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八
心変わり (1)
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審査が通ったと大家さんから連絡が来たのは、三日後だった。
その間、彼とは全く顔を合わさず、電話もない。
彼の私への思いが冷めたんだと、疑わざるを得なかった。
「七瀬、再就職活動はどうなってる?」
私の先を歩いていた巧が、ふと振り返って聞く。
「買い物中に、そんな重い話題はやめようよ」
もちろん、再就職活動も上手く行っていない。
買い物カゴに豆腐を入れた私に、巧がゲッと顔を顰める。
今夜はマダムから送られてきたチーズフォンデュで、引っ越しの前祝いでもしよう、という誘いに乗って、巧とスーパーマーケットに材料の買い出しにきていた。
こんなことをするから、藤原晃成との関係にもヒビが入るのだろうな、と思う。
分かってはいるけど、巧との関係は居心地が良くてやめられない。
それに巧がいなかったら、私には友達が一人もいなくなってしまう。
「実は、うちの会社に一般事務の枠で空きができそうなんだ。七瀬を推してやってもいいと思ってさ」
巧がウィンナーを選びながら言う。
「この話、乗る?」
巧に聞かれ、私はブンブンと首を縦に降った。
就職活動って辛い。
何が辛いって、十○もの面接を受けては拒絶され、その度にまるで私の人生、人格が否定されたようなショックを受ける。もう○十という履歴書を送り無視された私は、世間に需要がないという烙印で、精神的に押し潰されそうだった。
失業保険が続く間は、正社員を目指して頑張るつもりだったけど、そろそろ妥協して、非正規も考慮しようかと、弱気になっていた。
「でも、私をコネで入れて、巧は平気なの?」
私はコネでも何でもしがみ付きたい状況だけど、巧は家族のコネでここまでの地位に上れたという、後ろめたさを抱えているのを知っている。
「七瀬がまともな人間で、仕事はキチンとこなすってのは知っているから、未知の他人をひき入れるよりは安心だ。お前の彼氏はますますいい顔は、しないだろうけど」
「……どうかな。藤原さんは私のことなんて、もう気にかけてないのかもしれない」
私はため息をついた。
「それだけどさ、七瀬の勘違いじゃないか? 会えないのは、本当に単に仕事が忙しいからかもしれないだろ?」
巧が適当にスナック類を、ポンポンとカゴに投げ入れる。
「……勘違いではないと思う。タイミング的に思い当たる節があって……」
「へえ、どんな?」
巧のメガネがキラリと光る。
恋愛相談は面倒くさがるのに、面白そうな恋愛ネタは聞きたがる。
「笑いのネタにされそうだから、やめておく」
下ネタだし、と心の中で付け加えた。
親友だけど、やっぱり男友達だから、セックスに関することは言いにくい。
「あっそ」
つまらなさそうに、巧があっさり引き下がる。
買い物カゴを持って、レジに向かった。
買いすぎた感のあるスーパーの袋をそれぞれ二つずつ抱え、夜道を歩く。
大通りから離れた公園に差し掛かると、街の騒音が静かになり、夏の虫の声が聞こえていた。
「あのさ……」
巧が何か言いかけ、口を噤む。
お菓子がたくさん入った袋が歩くたびに膝に当たり、ガサガサ音を立てた。
「何?」
待てども次の言葉を言わない巧に、私は聞き返した。
「いや……後でいいや」
珍しく巧が遠慮がちに言う。
「え、何? 余計気になる」
「あー、やっぱ後にしよう」
暗くてよく分からないけど、そう言う巧の横顔が緊張しているような……
私の観察から逃れるように、巧が足を早め、私の先を行こうとする。
私も足を早め、横に並んだ。
「もしかして、カミングアウト?」
「違う」
早歩き競争に疲れたのか、公園の出口で巧が足を止める。
私と巧はお互い息を切らし、スーパーの袋を持ったまま向き合った。
「今まで言おうか言うまいか、迷ってたんだ」
巧が慎重に前置きをする。
蒸し暑さを紛らわすような涼しい夜風が、どこからともなく花の香りを運んでいた。
「だけど、アイツと上手く行ってないなら……」
いつもと違って見える巧に、私は胸騒ぎを覚えた。
