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第27話「奪われた静寂」
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クラリスがいなくなった。
その現実を受け入れるまで、フィオーレはしばらく呼吸ができなかった。
細く揺れる指先。落ちていた花飾りを拾い上げると、それが冷たく濡れているように感じた。
「クラリス……どこにいるの……」
まるで霧の中に取り残されたようだった。
けれど、その震えを止めたのは——
心の奥から湧き上がる、強い感情だった。
(私は、もう“見ているだけ”の人間じゃない)
フィオーレはすぐに王宮の騎士団本部へ使いを出した。
それから数刻後。
騎士団長室の扉が勢いよく開いた。
「……何があった?」
レオナード・ヴェルシウスの声は、いつになく低く、研ぎ澄まされていた。
フィオーレは、胸元に握りしめた花飾りを彼に見せる。
「クラリスが……目の前から消えたの。ほんの少し、目を逸らした隙に」
それだけで、すべてを察したらしい。
レオナードの表情が変わった。
普段は感情を見せないその男が、静かに唇を噛み、拳を握りしめる。
「……君のそばにいた者が連れ去られたということは、“見られている”」
「私たちはもう、ただの婚約者と騎士団長じゃない。狙われているのよ、レオナード様」
レオナードは短く頷き、すぐに副官のリオンを呼び寄せた。
「全騎士に指令。王都南部の裏通り、物資倉庫、地下路地の捜索。情報屋クロウにも再度接触を。アメリア令嬢の侍女・クラリスの行方を、最優先で追え」
「了解しました」
リオンが背筋を伸ばし、出ていった後も、レオナードの眉間の皺は消えなかった。
「……フィオーレ」
「はい」
「本来なら、君にはここで待っていてほしい。だが今の君は、そんな言葉では止まらないだろう」
彼の瞳が、強くフィオーレを見つめる。
「今回だけは、俺が“騎士団長”としてではなく、“君の婚約者”として言わせてほしい」
レオナードは一歩近づき、そっと彼女の肩に手を置いた。
「どうか……無事でいてくれ」
その言葉に、フィオーレの胸がじんと熱くなる。
「わかっています。でも、私にもできることがあるはずです。クラリスは、私の大切な人。絶対に取り戻します」
その夜。
レオナードは情報屋クロウとの再会を果たしていた。
薄暗いランタンの光の下、クロウは低く唸るように言った。
「まさか、あの侍女嬢が消えるとはな……。どうやら本気で“狙われてる”な」
「証拠を出せ」
「奴らは巧妙だ。子どもをさらって売るだけじゃない。もっと別の目的がある」
「目的?」
「“薬”だ。王都の地下で出回り始めた、感情を麻痺させる薬品。どうやら、それの人体実験に子どもが使われてる」
「……!」
「そいつの開発に関わってる連中は、まだ表には出てきていないが、商会を隠れ蓑にしてるらしい」
「商会……?」
「ああ。“アシュベル貿易”。南部の倉庫を何箇所も押さえてる。連中の動きを探れ」
一方、フィオーレは屋敷の書斎にこもっていた。
クラリスが以前話していた、小さな日記帳。
そこには日々の出来事の他に、“気になる商人”“怪しい倉庫”など、彼女なりの目線で書き残された観察メモが記されていた。
「……あった。“アシュベル商会、毎週水曜の荷下ろしが夜になるのが気になる”」
指先が、震えていた。
でもそれは、恐怖じゃない。
(あなたの言葉が、私を導いてくれてる)
そして水曜日の夜。
フィオーレは変装し、レオナードとともに“アシュベル商会”の倉庫へ潜入する。
そこには、まだ誰も知らぬ“王都の裏”が広がっていた——。
その現実を受け入れるまで、フィオーレはしばらく呼吸ができなかった。
細く揺れる指先。落ちていた花飾りを拾い上げると、それが冷たく濡れているように感じた。
「クラリス……どこにいるの……」
まるで霧の中に取り残されたようだった。
けれど、その震えを止めたのは——
心の奥から湧き上がる、強い感情だった。
(私は、もう“見ているだけ”の人間じゃない)
フィオーレはすぐに王宮の騎士団本部へ使いを出した。
それから数刻後。
騎士団長室の扉が勢いよく開いた。
「……何があった?」
レオナード・ヴェルシウスの声は、いつになく低く、研ぎ澄まされていた。
フィオーレは、胸元に握りしめた花飾りを彼に見せる。
「クラリスが……目の前から消えたの。ほんの少し、目を逸らした隙に」
それだけで、すべてを察したらしい。
レオナードの表情が変わった。
普段は感情を見せないその男が、静かに唇を噛み、拳を握りしめる。
「……君のそばにいた者が連れ去られたということは、“見られている”」
「私たちはもう、ただの婚約者と騎士団長じゃない。狙われているのよ、レオナード様」
レオナードは短く頷き、すぐに副官のリオンを呼び寄せた。
「全騎士に指令。王都南部の裏通り、物資倉庫、地下路地の捜索。情報屋クロウにも再度接触を。アメリア令嬢の侍女・クラリスの行方を、最優先で追え」
「了解しました」
リオンが背筋を伸ばし、出ていった後も、レオナードの眉間の皺は消えなかった。
「……フィオーレ」
「はい」
「本来なら、君にはここで待っていてほしい。だが今の君は、そんな言葉では止まらないだろう」
彼の瞳が、強くフィオーレを見つめる。
「今回だけは、俺が“騎士団長”としてではなく、“君の婚約者”として言わせてほしい」
レオナードは一歩近づき、そっと彼女の肩に手を置いた。
「どうか……無事でいてくれ」
その言葉に、フィオーレの胸がじんと熱くなる。
「わかっています。でも、私にもできることがあるはずです。クラリスは、私の大切な人。絶対に取り戻します」
その夜。
レオナードは情報屋クロウとの再会を果たしていた。
薄暗いランタンの光の下、クロウは低く唸るように言った。
「まさか、あの侍女嬢が消えるとはな……。どうやら本気で“狙われてる”な」
「証拠を出せ」
「奴らは巧妙だ。子どもをさらって売るだけじゃない。もっと別の目的がある」
「目的?」
「“薬”だ。王都の地下で出回り始めた、感情を麻痺させる薬品。どうやら、それの人体実験に子どもが使われてる」
「……!」
「そいつの開発に関わってる連中は、まだ表には出てきていないが、商会を隠れ蓑にしてるらしい」
「商会……?」
「ああ。“アシュベル貿易”。南部の倉庫を何箇所も押さえてる。連中の動きを探れ」
一方、フィオーレは屋敷の書斎にこもっていた。
クラリスが以前話していた、小さな日記帳。
そこには日々の出来事の他に、“気になる商人”“怪しい倉庫”など、彼女なりの目線で書き残された観察メモが記されていた。
「……あった。“アシュベル商会、毎週水曜の荷下ろしが夜になるのが気になる”」
指先が、震えていた。
でもそれは、恐怖じゃない。
(あなたの言葉が、私を導いてくれてる)
そして水曜日の夜。
フィオーレは変装し、レオナードとともに“アシュベル商会”の倉庫へ潜入する。
そこには、まだ誰も知らぬ“王都の裏”が広がっていた——。
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