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2「あいつに誘われたら、みんな断れない……」
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次に俺が目を覚ましたのは、ベッドの上だった。
馴染みのある天井で、そこが学生寮の自室だと気づく。
顔を横に向けると、俺が寝転がるベッドで友人が顔を伏せていた。
「智哉……?」
「司! 起きたんだな」
友人……智哉は、まるで犬みたいに純真な瞳で、俺を覗き込む。
犬って言っても、警察犬みたいにかっこいいタイプの犬で、ただよく見ると目がかわいい……そんな感じの男だ。
「このままずっと起きなかったらどうしようかと思った。まあ、さすがにそれはないか」
「う、うん……」
「いくらなんでも熟睡し過ぎだろ」
智哉の笑顔に少しほっとしたものの、いまいち状況が掴めないでいた。
俺は非常階段を使って、転落したはずだ。
身動き出来ないでいると、そこに御門くんが現われて……たしか血を舐められた。
俺も、舐めさせられた。
……そんなおかしなこと、あるはずないんだけど。
夢でも見たんだろうか。
それはそれで最悪だ。
夢とはいえ、死にかけた上、勝手に御門くんを登場させて、あんなこと……。
「司? 大丈夫か?」
「あ、うん。ちょっと記憶が飛んでるみたい……」
時刻は、23時を迎えようとしていた。
「俺、いつ部屋に……」
「御門が司をここまで運んでくれたんだ」
「御門くんが?」
御門くんの名前を出された瞬間、鼓動が速くなった。
「ここの学生寮に、俺も司も住んでるって、御門には前に話してたんだけど。司の部屋、どこか教えて欲しいって連絡来たんだ。教えた後、気になって来てみたら、御門が司のこと寝かせてたってわけ」
智哉の犬の目が、わずかに揺らぐ。
その理由は御門くんだ。
智哉は、御門くんのことがどうやら好きらしい。
「智哉……御門くんとは……」
「ああ……うん、なにもないんだよな? 御門も言ってた。司がぐっすり眠って動かなかったから、連れて来ただけだって……」
ぐっすり眠っていた……ということは、あのありえない事態は、やっぱり夢か。
「鍵はズボンのポケットから勝手に探らせてもらったって。ほらそこ、テーブルに置いてあるから」
「うん……」
「本当に……御門になにもされてない?」
もう一度、俺の目をじっと見つめながら、念押しするみたいに智哉が尋ねる。
嘘をつきたいわけじゃないけれど、俺もまだ頭の整理が出来ていない。
「よく覚えてなくて……でも、とりあえず運んでくれたみたいだし、お礼くらいは言おうと思う」
「そうだな……」
大学から寮までは、徒歩1分くらいの距離しかないけど、もし抱えてくれたなら結構大変だし、面倒をかけたことには違いない。
好きになりたくない、なんて理由でお礼を言わないわけにはいかない。
「無事、司も起きたし、俺も自分の部屋戻るよ」
「うん。智哉もありがとう。心配かけたみたいで……」
「寝ちゃってただけだろ。俺もつい大袈裟にしちゃったけど、そんな心配してないって」
「俺のこともだけど……御門くんのこと……」
智哉は寝転がったままでいる俺を見下ろしながら、苦笑いしていた。
「いいよ。覚えてないんだろ。さすがに寝てる相手に手を出すようなやつじゃないと思うし……」
「うん……」
「けど……御門は魔性の男だからな。あいつに誘われたら、みんな断れない……」
御門くんはあの色気で、これまでたくさんの人を相手にしてきたのだろう。
「智哉も……断れなかった?」
「え?」
「御門くんと……その……したんだよね?」
目を合わせていられなくて、俺は思わず智哉から視線を逸らした。
「俺は、してないよ」
「でも……」
「そういう冗談、やめとこ? もう行くから」
少し強引に話を終わらせて、智哉が立ちあがる。
俺も、ベッドから降りようとした瞬間、違和感を覚えた。
「あ……」
