前世では地味なOLだった私が、異世界転生したので今度こそ恋愛して結婚して見せます

ヤオサカ

文字の大きさ
28 / 36

第27話「奪われた静寂」

しおりを挟む
 クラリスがいなくなった。

 その現実を受け入れるまで、フィオーレはしばらく呼吸ができなかった。

 細く揺れる指先。落ちていた花飾りを拾い上げると、それが冷たく濡れているように感じた。

「クラリス……どこにいるの……」

 まるで霧の中に取り残されたようだった。

 けれど、その震えを止めたのは——

 心の奥から湧き上がる、強い感情だった。

(私は、もう“見ているだけ”の人間じゃない)

 フィオーレはすぐに王宮の騎士団本部へ使いを出した。

 

 それから数刻後。

 騎士団長室の扉が勢いよく開いた。

「……何があった?」

 レオナード・ヴェルシウスの声は、いつになく低く、研ぎ澄まされていた。

 フィオーレは、胸元に握りしめた花飾りを彼に見せる。

「クラリスが……目の前から消えたの。ほんの少し、目を逸らした隙に」

 それだけで、すべてを察したらしい。

 レオナードの表情が変わった。

 普段は感情を見せないその男が、静かに唇を噛み、拳を握りしめる。

「……君のそばにいた者が連れ去られたということは、“見られている”」

「私たちはもう、ただの婚約者と騎士団長じゃない。狙われているのよ、レオナード様」

 レオナードは短く頷き、すぐに副官のリオンを呼び寄せた。

「全騎士に指令。王都南部の裏通り、物資倉庫、地下路地の捜索。情報屋クロウにも再度接触を。アメリア令嬢の侍女・クラリスの行方を、最優先で追え」

「了解しました」

 リオンが背筋を伸ばし、出ていった後も、レオナードの眉間の皺は消えなかった。

「……フィオーレ」

「はい」

「本来なら、君にはここで待っていてほしい。だが今の君は、そんな言葉では止まらないだろう」

 彼の瞳が、強くフィオーレを見つめる。

「今回だけは、俺が“騎士団長”としてではなく、“君の婚約者”として言わせてほしい」

 

 レオナードは一歩近づき、そっと彼女の肩に手を置いた。

「どうか……無事でいてくれ」

 

 その言葉に、フィオーレの胸がじんと熱くなる。

「わかっています。でも、私にもできることがあるはずです。クラリスは、私の大切な人。絶対に取り戻します」

 

 その夜。

 レオナードは情報屋クロウとの再会を果たしていた。

 薄暗いランタンの光の下、クロウは低く唸るように言った。

「まさか、あの侍女嬢が消えるとはな……。どうやら本気で“狙われてる”な」

「証拠を出せ」

「奴らは巧妙だ。子どもをさらって売るだけじゃない。もっと別の目的がある」

「目的?」

「“薬”だ。王都の地下で出回り始めた、感情を麻痺させる薬品。どうやら、それの人体実験に子どもが使われてる」

「……!」

「そいつの開発に関わってる連中は、まだ表には出てきていないが、商会を隠れ蓑にしてるらしい」

「商会……?」

「ああ。“アシュベル貿易”。南部の倉庫を何箇所も押さえてる。連中の動きを探れ」

 

 一方、フィオーレは屋敷の書斎にこもっていた。

 クラリスが以前話していた、小さな日記帳。

 そこには日々の出来事の他に、“気になる商人”“怪しい倉庫”など、彼女なりの目線で書き残された観察メモが記されていた。

「……あった。“アシュベル商会、毎週水曜の荷下ろしが夜になるのが気になる”」

 指先が、震えていた。

 でもそれは、恐怖じゃない。

(あなたの言葉が、私を導いてくれてる)

 

 そして水曜日の夜。

 フィオーレは変装し、レオナードとともに“アシュベル商会”の倉庫へ潜入する。

 そこには、まだ誰も知らぬ“王都の裏”が広がっていた——。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】夜会で借り物競争をしたら、イケメン王子に借りられました。

櫻野くるみ
恋愛
公爵令嬢のセラフィーナには生まれつき前世の記憶があったが、覚えているのはくだらないことばかり。 そのどうでもいい知識が一番重宝されるのが、余興好きの国王が主催する夜会だった。 毎年余興の企画を頼まれるセラフィーナが今回提案したのは、なんと「借り物競争」。 もちろん生まれて初めての借り物競争に参加をする貴族たちだったが、夜会は大いに盛り上がり……。 気付けばセラフィーナはイケメン王太子、アレクシスに借りられて、共にゴールにたどり着いていた。 果たしてアレクシスの引いたカードに書かれていた内容とは? 意味もなく異世界転生したセラフィーナが、特に使命や運命に翻弄されることもなく、王太子と結ばれるお話。 とにかくツッコミどころ満載のゆるい、ハッピーエンドの短編なので、気軽に読んでいただければ嬉しいです。 完結しました。 小説家になろう様にも投稿しています。 小説家になろう様への投稿時から、タイトルを『借り物(人)競争』からただの『借り物競争』へ変更いたしました。

