鉄の心臓、茨の涙

深渡 ケイ

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第11話:鉄の枯れる音

第11話:鉄の枯れる音

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 灰の降る夜だった。雪に似せて舞うそれは、触れればただの冷えた粉で、息に混じれば喉の奥をざらつかせる。廃れた礼拝堂の崩れた天蓋から、月の光が細く落ち、床のひび割れに溜まった黒い水を銀に縁取っていた。外では風が、折れた尖塔の骨を鳴らし、遠い獣のように呻いている。

 ガルドは膝をつき、胸の装甲板の継ぎ目から、鈍い赤が脈打つのを隠し切れずにいた。駆動音は低く、いつもより粘りを帯び、歯車の噛み合いが遅れるたび、錆の粉が内側でこすれ合う気配がした。関節の隙から垂れるオイルは、床の灰を黒く濡らし、そこに小さな星座のような滲みを作る。

 エリスはその前に立ったまま、笑うことを忘れない顔で、しかし指先だけが震えていた。唇は乾き、まつ毛の影が頬に落ちる。感情を閉じ込める檻の中で、彼女の体はすでに別の言語を話していた。鎖骨の下、薄い皮膚の内側から、冷たいものが生まれ、ゆっくりと外へ向かって伸びていく。

 茨だった。

 それは花の気配を持たない、ただ刺すためだけの美しさで、氷のように淡く光り、彼女の胸元から肋の線に沿って、細い棘を増やしながら育っていく。触れれば血を呼び、血を呼べばさらに育つ――そんな因果の匂いを纏っていた。エリスの呼吸が浅くなるたび、茨はひとつ、ふたつと鋭さを増し、空気を裂く音さえ立てる。

 ガルドは立ち上がろうとした。だが膝の関節が、錆に噛まれて一瞬遅れた。きしむ音が礼拝堂の静けさを裂き、その遅れが彼の「躊躇」に見えたのか、エリスの目が揺れた。涙は落ちない。落とせない。けれど涙の代わりに、茨が冷たく息を吐く。

 彼女は一歩退いた。茨が床の灰を引っ掻き、白い粉の中に細い溝を刻む。逃げるためではない。守るためだ。自分の体から生まれる刃が、彼の鉄を腐らせることを知っているから。

 ガルドの視線が、ほんのわずかに下がった。彼女の足元に伸びる棘の影を見たのだろう。駆動音が、一段低く落ちた。まるで息を呑むように。次の瞬間、彼は前へ踏み出した。

 エリスが息を止める。肩が上がり、笑顔の仮面がひび割れる。逃げるべきだと体が叫ぶのに、足は動かない。彼の歩みは遅い。けれど止まらない。鉄の足が灰を踏み、湿った床板を軋ませ、そのたびにオイルの匂いが濃くなる。

 彼が腕を伸ばしたとき、エリスの茨が反射のように跳ねた。棘が彼の前腕に触れ、金属に微かな泡立ちが走る。腐食は音もなく進む。鉄の肌が黒ずみ、錆が花のように開く。その瞬間、エリスの喉がきゅ、と鳴った。声にはならない。泣けば終わる。怒れば終わる。だからただ、唇の端を引き上げる。

「だいじょうぶ」と言う代わりに。

 ガルドはその表情を見て、わずかに首を傾げた。彼の胸の奥で、動力炉が唸る。赤い熱が、装甲の継ぎ目から滲み、暗い礼拝堂に微かな夕焼けの色を落とした。きしむ音が、今度は柔らかく、何かを宥めるように鳴る。

 彼は抱きしめた。

 鉄の腕が、慎重すぎるほど慎重に、彼女の背を囲む。指の関節が一つずつ噛み合い、まるで祈りの形を作るように閉じていく。触れれば壊す。触れれば腐る。それでも彼は、触れた。エリスの体が小さく震え、茨が彼の胸板に当たり、棘先が装甲の隙間を探る。

 冷たさが先に来た。茨の冷気は、冬の刃のように鋭く、彼の鉄を一瞬で縮ませる。腐食の黒が、触れた箇所から滲み、錆の粉がぽろりと落ちた。エリスは息を吸い込み、肩を強張らせる。喉の奥に、泣きたい熱が溜まる。だが泣けば、茨は暴走する。彼を殺す。

