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5.アデラ
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私はソファーから腰を浮かせながら、前妻の名を叫んだ。
「リ、リディア……リディアなのか!?」
「いいえ。私は先ほど申し上げた通り、アデラでございます」
「そんなはずはない! 君は確かに私の……」
「では早速、お話を始めましょうか」
詰め寄ろうとする私の言葉を遮り、アデラはソファーに腰を下ろした。
本当に別人なのだろうか。私も困惑しながらも着席する。
集中しろ。今は、この商談を成功させることだけを考えるんだ。
「……あなたが取り扱っている宝石を拝見してもよろしいでしょうか」
「はい。勿論お持ちしております」
アデラがローテーブルに置いたのは、黒塗りの小箱だった。
ゆっくりと蓋を開けると、小指の爪ほどの大きさをしたダイヤモンドが姿を見せる。
何という神秘的な輝きだ。ありきたりな賞賛の言葉を送ろうとした時、違和感に気付いた。
確かに美しい。しかし、これは……
「もしやこちらは、人工宝石ですか?」
「ええ。私が仕入れる宝石は、その殆どが人の手で作られたものです」
アデラははっきりとした口調で答えた。その態度に、私は僅かに苛立ちを覚える。
「あなたは偽物を販売しているのですか?」
「人工物であることは公表しております。それにこれらは偽物ではなく、れっきとした宝石です」
「だが、本物に比べたら輝きは随分と劣っている。こんなもの、誰も見向きなどしませんよ」
「貴族はそうでしょうね。ですが高価な宝石に手が届かない平民からは、ご好評いただいております」
淡々と切り返すその姿に、忘れかけていた記憶が蘇る。
まだ男爵家にいた頃、私は新しい事業を着手しようとしていた。
しかしリディアは難色を示した。「考え直してください」と口うるさく言われ、精神的に疲弊した私はその事業を
失敗させたのだ。
私を散々苦しめて男爵家の財政難を招いたくせに、新しい人生を歩んでいたのか。
そう考えると、どうしようもなく腹が立った。君のせいで、私は愛人に縋りつく羽目になったというのに。
「……この商談はなしだ。帰ってくれたまえ」
そもそも、こんな粗悪品をうちの商会で販売するわけにはいかない。
私が低い声で言い捨てると、アデラ……いやリディアはほんの少しだけ困った表情を見せた。ほんの少し優越感が芽生える。
「ただし、どうしてもと言うなら考えてやらないことも……」
「いいえ、結構でございます。わざわざお時間を取らせてしまい、申し訳ありませんでした」
小箱を鞄にしまい、リディアが足早に応接室を後にする。私はそれを追いかけようとせず、優雅に紅茶を啜っていた。
これが大きな間違いだった。
「リ、リディア……リディアなのか!?」
「いいえ。私は先ほど申し上げた通り、アデラでございます」
「そんなはずはない! 君は確かに私の……」
「では早速、お話を始めましょうか」
詰め寄ろうとする私の言葉を遮り、アデラはソファーに腰を下ろした。
本当に別人なのだろうか。私も困惑しながらも着席する。
集中しろ。今は、この商談を成功させることだけを考えるんだ。
「……あなたが取り扱っている宝石を拝見してもよろしいでしょうか」
「はい。勿論お持ちしております」
アデラがローテーブルに置いたのは、黒塗りの小箱だった。
ゆっくりと蓋を開けると、小指の爪ほどの大きさをしたダイヤモンドが姿を見せる。
何という神秘的な輝きだ。ありきたりな賞賛の言葉を送ろうとした時、違和感に気付いた。
確かに美しい。しかし、これは……
「もしやこちらは、人工宝石ですか?」
「ええ。私が仕入れる宝石は、その殆どが人の手で作られたものです」
アデラははっきりとした口調で答えた。その態度に、私は僅かに苛立ちを覚える。
「あなたは偽物を販売しているのですか?」
「人工物であることは公表しております。それにこれらは偽物ではなく、れっきとした宝石です」
「だが、本物に比べたら輝きは随分と劣っている。こんなもの、誰も見向きなどしませんよ」
「貴族はそうでしょうね。ですが高価な宝石に手が届かない平民からは、ご好評いただいております」
淡々と切り返すその姿に、忘れかけていた記憶が蘇る。
まだ男爵家にいた頃、私は新しい事業を着手しようとしていた。
しかしリディアは難色を示した。「考え直してください」と口うるさく言われ、精神的に疲弊した私はその事業を
失敗させたのだ。
私を散々苦しめて男爵家の財政難を招いたくせに、新しい人生を歩んでいたのか。
そう考えると、どうしようもなく腹が立った。君のせいで、私は愛人に縋りつく羽目になったというのに。
「……この商談はなしだ。帰ってくれたまえ」
そもそも、こんな粗悪品をうちの商会で販売するわけにはいかない。
私が低い声で言い捨てると、アデラ……いやリディアはほんの少しだけ困った表情を見せた。ほんの少し優越感が芽生える。
「ただし、どうしてもと言うなら考えてやらないことも……」
「いいえ、結構でございます。わざわざお時間を取らせてしまい、申し訳ありませんでした」
小箱を鞄にしまい、リディアが足早に応接室を後にする。私はそれを追いかけようとせず、優雅に紅茶を啜っていた。
これが大きな間違いだった。
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