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第3話:咲きかけた夢と、突然の雨
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それは、まるで夢を形にするような日々だった。
庭に手を入れはじめてから数週間。小さな種は芽を出し、緑の絨毯のように広がった。
朝露に濡れた葉が太陽の光を浴びてキラキラと輝き、風が吹くたびにハーブの香りがふわりと流れる。
花壇の縁にはラベンダー。奥には光草、その手前にシロツメクサやカモミールを配して、色と香りが混ざり合うように植えた。小道には平たい石を敷き詰めて歩きやすくし、古い木箱をテーブル代わりに置いてみる。
完成まで、あともう少し。
この場所が、誰かにとっての“癒し”になればいい。そう思いながら毎日水をやり、土を撫で、話しかけるように手をかけてきた。
村の子どもたちは庭の小道を歩いてはしゃぎ、おばあさんたちは「この花は昔うちにもあったよ」と懐かしそうに微笑んだ。
そして今日もまた、空は高く、風は心地よく、良い一日になるはずだった。
午後の陽ざしが傾きはじめたころ、私は庭の整備を終え、腰に手を当ててひと息ついた。
「ふう、あとは入り口に案内板でも作ろうかな」
つい、声に出してしまうほど、気持ちは明るかった。
そのとき、ふと背後に視線を感じて振り向く。
畑の向こう。道の終わりのあたりに、ひとりの人物が立っていた。
遠目で顔まではわからない。でも、背が高く、黒い上着のようなものを羽織ったその姿は、どこか風景から浮いて見えた。
私はそっと目を細めて見つめたが、相手はただ静かにこちらを見ているようで——そして、次の瞬間、くるりと背を向けて歩き出した。
「……誰だったんだろう」
それ以上深く考える暇もなく、ぽつりと、空から冷たい雫が落ちてきた。
最初は一粒、二粒だったはずが、あっという間に風が強くなり、ざあっと大粒の雨が降り始めた。
慌てて庭を走り回り、道具をしまい、花たちに布をかけようとしたけれど、風が強すぎる。
軽く根付いたばかりのラベンダーが倒れ、柔らかな葉を持つ光草が折れた。
「だめ……まだ、根が浅いのに……!」
手で必死に支えようとするけれど、次々に風にあおられてなぎ倒されていく。
前世でも、何度かこういうことはあった。突然の台風、断水、害虫被害。努力が一瞬で壊される、無力感。
それでも笑顔で立ち直ってきたはずだった。
なのに、どうして——
このときの私は、立ち尽くすことしかできなかった。
ぐしゃ、と足元で花が潰れる音がした。雨が頬を打ち、視界が滲む。
「……せっかく、ここまで……」
地面に膝をついた。前かがみになって、息を押し殺す。悔しいのに、泣くことさえできない。
また失ってしまうの? せっかく築きかけた居場所を。
——また、一人になってしまうの?