 そのとき、ガルドの胸の赤が、ひときわ強く脈打った。

 動力炉の熱が、抱擁の中心からゆっくりと滲み出し、彼女の冷たい茨に触れた。鉄の内側に閉じ込められていた炎が、装甲越しに伝わり、棘の根元を温めていく。最初は、霜が解けるような微かな音だった。次いで、氷が割れるように、細いひびが茨の表面を走る。

 エリスの肌は柔らかい。彼の腕は硬い。彼女の体から伸びる茨は冷たく、彼の胸は熱い。残酷な対比が、その抱擁の中でひとつの絵になった。触れ合うべきでないもの同士が、互いを壊しながら、互いを抱く。

 茨は、溶け始めた。

 棘先の透明な冷たさが、熱に負けて鈍く曇り、やがて黒い滴となって落ちる。落ちた滴は床の灰を焦がし、じゅ、と小さく鳴って、灰色の世界に点々と焦げ跡を残した。溶けた茨は毒を含んだまま、粘り気のある液となり、ガルドの胸板を伝って流れる。そこを腐食が追いかける。黒い筋が、赤い熱の縁を這い、鉄の表面に錆の花を咲かせていく。

 それでも熱は止まらない。

 ガルドの駆動音が、わずかに上がった。苦しみの音ではない。燃料を絞り出すような、決意の音だった。胸の赤はさらに濃くなり、まるで彼の内側に夕陽を飼っているかのように揺らめく。その熱が、エリスの茨を根元から焼き、溶かし、形を奪っていく。

 エリスの背中に回された鉄の腕は、冷たくない。熱を帯び、じわじわと肌の奥まで染み込む。彼女は初めて、その温度に身を預けたくなる衝動に襲われた。だが同時に、彼の胸板を伝う黒い液と、そこに広がる腐食の匂いが鼻を刺す。鉄が枯れていく匂い。血ではなく、鉄の血――オイルと錆と焦げの混ざった、甘くない死の香り。

 エリスの指が、宙で迷った。触れたい。けれど触れれば、彼に棘を刺す。だから彼女は、拳を握りしめた。爪が掌に食い込み、そこから滲んだ赤が、彼女の白い肌に小さな花を咲かせる。痛みが、涙の代わりになる。

 ガルドの視線が、その血に落ちた。ほんの僅かに揺れる。次の瞬間、彼は抱擁を深くした。彼女の拳が彼の胸に当たり、熱と硬さが掌に伝わる。痛いほどの硬さ。けれどその硬さの奥で、熱が生きている。

 茨はさらに崩れ、棘の輪郭が失われていく。鋭さが丸まり、刃が鈍り、ただの黒い涙のように流れ落ちる。エリスの胸元に残るのは、棘が生えた跡の小さな裂傷と、そこに滲む薄い血、そして焼けた匂いだけだった。彼女は、焼けた痛みに眉を寄せた。だが痛みは、恐ろしいものではなかった。生きている証のように、熱とともにそこにあった。

 ガルドの胸板の下で、何かが細く鳴った。金属が熱で膨張し、錆に噛まれた箇所が耐えきれず、微かな亀裂を立てる音。鉄の枯れる音だった。花が萎れるのとは違う。水分を失うのでもない。熱に晒され、毒に侵され、それでも燃えようとする鉄が、内側から乾いていく音。

 エリスはその音を聞いて、笑顔を保てなかった。唇が震え、目の縁が熱くなる。泣けば茨が戻る。泣けば彼を刺す。彼女は必死に瞬きを繰り返し、涙を瞼の裏に押し戻す。代わりに、額を彼の胸にそっと寄せた。触れ合うことの許されない二人が、許されないまま選ぶ、唯一の近さ。

 ガルドの腕が、ほんの少しだけ緩む。彼は彼女を壊さない距離を探している。けれどその距離は、どこにもない。熱を注げば茨は溶けるが、鉄は枯れる。冷たさを避ければ彼女は刺される。抱かねば彼女は凍える。抱けば彼は腐る。