「いいよ、起きなくて。まだぼーっとしてるみたいだし。あとで鍵だけちゃんとかけておきなよ」
ひらひらと手を振って、部屋を出て行く智哉を見送る。
直後、俺は自分が体にかけていたブランケットを捲った。
ズボンの太もも部分が妙に強張っている。
黒地で目立たないけれど、なにか零したものが、そのまま固まって、へばりついているみたい。
そして、俺はそれがなにかを知っている。
おそらく血。
心臓がバクバクと音を立て始めた。
あれは、夢の中の出来事なのに。
恐る恐るズボンを脱いでみる。
太ももには、なにひとつ傷跡は残っていなかった。
「はぁ……やっぱり夢か」
体から一気に力が抜ける。
なんであんな夢を見てしまったのか、悩ましいけど。
ただズボンはゴワゴワしていて、やっぱり普通じゃない。
念のため、洗面所で水をかけてみると、赤い液体が流れてきた。
「……どっちなんだよ」
夢なのか、そうじゃないのか。
これだけ血が染み込むレベルの傷なら、痕が残っていないとおかしい。
太ももと、頭に怪我を負ったはず。
後頭部に触れると、髪が少しパサパサしていた。
これも血か。
でも痛くもなんともない。
このままというわけにもいかないし、ひとまずシャワーで髪を洗うことにした。
シャワーを浴びながら考える。
ズボンや髪についた血さえなければ、夢で済ませられたのに。
でも、夢にしては妙にリアルだった。
階段から落ちたときは、ものすごい激痛だったし、やっぱりあれが夢だとは思えない。
その後の御門くんとの行為は……もしかしたら、夢なのかもしれないけど。
明日、非常階段を見れば、なにかわかるだろうか。
お礼も言いたいし、御門くんとは話す必要がある。
「はぁ……」
少し気が重い。
智哉は『してない』って言ったけど、それが嘘だということを、俺は知っていた。
実際、目にしてしまったから。
1週間ほど前だったか、借りていたゲームを返すついでに、夕飯でも誘おうと智哉の部屋まで向かったときのこと。
インターホンを押しても返事がなくて、ドアを開けたら、御門くんと智哉が、いわゆるそういうことをしていた。
声を隠すためか、大音量で音楽が鳴っていて、インターホンに気づかなかったのも、そのせいだろう。
当然、すぐさまドアを閉めて、俺は自分の部屋に戻ったけど。
智哉はおそらく気づいていない。
御門くんはもしかしたら俺に気づいていたのかもしれないけれど、確認出来ていない。
逆に聞かれても困るし、この1週間、俺はなんとなく御門くんを避けるようにして過ごしてきた。
そもそも御門くんとの接点は、智哉くらいだし、避けるもなにもないんだけど。
あのときの光景は、1週間経ったいまでも、目に焼き付いてしまっている。
智哉はその日以来、やたら御門くんの話をするようになった。
かっこいいとか、色っぽいとか、優しいとか。
気づいたら口にしている感じで、その後、なんでこんなこと言っちゃったんだろうって、智哉はいつも焦ってるんだけど。
俺から見れば、ただの照れ隠しで、智哉が御門くんのことを好きなのは明らかだった。
見間違いでなければ……智哉は抱かれてた。
……セックスしてた。
けど、御門くんと智哉はただの友達で、付き合っているわけではないらしい。
俺が知らないだけなのか、友達だけどそういうことをしてしまうのか。
俺には、隠しておきたいのか。
なんだかいろいろ、腑に落ちないでいた。
俺が智哉と知り合ったのは1年ちょっと前。
大学1年の頃。
教室には、目立つ派手なグループがいて、その中心にいたのが御門くんだった。
住む世界が違い過ぎて、なんだか怖くて、なるべく遠い席に座ったのを覚えている。
1人でいると、智哉の方から声をかけてくれた。
明るくて、いかにも好青年といった感じの雰囲気で、悪い印象はないけれど、普段なら、あまり友達にならないタイプだ。
地味で読書ばかりしている俺に、智哉が合わせてくれて、すごくありがたかったのを覚えている。
俺は智哉くらいしか友達がいないけど、智哉は違う。
