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第一章:辺境の町 編
10:別れの朝
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館に滞在する、最後の夜。
窓の外では、深い藍色に染まった空が静かに瞬く星々を湛えていた。
領主の館の別棟の部屋の中では、ランプの柔らかな灯りが天蓋付きのベッドを優しく照らし、そのぬくもりの中で二人は静かに寄り添っている。
「明日の朝方には、お別れですね」
その声には隠しきれない寂しさがにじみ出ていた。
もはや、それを隠そうとはしなかった。
「寂しそうな、顔だな」
ユリウスから教わったことは、数えきれない。
今のノアはもはや、何も知らない辺境の町の少年ではなくなった。
その身体も心も、ユリウスの手によって目覚めさせられていた。
「……はい」
ノアは、理解していた。
ユリウスにとって、この数日間は一時の遊びに過ぎないということを。
そのことを心の片隅で受け入れていた。
けれど、明日の朝にはユリウスと別れなければならないという事実は、やはりどうしようもなく苦しかった。
「ユリウス様」
身を起こし、ユリウスの唇に自分の唇を重ねる。
そっと名残惜しむようなその口づけは、ただの触れ合いではなかった。
時を止めてこの瞬間を永遠に繋ぎ止めたいという、切なる哀願が込められている。
震える指先がユリウスの頬をそっと撫でた。
「ん……っ…」
ユリウスは静かにその口づけに応え、二人の温もりが溶け合うように唇が重なる。
長く、深く、何度も繰り返される口づけは、互いの存在を確かめ合う甘くも切ない誓いのようだった。
「……ユリウス様」
名を呼ぶその声には、隠しきれない恋情が宿っている。
あと数時間もすれば、この温もりに触れることも、この唇の感触を味わうことも出来なくなると思うと、胸が張り裂けそうになっていた。
「まだ、足りないのか」
ユリウスが微かに笑みを含みながら言うと、目を潤ませながらゆっくりと頷く。
「はい」
その素直さと健気さは、ユリウスの胸の奥に淡い痛みのような感情を生む。
「ノア、私は一年後にまた会いに来る」
その言葉を聞いて、ノアは信じられないように瞳を大きく見開いた。
「本当、ですか?」
「約束しよう」
「……はい、ユリウス様」
大人びた切なさを帯びた灰色の瞳が、ユリウスの深い青色の目に映り込む。
ユリウスはその気になれば、少年との日々を更に延長することもできた。
だが、そうすることはしなかった。
やがて訪れる別れを前に、互いの胸の奥で何かが芽吹いていく夜となった。
──翌朝
揺れる魔馬車の中でノアは窓の外に流れていく景色を見つめながら、時折そっと隣に座るユリウスの横顔に視線を移した。
その整った横顔は、朝の柔らかな光に照らされて一層美しく見える。
二人は互いに、ずっと無言だった。
しかし、その沈黙は重くはなく穏やかで満ち足りたものである。
別れが近づくことを寂しく思いながらも、今、この一瞬でもユリウスの隣にいられることが、何よりも嬉しかった。
魔馬車はゆっくりと減速し、外から控えめな声が届く。
「到着でございます」
車輪の音が完全に止まると、ノアは一瞬だけ深く息を吸い目を閉じた。
そしてそっと顔を上げ、ユリウスと視線を交わす。
その青い瞳には、これまで見たことのない柔らかな光が宿っていた。
「私と共に、降りよう」
「はい」
扉が開かれ、朝の爽やかな空気が二人の間に流れ込む。
「寒くはないだろうか」
気遣うその声は、やわらかだった。
「大丈夫です、ありがとうございます」
空は高く澄み渡り、町は朝の静けさに包まれている。
「ノア、この町で君に会えて良かった」
「俺も、ユリウス様にお会いできて……」