 それでも彼は、抱いたまま動かない。動けないのではない。動かないのだ。

 動力炉の赤は、彼女の胸元の最後の棘を焼き切り、黒い滴に変えた。滴は彼の胸板を伝い、腐食の筋を増やしながら落ち、灰の上で静かに煙を上げた。礼拝堂の冷たい空気の中で、その煙だけが、温かい息のように揺れた。

 エリスの肩が、ようやく下がった。彼女の体から伸びる刃は消え、代わりに残ったのは、焼けた痛みと、鉄の熱だけだった。彼女はその熱に縋りながら、縋るほどに彼が枯れていくことを、肌で知ってしまう。温もりは罪のように甘く、罪の代償は錆の匂いで確かだった。

 ガルドの駆動音が、低く、長く鳴った。まるで、喉のない彼が吐く溜息のように。オイルが一滴、二滴と増え、エリスの背中に回った彼の手首から落ちて、彼女の足元の灰を黒く染めた。

 抱擁の中で、熱は茨を溶かし、冷たさは鉄を腐らせる。救いと破滅が同じ形をしていることを、二人の体だけが知っていた。外の風が尖塔の骨を鳴らし、灰が雪のように降り続ける中、礼拝堂の中央で、鉄の夕陽が静かに燃え、黒い涙が静かに落ちた。


 雪はまだ降っていた。だがそれは、空から落ちる白ではなく、崩れた雲の灰に近い白さで、触れれば指先の熱を奪い、息の縁を薄く削いでいく。世界は最果てへ向かうほど静かになり、音は凍り、色は錆び、匂いは血と鉄に寄っていった。

 エリスの足跡は浅い。踏みしめるというより、恐る恐る地面に触れては離すように歩いている。彼女の背は小さく、肩は寒さではなく、抑え込んだ感情の重みで固く結ばれていた。笑顔の形だけを口元に貼りつけたまま、頬の内側で泣くことを禁じている顔だった。

 その少し後ろを、ガルドがついていく。

 鉄は本来、冷たい。雪よりも冷たいはずなのに、彼の関節からは微かな湯気が立っていた。駆動の熱が逃げ場を失い、腐食した継ぎ目から漏れている。歩くたび、きしむ音がした。生き物が骨を鳴らすのとは違う、乾いた、枯れた音。錆が歯のように噛み合い、彼の内部で何かを削っている音だった。

 カラスは彼らの頭上を低く旋回し、黒い翼で灰雪を切った。時折、くちばしの先で空気を突くように笑う。言葉は飛ばさない。ただ、笑いの気配だけを落としていく。見物人の眼差しは、いつだって残酷に軽い。

 エリスがふいに立ち止まったのは、風が変わったからだった。凍った空気の奥に、薄い花の匂いが混じった。冬の中にだけ咲く、無理やりな甘さ。彼女は息を吸い、すぐに喉を押さえた。泣きそうになると、反射のように指がそこへ行く。声が漏れないように。涙が落ちないように。

 だが、落ちなかった。

 まぶたの際がじわりと熱を持ち、そこに溜まるはずのものが、溜まらずに引いていく。痛みの手前で、感情の水面が凪いでいく。胸の奥で、長い間絡みついていた茨の気配が、一本ずつ、ほどけていくような感覚だった。

 エリスは自分の指先を見た。白い息の中で、肌はまだ血の色を持っている。そこに、あの黒い棘は生えていない。いつもなら、感情のさざめきに合わせて、爪の根元や手首の内側に小さな刺が芽を出すのに。今は、何もない。

 彼女は恐る恐る、頬を触った。涙の跡はない。冷たいだけだ。まるで、泣くという機能そのものが、身体から抜け落ちたように。

 その瞬間、彼女の喉の奥から、声にならない息がこぼれた。喜びのはずの息。解放のはずの息。それが、どうしてこんなに怖いのか、彼女は理解できなかった。

 ガルドが近づいた。足音が一拍遅れて追いつく。雪を踏む音ではなく、鉄が雪を砕く音。彼は彼女の横に立ち、頭を僅かに傾けた。視線の揺らぎが、問いかけの形を作る。彼の胸の奥で、心臓の代わりにある機構が、いつもより速く、薄く鳴っていた。

