流行を感じるにはもってこいだ。だから、新聞などを読みながら長い時間を過ごしている。


 そこで、あるとき大きな声で話す客が入って来た。賑やかな場所ではあるが、周りに気を配る事もなく出される声に周囲の人々はどんな人物なんだと気にしつつ遠巻きに見ていた。


「おい、本当にシーグルドの娘で間違いないんだろうな!?」

「そのシーグルドって人は知らないけど、言ったでしょう?フランソンって名乗ってたんだ!白いワンピースを着てさ、とっても清楚だったんだよ!」

「フランソンならそうだと思うが、それは八年も前の話なんだろう?
 まぁ誰でもいいが、うまくやるんだぞ!
 そうすれば、伯爵家ではあるがまぁフランソン家ならそれなりに金はあるだろうからな!ガハハハ!!」

「そうだけど、すっごく可愛かったんだよ!白いワンピース、着てきてくれるかなぁ!
あ、でも父上、絶対にあげませんからね!」

「ふん、十七歳の小娘なんだろう?ガキじゃないか!まぁでも、早熟であれば少しくらい…」

「駄目だって言ってるでしょ!?僕のモノだからね?
 あぁ、どんな風に成長してるのかなぁ?清楚さが増してるかなぁ。ますます可憐になってたりして?楽しみで涎が出ちゃうよぉ。」

「おいビリエル、最初が肝心だぞ?お前はワシに似て色男なんだから大丈夫だとは思うが、そうだなぁ次のデートにも誘うんだぞ?」

「そうだね!勿論だよ!」


ーーー
ーー


 フランソン?伯爵家?まさか、とは思ったがそのまさかだった。その後現れた姿は、あの八年前の面影を色濃く残したまますっかり女性のそれとなっていた。

 八年前、とは。

 そう、俺が忘れられない出来事となった、弓当て会。
 普段であれば子供のお遊びの会。だからこそ十二歳となった俺は、そんな遊戯に参加する気もなかった。すでにステンホルム侯爵家を継ぐ嫡男として学ばされていた事もあり自覚も少しずつ芽生えてきていた。無駄な事もせず、必要な事を学ぶ日々。
 だが、ステンホルム産の林檎を子供の部の賞品とする事が決まり、なんならお前も出場してこいと父から言われたのだ。

 弓は、男の嗜みとして幼い頃よりやっていた。だから確かに出場しても恥ずかしい思いはしなくてすむ。だが、十二歳になった俺に、子供の部で出場してこい、とは別の意味で恥ずかしい。
 確かに、大人の部の参加権は十二歳の俺にはない。だからって…。

 そんな葛藤する思いを抱えながら参加した会だったが、心から出場してよかったと思った。あんな惨劇が待っているなんて誰も思ってもいなかっただろう。

 弓当て会に参加した俺より背の低い子は、フードを目深に被っていた。隣にいたから鮮明に覚えている。フランソンと名乗っていたからてっきりフランソン伯爵家の長男スティーグかと初めは思っていた。
 しかし、大人の部で参加した人が失敗したのか腹に矢が刺さった猪が暴走してきた時、逃げる事よりもこの場を収めようとした姿に俺ははっとしたんだ。

 〝誰かに任せればいい、自分たちは関係ないんだから逃げればいい〟

 そんな思いを払い除け、自ら動いたその子に俺は酷く胸を打たれた。
 まだ力が弱いからか、猪を余計に苛立たせてしまったその子の射った矢に続き、自分がやらなくてどうすると射貫いたあと、その子を見遣るとどう見てもあどけない少女だった。

 それに再び驚くも、彼女にいろんな事を教えられた気がした俺は気恥ずかしくもあり、その事をそれ以降考えないようにはしていた。

 …実際は、どうだったかなんて一目瞭然だ。忘れようとするどころか、次の年の弓当て会に見学に行ってしまったんだ。


 その日以降、俺はその時の彼女に恥じないようより一層さまざまな事に励んだ。自分に傲ることのないよう、気を配りながら。



ーー
ーーー


 …良くないとは思うが、話が聞こえてくる。
 どうやらショールバリ侯爵家が無理矢理この話を付けたようで、フランソン伯爵は納得いかない顔をし、口調もそれをそのまま表面化したように接していた。
 それでも、ショールバリ侯爵はその様子に気づいていないのか、はたまた気づかないフリをしているのか半ば捲し立てるように話を進めると、ものの十分ほどで席を立っていった。


