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王都防衛編
128.群青騎士のリンデンベルガー
しおりを挟む鎧を着ると少し落ち着いた。フルフェイスの兜は付けていてもそれほど苦ではないが、やはり首回りがわずかに圧迫される気がするので、まだ外したままだ。大剣を背に付けて、玄関に立ったまま私はちらりと背後を見やる。
先輩方が勢ぞろいだ。クリス様は真摯に私を心配してくれたが、他の先輩方は若干からかい混じりに見守ってくださっている。
全員が即座に飛び出すようなら止めるように、というエリーアス様の命を受けてるとは思いもよらない私が、ふす、と鼻を鳴らして今度は寮監室に視線を移した。開きっぱなしのドアから怒鳴り声が漏れてくる。
「いや絶対だめ!僕も出るって……はぁっ?それはそちらの都合だろドマニ!」
なにやら、エリーアス様が副団長と言い争っている。あのあと短くもう一度頭痛が走り、許可を取った者は至急出撃せよ。と追加の命が下った。相変わらず危機レベルは3のままだったが、言葉裏に許可取れないようなことがないように、という意図が感じられる。エリーアス様はまだ私に許可をくれなかった。それどころか30分ほど、通信魔具でずっと言い合っている。
リンデンベルガーの騎士として、私は立派に戦えるのだから早く行きたい。座標を聞くに、足で向かうと遠いようなのだ。ここのところずっとおまんこしている私でも、給料というものは出ている。だから早めに辻馬車を拾って、行ってもらえるところまででも進みたい。
到着が遅れて、兄弟たちから役立たずと思われるのは嫌だ。……アッでも、兄弟たちのピンチに颯爽と駆けつける群青騎士の私。どんな魔物なのか、連絡では詳細がないからわからなかったが、それでも一発で大剣で薙ぎ払う私。……かっこよくないか?
期待に身体が揺れてしまう。もう許可をもらった体で出撃してしまおうか。そわりと私が足を動かすと、真向かいに立った男が距離を詰めた。間近で見つめられると威圧感が強い。
「ユストゥス……」
<トイレか?なら付き合うぞ>
私の奴隷は、私が勝手に飛び出すのを危惧しているようだった。なんとしても止める気があるのか、中指の指輪を動かして見せてくる。大狼に変化されたら手加減が難しい。
負ける気はないが、殺してしまう可能性がある。
「クンツくん。気が急ぐのはわかりますが待ちましょう」
「任務内容知らねえんだろ?エリーアスが確認するの待ってからにしろって。装備品変わるかもしれねえし」
「リンデンベルガーの騎士が勢ぞろいしてるの、俺ちょっと見てみたいなー」
「わかる。興味ある。みんなクンツに似てるのかな」
私を諫めようとするクリス先輩とライマー先輩の背後で、ジギー先輩とアンドレ先輩が興味津々な眼差しを向けてくる。先輩方が集まっているおかげで、一部の奴隷まで控えていて広いはずの玄関が手狭に感じられた。
「はーぁ……可能ならジギーかクリスを連れていきたかった」
ようやくぼやきながら、寮監室からエリーアス様が出てきた。準備万端な私を見て肩を竦める。
「今回は一輪隊と四聖隊から人員を折半になった。ドマニが引かなくて。一輪隊からは僕、四聖隊からはドマニリア・ランドが出る」
「群青騎士の隊長クラスが、2人も出るような任務とは聞いていないのだが」
ライマー先輩が口にした通り、一体どんな任務なのか概要さえ連絡はなかった。ただ集まれとしか連絡がない。私たちが呼ばれるのだから、おそらくは私たちで片付けられる問題なのだとは思うが、ここでエリーアス様に出撃されて、私たちリンデンベルガーが集まった意味がなくなるのは困る。
困惑したまま呟くと、チッと行儀悪くエリーアス様が舌打ちをした。
朝食時と比べて、ずいぶんやさぐれてしまわれたな、エリーアス様。
「マインラート。ベッカーと一緒にボクの装備取ってきて、ここで着替える」
<わかりました>
急ぎ足で2人が倉庫に向かって走っていった。目の前でエリーアス様が服を脱ぎだす。眉間に皺が寄り、大変不機嫌そうだ。
「……エリーアス様が準備できるまで、飛び出したりしないぞ?」