 エリスは、笑顔のまま首を振った。大丈夫、と言う代わりに。だが、その笑顔は、今までよりも簡単に作れた。痛みを押し殺す力が要らない。感情の暴走を抑えるための、あの必死の堤防が、すでに崩れかけているのに、洪水は来ない。

「……ねえ」

 声は出ないはずだった。出してはいけないはずだった。けれど、囁きがひとつ、空気に落ちた。紙が裂けるほどの小ささで。自分の耳にすら頼りなく届くほどの。

 その音に、ガルドの駆動音が一瞬、途切れた。止まったのではない。躓いたのだ。内部の歯車が、古い記憶に触れたみたいに。

 エリスは自分の口を押さえた。驚きと恐怖が混じった目で、ガルドを見上げる。彼の顔は鉄で、表情はない。それでも、彼の視線は震えた。微かな揺れが、喜びに似たものを映し、次の瞬間、深い陰りに沈んだ。

 彼はゆっくりと、自分の腕を上げた。

 触れたい、と言えない腕。触れれば腐ると知っている腕。いつもなら、エリスが一歩引き、ガルドがそこで止まる距離。二人の間にある、透明な棘の壁。

 だが、エリスは引かなかった。

 彼女の身体から、茨の気配がしない。空気が静かだ。毒の匂いが薄い。彼女の心臓が跳ねても、棘は芽吹かない。まるで呪いが眠っている。あるいは、別のところへ移っていく途中のように。

 エリスは、ガルドの指先が自分に近づくのを見た。鉄の指は、錆の赤茶をまとい、関節の隙間から黒い油が滲んでいる。冬の光を受けて、その油は濡れた黒曜石のように光った。

 指先が、彼女の頬のすぐ手前で止まった。

 触れない。彼はいつも通り、最後の一寸を越えない。彼の駆動音が低く唸り、抑え込まれた衝動のように震える。エリスはその音を聞きながら、自分の中で何かがほどけていくのを感じた。涙が出ない代わりに、胸の奥の棘が抜けていく。痛みはある。だがそれは、刺さる痛みではなく、抜ける痛みだった。

 そして、その痛みと同じ速さで、ガルドの体から命が抜けていく音がした。

 鉄の枯れる音。

 きしみが、ひとつ増えた。彼の肘のあたりで、錆が噛んだ。骨折のような音ではない。乾いた木が裂けるような、鈍く、喉の奥を冷やす音。ガルドの腕が微かに震え、指先から油が一滴、雪に落ちた。黒い点が白を汚し、すぐに凍りついた。

 エリスの目が大きく見開かれる。彼女は反射的に後ずさろうとした。自分が何かをしたのだと思う癖が、身体に染みついている。だが、彼女の背後には風しかない。逃げる場所がない。

 ガルドは、逃げるな、と言わない。言えない。代わりに、彼は自分の腕を引いた。触れたい腕を、自分から遠ざけた。さらに一歩、彼女から距離を取った。

 その距離が、優しさの形だった。

 エリスは唇を噛んだ。血が滲むほどに。痛みが涙を呼ぶはずなのに、それでも涙は出ない。目の奥が乾いている。乾いたまま熱い。まるで、涙腺に絡みついていた棘が、根ごと引き抜かれていく途中で、空洞だけが残っているみたいだった。

 彼女は手を伸ばした。今度は自分から。ガルドに触れようとする手。柔らかい肌の手。

 その瞬間、ガルドの胸の内部で、異様な音が鳴った。駆動音が一段高くなり、次に、急に低く沈んだ。呼吸が詰まるように。彼の身体がほんの僅か、前のめりになった。膝が雪にめり込み、鉄の重みが地面を軋ませる。

 エリスの手は空中で止まった。触れる前に、止まらざるを得なかった。

 ガルドの肩口に、錆の花が咲いていた。赤茶の粉が、雪の上に散る。肩の装甲の縁が、まるで腐った果実の皮のように剥け、内側の黒い金属が露出している。そこに、細い裂け目。裂け目から、黒い油と、薄い赤の液が混じって滲んだ。血ではない。だが血に似た色で、見る者の心を同じように冷やした。

