おいしい理由~クイーンが魅せる非日常~

水無月

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1「たくさんくれたから、僕のもあげるね」

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 終わった。
 人は死ぬとき、意外と悟るものなのだと理解する。
 時刻は夜7時。
 放課後、図書室で課題を済ませた俺は、棟の外に設置された非常階段を使い、大学を出るつもりでいた。
 階段は使用禁止の貼り紙がされていて、普段、誰かが使うことはない。
 ただ、俺はこの階段が好きだった。
 誰も使わない、人目につかないこの階段を使っていると、どこか非日常感が味わえる。
 大学に入学して1年と少し経つけれど、この階段を初めて使ったのは約1か月前のこと。
 使用禁止にされているのも、非常時でもないのに使うな程度のことだろうと、軽く考えていた。
 それがまさか、劣化していたなんて。
 気づくと俺は、2階から1階に続く踊り場へと転落していた。
 足を踏み外したわけじゃない。
 直前まで3階にいたはずで、ようは床が抜けたのだ。
 抜けて、落ちて、転がって、なんとかこの場に留ることは出来たけど、体がまったく動かない。
 たぶん血も溢れてる。
 きっと誰にも気づかれず、このまましばらく放置されるだろう。
 せめてスマホに手が届えば、助けを呼べるのに。
 陽も沈み、5月にしてはいやに冷える。
 寒くてたまらない。
 俺の体がやばい状態なのかもしれない。
 痛いのに、痛がる余裕もない。
 意識も朦朧としてきた。
 なにもかも諦めそうになったそのとき、下から、カン、カン……と、階段を登ってくる足音が響いてきた。
 助けを待っている時間は、たった数分だったかもしれないけれど、ものすごく長く感じた。
 校舎から漏れる明かりが、整った男の顔を照らし出す。
 俺を覗き込んだのは、同じ講義を取っている御門総一だった。
 ホストでバイトしているらしいなんて話も聞く。
 人当たりがよく、ノリもよく、綺麗な見た目をしていた。
 外見も中身も整っているもんだから、彼がモテるのも当然で、妬みの対象にすらならない。
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 だから俺は、入学直後、教室で一目見たときから心がざわついたけど、気づかないフリをして終わらせた。
 その選択は、間違ってなかったといまでも思ってる。
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 そんな御門くんが、死ぬ間際の俺を覗き込んでいた。
 もし御影くんが心配でもしてくれたら、終わらせたはずの想いが始まってしまうかもしれない。
 ただ、そんなことよりいまは御門くんにすがるしかない。
「死ぬ……」
 俺はなんとか力を振り絞って、いまの状況を御門くんに伝える。
 伝えた瞬間、実感してしまったのか、涙が溢れてきた。
 そんな俺を見て、目の前の男は、なぜか笑みを漏らす。
 どこかうっとりした表情にも見えた。
 俺を安心させるために笑っているのか、なんなのか。
 正直、まったく安心出来ない。
 笑っている暇があるのなら、救急車くらい呼んで欲しいのに。
 心配なんてしてくれないらしい。
「結城くんじゃん。こんなところでなにしてるの。風邪ひいちゃうよ」
 どうやら、俺の名前は知っているらしい。
 智哉の友達だからか。
 いまは風邪の心配をしている場合じゃないのに、御門くんはスマホを取り出すこともなく、なぜか俺のベルトに手をかけた。
 されるがまま、ズボンを脱がされていく。
 どういうつもりか、ぼんやりする俺の頭では、理解出来なかった。
 抵抗する余裕もないし、そもそも言葉を発するのも辛い。
「見る?」
 御門くんの問いかけにも、俺は当然答えられないでいた。
 ただ楽しそうに笑う御門くんをぼんやり見つめていると、左膝を立てさせられる。
「うっ……」
 激痛が走った。
 仰向けで寝ている俺の目に、血だらけの太ももが映り込む。
 目にした瞬間、頭がクラクラした。
 いままで、自分の血がこんなに溢れるところを見たことはない。
 人の血だってそうだ。
 見ているだけで、気持ち悪くなる。
 御門くんは、そんな血だらけの太ももに、あろうことか舌を這わせてきた。
「は……」
 声にならない呼吸が漏れる。
 怪我をしたとき、舐めたりすることもあるけれど、そのレベルの怪我ではない。
 実はバカなのかなんて失礼なことを思ったけど、徐々に恐怖心が芽生えてきた。
 溢れていた血を丁寧に舐め取られると、傷口があらわになる。
 皮が捲れていて、俺は思わず目を逸らす。
「うう……」