「クンツが言ったんだろう?上位命令が出れば僕よりそっちに従うって。嫌な予感がするから急ぎたい。……今回、群青騎士団には出撃要請が出てないのも不気味だ」
「えっでは出撃しては「僕とドマニの2人で手を回して、ぎりぎり群青騎士2名の出撃を!ついさっきもぎ取ったんだよ!」」
その出撃する2名を、誰にするかで言い争っていたらしい。怒られて私は首を竦めた。
ほぼ下着のみ身に着けた状態のエリーアス様に、インナーを手渡したマインラートが手際よく、ベッカーもそれを追うように、装備を整えていく。すぐさま仕上がる英雄の姿に私はあっけに取られた。
「王都から北北東にある山のダムに魔蜂が巣を作ったんだって。今回の任務はそれの駆除を、リンデンベルガーが総出で行うらしい」
「まばち?」
「巣を作って移動する肉食の蜂型魔物だ。ネズミサイズの大きさで動きも早い。基本数が多いから厄介だけど、駆除はそこまで難しくない」
退治が難しくないというのであれば、エリーアス様もランド様も過剰戦力だろう。ますますリンデンベルガーの立つ瀬がなくなる。
「エリーアスなら、巣ごと一発で焼き落とせるんじゃねえのそれ」
私が思った疑問を、そのままライマー先輩が口にした。眉間のしわを緩めないままエリーアス様が答える。
「そうだよ。僕なら一発だし、群青騎士ならほとんど苦労せずに倒せる。なのに僕らには出撃要請が来ない理由がわからないんだ。クンツ、リンデンベルガーの騎士が何人集まってるかわかる?」
「私たちは減っては増えるからな。正確な数は把握していない。前線にいる者は呼ばれていないし……最大で20人前後ぐらいだろうか」
15歳で成人を迎えれば、私たちは一人前と見なされて任務に赴く。死亡率が一番高いのはそこから数年間の間だ。それからは一部を除いて30歳前後まで生きれば長生きの部類だろう。
「それだけ集まっていて、さらにリンデンベルガーの群青騎士2人にも出撃させようとしてる。ランドも警戒するわけだよね」
「……、……はっそうだった!四聖隊にはもう1人、リンデンベルガーがいるのだったな!興味がないのですっかり忘れていた」
「クンツ……」
な、なんだ?皆の視線が冷たいぞ?増えては減るのだ、興味がないのも仕方ないだろう?
何となくまた怒られた気分でむすっと唇を尖らせていると、エリーアス様が軽く息を吐いた。軽く髪を弄ってぱっと離すと、きらきらと綺麗な金髪が差し込んでくる日の光に輝く。
「とりあえず、転移魔法で陣の近くまで飛ぶ。そこで四聖隊の2人と合流してから、リンデンベルガーの騎士たちの集合場所に行くよ。バルタザール、転移魔法は?」
「大丈夫、いつでも行けるよ!」
玄関を出てすぐの場所に設置されていた転移魔法陣に、座標を書き込んでいたバルタザールが、頼もしい返事をしてくれた。
走って向かうより、確かに転移魔法を使えた方が早い。今までの時間のロスを挽回できることにほっとした。
「マインラートは待機。ベッカーとユストゥスは、四聖隊の奴隷と馬車で、指定の位置まで来るように」
エリーアス様はてきぱきと指示を出しながら、さり気なくマインラートを抱き寄せて額に口づけを落とす。エリーアス様がマインラートに対して、出撃前にそんな素振りを見せたことはない。無駄に寮のほとんどが玄関に集まっていたので、皆の視線が釘付けになる。
口付けを受けたマインラートが、珍しく動揺していた。
マインラートの柔らかそうな頬にぱっと朱色が散り、唇がわずかに震える。何か言いたそうだったが、この場に私たちがいることを思い出したかのように顔を逸らすと、そのまま踵を返して寮の奥へ行ってしまった。
「僕が先に行く。クンツ、いいかい。僕はまだ出撃命令を出してない。着いて状況が確認出来たら指示するから、それまで待つんだよ?」
「あ、ああ」
さっきの抱擁と、うやうやしい口づけは何だったのか、問いかける間すら与えず、エリーアス様は玄関を出ると、さっさと魔法陣に入っていってしまった。光に包まれて、風になびく金糸があっという間に消えていく。兜をかぶって追いかけようとしたところで、コツンと軽く鎧を叩かれた。
<すぐ追いつくからな>
<嬢ちゃん、無茶はしねえでくれよ>
