ワケあって、お見合い相手のイケメン社長と山で一夜を過ごすことになりました。

紫月あみり

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十一

初出勤 (1)

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「七瀬さん、ちょっと会議室までいいかしら?」

 三田さんに「顔貸しな」的な口調で会議室に引っ張られたのは、食べ終わってトレイを片付けている時だった。
 会議室では、十人くらいの女性社員が座って待っていた。
 その上座に三田さんが立ち、私を隣に座らせる。
 仕事の会議を始める、と言う雰囲気では当然なかった。

 とうとうまさかの事態に。
 初日で先輩達に囲まれるという仕打ちを受けるなんて。

「私が何かしましたか?」

 内心、心臓をバクバク言わせながらも、私は気丈に振る舞った。

「あなた、佐倉課長のコネで入社したそうじゃない」 

 三田さんが気にくわなさそうに言う。

「確かに……そうです」

 私は正直に認めた。
 ズルイかもしれないけど、違法ではない。
 私の答えを受けて、三田さんが思わぬ質問をする。

「佐倉課長の女なの?」 

「ええっ?」

 またもや原因はそんなことか、と私は呆気にとられる。
 巧との仲が誤解されて、仕事にも支障を来たすとは……

「違います。仲がいいので、よく誤解されるのですが、ただの大学時代からの友人です」

 そうはっきり言ったのに、

「友人? 嘘おっしゃい。あなたの肺炎の事細かな状況について、佐倉課長が部長に話しているのを聞いた人間がいるのよ。現に食堂でも佐倉課長が親しげに、あなたに話し掛けていたじゃない」

 と三田さんが証拠を突きつける。

「や、だから、それは親友ならごく自然のことですよね? 私の肺炎についてよく知っていたのも、私が他に頼れる友人がいなくて、つい佐倉課長にお世話になってしまっただけです。本当に仲のいい親友というだけなんです」

 私の説明に、「えー? 佐倉課長が親友?」と先輩達は信じ難い様子だ。

「……やっぱり、常識ではありえませんか?」

 誰にも信じてもらえない。婚約者でさえ……
 こんなに否定されると、もう誰も説得する気力さえ湧かなくなる。
 晃成にも会って話し合おうと思っていたことさえ、無駄なような気がしてならなかった。

