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第2話:草花の図鑑と、小さなスコップ
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翌朝、私は早く目が覚めた。まだ空気がひんやりとしていて、吐く息が白い。
寝巻きのまま庭へ出ると、朝露に濡れた草の香りがふわりと立ち上った。
昨日、ここにイングリッシュガーデンを作ると決めた。けれど、いざ目の前にすると、広がる土地の“荒れ具合”に少しだけ気後れする。
「うーん……これは、なかなかの手強さだね」
丈の高い雑草。固く締まった土。いびつに生えた木の根元には、名も知らない蔓草が絡みついている。
でも、諦める気はさらさらない。
この場所を、私らしい花咲く庭にするんだ。
私は家から小さなスコップと、筆記用具を持ち出して、まずは現状の観察から始めた。
「このへん、午前中はよく日が当たる……あっちは少し陰がち……こっちの土はさらさらだけど、向こうはちょっと粘土質かも」
前世で培った感覚が、手のひらを通して蘇ってくる。土の粒の大きさ、水はけ、手に残る感触——植物を選ぶときに大切な要素だ。
メモを書いていると、カサッと草むらが揺れた。
「リリアさん、なにしてるんだ?」
「カリムくん、おはよう。ちょっと庭を見てたの」
声の主は、隣家の青年カリム。麦わら帽子をかぶり、肩に鍬を担いでいる。
「昨日、お父さんから聞いたよ。庭を作るんだって?」
「うん。花を植えて、ちょっとしたカフェみたいにしたいなって」
「へぇ、花かあ……でもこの土地、けっこう気難しいよ? 日陰はぬかるむし、陽当たりのとこは夏に焼けるし」
「だからまずは、土地に合う草花を調べようと思ってるの」
「なんなら、うちのマルタばあちゃんに聞いてみなよ。昔から薬草とか、よう知ってる」
「ぜひお願いしたいな。ありがとう、カリムくん」
その日の午後、マルタおばあさんが庭にやって来た。
「へぇぇ、あんたが花を育てる娘さんかい。噂は聞いとるよ。前に市場で焼いたお菓子を出した子だろう?」
「はい。リリア・クロフォードと申します」
「よろしゅう。あたしはマルタ。まあ見てごらん、このシロツメクサ。これはな、雨を呼ぶって言われてて、干ばつ前にはよく広がるもんさ」
おばあさんは、しゃがみ込みながら手際よく草を摘み、指でちぎって香りを嗅いでみせた。
「この葉は乾かしてお茶にできる。こっちのは、虫除けになるから、根元に混ぜるとええよ。あんた、花もええが、こういう役立つ草も忘れちゃいかんよ」
私は夢中でメモを取りながら、知識の奥深さに驚いていた。
花だけじゃない。この世界には、この土地ならではの植物文化がある。
それを無視して、ただ「前世で綺麗だったから」と植えてもうまくいかない。
この地に合ったやり方でなければ、根付かないのだ。
その夜、自室の本棚を整理していると、一冊の本に目が留まった。表紙に、金色の文字でこう記されている。
——《草木と大地の精霊書》
厚みのあるその本は、祖父が遺したものらしい。パラリとめくると、絵と一緒に植物の名前や効能が記されていた。いわば、この世界の“草花図鑑”だ。
光草(ひかりぐさ)──太陽の光を集め、周囲を暖かくする。
風咲き(かざさき)──風通しの良い場所でのみ咲き、夏の虫を避ける効果がある。
「どれも初めて見るけれど、すごく……素敵」
ページをめくるたびに、目の奥がじんと熱くなった。
この世界には、この世界なりの美しさがある。
だったら——
前世の“模倣”ではなく、この世界だけの“私の庭”を作りたい。
次の日、私は庭に小さな板を立て、区画を分けて試験植えを始めた。
まずはマルタおばあさんに教わったシロツメクサと、図鑑にあった「光草」を。カリムくんにも頼んで、近くの森で苗を探してもらった。
小さなスコップで土をすくい、根を傷つけないように植え込んでいく。
「こうして、少しずつ」
夕暮れ時、最後の水やりを終えた私は、草むらに腰を下ろして庭を見渡した。
何もなかった場所に、ほんのわずかでも色が生まれた。風が吹いて、小さな葉が揺れる。
「どんな花が咲くんだろう。……どんな未来が待ってるんだろう」
誰に問いかけるでもなく、呟いた。
——この土地だって、花を咲かせることができる。
