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33.母
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エミリーにとって両親はとても大切な人たちだ。
世の中の苦しんでいる女性たちのために何十年も活動を続けて来た母と、そんな母をずっと支え続けた料理人の父。
母が協会の一員になる前から互いに想い合っていたらしいが、恋人同士になるまでに十年ほどかかったと伯父が言っていた。
その最大の理由がカミーユという男の存在だった。カミーユは母だけではなく、愛してもいない令嬢たちにも手を出し、身籠らせて不幸にさせた。
母は「彼女たちがあんな目に遭ってしまったのは自分のせいでもある。愛する人と幸せになる権利なんてない」と考え、一生独身を貫くつもりだったという。そんな母に父はひたすら寄り添い続け、ただただ愛する人の幸せだけを願った。その献身が母に一歩を踏み出させたのだ。
「うーん、駄目! 全然纏まらないよお父さーん……」
小麦粉やら何やらが色々混ざり合ったパン生地はべちょべちょになり、エミリーを苦しめていた。叩いて捏ねて叩いて捏ねてを繰り返していれば纏まると言われていたのに、手やまな板に貼り付いてしまう。
もしかしたら生地作りの時点で失敗したのかも……と落ち込む娘に、父が優しく微笑む。
「大丈夫。ほら、見てるんだ」
そう言って父は生地をパン生地をまな板に力強く叩き付け、思い切り引き延ばした。そうしているうちに、生地がべたつかなくなってきた。
「お父さんすごい! これで後は焼くだけだね!」
「まだだよ。暫く発酵させてあげなきゃいけないんだ」
「そっか……」
パン作りは時間がかかる。そのことを始めて知った。
早く時間が経たないかなと思っていると、父が思い出したかのように口を開いた。
「そういえばこの前……式典の日に変な男に絡まれたって聞いたけど、大丈夫だったのか?」
「うん。変な男に襲われたのは私じゃなくて、街の女の子。私はそれを助けただけだよ」
「そうか、偉いな。でも危ない目に遭わないように気を付けるんだぞ。エミリーが怪我をしたら、母さんも俺も悲しむ」
「分かってるよ」
カミーユのことは両親に絶対言わない。ジョセフと約束したことだ。
あんな男に娘が襲われたと知ったら、母はきっと自分を責める。そんな思いなんてして欲しくなかった。
それにカミーユがもし生きていたら、一発殴ってやりたいとずっと思っていたのだ。すっきりした。
ちなみにあの男は今も牢屋の中で過ごしている。伯父が送った鏡に囲まれながら。
その効果は絶大なようで、鏡で自分の姿を見る度に「これは私ではない」と泣き叫んでいるとか。自分が持っていた唯一のものを失う。人間はその恐怖に耐えられないものだと伯父は言っていた。
発酵して膨らんだパンを焼いていく。すると次第に香ばしい匂いが漂い始め、ぐうぅとお腹が鳴った。
パンのお供は父が作った手作りのジャム。甘酸っぱいベリージャムと、皮入りでほろ苦いマーマレード。
それから温かな紅茶も忘れてはいけない。
「お母さん、パン焼けたよー!」
居間で趣味の読書を楽しんでいた母に声をかける。
「ありがとう、エミリー」
返って来たのは柔らかな笑みと感謝の言葉。
母の人生は決して楽なものではなかった。カミーユの被害に遭った令嬢に逆恨みされたこともあったらしい。それでも挫けることはなかった。
母はこれからも活動を続けていく。頭を悩ませる時もあるだろう。
けれど家族水入らずでいる時くらいは楽しいこと、幸せなことだけを考えていて欲しい。
エミリーはそう思うのだ。
世の中の苦しんでいる女性たちのために何十年も活動を続けて来た母と、そんな母をずっと支え続けた料理人の父。
母が協会の一員になる前から互いに想い合っていたらしいが、恋人同士になるまでに十年ほどかかったと伯父が言っていた。
その最大の理由がカミーユという男の存在だった。カミーユは母だけではなく、愛してもいない令嬢たちにも手を出し、身籠らせて不幸にさせた。
母は「彼女たちがあんな目に遭ってしまったのは自分のせいでもある。愛する人と幸せになる権利なんてない」と考え、一生独身を貫くつもりだったという。そんな母に父はひたすら寄り添い続け、ただただ愛する人の幸せだけを願った。その献身が母に一歩を踏み出させたのだ。
「うーん、駄目! 全然纏まらないよお父さーん……」
小麦粉やら何やらが色々混ざり合ったパン生地はべちょべちょになり、エミリーを苦しめていた。叩いて捏ねて叩いて捏ねてを繰り返していれば纏まると言われていたのに、手やまな板に貼り付いてしまう。
もしかしたら生地作りの時点で失敗したのかも……と落ち込む娘に、父が優しく微笑む。
「大丈夫。ほら、見てるんだ」
そう言って父は生地をパン生地をまな板に力強く叩き付け、思い切り引き延ばした。そうしているうちに、生地がべたつかなくなってきた。
「お父さんすごい! これで後は焼くだけだね!」
「まだだよ。暫く発酵させてあげなきゃいけないんだ」
「そっか……」
パン作りは時間がかかる。そのことを始めて知った。
早く時間が経たないかなと思っていると、父が思い出したかのように口を開いた。
「そういえばこの前……式典の日に変な男に絡まれたって聞いたけど、大丈夫だったのか?」
「うん。変な男に襲われたのは私じゃなくて、街の女の子。私はそれを助けただけだよ」
「そうか、偉いな。でも危ない目に遭わないように気を付けるんだぞ。エミリーが怪我をしたら、母さんも俺も悲しむ」
「分かってるよ」
カミーユのことは両親に絶対言わない。ジョセフと約束したことだ。
あんな男に娘が襲われたと知ったら、母はきっと自分を責める。そんな思いなんてして欲しくなかった。
それにカミーユがもし生きていたら、一発殴ってやりたいとずっと思っていたのだ。すっきりした。
ちなみにあの男は今も牢屋の中で過ごしている。伯父が送った鏡に囲まれながら。
その効果は絶大なようで、鏡で自分の姿を見る度に「これは私ではない」と泣き叫んでいるとか。自分が持っていた唯一のものを失う。人間はその恐怖に耐えられないものだと伯父は言っていた。
発酵して膨らんだパンを焼いていく。すると次第に香ばしい匂いが漂い始め、ぐうぅとお腹が鳴った。
パンのお供は父が作った手作りのジャム。甘酸っぱいベリージャムと、皮入りでほろ苦いマーマレード。
それから温かな紅茶も忘れてはいけない。
「お母さん、パン焼けたよー!」
居間で趣味の読書を楽しんでいた母に声をかける。
「ありがとう、エミリー」
返って来たのは柔らかな笑みと感謝の言葉。
母の人生は決して楽なものではなかった。カミーユの被害に遭った令嬢に逆恨みされたこともあったらしい。それでも挫けることはなかった。
母はこれからも活動を続けていく。頭を悩ませる時もあるだろう。
けれど家族水入らずでいる時くらいは楽しいこと、幸せなことだけを考えていて欲しい。
エミリーはそう思うのだ。
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