石畳に足を付けると、酒場グランツの前には三つの影が並んでいた。
父と母と兄と。
大切な家族がノアの帰りをずっと待ち続けていた。
ノアが、外へ踏み出すと彼らの視線が一斉に注がれる。
赤茶色の兄の瞳は、弟の姿をじっと捉えた。
その眼差しには安堵と不安、そして言葉にならない感情が入り混じっている。
「ノア」
母が、涙声で呟いた。
「……母さん」
ユリウスも続いて地に足を付け、隣で静かに立った。
ノアは家族の姿から視線を逸らすようにした後に、ユリウスへと目を向ける。
「お元気で、ユリウス様」
目を伏せそうになるのを堪えて、ユリウスの青い瞳を見つめた。
ユリウスは一歩近づき、静かに頬に手を添える。
その指先の温もりが、ノアの肌に最後の記憶として刻まれた。
「一年後に、また会おう」
その言葉に、灰色の瞳が揺れる。
「はい」
家族の視線を感じながらも、勇気を出してユリウスにそっと口づけた。
「んっ……」
束の間の触れ合いだったが、その中に込められた想いは揺るぎないものだった。
「ありがとう、ノア」
ユリウスは微笑み、名残惜しそうに口を開く。
「……さようなら、ユリウス様」
アラン達の複雑な視線を背に、ユリウスは再び馬車へと乗り込んだ。
扉が閉まり、御者の声が掛かると車輪が静かに回りはじめる。
「あの、男っ……!」
ジェントが短く吐き出すように言った。
「ジェント、今は駄目よ」
アンジェラは、夫に向けてわずかに首を横に振る。
「……厄介すぎる、男だな」
アランが、ボソリと呟く。
ノアは誰にも何も言わず、ただ遠ざかっていく魔馬車の後ろ姿を見つめ続けた。
アランが肩に手を置いたとき少し目を伏せる。
「中に、入るぞ」
その声は、いつも通りのぶっきらぼうなものだった。
頭は不意にくしゃりと撫でられる。
その懐かしい感触に少し安堵してしまう。
「……うん」
どうしようもなく胸に生じる寂しさを背負いながら、そう告げる。
消えゆく馬車の姿を記憶に焼き付けながら、ノアは待ち続けてくれた家族の元へと帰っていった。
窓の外では、深い藍色に染まった空が静かに瞬く星々を湛えていた。
領主の館の別棟の部屋の中では、ランプの柔らかな灯りが天蓋付きのベッドを優しく照らし、そのぬくもりの中で二人は静かに寄り添っている。
「明日の朝方には、お別れですね」
その声には隠しきれない寂しさがにじみ出ていた。
もはや、それを隠そうとはしなかった。
「寂しそうな、顔だな」
ユリウスから教わったことは、数えきれない。
今のノアはもはや、何も知らない辺境の町の少年ではなくなった。
その身体も心も、ユリウスの手によって目覚めさせられていた。
「……はい」
ノアは、理解していた。
ユリウスにとって、この数日間は一時の遊びに過ぎないということを。
そのことを心の片隅で受け入れていた。
けれど、明日の朝にはユリウスと別れなければならないという事実は、やはりどうしようもなく苦しかった。
「ユリウス様」
身を起こし、ユリウスの唇に自分の唇を重ねる。
そっと名残惜しむようなその口づけは、ただの触れ合いではなかった。
時を止めてこの瞬間を永遠に繋ぎ止めたいという、切なる哀願が込められている。
震える指先がユリウスの頬をそっと撫でた。
「ん……っ…」
ユリウスは静かにその口づけに応え、二人の温もりが溶け合うように唇が重なる。
長く、深く、何度も繰り返される口づけは、互いの存在を確かめ合う甘くも切ない誓いのようだった。
「……ユリウス様」
名を呼ぶその声には、隠しきれない恋情が宿っている。
あと数時間もすれば、この温もりに触れることも、この唇の感触を味わうことも出来なくなると思うと、胸が張り裂けそうになっていた。
「まだ、足りないのか」
ユリウスが微かに笑みを含みながら言うと、目を潤ませながらゆっくりと頷く。
「はい」