どれほど時間が経っただろう。ふと風がやみ、雨脚が弱まったことに気づいた。
ふらつく足で立ち上がり、ぬかるんだ庭を見渡す。花は折れ、葉はちぎれ、せっかく作った小道も泥でぐちゃぐちゃだった。
……それでも、完全に壊れたわけではなかった。
目を凝らすと、中央の花壇。倒れたラベンダーの隙間から、小さな黄色の花が顔をのぞかせていた。
風咲き(かざさき)。この土地に自生していた、強風にも耐える草花。
その茎はまっすぐで、葉も傷んでいない。まるで「私はここにいるよ」とでも言うように、凛と咲いていた。
「……あなた、だけは……負けなかったんだね」
私はその花の前にしゃがみこみ、土に触れた。
温かい。
まだこの土地は、生きている。
そして私も、まだ終わっていない。
「また、咲かせるよ。絶対に……この場所を、私の庭にしてみせる」
涙で濡れた頬に、そっと風が触れた。
それは、まるで——誰かが背中をそっと押してくれたような、優しい風だった。
庭に手を入れはじめてから数週間。小さな種は芽を出し、緑の絨毯のように広がった。
朝露に濡れた葉が太陽の光を浴びてキラキラと輝き、風が吹くたびにハーブの香りがふわりと流れる。
花壇の縁にはラベンダー。奥には光草、その手前にシロツメクサやカモミールを配して、色と香りが混ざり合うように植えた。小道には平たい石を敷き詰めて歩きやすくし、古い木箱をテーブル代わりに置いてみる。
完成まで、あともう少し。
この場所が、誰かにとっての“癒し”になればいい。そう思いながら毎日水をやり、土を撫で、話しかけるように手をかけてきた。
村の子どもたちは庭の小道を歩いてはしゃぎ、おばあさんたちは「この花は昔うちにもあったよ」と懐かしそうに微笑んだ。
そして今日もまた、空は高く、風は心地よく、良い一日になるはずだった。
午後の陽ざしが傾きはじめたころ、私は庭の整備を終え、腰に手を当ててひと息ついた。
「ふう、あとは入り口に案内板でも作ろうかな」
つい、声に出してしまうほど、気持ちは明るかった。
そのとき、ふと背後に視線を感じて振り向く。
畑の向こう。道の終わりのあたりに、ひとりの人物が立っていた。
遠目で顔まではわからない。でも、背が高く、黒い上着のようなものを羽織ったその姿は、どこか風景から浮いて見えた。
私はそっと目を細めて見つめたが、相手はただ静かにこちらを見ているようで——そして、次の瞬間、くるりと背を向けて歩き出した。
「……誰だったんだろう」
それ以上深く考える暇もなく、ぽつりと、空から冷たい雫が落ちてきた。
最初は一粒、二粒だったはずが、あっという間に風が強くなり、ざあっと大粒の雨が降り始めた。
慌てて庭を走り回り、道具をしまい、花たちに布をかけようとしたけれど、風が強すぎる。
軽く根付いたばかりのラベンダーが倒れ、柔らかな葉を持つ光草が折れた。
「だめ……まだ、根が浅いのに……!」
手で必死に支えようとするけれど、次々に風にあおられてなぎ倒されていく。
前世でも、何度かこういうことはあった。突然の台風、断水、害虫被害。努力が一瞬で壊される、無力感。
それでも笑顔で立ち直ってきたはずだった。
なのに、どうして——
このときの私は、立ち尽くすことしかできなかった。
ぐしゃ、と足元で花が潰れる音がした。雨が頬を打ち、視界が滲む。
「……せっかく、ここまで……」
地面に膝をついた。前かがみになって、息を押し殺す。悔しいのに、泣くことさえできない。
また失ってしまうの? せっかく築きかけた居場所を。
——また、一人になってしまうの?
どれほど時間が経っただろう。ふと風がやみ、雨脚が弱まったことに気づいた。
ふらつく足で立ち上がり、ぬかるんだ庭を見渡す。花は折れ、葉はちぎれ、せっかく作った小道も泥でぐちゃぐちゃだった。
……それでも、完全に壊れたわけではなかった。
目を凝らすと、中央の花壇。倒れたラベンダーの隙間から、小さな黄色の花が顔をのぞかせていた。
風咲き(かざさき)。この土地に自生していた、強風にも耐える草花。
その茎はまっすぐで、葉も傷んでいない。まるで「私はここにいるよ」とでも言うように、凛と咲いていた。
「……あなた、だけは……負けなかったんだね」
私はその花の前にしゃがみこみ、土に触れた。
温かい。
まだこの土地は、生きている。
そして私も、まだ終わっていない。
「また、咲かせるよ。絶対に……この場所を、私の庭にしてみせる」
涙で濡れた頬に、そっと風が触れた。
それは、まるで——誰かが背中をそっと押してくれたような、優しい風だった。
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