冷徹王子と身代わりの妃

ミンク

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第1章 魔犬

2.ルーツを持つ兄弟

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 少しのトラブルに見舞われたものの、婚姻式を無事終えることが出来た。
 参列者は婚約パーティーの時間まで、預けた荷物と共に客室で待機時間となる。メイド達は両手に重そうな荷物を持ち、自分の担当になる来客達を次々と部屋に案内していた。

「ユウト様はこちらです」

 白い髪を後ろでひとくくりにし、細いフレームの銀縁眼鏡をかけた、いかにも気難しそうなメイド長がユウトを客室に案内する係のようだ。
「はい」ユウトは疲れきっていた。
 婚姻パーティーまでの間に少しでも体を休めたい気持ちが強く、メイド長に従い早々に客室に引き上げることにした。
 ふと、リオルドに声だけでもかけるべきなのかと思ったものの、宰相と若い騎士と3人で話し込んでいるリオルドはこちらのことなど全く気にしていない様子だった。

 ーーまぁいいか。俺に興味も無いだろう

 メイド長の後ろに付いて歩き出すと、背後からドーーンという強い衝撃がユウトの背中を襲った。
「ぐうっ」急襲に何とか持ちこたえ、潰されたカエルのように唸ると、後ろから誰かに抱き締められていることに気づいた。

 なんとか顔を回して後ろを見ると、ユウトに抱きついていたのはクリスだった。
 小走りに寄ってきて飛び付いたようで、白い頬はうっすらと赤く染まり、息は乱れ、肩が呼吸に合わせて上下している。

「クリス、なにするんだ。痛いよ」

 抱きついてきたクリスから僅かに香る汗の匂いと、少し高い体温が布越しに伝わってきて、張りつめていた気持ちが少しだけ和らいだ。

「ユウト、今日はおめでとう。これからはまた一緒に居られるね!」

「うん。そうだけど、ちょっと苦しいよ」

 クリスは遠慮なしにぎゅうぎゅうとユウトの体を締め上げてくる。だが、クリスと体を密着させると、幼い日々を思い出して気持ちが落ち着く。ユウトが不安になった時、いつもクリスはこうやって抱き締め、落ち着くまで側にいてくれた。

 やっぱり安心する…にしても力強すぎやしないか。
 クリスは力を込めて抱き締めながらも、自分の頬をユウトの頬にスリスリと擦り付けてくる。

「ちょっ…クリスってば!くすぐったい」

「ふふふ。だって嬉しいんだ。僕だってずっとここに一人だったのだから」

 それを聞いてユウトは少し悲しい気持ちになり、抵抗するのを辞めて回された腕に自分の手を添えた。
 小さい時から城に出入りし妃教育を受けていたクリス。
 そんなクリスでも実際に王族ともなれば数々の気苦労もあるのだろう。

 ーーその気苦労の一つがリオルドであることは間違いない

「また後で会おうね。色々話そう」

 クリスは大きな瞳をキラキラさせて微笑むとパッとユウトから手を離した。

「もう宜しいですか」

 二人のやり取りを真横で見ていたメイド長が銀縁眼鏡を光らせて言った。この後始まるパーティーの準備やわがままな来客達の相手で、今日のメイド達は猫の手も借りたいほどの大忙しだ。ユウトの案内など早く済ませて仕事に戻りたいのだろう。

「うん。ユウトのこと宜しく頼むよ」

 クリスはメイド長に向かって朗らかに言ったが「承知しております。それが私の仕事ですので」とにべもなく返され、悲しそうにスカイブルーの大きな瞳を曇らせた。


 メイド長の後に続いて螺旋階段を上り西側の通路に出ると、長い廊下をヒタヒタと歩いた。

 ーーー妃というのは実際は立場が弱いのかも知れない。
 先程のメイド長とクリスのやり取りを見てユウトは考えていた。
 いくらメイドで一番高い位にいるとしても、使用人であることには変わりはない。王族であるクリスに対してあの態度は無礼にあたるのでは無いだろうか?
 それなのにクリスは言い返すでも、ムッとする訳でもなく言われっぱなしで佇んでいた。
 アーノルドが王位を継げば王妃となる立場なのに。