——私もまた、新しい人生を根付かせていける。
土の匂いと風の音が、優しくその言葉を包んでくれた。
寝巻きのまま庭へ出ると、朝露に濡れた草の香りがふわりと立ち上った。
昨日、ここにイングリッシュガーデンを作ると決めた。けれど、いざ目の前にすると、広がる土地の“荒れ具合”に少しだけ気後れする。
「うーん……これは、なかなかの手強さだね」
丈の高い雑草。固く締まった土。いびつに生えた木の根元には、名も知らない蔓草が絡みついている。
でも、諦める気はさらさらない。
この場所を、私らしい花咲く庭にするんだ。
私は家から小さなスコップと、筆記用具を持ち出して、まずは現状の観察から始めた。
「このへん、午前中はよく日が当たる……あっちは少し陰がち……こっちの土はさらさらだけど、向こうはちょっと粘土質かも」
前世で培った感覚が、手のひらを通して蘇ってくる。土の粒の大きさ、水はけ、手に残る感触——植物を選ぶときに大切な要素だ。
メモを書いていると、カサッと草むらが揺れた。
「リリアさん、なにしてるんだ?」
「カリムくん、おはよう。ちょっと庭を見てたの」
声の主は、隣家の青年カリム。麦わら帽子をかぶり、肩に鍬を担いでいる。
「昨日、お父さんから聞いたよ。庭を作るんだって?」
「うん。花を植えて、ちょっとしたカフェみたいにしたいなって」
「へぇ、花かあ……でもこの土地、けっこう気難しいよ? 日陰はぬかるむし、陽当たりのとこは夏に焼けるし」
「だからまずは、土地に合う草花を調べようと思ってるの」
「なんなら、うちのマルタばあちゃんに聞いてみなよ。昔から薬草とか、よう知ってる」
「ぜひお願いしたいな。ありがとう、カリムくん」
その日の午後、マルタおばあさんが庭にやって来た。
「へぇぇ、あんたが花を育てる娘さんかい。噂は聞いとるよ。前に市場で焼いたお菓子を出した子だろう?」
「はい。リリア・クロフォードと申します」
「よろしゅう。あたしはマルタ。まあ見てごらん、このシロツメクサ。これはな、雨を呼ぶって言われてて、干ばつ前にはよく広がるもんさ」
おばあさんは、しゃがみ込みながら手際よく草を摘み、指でちぎって香りを嗅いでみせた。
「この葉は乾かしてお茶にできる。こっちのは、虫除けになるから、根元に混ぜるとええよ。あんた、花もええが、こういう役立つ草も忘れちゃいかんよ」
私は夢中でメモを取りながら、知識の奥深さに驚いていた。
花だけじゃない。この世界には、この土地ならではの植物文化がある。
それを無視して、ただ「前世で綺麗だったから」と植えてもうまくいかない。
この地に合ったやり方でなければ、根付かないのだ。
その夜、自室の本棚を整理していると、一冊の本に目が留まった。表紙に、金色の文字でこう記されている。
——《草木と大地の精霊書》
厚みのあるその本は、祖父が遺したものらしい。パラリとめくると、絵と一緒に植物の名前や効能が記されていた。いわば、この世界の“草花図鑑”だ。
光草(ひかりぐさ)──太陽の光を集め、周囲を暖かくする。
風咲き(かざさき)──風通しの良い場所でのみ咲き、夏の虫を避ける効果がある。
「どれも初めて見るけれど、すごく……素敵」
ページをめくるたびに、目の奥がじんと熱くなった。
この世界には、この世界なりの美しさがある。
だったら——
前世の“模倣”ではなく、この世界だけの“私の庭”を作りたい。
次の日、私は庭に小さな板を立て、区画を分けて試験植えを始めた。
まずはマルタおばあさんに教わったシロツメクサと、図鑑にあった「光草」を。カリムくんにも頼んで、近くの森で苗を探してもらった。
小さなスコップで土をすくい、根を傷つけないように植え込んでいく。
「こうして、少しずつ」
夕暮れ時、最後の水やりを終えた私は、草むらに腰を下ろして庭を見渡した。
何もなかった場所に、ほんのわずかでも色が生まれた。風が吹いて、小さな葉が揺れる。
「どんな花が咲くんだろう。……どんな未来が待ってるんだろう」
誰に問いかけるでもなく、呟いた。
——この土地だって、花を咲かせることができる。
——私もまた、新しい人生を根付かせていける。
土の匂いと風の音が、優しくその言葉を包んでくれた。
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