愛してくれないのなら愛しません。

火野村志紀

文字の大きさ
30 / 33

30.長い年月

しおりを挟む
 この三十年色々なことがあった。ありすぎた。
 自らの執務室でジョセフは背伸びをしながらそう思った。

 明日は恩師と友人、そして妹にとって大切な日だ。
 マリュン協会。その活動範囲は今や他国に及ぶまでに成長を遂げた団体で、その名の通り創立者はマリュン公爵である。

 オデットは現在その副会長の座に就いている。

 三十年前、マリュン公爵がカミーユたちの被害者の保護や支援を始めていると知ると、自分も協力したいと公爵に手紙を送ったのだ。公爵もそれを了承し、近々協会を発足させる旨を打ち明けた。
 恋人や夫からの性被害、暴力に苦しむ女性は貴族だけではなく、平民にも多く存在する。階級など関係なく救うべきではないかと、マリュン公爵夫人が発した言葉がきっかけらしい。

 オデットも協会の一員となり、協会本部で住み込みで働くようになった。
 縁談も自らが直接相手と話し合い、全て跳ね除けていた。こんなことで家族の手を借りるわけにはいかないというのがオデットの主張だった。

 流石にカミーユを超える者はいなかったものの、しつこい男は当然いた。「君に人に愛されることの素晴らしさを教えてあげよう」と言って屋敷に押しかけて来た時もあったのだ。
 だがオデットは臆することなく、冷静に応対して男を諦めさせた。カミーユとの一件で男性全般に恐怖を抱くようになったら、というジョセフの不安は杞憂に終わった。

 恐らくロジェの存在が大きかったのだろう。
 彼の優しさに触れることで、カミーユのような男ばかりではないと感じることが出来ていたのかもしれない。

 オデットが本部に行くことになった時、ロジェも本部の食堂で働かせてくれとマリュン公爵にこっそり頼んだのはジョセフだ。ロジェがオデットに密かに想いを寄せていると気付いていたからである。当然その逆も知っていた。
 どちらも自分の恋心を隠し通すつもりでいたようだが、双方の気持ちを知っているジョセフは何もせずにはいられなかった。余計なお節介だとは自覚していた。

 けれどそれから十年後、二人は無事に結ばれた。どちらが先にプロポーズしたかは定かではない。オデットもロジェも恥ずかしがって教えてくれなかったのだ。
 その二年後には可愛い娘にも恵まれた。若い頃のオデット瓜二つの顔立ちだが、性格は両親のどちらにも似なかった。一番近いのは祖母だろうか。

 そのアデルは現在も健康で、現在は昔から働いているメイドたちを連れて旅行を満喫している。
 ジョセフの妻に、「息子が何かやらかしたら、すぐに私に報告してちょうだい」と言っているのを聞いて少し怖かった。

 ちなみに元父のコンスタンは悲惨な最期を遂げていた。
 何も知らず薬師協会の治験者となったものの、薬の副作用で内臓が機能障害を起こしたらしい。それからも投薬は続けられ、血の泡を吐きながら絶命したと聞いている。
 アデルはその話を聞いても、顔色一つ変えなかった。ただ思うところがあったのか、小さく溜め息を一つだけ。

(あの男はどれだけ生き残ったのだろうか)

 カミーユも随分前に治験者となったと聞いている。兄の足が使えなくなったのを聞いたリオンが指示を出したらしい。残酷なことをすると思ったが、ファルス家も他人のことは言えなかった。
 治験者の中には稀に運よく長生きできる者がいる。そうであってくれるなとジョセフは願った。

 しかしその願いは叶わなかった。
 カミーユを名乗る男が屋敷に押し入ろうとし、その翌日にはオデットの娘エミリーが襲われる事件が起きてしまったのだ。
しおりを挟む
感想 310

あなたにおすすめの小説

その結婚は、白紙にしましょう

香月まと
恋愛
リュミエール王国が姫、ミレナシア。 彼女はずっとずっと、王国騎士団の若き団長、カインのことを想っていた。 念願叶って結婚の話が決定した、その夕方のこと。 浮かれる姫を前にして、カインの口から出た言葉は「白い結婚にとさせて頂きたい」 身分とか立場とか何とか話しているが、姫は急速にその声が遠くなっていくのを感じる。 けれど、他でもない憧れの人からの嘆願だ。姫はにっこりと笑った。 「分かりました。その提案を、受け入れ──」 全然受け入れられませんけど!? 形だけの結婚を了承しつつも、心で号泣してる姫。 武骨で不器用な王国騎士団長。 二人を中心に巻き起こった、割と短い期間のお話。

貴方に私は相応しくない【完結】

迷い人
恋愛
私との将来を求める公爵令息エドウィン・フォスター。 彼は初恋の人で学園入学をきっかけに再会を果たした。 天使のような無邪気な笑みで愛を語り。 彼は私の心を踏みにじる。 私は貴方の都合の良い子にはなれません。 私は貴方に相応しい女にはなれません。