誰とでも仲良くなれる智哉に、俺以外の友達がたくさんいるのは知っていた。
そのうちの1人が御門くんで、いまとなっては智哉が好きな相手。
そんな人と、俺はいったい、なにをしてしまったんだろう。
馴染みのある天井で、そこが学生寮の自室だと気づく。
顔を横に向けると、俺が寝転がるベッドで友人が顔を伏せていた。
「智哉……?」
「司! 起きたんだな」
友人……智哉は、まるで犬みたいに純真な瞳で、俺を覗き込む。
犬って言っても、警察犬みたいにかっこいいタイプの犬で、ただよく見ると目がかわいい……そんな感じの男だ。
「このままずっと起きなかったらどうしようかと思った。まあ、さすがにそれはないか」
「う、うん……」
「いくらなんでも熟睡し過ぎだろ」
智哉の笑顔に少しほっとしたものの、いまいち状況が掴めないでいた。
俺は非常階段を使って、転落したはずだ。
身動き出来ないでいると、そこに御門くんが現われて……たしか血を舐められた。
俺も、舐めさせられた。
……そんなおかしなこと、あるはずないんだけど。
夢でも見たんだろうか。
それはそれで最悪だ。
夢とはいえ、死にかけた上、勝手に御門くんを登場させて、あんなこと……。
「司? 大丈夫か?」
「あ、うん。ちょっと記憶が飛んでるみたい……」
時刻は、23時を迎えようとしていた。
「俺、いつ部屋に……」
「御門が司をここまで運んでくれたんだ」
「御門くんが?」
御門くんの名前を出された瞬間、鼓動が速くなった。
「ここの学生寮に、俺も司も住んでるって、御門には前に話してたんだけど。司の部屋、どこか教えて欲しいって連絡来たんだ。教えた後、気になって来てみたら、御門が司のこと寝かせてたってわけ」
智哉の犬の目が、わずかに揺らぐ。
その理由は御門くんだ。
智哉は、御門くんのことがどうやら好きらしい。
「智哉……御門くんとは……」
「ああ……うん、なにもないんだよな? 御門も言ってた。司がぐっすり眠って動かなかったから、連れて来ただけだって……」
ぐっすり眠っていた……ということは、あのありえない事態は、やっぱり夢か。
「鍵はズボンのポケットから勝手に探らせてもらったって。ほらそこ、テーブルに置いてあるから」
「うん……」
「本当に……御門になにもされてない?」
もう一度、俺の目をじっと見つめながら、念押しするみたいに智哉が尋ねる。
嘘をつきたいわけじゃないけれど、俺もまだ頭の整理が出来ていない。
「よく覚えてなくて……でも、とりあえず運んでくれたみたいだし、お礼くらいは言おうと思う」
「そうだな……」
大学から寮までは、徒歩1分くらいの距離しかないけど、もし抱えてくれたなら結構大変だし、面倒をかけたことには違いない。
好きになりたくない、なんて理由でお礼を言わないわけにはいかない。
「無事、司も起きたし、俺も自分の部屋戻るよ」
「うん。智哉もありがとう。心配かけたみたいで……」
「寝ちゃってただけだろ。俺もつい大袈裟にしちゃったけど、そんな心配してないって」
「俺のこともだけど……御門くんのこと……」
智哉は寝転がったままでいる俺を見下ろしながら、苦笑いしていた。
「いいよ。覚えてないんだろ。さすがに寝てる相手に手を出すようなやつじゃないと思うし……」
「うん……」
「けど……御門は魔性の男だからな。あいつに誘われたら、みんな断れない……」
御門くんはあの色気で、これまでたくさんの人を相手にしてきたのだろう。
「智哉も……断れなかった?」
「え?」
「御門くんと……その……したんだよね?」
目を合わせていられなくて、俺は思わず智哉から視線を逸らした。
「俺は、してないよ」
「でも……」
「そういう冗談、やめとこ? もう行くから」
少し強引に話を終わらせて、智哉が立ちあがる。
俺も、ベッドから降りようとした瞬間、違和感を覚えた。
「あ……」
「いいよ、起きなくて。まだぼーっとしてるみたいだし。あとで鍵だけちゃんとかけておきなよ」
ひらひらと手を振って、部屋を出て行く智哉を見送る。