「異性の親友自体珍しいのに、身分も違うときたら、ちょっと受け入れ難いというか……」

 三田さんが、率直な意見を言う。
 身分違い……
 そんなこと気にしたことがなかったな、と呆然と思う。
 思いながら、泣けてきた。

「ちょっと、泣かないでよ……」

 私を会議室に連れ込んでおきながら、想定外だったように、三田さんが引く。

「実は婚約した彼がいるんです。その彼にも、巧が……佐倉課長がただの親友だと信じてもらえなくて……もう破局に……」

 その場が静まり返った。
 三田さんとは反対の隣に座っていた佐藤さんが、私にハンカチを差し出す。

「とにかく、落ち着こう。落ち着いたら、私たちに分かるように説明してちょうだい」

 挨拶した時は、感じが悪かった小林さんも、私に優しく諭す。

「誰か、お茶入れてきて」という声に、他の先輩二人が席を立った。

「で、佐倉課長とは、どういった関係で友達になったの?」

 お茶が用意され、私も泣き止むと、三田さんが改まって聞く。
 私は巧の生い立ちを話した。

「へー兄弟みたいに仲がいいんだ」

 先程とは打って変わって、先輩達が頷く。

「で、婚約者の彼は、佐倉課長とあなたが仲が良すぎることで、関係を疑っているの?」

 三田さんが私に聞く。

「いえ、正確には、友人関係だと言うことは知っているんですけど、それが男女の関係にいつ転ぶか分からないと、疑っているんです」

「あー何か分かる」 

 肘をつきながら、佐藤さんがしみじみと言う。

「婚約者の彼とはどのくらい付き合っているの?」

 小林さんが聞いた。

「半年です」

「えー、半年で結婚を決めたの?」

「何言ってんの、半年くらいで。私なんて、付き合って三ヶ月で結婚を決めたわよ。結婚はタイミングっていうじゃない。一年も経たずに離婚しちゃったけど」

 三田さんが自分はバツ一だという情報を漏らすと、「どこで知り合ったの?」「彼の職業は?」と私を質問攻めにした。私が答える度に皆にどよめかれる。

「ちょっと、本題から随分外れてきてるじゃない」

 いつの間にか井戸端会議と化したその場を、三田さんが納めた。

 ――と思いきや、

「問題は、佐倉課長との友人関係に、婚約者の彼の理解が得られるか、ということよ」

 と、もはや最初の趣旨はすっかり忘れ去られている。

「やっぱり、異性の友達がいるのはまずいんじゃない?」

「そうよねー。私だったら、無理」

 口々に言われる。

「あなたはどうなの? もし彼氏にすごく仲のいい女友達がいたら」

 三田さんが、気落ちする私に聞く。

「私は……理解できると思うんです。実際に異性の親友がいるわけだから」

「そっか。異性の友人に関して、お互いの認識が違うんだ。それは痛いわね。私も離婚の原因がそんな感じなのよ。友人関連ではなく他のことでだけど」

 三田さんが自分のことを重ねて、ため息をつく。

「今思うのが、どうしてもっと話し合えなかったのかなって、ことなのよね」

「後悔しているんですか?」

 私は聞いた。

「そうね。そう言えるわね。もう5年も経ってるし、未練はないはずなんだけど」

「やっぱりもう一度、彼と話してみようかな……」

 私は呟いた。
 当たって砕けた方が、後悔するよりはいい。

「そうしなさいよ。婚約までした相手なのに、諦めるのは勿体無いわ」

 三田さんが励ますと、他の先輩達も「そうよ、そうよ」と続く。

「いけない。もうこんな時間。ついうっかり話し込んでしまったわね。仕事に戻りましょ」

 三田さんが立ち上がる。

「すみません。相談に乗ってもらって」

「いいのよ。私達こそ、ごめんなさいね。佐倉課長の女だと、誤解して意地悪しちゃって。うちの会社、必然的に女性が多いじゃない? ただでさえ社内恋愛が難しいのに、後継者の佐倉課長は容姿もいいから人気がありすぎて、誰も手が出せない状態なの。手を出したら最後、他の女性社員から嫉妬されて嫌われるのがオチよ」

 三田さんが恐ろしいことを、さらっと説明する。
 巧がそういうことになっていたなんて。
 巧は自虐ネタが多くて仕事の失敗談しか話さないから、女性社員にそんな目で崇められていたなんて、全く思ってもいなかった。
 今まで会社の女の子と付き合ったことがなかったのは、それを知っているから?
 巧に心底同情した。

「で、佐倉課長って誰か付き合っている子いるの?」

 ゾロゾロと連れ立って廊下を歩きながら、佐藤さんが私に聞いた。

「私から、佐倉課長の個人情報を流すのはちょっと……」

 巧の情報を売るようなことはできない。

「硬いわね。そうだ。今夜、七瀬さんの歓迎会をしない?」

 小林さんが提案する。

「いいわね。七瀬さんは今夜、空いてる?」

 三田さんが聞く。

「あ、全然空いてます」

 私は嬉しくなって、即答した。

「じゃ、今夜飲ませて、口を割らせるから」

 小林さんの発言に、胸の内で悲鳴を上げる。

「やめなさいよ。歓迎会でそんなこと。でも、佐倉課長の親友だなんて、おいしいわね。課長の好みの女性くらい、教えてもらおうかしら」

 三田さんも巧に興味があるらしい。
 この先この会社にいる限り、巧絡みで色々聞かれそうだ。先が思いやられた。
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