 カナーディルは精霊に守られた国
 領民達は王族を愛し、精霊レノディアを信仰する
 それと同じように精霊レノディアをルーツに持ち、王族と結婚し子を成す一族の男子に尊敬の念を抱く


 そう教えられて育ってきたけれど、実際には男が子供を産むことを受け入れられない人も多いのかもしれない
 かの伝説から一体どれだけの年月が経ったのだろう、人々は物語の中の精霊に感謝こそするものの、実在するルーツを継ぐもののことは気味悪く感じているのかも知れない
 クリスはこの大きな城の中で一人で耐えていたのだろうか

「こちらです」

 歩き続けていたメイド長が一つのドアの前で歩みを止めた。ドアは2枚合わせだが、1枚ずつがかなり大きく重そうに見える。扉には金細工が施してあり、明らかに来客用とは異なる空気を醸し出していた。

「では、入りましょう」

 メイド長が腕につけたシルバーのバングルをドアの鍵部分にあて何やら呟くと“カチッ”と音がして、ドアの鍵が開けられた。

 ーーー魔法で管理されている?
 ユウトは魔法を使うことが出来ない。
 というか、魔道具を造れるほどの魔力がある者に会ったことすら無い。
 カナーディルには魔力持ちがいるが、その数は決して多くない。魔法を使えるといっても物を数センチ浮かせますとか、何もないコップに半分水を入れられますとか…それだけでも周りからは拍手喝采の事態である。
 まれに町や村でも魔力の強い子供が生まれることがある。その子供は城に上げられ魔術師としての教育を受けることになるが、親としては名誉なことであり、月々決まった額の金貨が王家より生家へと贈られる。そのくらい魔力持ちはおいそれと会える存在では無いのだ。
 強い魔力を持つものはこのように城に集められた魔術師と、魔力を纏って産まれてくる王族の子孫のみだ。

 ーーこの棟は王族専用の居住区なのか。
 今思えば、招かれた来賓達はみな螺旋階段を上がると東側の通路に案内されていった。
 ユウト達が西側に曲がってからしばらくは一定の間隔で騎士が立っており、メイド長やユウトが通ると敬礼をしていた。
 今は騎士の姿も見えないほど城の深部に入り込んでしまっている。

 ユウトは焦った
 王族の居住区ということは、まさかリオルドと同室なのではないかという不安が一挙に押し寄せる。
 一般的には夫婦となれば同室、それが普通だろう。
 マグドー侯爵家でもご夫婦の来賓は1部屋にお通しする

 だが、リオルドとユウトは男同士だし、顔を会わすのも今日でまだ二回目だ。とてもじゃないが気が合う二人とは言い難いものがある。

 ユウトだって理解はしている
 いずれはあの男と子を為さねば成らないのだと。

 リオルドが言い出すまでユウトは妃候補でも何でも無かった。
 侯爵家の次男として教養をつけ、いずれは貴族の女性と結婚し、王族の妃となった兄の変わりにマグドー家を盛り立てていく。
 小さい時からそう教えられてきたし、それが自然なことだと思っていた。


「さぁ、ユウト様中へ」

 メイド長は片方のドアを中に押し明け、ユウトに入るように促すが、冷や汗や脂汗まで出てきて中々足が前に進まない。休みに来たというのに体調が余計に悪くなりそうだ

「あの、その部屋は俺…いや、僕だけの部屋になりますか?」

 勇気を振り絞って聞いたユウトにメイド長は不思議そうに首を傾げた

「リオルド王子との居室となりますが…」

 ーーーあぁー!そうだよな、そうでしょうとも!
 ユウトは段々自暴自棄になってきた。いつかはこの男に…と覚悟はしてきたものの、想像より早くその悲劇は起きそうな事態に陥っている。

「なるほど」

 何がなるほどかも分からないが、それ以外の言葉が浮かんでこない
 こうしていても仕方がないと室内に一歩足を踏み出すと

「あら~!ユウト様上手く出来てましたね!100点!」

 と赤毛でそばかす、大きな口でケタケタと笑う陽気な女性がユウトを出迎えた。
 ユウトは彼女を見ると安心して泣き出しそうになった

「メイ~~!」

 3日振りにあう教育係のメイの姿におおいに喜び、妃の方から営みを断る方法を何としてもメイから聞き出さなければならない、いや、絶対に聞き出してやる!と強く思った。



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