「あは……怖いんだ? かわいいね」
 これまで太ももを舐めていた御門くんが、俺の顔を間近で覗き込む。
 唇が真っ赤に染まっていた。
「見えてないよね。頭からも結構、血、出てるよ」
 知りたくなかったけど、だいたい想像出来ていた。
「死ぬ……」
「死なないよ。この程度じゃね。ちょっと大袈裟すぎ。でも……すごいそそられる」
 御門くんは、俺の頬に左手を添えると、首筋に顔を埋める。
「少し、ちくっとするからもしれないけど、がんばって」
 まるで医者が子どもに言うように、優しい口調で告げられた後、首に違和感を覚えた。
 痛みはない。
 というより、頭と足の方が痛くてよくわからなくなっているのかもしれない。
「う……ひぅ……ん……」
 気づくと俺は泣いていた。
 キラキラした男が、怪我をして涙ぐむ俺を笑って、ズボンを脱がせて、血を舐めて、首に吸いついているから。
 嫌悪感よりも、恐怖心の方が強い。
 怪我に対する恐怖心と、理解出来ないものに対する恐怖心。
 恐怖心……だと思う。
 御門くんはゴクゴク喉を鳴らしていた。
 何を飲んでいるのか、俺には怖い想像しか出来ない。
 子どもの頃、兄と見た吸血鬼の映画が頭に浮かんできた。
 あれのせいで、俺は人一倍、血が苦手になってしまったんだと思う。
「死ぬ……」
「ん……さすがに、このままじゃ死ぬね」
 さっきは死なないって言ってたのに。
 やっぱり死ぬのか。
「結城くん、たくさんくれたから、僕のもあげるね」
 御門くんは頭をあげると、自分の左中指と人差し指を口に含む。
 その後、口から取り出された指は、傷ついてしまったのか、赤い血が滲んでいた。
「うう……」
 見ているだけでまた泣き出したくなる。
 目を伏せた瞬間、俺の口になにかが差し込まれた。
「んう……!」
 反射的に目を見開くと、蕩けた表情を浮かべる御門くんがすぐそこにいた。
 御門くんから、目が離せない。
 突っ込まれていたのは、御門くんの指で、妙な味がした。
 喉の方に流れ込んでくる液体は、もしかして血だろうか。
 そう思った瞬間、俺は咳き込んでいた。
「かはっ……うっ……くっ……」
「ああ……寝たままじゃ飲みにくいか」
 なんで、御門くんは俺に血を飲ませようとしているのか。
 怖いのに、逃げ出せない。
 御門くんは俺の口内に指を入れたまま、上半身を抱き起こす。
 後ろに回り込むと、また首筋に吸いついてきた。
「もったいない。きみとしゃべってる間に、たくさん流れちゃった……」
 御門くんの指が、俺の舌を撫でる。
 傷口を、擦りつけられているみたい。
 これが御門くんの血の味……。
 鉄っぽい嫌な味でもするかと思っていたのに、意外とそうでもない。
 ほんのり甘くて、おいしい気さえする。
 口の中にたまった唾液と血を、コクリと飲み込む。
「ん……」
 元々ぼんやりしていた頭が、さらにぼんやりしてきた。
 ほぼ無意識の状態で御門くんの指を吸う。
「ん……結城くん、上手。もっと吸って」
 言う通りにしたいわけではないけれど、御門くんから溢れる血を味わっていると、なぜか痛みが和らいでいく。
 俺自身、血を流し過ぎて、もういろいろ麻痺しているのかもしれない。
 舌を撫でられるのも、心地いい。
「んぅ……ん……」
「すごくおいしそうにしゃぶってくれるね……」
 御門くんの言う通り、おいしくて、気持ちよくて、もっと欲しくなってしまう。
「ん……ん……」
「ん……? ああ、もっと欲しいの? いいよ。歯立ててみて。思いっきり、しちゃっていいからね」
 御門くんが、俺の犬歯に指を押し当てる。
 ダメだとわかっているのに、促されるがまま歯を立てると、御門くんの味が広がった。
「ん……んぅっ……んく……」
「ふふ……いっぱい飲んでる。おいしいね……」
 さっきまで、俺の血を飲んで笑う御門くんに恐怖を感じていたはずなのに。
 俺はいま、同じことをしているのだと気づく。
 なんでこんなに、おいしいんだろう。
「……ウトウトしてきちゃった? いいよ。そろそろ寝て。僕はもうちょっと味わうから」
 たくさん飲まれる。
 たくさん飲まされる。
 異常だ。
 非日常すぎる。
 俺が好きな非日常は、もう少し穏やかなもので、こんな激しいものじゃない。
 階段、御門くん、血……。
 俺の中の非日常が、一気に襲い掛かってくる。
 恐怖でしかないのに、睡魔が思考を鈍らせた。
 麻酔を打たれたら、こんな感じだろうか。
 酒はどうだろう。
 とにかく眠い。
 目を伏せて、ただ口の中の指をしゃぶる。
 御門くんの指なのに、安心してしまう。
 抱きかかえられているからか。
 いつの間にか、寒くなくなっていた。
「おやすみ……」
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