【完結】田舎暮らしを都会でしているの?と思ったらここはどうやら異世界みたいです。

まりぃべる
恋愛
私、春日凛。 24歳、しがない中小企業の会社員。 …だったはずなんだけど、いつの間にかアスファルトではなくて石畳の街並みに迷い込んでいたみたい。 病院じゃないの? ここどこ?どうして?やっぱり私死んじゃったの!? パン屋のおじさんとおばさんに拾ってもらって、異世界で生きていきます! …そして、どうにかこうにかあって幸せになっちゃうお話です。 ☆28話で完結です。もう出来てますので、随時更新していきます。 ☆この国での世界観です。よろしくお願いします。

【完結】人生2回目の少女は、年上騎士団長から逃げられない

櫻野くるみ
恋愛
伯爵家の長女、エミリアは前世の記憶を持つ転生者だった。  手のかからない赤ちゃんとして可愛がられたが、前世の記憶を活かし類稀なる才能を見せ、まわりを驚かせていた。 大人びた子供だと思われていた5歳の時、18歳の騎士ダニエルと出会う。 成り行きで、父の死を悔やんでいる彼を慰めてみたら、うっかり気に入られてしまったようで? 歳の差13歳、未来の騎士団長候補は執着と溺愛が凄かった! 出世するたびにアプローチを繰り返す一途なダニエルと、年齢差を理由に断り続けながらも離れられないエミリア。 騎士団副団長になり、団長までもう少しのところで訪れる愛の試練。乗り越えたダニエルは、いよいよエミリアと結ばれる? 5歳で出会ってからエミリアが年頃になり、逃げられないまま騎士団長のお嫁さんになるお話。 ハッピーエンドです。 完結しています。 小説家になろう様にも投稿していて、そちらでは少し修正しています。

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~

降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

攻略なんてしませんから!

梛桜
恋愛
乙女ゲームの二人のヒロインのうちの一人として異世界の侯爵令嬢として転生したけれど、攻略難度設定が難しい方のヒロインだった!しかも、攻略相手には特に興味もない主人公。目的はゲームの中でのモフモフです! 【閑話】は此方→http://www.alphapolis.co.jp/content/cover/808099598/ 閑話は最初本編の一番下に置き、その後閑話集へと移動しますので、ご注意ください。 此方はベリーズカフェ様でも掲載しております。 *攻略なんてしませんから!別ルート始めました。 【別ルート】は『攻略より楽しみたい!』の題名に変更いたしました

前世では美人が原因で傾国の悪役令嬢と断罪された私、今世では喪女を目指します!

鳥柄ささみ
恋愛
美人になんて、生まれたくなかった……! 前世で絶世の美女として生まれ、その見た目で国王に好かれてしまったのが運の尽き。 正妃に嫌われ、私は国を傾けた悪女とレッテルを貼られて処刑されてしまった。 そして、気づけば違う世界に転生! けれど、なんとこの世界でも私は絶世の美女として生まれてしまったのだ! 私は前世の経験を生かし、今世こそは目立たず、人目にもつかない喪女になろうと引きこもり生活をして平穏な人生を手に入れようと試みていたのだが、なぜか世界有数の魔法学校で陽キャがいっぱいいるはずのNMA(ノーマ)から招待状が来て……? 前世の教訓から喪女生活を目指していたはずの主人公クラリスが、トラウマを抱えながらも奮闘し、四苦八苦しながら魔法学園で成長する異世界恋愛ファンタジー! ※第15回恋愛大賞にエントリーしてます! 開催中はポチッと投票してもらえると嬉しいです! よろしくお願いします!!

モブが乙女ゲームの世界に生まれてどうするの?【完結】

いつき
恋愛
リアラは貧しい男爵家に生まれた容姿も普通の女の子だった。 陰険な意地悪をする義母と義妹が来てから家族仲も悪くなり実の父にも煙たがられる日々 だが、彼女は気にも止めず使用人扱いされても挫ける事は無い 何故なら彼女は前世の記憶が有るからだ

「転生したら推しの悪役宰相と婚約してました!?」〜推しが今日も溺愛してきます〜 (旧題:転生したら報われない悪役夫を溺愛することになった件)

透子(とおるこ)
恋愛
読んでいた小説の中で一番好きだった“悪役宰相グラヴィス”。 有能で冷たく見えるけど、本当は一途で優しい――そんな彼が、報われずに処刑された。 「今度こそ、彼を幸せにしてあげたい」 そう願った瞬間、気づけば私は物語の姫ジェニエットに転生していて―― しかも、彼との“政略結婚”が目前!? 婚約から始まる、再構築系・年の差溺愛ラブ。 “報われない推し”が、今度こそ幸せになるお話。

処理中です...