「ありがとう。任務の完遂を待っていてくれ」
ユストゥスの手話にはくすぐったさを、そしておじさまの手話にはほんのり温かい気持ちを貰って、私は気合を入れなおした。正直エリーアス様とランド様がいらっしゃるのであれば、私の活躍の場ないだろう。それでも応援されているのだから頑張らねば。若干落ち込みかけていた気分が浮上する。
背後で、<違う無理すんなって言ってんだよ!>と、手を動かしている2人には気付かなかった。
転移魔法陣に入って、上下がぐるんと入れ替わるような転移酔いを短い間味わった後、目を開けばそこは森の中だった。自然の草木の匂いに、連邦にいた時のことを思い出す。鳥の鳴き声と風が起こす葉音。魔物が発するような殺気立った気配も、ここはまだ感じられない。
エリーアス様の魔力を頼りに背丈の低い草を掻き分けて歩けば、すぐに見つけられた。
「エリーアス様!と、ランド様。お久しぶりです」
少し開けた空間にエリーアス様とランド様が立っていた。一度兜を外して頭を下げれば、じろりとランド様に睨みつけられる。相変わらずやせ細っていて、顔色も悪ければ眼光も鋭い。
草を踏みつぶしながらお2人に近づくと、ランド様の足元にもう1人いるのがわかった。群青に金の装飾。だが付いている紋章は一輪百合紋ではなく、火土水風を示す四聖紋だった。
こげ茶の髪は整髪剤かなにかで撫でつけられており、重たげな瞼は一族の特徴でもある。そばかすの散った男の顔の右頬から右瞼こめかみには、引き攣れた傷痕が残っていた。表情のない顔で見上げてくる男の片目は白く、左目と違い、ほぼ動かない。
……鎧がぶかぶかで身体に合ってないな。オーダーメイドで作っているはずの群青騎士の鎧でそうなるのは珍しい。
しかし驚いた。実家がこんな状態になった兄弟を生かしているとは。
私がまじまじと見下ろしていると、男は自分を指差して「いち、さん、にぃご」と呟いた。随分舌ったらずだ。先々代の三男の21子、でよいだろうか。
年齢は私とそこまで変わらないような気がする。だが私より先に群青騎士になったのであれば、年上の可能性も捨てきれない。
「1の13だ」
「え、なにその数字」
いつものように自己紹介を済ませた私たちに、エリーアス様が訝しそうに首を傾げた。その問いに対し、私より早く答えたのはランド様だった。親の仇でも見るような眼差しを、エリーアス様に向ける。
「リンデンベルガー同士の認識番号だ。こいつらは自分たちを数字で呼び合う。対外的に外用の名もあるがな」
「は……」
エリーアス様が絶句している。ご存じではなかったのだろうか。私たちは、ほんっっっとうに人数が多いのだ。
「こいつはグラルナー・リンデンベルガー。四聖隊のリンデンベルガーだ。ラル、立てるか?」
「うん」
グラルナーと呼ばれた兄弟は、ランド様に手を差し出され、その手に縋るようにして立ち上がった。私とは違い、軽装備の鎧だが、それでも鎧が重そうだ。それを兄弟より細いランド様がしっかりと支えた。
見たところ、左足も上手く動いていない。私の兄弟ということであれば、土魔法は使えるだろう。でも立てるし足も、腕もある。大丈夫だな兄弟。
「何か言いたげだな、リンデンベルガー。……ああ、ラルのことじゃない。一輪隊のだ」
兄弟をじっと見つめていた私に、ランド様が低い声を出す。自分が呼ばれたのかと、間近に居るランド様の顔を覗き込んだ兄弟に、ランド様はその眼光を緩めて優しい声色になった。
私に対してはとげとげしいのだが、随分と空気が変わる。エリーアス様が難しい表情でそれを見つめていた。
「ラルの動きが気になるか、一輪隊のリンデンベルガー」
どこか陰鬱な当てこすりのような口調に、思わずきょとんとしてしまった。慌てて首を横に振る。
「いえ。むしろ感謝を」
私の言葉にそんなことを言われると思っていなかったのか、ランド様は虚を突かれた表情になった。
「実家にいたのでは、壊れた兄弟は任務に出ることは出来ない。戦えるぞ、良かったな兄弟」
「うんったたかう!」
兄弟が任務に出れるのは嬉しいことだ。微笑みかけると、ようやく3・3・21は傷に引っ張られながらも、いびつな笑みを浮かべた。