 エリスの胸が凍りつく。呪いが解ける。自分が自由になる。その代わりに、彼が壊れる。

 理解は遅れてやって来た。呪いは消えていない。ただ、移っている。棘は彼女の涙から生まれていたのではない。彼女の痛みから生まれていた。そして今、その痛みが彼女から抜けるたび、代わりにガルドの鉄が痛みを引き受けている。

 温かい心が、冷たい体へ流れ込む。柔らかい肌の苦しみが、硬い鉄に刻まれる。救いが、死の形をしている。

 エリスは笑顔を作ろうとした。いつものように。だが、笑顔は今、簡単に作れてしまう。感情が暴れないから。涙が出ないから。だからこそ、その笑顔は恐ろしく空虚で、頬の筋肉だけが人形のように上がった。

 ガルドはその笑顔を見て、頭を下げた。謝罪のように。あるいは、誓いのように。彼の視線が、雪の上の黒い油の点へ落ちる。次いで、エリスの手へ。触れたい手へ。触れさせてはいけない手へ。

 彼はゆっくりと、両手を自分の胸に当てた。心臓のある場所。鉄の板の向こうで、何かが脈打っている。規則正しいはずの音が、少しずつ不規則になっていく。まるで、枯れた鐘が鳴る前に震えるように。

 そして、彼はその胸を、指で叩いた。

 とん、とん、と。

 言葉の代わりの音。ここにある、と告げる音。まだ動いている、と示す音。だが、その音はどこか空洞で、叩くたびに微かな粉が落ちた。錆が雪に混じり、灰と血の中間の色を作る。

 エリスはその音を聞いて、喉が締まった。泣きたい。泣けば、もっと彼が壊れる。泣けない。泣けないことが、彼を壊している。

 彼女は両腕を自分の身体に巻きつけた。抱きしめる相手がいない抱擁。自分の温もりを自分で囲い、漏らさないように。温もりが、彼へ流れないように。そんなことができるはずもないのに。

 ガルドは立ち上がろうとし、膝が一度、雪を噛んだ。駆動音が荒くなり、次の瞬間、静かになった。静かすぎる静けさが、耳を刺す。彼の首が僅かに傾き、視線がエリスの顔を探す。揺らぎの中に、焦りが混じる。守れなくなることへの焦り。命令のためではない。彼女を失う恐怖の形をした焦り。

 エリスは一歩、近づいた。近づいてしまった。

 ガルドは、それを止めるために、手のひらを上げた。壁のような手。拒絶ではない。守りの手。触れない距離を保つための、最後の柵。

 その手のひらの縁が、赤く崩れていた。錆が肉のように裂け、そこに白い雪が貼りついて、すぐに溶け、すぐに凍った。冷たさが、彼の傷口を飾りに変えていく。美しい。残酷なほどに。

 エリスは、その手に触れたくて、触れられなくて、指先を震わせた。震えは涙の代わりに体を揺らし、彼女の胸に小さな痛みを生んだ。痛みが棘を呼ぶはずなのに、棘は出ない。代わりに、ガルドの肩がまた、微かに沈んだ。

 世界は静かに、その交換を見ていた。雪は降り続け、灰は積もり、錆は花のように咲き、油は黒い血のように凍る。

 カラスが低く鳴いた。哀れみではない。祝福でもない。物語の頁をめくる音に似た鳴き声だった。

 エリスは唇を開いた。言葉が出そうになる。ありがとう、と。ごめんなさい、と。愛してる、と。どれも、彼を殺す言葉になる気がして、喉の奥で凍った。

 ガルドの駆動音が、さらに低くなる。遠ざかる火の音のように。彼の視線が最後に、彼女の頬へ触れそうで触れず、揺れた。そこに涙がないことを確かめるように。涙がないことを、どこか安堵するように。

 そして、その安堵が、彼の身体を一層脆くした。

 鉄の枯れる音が、またひとつ。

 それは、最果てへ向かう道の上で、救いが形を変えていく音だった。エリスの呪いがほどけていくほど、ガルドの命がほどけていく。二人の間の触れられない距離だけが、逆に、確かなものとして残っていった。