その素直さと健気さは、ユリウスの胸の奥に淡い痛みのような感情を生む。
「ノア、私は一年後にまた会いに来る」
その言葉を聞いて、ノアは信じられないように瞳を大きく見開いた。
「本当、ですか?」
「約束しよう」
「……はい、ユリウス様」
大人びた切なさを帯びた灰色の瞳が、ユリウスの深い青色の目に映り込む。
ユリウスはその気になれば、少年との日々を更に延長することもできた。
だが、そうすることはしなかった。
やがて訪れる別れを前に、互いの胸の奥で何かが芽吹いていく夜となった。
──翌朝
揺れる魔馬車の中でノアは窓の外に流れていく景色を見つめながら、時折そっと隣に座るユリウスの横顔に視線を移した。
その整った横顔は、朝の柔らかな光に照らされて一層美しく見える。
二人は互いに、ずっと無言だった。
しかし、その沈黙は重くはなく穏やかで満ち足りたものである。
別れが近づくことを寂しく思いながらも、今、この一瞬でもユリウスの隣にいられることが、何よりも嬉しかった。
魔馬車はゆっくりと減速し、外から控えめな声が届く。
「到着でございます」
車輪の音が完全に止まると、ノアは一瞬だけ深く息を吸い目を閉じた。
そしてそっと顔を上げ、ユリウスと視線を交わす。
その青い瞳には、これまで見たことのない柔らかな光が宿っていた。
「私と共に、降りよう」
「はい」
扉が開かれ、朝の爽やかな空気が二人の間に流れ込む。
「寒くはないだろうか」
気遣うその声は、やわらかだった。
「大丈夫です、ありがとうございます」
空は高く澄み渡り、町は朝の静けさに包まれている。
「ノア、この町で君に会えて良かった」
「俺も、ユリウス様にお会いできて……」
石畳に足を付けると、酒場グランツの前には三つの影が並んでいた。
父と母と兄と。
大切な家族がノアの帰りをずっと待ち続けていた。
ノアが、外へ踏み出すと彼らの視線が一斉に注がれる。
赤茶色の兄の瞳は、弟の姿をじっと捉えた。
その眼差しには安堵と不安、そして言葉にならない感情が入り混じっている。
「ノア」
母が、涙声で呟いた。
「……母さん」
ユリウスも続いて地に足を付け、隣で静かに立った。
ノアは家族の姿から視線を逸らすようにした後に、ユリウスへと目を向ける。
「お元気で、ユリウス様」
目を伏せそうになるのを堪えて、ユリウスの青い瞳を見つめた。
ユリウスは一歩近づき、静かに頬に手を添える。
その指先の温もりが、ノアの肌に最後の記憶として刻まれた。
「一年後に、また会おう」
その言葉に、灰色の瞳が揺れる。
「はい」
家族の視線を感じながらも、勇気を出してユリウスにそっと口づけた。
「んっ……」
束の間の触れ合いだったが、その中に込められた想いは揺るぎないものだった。
「ありがとう、ノア」
ユリウスは微笑み、名残惜しそうに口を開く。
「……さようなら、ユリウス様」
アラン達の複雑な視線を背に、ユリウスは再び馬車へと乗り込んだ。
扉が閉まり、御者の声が掛かると車輪が静かに回りはじめる。
「あの、男っ……!」
ジェントが短く吐き出すように言った。
「ジェント、今は駄目よ」
アンジェラは、夫に向けてわずかに首を横に振る。
「……厄介すぎる、男だな」
アランが、ボソリと呟く。
ノアは誰にも何も言わず、ただ遠ざかっていく魔馬車の後ろ姿を見つめ続けた。
アランが肩に手を置いたとき少し目を伏せる。
「中に、入るぞ」
その声は、いつも通りのぶっきらぼうなものだった。
頭は不意にくしゃりと撫でられる。
その懐かしい感触に少し安堵してしまう。
「……うん」
どうしようもなく胸に生じる寂しさを背負いながら、そう告げる。
消えゆく馬車の姿を記憶に焼き付けながら、ノアは待ち続けてくれた家族の元へと帰っていった。
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