犠牲の恋

詩織
恋愛
私を大事にすると言ってくれた人は…、ずっと信じて待ってたのに… しかも私は悪女と噂されるように…

〖完結〗あんなに旦那様に愛されたかったはずなのに…

藍川みいな
恋愛
借金を肩代わりする事を条件に、スチュワート・デブリン侯爵と契約結婚をしたマリアンヌだったが、契約結婚を受け入れた本当の理由はスチュワートを愛していたからだった。 契約結婚の最後の日、スチュワートに「俺には愛する人がいる。」と告げられ、ショックを受ける。 そして契約期間が終わり、離婚するが…数ヶ月後、何故かスチュワートはマリアンヌを愛してるからやり直したいと言ってきた。 設定はゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全9話で完結になります。

存在感と取り柄のない私のことを必要ないと思っている人は、母だけではないはずです。でも、兄たちに大事にされているのに気づきませんでした

珠宮さくら
恋愛
伯爵家に生まれた5人兄弟の真ん中に生まれたルクレツィア・オルランディ。彼女は、存在感と取り柄がないことが悩みの女の子だった。 そんなルクレツィアを必要ないと思っているのは母だけで、父と他の兄弟姉妹は全くそんなことを思っていないのを勘違いして、すれ違い続けることになるとは、誰も思いもしなかった。

【完結】呪言《ことほぎ》あなたがそうおっしゃったから。

友坂 悠
恋愛
「君はまだ幼い、私は君を大事にしたいのだ」  あなたがそうおっしゃったから。  わたくしは今までお飾りの妻でがまんしてきたのに。  あなたがそうおっしゃったから。  好きでもない商会のお仕事を頑張ってこなしてきたのに。  全部全部、嘘だったというの?  そしたらわたくしはこれからどうすればいいっていうの?  子供の頃から将来の伴侶として約束された二人。  貴族らしく、外あたりが良く温厚に見えるように育ったラインハルト。  貞淑な令嬢、夫を支えるべき存在になるようにと育てられたアリーシア。  二人は両家に祝福され結婚したはず、だった。  しかし。  結婚したのはラインハルトが18になった歳、アリーシアはまだ14歳だった。  だから、彼のその言葉を疑いもせず信じたアリーシア。  それがまさか、三年後にこんなことになるなんて。  三年間白い結婚を継続した夫婦は子を残す意思が無いものと認められ、政略的な両家のしがらみや契約を破棄し離縁できる。  それがこの国の貴族の婚姻の決まりだった。  元は親同士の契約に逆らって離縁しやり直すための決まり事。  もちろん、そんな肉体的繋がりなど無くても婚姻を継続する夫婦は存在する。  いや、貴族であれば政略結婚が当たり前、愛はなくても結婚生活は続いていく。  貴族の結婚なんて所詮そんなもの。  家同士のつながりさえあれば問題ないのであれば、そこに愛なんてものがなくってもしょうがないのかも、知れない。  けれど。  まさかそんなラインハルトから離婚を言い出されるとは思ってもいなかったアリーシア。  自分は傾いた家を立て直すまでのかりそめの妻だったのか。  家業が上手くいくようになったらもう用無しなのか。  だまされていたのかと傷心のまま実家に戻る彼女を待っていたのは、まさかのラインハルトと妹マリアーナの婚約披露。  悲しみのまま心が虚になったまま領地に逃げ引き篭もるアリーシアだったが……  夫と妹に、いや、家族全てから裏切られたお飾り妻のアリーシア。  彼女が心の平穏を取り戻し幸せになるまでの物語。

わたしのことがお嫌いなら、離縁してください~冷遇された妻は、過小評価されている~

絹乃
恋愛
伯爵夫人のフロレンシアは、夫からもメイドからも使用人以下の扱いを受けていた。どんなに離婚してほしいと夫に訴えても、認めてもらえない。夫は自分の愛人を屋敷に迎え、生まれてくる子供の世話すらもフロレンシアに押しつけようと画策する。地味で目立たないフロレンシアに、どんな価値があるか夫もメイドも知らずに。彼女を正しく理解しているのは騎士団の副団長エミリオと、王女のモニカだけだった。※番外編が別にあります。

(完結)婚約解消は当然でした

青空一夏
恋愛
エヴァリン・シャー子爵令嬢とイライジャ・メソン伯爵は婚約者同士。レイテ・イラ伯爵令嬢とは従姉妹。 シャー子爵家は大富豪でエヴァリンのお母様は他界。 お父様に溺愛されたエヴァリンの恋の物語。 エヴァリンは婚約者が従姉妹とキスをしているのを見てしまいますが、それは・・・・・・

処理中です...