たまに、大怪我を負っても生き延びることがある。他の騎士なら退官し、余生を過ごすという選択肢もあるだろう。だが私たちは違う。
死なずに生き残ってしまった場合、実家に回収されてなにかに使用される。他の人の役に立つ仕事だというが、名誉には程遠いというのが、私たち兄弟従兄弟たちの共通認識だ。
この兄弟は、本来なら任務を言い渡されずに回収されるほど、状態が悪い。だが群青騎士になったおかげか、ランド様のご尽力があったのか、きちんと任務で出撃できるのだ。良い上官を持ったのだな。
「活躍しような!」
「わたしっ、わたしもっ、ぶんぶん、ふる!」
私たちが意気投合していると、恐ろしく怖い顔でゆるゆるとランド様が長く息を吐いた。一度きつく目を閉じ、なぜだか眼差しが柔らかくなる。その瞳に複雑な感情が浮かんでいるようだったが、私にはよくわからなかった。
「そう、だな。お前も正しく、リンデンベルガーの騎士だったなくそったれ。……エリー、ラルは四聖隊になってからも怪我が止まらねえし10回近く記憶を失ってる。どっかのだれかさんのなれの果てだ。てめえただでさえ面倒抱え込んでんだ、手放した方がいいんじゃねえの?」
「その話は終わった話だドマニ。蒸し返さないでほしいな。……そろそろ行こう。向こうに数人、もう集まってる」
いつもより硬い声色で答えたエリーアス様は、そう言って歩き始めた。
エリーアス様とランド様は、わざとリンデンベルガーの騎士たちが集まる座標とは、少しずらした位置を転移先に指定したらしい。左足を引きずるようにしか歩けない兄弟が、ランド様に肩を貸されたまま歩くのを嫌がったので、全員の歩みは遅い。
ただまだ全員集まっているとは言えない状況らしく、私も急ぐ気持ちはなくなっていた。
「ちんちんっぶるぶる、されぅしゅき!」
「なるほど。私はな、正常位だ。でもたまに、後背位でおちんぽをおまんこにいれられながら、うなじに吸い付かれるのがたまらなく気持ちよくなるのだ」
「わかる、いい!ふわふわ」
「ふふ、ふわふわだな」
ちなみに普通に兄弟と話すなら、どの英雄が好きかという話になるのだが、3・3・21はランド様を上げ、私はエリーアス様を上げたので、英雄談義にはお2人からストップがかけられた。背後から誉め言葉が飛んでくるのは心境に悪いらしい。
だから共通の話を振るとなると、俄然性行為の話ばかりになってくる。同じ魔肛持ちの群青騎士同士だ。他の兄弟に性欲というものがあるのかわからないが、私たちにはある。
四聖隊にいる兄弟は、背面立位が好きらしい。立ったまま背後から揺さぶられて、自分のペニスがぶるぶる揺れるのが良いそうだ。なかなかにいい趣味をしている。
「……おいエリー、お前リンデンベルガーにどういう教育してんだよ」
「めちゃくちゃエッチ好きの、エロボディに仕立てたけど、なにか?誰も聞いてないならいいじゃないか」
先を歩く隊長たちが何やら言い争っているが、私たちは至って楽しく会話を続けた。道なき道を歩くので、前を行くお2人が切り開いてくれている。
そのうち、だんだんと水音が近づいてきた。会話も少し声を張り上げないと聞き取りにくくなってくる。
「クンツ、もうそろそろ着くよ」
「わかったエリーアス様。兄弟、有意義なおちんぽ談義出来て良かったぞ」
「うん!」
黙れ、と口外に告げられて、私は兄弟に向き直る。ふへ、と笑った兄弟も頷いてくれた。ほとんど私ばかりが話していたが、楽しかったようだ。たまには身内と話すのもよいものだな。
「わあっ」
大きく開けた場所に出て、兄弟が歓声をあげた。土魔法か何かで固められた巨大な壁の一部から、滝のように水が流れ落ちていく迫力は確かにすごい。だがそれとは別に私たちは言葉を失った。
王族の権威を示すために、国庫から資金が出て作られた建造物には王家の紋章が入れられることが多いというのは、王立学園在学中に教わった。ダムの壁面にも、その権威の象徴である紋章が大きく描かれている。
だがその紋章を汚すように、紋章の左下付近に魔蜂が巨大な蜂の巣を作り、周囲を警戒するように数十匹、飛び回っていた。
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