前世では地味なOLだった私が、異世界転生したので今度こそ恋愛して結婚して見せます

ヤオサカ

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第26話「始まりの記録」

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 春の風が和らぐ午後、王宮の一角、政務室の奥でひそやかに会議が行われていた。

 集まったのは、騎士団長レオナード・ヴェルシウス、そして側近の騎士たち、内務庁の役人数名——そして、異例ではあるが、アメリア伯爵令嬢・フィオーレ・アメリアの姿もそこにあった。

 彼女の席は、レオナードの隣。

 その距離に違和感を抱く者もいたかもしれない。だが、王妃の後押しがあった。

『この件は、民の目線を理解する者こそ必要なのです。アメリア嬢の優れた観察力と直感は、すでに証明されています』

 ——王都南部の市場で、偶然出会った少年“エル”との接触。

 あれを皮切りに、騎士団に寄せられた匿名の報告。

『最近、市場近くで子どもたちが行方不明になる件が相次いでいる』

 詳細な記録こそ乏しいが、報告が集中するのは南側の貧民区。

「単なる家出や迷子ではない、ということだな」

 レオナードがそう断言した声に、空気がぴたりと引き締まる。

「今朝までに確認されている件数は、計六件。全員が十歳前後の少年で、共通しているのは“家族が貧しく、街角で物乞いをしていた”ことです」

 報告するのは、若き騎士・リオン・マクレイ。実直で、騎士団内でも将来を期待される存在だ。

「ただの不幸では済まされないわ」

 思わず口に出たフィオーレの言葉に、リオンが少し驚いたように顔を向けた。

 けれど、すぐに丁寧に頷く。

「その通りです。ですが、現場には証拠が残っていません。周囲の住民も口が重く……何かしらの“圧力”があると考えています」

 

「では、私たちがその中心へ入るしかないわね」

 フィオーレの声に、レオナードが一度だけ静かにまぶたを閉じ、そして開いた。

「本来、君を巻き込むべきではないが……君の目線は、俺にはない視点を与えてくれる」

「それに、あの少年——エルくんが気になります。彼の背後に、きっと何かがある」

 フィオーレの瞳には、決意の光が宿っていた。

 それを見て、レオナードは黙って頷いた。

「リオン。情報屋を通じて、彼の足取りを追え。“マーケット裏通り”のあの男を使え」

「了解しました」

 

 その夜、フィオーレは自室で、エルのことを思い出していた。

 あのときの震える声。疑いと希望が混ざった目。

「レオナード様……」

 あの人は騎士団長としてこの事件に挑む。

 でも私は、彼が立てない場所に足を踏み入れられる。

 “貴族ではない”、でも“貧民でもない”曖昧な立場。

 だからこそ——できることがある。

 

 そして翌日。

 フィオーレは侍女クラリスとともに、再び南部の通りへ足を運んだ。

「まさか、また来るなんて……本当に好奇心がお強い」

 皮肉混じりに言ったのは、“クロウ”と名乗る情報屋だった。

 暗いフードの奥から覗くのは、年齢不詳の細い目と、口元の小さな切り傷。

「この辺の子どもは最近、急に姿を消す。だが周囲は何も言わない。なぜかって?……誰かが、喋ったら“消える”からだ」

「脅し……なのね」

「賢いな、お嬢さん。でも残念、誰がやってるかまでは掴めてない。だが」

 クロウが懐から小さな布袋を出す。

「数日前に姿を消した少年が、直前に持っていたとされるもの。道具屋の裏で見つけた」

 中には、小さな黒いメダルのようなものが入っていた。

 手に取ると、表面には奇妙な模様が刻まれている。

「……これ、まさか——」

「王都の“地下市場”で使われる印だ。普通の人間は知らない。だがこの印が出てきたってことは……この件、ただの誘拐じゃ済まないぜ」

 

 フィオーレは唇を噛んだ。

 子どもが、地下市場へ。

 それはつまり、人身売買の可能性を孕んでいるということ。

「レオナード様に、すぐ伝えなきゃ……!」

 

 そのときだった。

「クラリス……?」

 後ろを振り向くと、クラリスの姿がない。

「……え?」

 ほんの一瞬、目を離しただけ。

 あたりには人の流れが多く、気づかぬうちに逸れてしまったのか。

 

「クラリス……!」

 駆け出した。

 けれど、人波のなかに彼女の姿はなく。

 代わりに、耳元で何かが落ちた音がした。

 振り返ると、そこに落ちていたのは——

 クラリスがいつも胸に挿していた、小さな花飾りだった。

 

 心臓が冷たくなる。

 次に自分の身近な誰かが“消えた”のは——

 他でもない、彼女だった。

 

 風が一瞬、静まり返る。

 街の音が遠のく。

 

 恐れていた“影”が、ついにその牙をむいた瞬間だった。
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