そして、巧の次の言葉で私の胸騒ぎは的中する。
「俺と恋人にならないか」
その間、彼とは全く顔を合わさず、電話もない。
彼の私への思いが冷めたんだと、疑わざるを得なかった。
「七瀬、再就職活動はどうなってる?」
私の先を歩いていた巧が、ふと振り返って聞く。
「買い物中に、そんな重い話題はやめようよ」
もちろん、再就職活動も上手く行っていない。
買い物カゴに豆腐を入れた私に、巧がゲッと顔を顰める。
今夜はマダムから送られてきたチーズフォンデュで、引っ越しの前祝いでもしよう、という誘いに乗って、巧とスーパーマーケットに材料の買い出しにきていた。
こんなことをするから、藤原晃成との関係にもヒビが入るのだろうな、と思う。
分かってはいるけど、巧との関係は居心地が良くてやめられない。
それに巧がいなかったら、私には友達が一人もいなくなってしまう。
「実は、うちの会社に一般事務の枠で空きができそうなんだ。七瀬を推してやってもいいと思ってさ」
巧がウィンナーを選びながら言う。
「この話、乗る?」
巧に聞かれ、私はブンブンと首を縦に降った。
就職活動って辛い。
何が辛いって、十○もの面接を受けては拒絶され、その度にまるで私の人生、人格が否定されたようなショックを受ける。もう○十という履歴書を送り無視された私は、世間に需要がないという烙印で、精神的に押し潰されそうだった。
失業保険が続く間は、正社員を目指して頑張るつもりだったけど、そろそろ妥協して、非正規も考慮しようかと、弱気になっていた。
「でも、私をコネで入れて、巧は平気なの?」
私はコネでも何でもしがみ付きたい状況だけど、巧は家族のコネでここまでの地位に上れたという、後ろめたさを抱えているのを知っている。
「七瀬がまともな人間で、仕事はキチンとこなすってのは知っているから、未知の他人をひき入れるよりは安心だ。お前の彼氏はますますいい顔は、しないだろうけど」
「……どうかな。藤原さんは私のことなんて、もう気にかけてないのかもしれない」
私はため息をついた。
「それだけどさ、七瀬の勘違いじゃないか? 会えないのは、本当に単に仕事が忙しいからかもしれないだろ?」
巧が適当にスナック類を、ポンポンとカゴに投げ入れる。
「……勘違いではないと思う。タイミング的に思い当たる節があって……」
「へえ、どんな?」
巧のメガネがキラリと光る。
恋愛相談は面倒くさがるのに、面白そうな恋愛ネタは聞きたがる。
「笑いのネタにされそうだから、やめておく」
下ネタだし、と心の中で付け加えた。
親友だけど、やっぱり男友達だから、セックスに関することは言いにくい。
「あっそ」
つまらなさそうに、巧があっさり引き下がる。
買い物カゴを持って、レジに向かった。
買いすぎた感のあるスーパーの袋をそれぞれ二つずつ抱え、夜道を歩く。
大通りから離れた公園に差し掛かると、街の騒音が静かになり、夏の虫の声が聞こえていた。
「あのさ……」
巧が何か言いかけ、口を噤む。
お菓子がたくさん入った袋が歩くたびに膝に当たり、ガサガサ音を立てた。
「何?」
待てども次の言葉を言わない巧に、私は聞き返した。
「いや……後でいいや」
珍しく巧が遠慮がちに言う。
「え、何? 余計気になる」
「あー、やっぱ後にしよう」
暗くてよく分からないけど、そう言う巧の横顔が緊張しているような……
私の観察から逃れるように、巧が足を早め、私の先を行こうとする。
私も足を早め、横に並んだ。
「もしかして、カミングアウト?」
「違う」
早歩き競争に疲れたのか、公園の出口で巧が足を止める。
私と巧はお互い息を切らし、スーパーの袋を持ったまま向き合った。
「今まで言おうか言うまいか、迷ってたんだ」
巧が慎重に前置きをする。
蒸し暑さを紛らわすような涼しい夜風が、どこからともなく花の香りを運んでいた。
「だけど、アイツと上手く行ってないなら……」
いつもと違って見える巧に、私は胸騒ぎを覚えた。
そして、巧の次の言葉で私の胸騒ぎは的中する。
「俺と恋人にならないか」
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