(なんともお粗末な侯爵だったな。先代は素晴らしい手腕だったと聞くが、今はそうではないとみえる。しかも子息まで…。
 フランソン伯爵令嬢…アウロラ嬢はあんな男でいいのだろうか?)


 自分の胸に得体のしれない想いが沸き立つのを感じたが、いけ好かない親子ショールバリ侯爵親子を見たからだと思い、気持ちを切り替えるように冷たくなった目の前の珈琲を口の中へ流し込んだ。




☆★


 夜。売店の売り場を確認して部屋へと戻ろうとすると、偶然にもアウロラ嬢とフランソン伯爵の二人に会った。どうやらレストランに入ろうとしたが満員のようだったので、二階にもあることを伝えた。
 フランソン伯爵は王宮で働かれている為、俺が仕事で王宮に行く際にたまに会ったりするし、数年前大変だった時に助けてくれた事もあり、顔見知りでもあった。けれども、俺は全くの私服で、髪も整えていなかった為はっきり気づかれたのかは分からない。でも半ばゴリ押しのように印象付けるため手にしていた林檎を渡してしまったが果たして怪しくはなかっただろうか。
 しかも思わず名前を呟いてしまったし、変な奴だと疑われていなければいいが…。

 うちの林檎は、毎年として幾らかフランソン家へと送っている。それは、俺が当主になる一年ほど前。酷い天候不良に見舞われ林檎が不作だった年、フランソン家が救済を買って出てくれたのだ。
領民が生きながらえれるようにと、かなりの額だった。それが無ければ、どうなっていただろうか。
このエーレブルー国では寄付や投資などは貴族の間では嗜みや取引のようなものでごく一般的だ。返済は必要なく、寄付だとは言われていたが、それ以来毎年林檎を送っている。



 同じホテルの敷地内にいるからか、目についてしまう。そして、目で追っているとアウロラ嬢は毎回あの男の扱いに困っているように見える。腹立たしい事この上ない。
 昨日は読んでいた新聞を無意識に破ってしまい、それを知った母に『まだ読んでなかったのに!』と怒られたんだった。


 しかし、昼頃に会ったアウロラ嬢は一人だった為咄嗟に引き留めてしまった。それでも嫌な顔せずに足を止めてくれたのにはなぜだか心が浮き立ったように感じて気恥ずかしかった。こんな感情は初めてだったが、不思議と嫌な気はしなかった。

 が、次の瞬間。

 母と妹にそれを見られた時はなぜだか隠れたい気持ちになってしまった。仕事で、人と会っている時にはそんな想いをした事は一度もなかったんだが。

 けれども、どうやら母と妹がアウロラ嬢に世話になったようだった。それがなぜか自分の事のように誇らしく思った。

 偶然にも元王族であったイクセル様に会ったのは背筋が伸びる思いがしたが、アウロラ嬢に会えた事を述べると薄らではあるが微笑まれたように感じ、また許可も得られたため、これは自分に正直になった方がいいのではないかと感じたんだ。

 弓当て会の後、それ以降の大会などに出向いてイクセル様に会えたときにそれとなくアウロラ嬢の事を聞いてもはぐらかされ、果ては詮索するな、とまで言われてしまっていたが、それも含めて許可が下りたように感じたんだ。


 その後、母と妹のワガママ援護もあり、食事に誘える事になったのは心が満たされるようだった。


 心が温まる、満たされる。こんなにも揺れ動く気持ちに戸惑いはあるが、部屋に戻った時母と妹に『彼女が家族になったら嬉しい』と言われた後押しもあり、結婚なんてもっと後だと思っていた自分の考えを改めようと決意した。
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