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完結編:『ゆうしゃの誓い、まほうつかいの旅立ち -さよならの向こうにあるもの-』
第4話 ずっと一緒に冒険を[4]
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卒業式まであと数日と控えた午後。
間近に卒業式が迫る校舎には、どこか静けさと余韻が残っていた。
ひとつひとつの情景が、もうすぐ終わってしまうのだと、なつみはぼんやり思った。
帰り道、なつみはそらたとふたりきりで歩いていた。
春の午後、坂道を下るたびに足元の影が長く伸びていく。
ふたりの足音だけが、ゆっくりとしたリズムで静かな道に響いていた。
空は穏やかな水色で、雲ひとつなく晴れている。
桜のつぼみが、ようやくほころび始めている。
春のやわらかな光が地面に模様を描き、時折吹く風がなつみのスカートの裾を揺らし、甘い春の匂いを運んでくる。
すぐ横を歩くそらたの存在が、なつみには今もとても近く、温かく思えた。
なつみは間近に迫る卒業式に心がふわふわしたまま、
「このまま、そらたと一緒に歩く毎日が、ずっと続くんだろうな」
そんな淡い予感のまま、坂道を下っていた。
これまでの日々が“当たり前”として流れてきたように、これからもずっと――
当たり前のように並んで歩き、当たり前のように笑い合う。
それがなつみにとって、一番幸せな未来のかたちだった。
けれど――
そらたの表情は、いつものようにやわらかいのに、どこか張りつめたものがあった。
ベンチで笑顔を見せていたあの時から、どこか様子が違う気がして、なつみは落ち着かない気持ちでそらたの横顔を何度も見つめていた。
ふたりの間には、いつもより少しだけ重たい沈黙が流れている。
何かを言いかけては飲み込むような、そんな雰囲気――
なつみは自分からは何も言い出せず、心の中でだけ不安がふくらんでいった。
ふと、春の風が強く吹いて、なつみの髪が頬にかかる。
そらたがそっと手でそれを直してくれた。
「もうすぐ卒業、だね」
そらたが小さく呟く。
「うん。なんだか、まだ実感わかないけど」
なつみも微笑んで返す。
その笑顔の下で、ふたりの距離だけがじわじわと遠ざかる気がして、なつみは不安を隠せなかった。
「なつみ……」
そらたが急に足を止めて、なつみの方を見つめた。
その目には、言葉にならない戸惑いと、どこか痛みのようなものが浮かんでいる。
「どうしたの?」
なつみも立ち止まり、そらたの表情を探るように顔を上げる。
そらたは何かを言いかけては唇を結び、数秒、視線を落とした。
そして、小さく息を吐いて、ようやく絞り出すように言った。
「……ぼく、引っ越すことになったんだ。卒業したら、すぐに」
なつみの時間が、その瞬間止まった。
耳鳴りのような沈黙がふたりの間に流れる。
さっきまでの春の風も、鳥のさえずりも、全部遠ざかってしまった気がした。
「……え?」
なつみは、今聞いた言葉が信じられなかった。
「それって……本当に?」
声が震えてしまう。
そらたは苦しげに笑う。
「うん。お父さんの仕事の都合で……。前から話はあったんだけど、決まったの、最近なんだ」
なつみの心の奥に、冷たい波が押し寄せる。
(そんなの、聞いてないよ……そらた……)
「ごめん……本当は、もっと早く言いたかったんだけど……なつみに、ちゃんと伝えたくて……」
そらたの目の奥に、泣きそうな光が揺れている。
なつみは何か言いたいのに、声が出なかった。
胸の奥が熱くなって、呼吸がうまくできなくなる。
「いやだよ……そらた……」
気づくと、なつみの目には涙が溜まっていた。
「ずっと一緒に冒険しようって……約束したのに」
そらたは、そんななつみを見て、言葉に詰まる。
ふたりの間に風が吹き抜けていく。
「……ごめん」
それだけを絞り出すように、そらたは言った。
*
なつみは立ち尽くし、涙でにじんだ世界の中で、そらたの顔だけがはっきりと見えた。
ふたりで過ごした日々が、脳裏に次々とよみがえってくる。
――図書館で、一緒にページをめくってお姉ちゃんが遺したメモの謎解きをした夏の日。
――公園のベンチで、アイスクリームを半分こした夕暮れ。
――体育祭で一緒に走って、転んだなつみをそらたが必死に励ましてくれたこと。
――クリスマス、誰にも言わずふたりだけで小さなプレゼントを交換した帰り道。
そして、何よりも“ゆうしゃのしるし”を探してふたりで走り回った、あの冒険の日々。
「なつみは、ぼくの勇者だよ」
そらたが笑ってくれたあの日の声が、今でも耳に残っている。
なつみは、その一言に何度も勇気づけられてきた。
もう二度と、あの笑顔が隣で見られなくなるのかもしれない。
それが、こんなに苦しいことだなんて、思ってもみなかった。
「……そらた、行かないで」
なつみは子どものように泣きじゃくりながら、そう言った。
だけどそらたは、なつみの頭をそっと撫でて、小さく首を横に振る。
「なつみ、ごめんね……」
その声は、涙をこらえて震えていた。