直後、俺は自分が体にかけていたブランケットを捲った。
ズボンの太もも部分が妙に強張っている。
黒地で目立たないけれど、なにか零したものが、そのまま固まって、へばりついているみたい。
そして、俺はそれがなにかを知っている。
おそらく血。
心臓がバクバクと音を立て始めた。
あれは、夢の中の出来事なのに。
恐る恐るズボンを脱いでみる。
太ももには、なにひとつ傷跡は残っていなかった。
「はぁ……やっぱり夢か」
体から一気に力が抜ける。
なんであんな夢を見てしまったのか、悩ましいけど。
ただズボンはゴワゴワしていて、やっぱり普通じゃない。
念のため、洗面所で水をかけてみると、赤い液体が流れてきた。
「……どっちなんだよ」
夢なのか、そうじゃないのか。
これだけ血が染み込むレベルの傷なら、痕が残っていないとおかしい。
太ももと、頭に怪我を負ったはず。
後頭部に触れると、髪が少しパサパサしていた。
これも血か。
でも痛くもなんともない。
このままというわけにもいかないし、ひとまずシャワーで髪を洗うことにした。
シャワーを浴びながら考える。
ズボンや髪についた血さえなければ、夢で済ませられたのに。
でも、夢にしては妙にリアルだった。
階段から落ちたときは、ものすごい激痛だったし、やっぱりあれが夢だとは思えない。
その後の御門くんとの行為は……もしかしたら、夢なのかもしれないけど。
明日、非常階段を見れば、なにかわかるだろうか。
お礼も言いたいし、御門くんとは話す必要がある。
「はぁ……」
少し気が重い。
智哉は『してない』って言ったけど、それが嘘だということを、俺は知っていた。
実際、目にしてしまったから。
1週間ほど前だったか、借りていたゲームを返すついでに、夕飯でも誘おうと智哉の部屋まで向かったときのこと。
インターホンを押しても返事がなくて、ドアを開けたら、御門くんと智哉が、いわゆるそういうことをしていた。
声を隠すためか、大音量で音楽が鳴っていて、インターホンに気づかなかったのも、そのせいだろう。
当然、すぐさまドアを閉めて、俺は自分の部屋に戻ったけど。
智哉はおそらく気づいていない。
御門くんはもしかしたら俺に気づいていたのかもしれないけれど、確認出来ていない。
逆に聞かれても困るし、この1週間、俺はなんとなく御門くんを避けるようにして過ごしてきた。
そもそも御門くんとの接点は、智哉くらいだし、避けるもなにもないんだけど。
あのときの光景は、1週間経ったいまでも、目に焼き付いてしまっている。
智哉はその日以来、やたら御門くんの話をするようになった。
かっこいいとか、色っぽいとか、優しいとか。
気づいたら口にしている感じで、その後、なんでこんなこと言っちゃったんだろうって、智哉はいつも焦ってるんだけど。
俺から見れば、ただの照れ隠しで、智哉が御門くんのことを好きなのは明らかだった。
見間違いでなければ……智哉は抱かれてた。
……セックスしてた。
けど、御門くんと智哉はただの友達で、付き合っているわけではないらしい。
俺が知らないだけなのか、友達だけどそういうことをしてしまうのか。
俺には、隠しておきたいのか。
なんだかいろいろ、腑に落ちないでいた。
俺が智哉と知り合ったのは1年ちょっと前。
大学1年の頃。
教室には、目立つ派手なグループがいて、その中心にいたのが御門くんだった。
住む世界が違い過ぎて、なんだか怖くて、なるべく遠い席に座ったのを覚えている。
1人でいると、智哉の方から声をかけてくれた。
明るくて、いかにも好青年といった感じの雰囲気で、悪い印象はないけれど、普段なら、あまり友達にならないタイプだ。
地味で読書ばかりしている俺に、智哉が合わせてくれて、すごくありがたかったのを覚えている。
俺は智哉くらいしか友達がいないけど、智哉は違う。
誰とでも仲良くなれる智哉に、俺以外の友達がたくさんいるのは知っていた。
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