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第4話:開店前夜と、香る紅茶
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雨の翌日、朝日が顔を出した。
リリア・クロフォードはぬかるんだ庭の端に立ち、深く息を吸い込んだ。湿った土の匂い、風に乗って届く草の香り。
まだ乾ききらない空気のなかに、かすかな希望が混ざっていた。
「よし、やろう」
泥にまみれた服も、倒れた花も、諦める理由にはならなかった。
もう一度、鍬を握り、スコップを使い、彼女は黙々と作業を始めた。
それから三日間。リリアは朝から晩まで庭に向き合った。
ラベンダーは倒れた枝を剪定して植え直し、根が傷んだ花は鉢に移して養生させた。
小道は小石と板で補強し、水はけをよくするために傾斜をつけた。
壊れたテーブルは磨き直してペンキを塗り直し、周囲には乾燥させたミントやローズマリーの束を飾った。
そして迎えた四日目の朝。
庭は、静かに、しかし力強く生まれ変わっていた。
ラベンダーの紫、風咲きの黄色、ミントの濃い緑。色と香りが入り混じり、風にそよぐその光景は、まさに“癒しの庭”だった。
リリアはその真ん中に立ち、そっと目を閉じた。
「おかえりなさい、私の庭……」
頬をなでる風が、どこか前世の春と似ていた。
「それで、いよいよ明日、開店なんだな!」
カリムの元気な声が庭に響いた。腕まくりをしながら木の看板を運んできた彼は、泥だらけの靴でリリアの努力を称える。
「ほんっとに、ここだけ別の国みたいだよな。こんな綺麗な場所、村じゃ見たことない」
「ありがとう。でも、まだやることがあるの。メニューを決めなきゃ」
「お茶と……あと、あの、茶色いやつ。何だっけ、焼いたパンみたいな……」
「スコーンだよ」
リリアは笑いながら、小さなレシピ帳を広げた。前世で何度も作った、紅茶と焼き菓子の定番。けれどこの世界では、使える材料も焼き加減も微妙に違う。
卵は鶏小屋から分けてもらい、小麦は石臼でひいたものを。バター代わりには、村の山羊からとれたミルクを冷やして分離させたものを使う。
「ベリー系は少し手に入ったから、ジャムも作っておこう。あとはハーブティー……」
紅茶に使う葉は、自分で育てたミント、レモンバーム、カモミールをブレンドして調整する。試しに煮出してみると、ふわっと甘くて爽やかな香りが広がった。
「うん、これは……落ち着く味かも」
試飲したカリムも、珍しく真剣な顔でうなずいた。
「なんか、飲むと疲れがふわっと消えるな。……不思議だ」
「香りの力って、すごいよね」
リリアはポットをそっと置き、庭を見渡した。
花の香り、焼きたてのスコーン、ほんのり甘いハーブティー。
ここに来た誰かが、少しでも心を軽くできるような、そんな場所になれば——
それが、彼女の望みだった。
夕方、すべての準備を終えたリリアは、カフェの看板に最後の仕上げとして名前を描いた。
《ティーガーデン・クロフォード》
派手ではないけれど、木の温もりが残る素朴な看板。
それを庭の入り口に設置し、彼女は両手を合わせて一礼した。
「どうか、うまくいきますように」
日が沈みかける空には、淡い茜色の雲が浮かんでいた。
ほんの少し肌寒くなってきた風の中、リリアはベンチに座って湯気の立つカップを両手で包み込む。
ひとくち、ハーブティーを口に運ぶ。
その温もりに包まれながら、彼女は思った。
——明日、どんな人が来てくれるんだろう。
——あの人影の主は、また現れるだろうか。
わからないことばかり。けれど不安よりも、今はただ、胸が高鳴っていた。
これは新しい始まり。
私の庭で、私のお茶で、誰かと出会う一日が——明日、やってくる。
リリア・クロフォードはぬかるんだ庭の端に立ち、深く息を吸い込んだ。湿った土の匂い、風に乗って届く草の香り。
まだ乾ききらない空気のなかに、かすかな希望が混ざっていた。
「よし、やろう」
泥にまみれた服も、倒れた花も、諦める理由にはならなかった。
もう一度、鍬を握り、スコップを使い、彼女は黙々と作業を始めた。
それから三日間。リリアは朝から晩まで庭に向き合った。
ラベンダーは倒れた枝を剪定して植え直し、根が傷んだ花は鉢に移して養生させた。
小道は小石と板で補強し、水はけをよくするために傾斜をつけた。
壊れたテーブルは磨き直してペンキを塗り直し、周囲には乾燥させたミントやローズマリーの束を飾った。
そして迎えた四日目の朝。
庭は、静かに、しかし力強く生まれ変わっていた。
ラベンダーの紫、風咲きの黄色、ミントの濃い緑。色と香りが入り混じり、風にそよぐその光景は、まさに“癒しの庭”だった。
リリアはその真ん中に立ち、そっと目を閉じた。
「おかえりなさい、私の庭……」
頬をなでる風が、どこか前世の春と似ていた。
「それで、いよいよ明日、開店なんだな!」
カリムの元気な声が庭に響いた。腕まくりをしながら木の看板を運んできた彼は、泥だらけの靴でリリアの努力を称える。
「ほんっとに、ここだけ別の国みたいだよな。こんな綺麗な場所、村じゃ見たことない」
「ありがとう。でも、まだやることがあるの。メニューを決めなきゃ」
「お茶と……あと、あの、茶色いやつ。何だっけ、焼いたパンみたいな……」
「スコーンだよ」
リリアは笑いながら、小さなレシピ帳を広げた。前世で何度も作った、紅茶と焼き菓子の定番。けれどこの世界では、使える材料も焼き加減も微妙に違う。
卵は鶏小屋から分けてもらい、小麦は石臼でひいたものを。バター代わりには、村の山羊からとれたミルクを冷やして分離させたものを使う。
「ベリー系は少し手に入ったから、ジャムも作っておこう。あとはハーブティー……」
紅茶に使う葉は、自分で育てたミント、レモンバーム、カモミールをブレンドして調整する。試しに煮出してみると、ふわっと甘くて爽やかな香りが広がった。
「うん、これは……落ち着く味かも」
試飲したカリムも、珍しく真剣な顔でうなずいた。
「なんか、飲むと疲れがふわっと消えるな。……不思議だ」
「香りの力って、すごいよね」
リリアはポットをそっと置き、庭を見渡した。
花の香り、焼きたてのスコーン、ほんのり甘いハーブティー。
ここに来た誰かが、少しでも心を軽くできるような、そんな場所になれば——
それが、彼女の望みだった。
夕方、すべての準備を終えたリリアは、カフェの看板に最後の仕上げとして名前を描いた。
《ティーガーデン・クロフォード》
派手ではないけれど、木の温もりが残る素朴な看板。
それを庭の入り口に設置し、彼女は両手を合わせて一礼した。
「どうか、うまくいきますように」
日が沈みかける空には、淡い茜色の雲が浮かんでいた。
ほんの少し肌寒くなってきた風の中、リリアはベンチに座って湯気の立つカップを両手で包み込む。
ひとくち、ハーブティーを口に運ぶ。
その温もりに包まれながら、彼女は思った。
——明日、どんな人が来てくれるんだろう。
——あの人影の主は、また現れるだろうか。
わからないことばかり。けれど不安よりも、今はただ、胸が高鳴っていた。
これは新しい始まり。
私の庭で、私のお茶で、誰かと出会う一日が——明日、やってくる。
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