ふたりの間には、風が舞い包み込むように葉が落ちる。
新しい春はもう始まっている。
でも、なつみの心にはまだ、冬の名残が冷たく残っていた。
間近に卒業式が迫る校舎には、どこか静けさと余韻が残っていた。
ひとつひとつの情景が、もうすぐ終わってしまうのだと、なつみはぼんやり思った。
帰り道、なつみはそらたとふたりきりで歩いていた。
春の午後、坂道を下るたびに足元の影が長く伸びていく。
ふたりの足音だけが、ゆっくりとしたリズムで静かな道に響いていた。
空は穏やかな水色で、雲ひとつなく晴れている。
桜のつぼみが、ようやくほころび始めている。
春のやわらかな光が地面に模様を描き、時折吹く風がなつみのスカートの裾を揺らし、甘い春の匂いを運んでくる。
すぐ横を歩くそらたの存在が、なつみには今もとても近く、温かく思えた。
なつみは間近に迫る卒業式に心がふわふわしたまま、
「このまま、そらたと一緒に歩く毎日が、ずっと続くんだろうな」
そんな淡い予感のまま、坂道を下っていた。
これまでの日々が“当たり前”として流れてきたように、これからもずっと――
当たり前のように並んで歩き、当たり前のように笑い合う。
それがなつみにとって、一番幸せな未来のかたちだった。
けれど――
そらたの表情は、いつものようにやわらかいのに、どこか張りつめたものがあった。
ベンチで笑顔を見せていたあの時から、どこか様子が違う気がして、なつみは落ち着かない気持ちでそらたの横顔を何度も見つめていた。
ふたりの間には、いつもより少しだけ重たい沈黙が流れている。
何かを言いかけては飲み込むような、そんな雰囲気――
なつみは自分からは何も言い出せず、心の中でだけ不安がふくらんでいった。
ふと、春の風が強く吹いて、なつみの髪が頬にかかる。
そらたがそっと手でそれを直してくれた。
「もうすぐ卒業、だね」
そらたが小さく呟く。
「うん。なんだか、まだ実感わかないけど」
なつみも微笑んで返す。
その笑顔の下で、ふたりの距離だけがじわじわと遠ざかる気がして、なつみは不安を隠せなかった。
「なつみ……」
そらたが急に足を止めて、なつみの方を見つめた。
その目には、言葉にならない戸惑いと、どこか痛みのようなものが浮かんでいる。
「どうしたの?」
なつみも立ち止まり、そらたの表情を探るように顔を上げる。
そらたは何かを言いかけては唇を結び、数秒、視線を落とした。
そして、小さく息を吐いて、ようやく絞り出すように言った。
「……ぼく、引っ越すことになったんだ。卒業したら、すぐに」
なつみの時間が、その瞬間止まった。
耳鳴りのような沈黙がふたりの間に流れる。
さっきまでの春の風も、鳥のさえずりも、全部遠ざかってしまった気がした。
「……え?」
なつみは、今聞いた言葉が信じられなかった。
「それって……本当に?」
声が震えてしまう。
そらたは苦しげに笑う。
「うん。お父さんの仕事の都合で……。前から話はあったんだけど、決まったの、最近なんだ」
なつみの心の奥に、冷たい波が押し寄せる。
(そんなの、聞いてないよ……そらた……)
「ごめん……本当は、もっと早く言いたかったんだけど……なつみに、ちゃんと伝えたくて……」
そらたの目の奥に、泣きそうな光が揺れている。
なつみは何か言いたいのに、声が出なかった。
胸の奥が熱くなって、呼吸がうまくできなくなる。
「いやだよ……そらた……」
気づくと、なつみの目には涙が溜まっていた。
「ずっと一緒に冒険しようって……約束したのに」
そらたは、そんななつみを見て、言葉に詰まる。
ふたりの間に風が吹き抜けていく。
「……ごめん」
それだけを絞り出すように、そらたは言った。
*
なつみは立ち尽くし、涙でにじんだ世界の中で、そらたの顔だけがはっきりと見えた。
ふたりで過ごした日々が、脳裏に次々とよみがえってくる。
――図書館で、一緒にページをめくってお姉ちゃんが遺したメモの謎解きをした夏の日。
――公園のベンチで、アイスクリームを半分こした夕暮れ。
――体育祭で一緒に走って、転んだなつみをそらたが必死に励ましてくれたこと。
――クリスマス、誰にも言わずふたりだけで小さなプレゼントを交換した帰り道。
そして、何よりも“ゆうしゃのしるし”を探してふたりで走り回った、あの冒険の日々。
「なつみは、ぼくの勇者だよ」
そらたが笑ってくれたあの日の声が、今でも耳に残っている。
なつみは、その一言に何度も勇気づけられてきた。
もう二度と、あの笑顔が隣で見られなくなるのかもしれない。
それが、こんなに苦しいことだなんて、思ってもみなかった。
「……そらた、行かないで」
なつみは子どものように泣きじゃくりながら、そう言った。
だけどそらたは、なつみの頭をそっと撫でて、小さく首を横に振る。
「なつみ、ごめんね……」
その声は、涙をこらえて震えていた。
ふたりの間には、風が舞い包み込むように葉が落ちる。
新しい春はもう始まっている。
でも、なつみの心にはまだ、冬の名残が冷たく残っていた。
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