 雪はもう降っていなかった。降り尽くしたあとの空は、灰を溶かした水のように鈍く、光は薄い刃となって地面を撫でていた。倒壊した街道標の影に、黒い茨がまだ脈打っている。あれは涙の残骸で、毒の記憶で、彼女が笑おうとして飲み込んだ叫びの形だった。

 ガルドの膝が、石に触れた瞬間、鉄の骨がきしんだ。関節の奥で、錆が花のように開く音がする。硬いものが硬いものに負けて崩れる、乾いた裂け目の音。駆動の低音は途切れ途切れになり、胸の奥の歯車は、冷えた血管のように鈍く脈を失っていく。

 彼は倒れなかった。倒れるという行為は、終わりを選ぶことに似ている。彼の命令はまだ終わっていない。守るべきものは、目の前で小さく震え、笑顔の仮面を貼り付けたまま、息を殺していた。

 エリスの周囲で、茨が暴れた。泣きそうになるたびに、怒りが喉元までせり上がるたびに、彼女の皮膚の下から黒い針が生まれ、世界を刺す。雪を裂き、石を裂き、空気すら裂く。刺されたものは声を上げる暇もなく、ただ静かに崩れ、灰になっていった。

 ガルドの腕は、その茨の海へ差し出される。鉄の手が、刃の群れを受け止める。触れた場所から腐食が始まるのが分かった。痛覚はないはずなのに、冷たさが痛みに似た形で内部を走った。氷水を飲み込んだような、肺の奥が縮む感覚。錆は赤茶の花粉となって舞い、オイルは黒い涙となって関節から滴った。

 それでも彼は、彼女と世界の間に立ち続けた。駆動音が、かすれた祈りのように低く鳴る。彼の視線は揺らがない。揺らげば、彼女の笑顔が割れてしまうと知っているように。

 カラスがどこかで笑った。笑い声は風にまぎれ、骨の笛のように細く折れた。人の顔をした嘴が、悲劇の幕引きを楽しむように、空の端を滑っていく。だがその声も、遠くなる。ガルドの耳に届く音は、次第に自分の内部の軋みだけになった。

 視界の端から、黒が滲み始めた。夜が来るのではない。彼の眼球の硝子が曇り、光を拒み始める。世界が少しずつ、墨を流した紙のように染まっていく。輪郭がほどけ、色が消え、動くものが止まった絵になる。

 エリスは一歩、近づこうとして、足を止めた。彼女の足首のあたりに残る茨が、まだ微かに震えている。触れれば彼が死ぬ。触れなければ彼も死ぬ。どちらを選んでも、彼女の手は血で汚れる。

 それでも、彼女は息を吐いた。長い間、胸の底に沈めていたものを、雪解けの水のように外へ流した。唇が震え、笑顔がほどける。涙がこぼれそうになった瞬間、彼女はそれを堪えるのではなく、受け入れるように目を閉じた。

 茨が、音もなく崩れた。

 一瞬だった。黒い針の群れが、灰になって風に散る。毒々しい光沢が失われ、ただの枯れた蔓のように萎れ、地面へ落ちていく。空気が軽くなる。刺すための緊張がほどけ、世界が、久しぶりに「柔らかさ」を思い出す。

 エリスの肌から、棘が引っ込んでいった。皮膚の下で暴れていたものが眠りにつき、彼女の輪郭は普通の少女のそれへ戻る。白い指先が、恐る恐る自分の腕を撫でる。そこにはもう、刃の硬さはない。温度だけがある。生き物の、脈のある熱。

 ガルドの視界は、半分が黒になっていた。残る半分で、彼はそれを見た。茨の消えた世界。彼女の肩の震え。凍えた空気の中で、彼女の呼吸だけが、淡い白となって浮かぶ。

 彼の駆動音が、ほんのわずかに変わった。低い唸りが、細い糸のように伸び、途切れそうで途切れない。命令の声ではない。彼女を呼ぶ音でもない。ただ、鉄が生きようとする最後の抵抗が、音になっただけだ。

 エリスは、もう躊躇しなかった。彼女は膝をつき、ガルドの胸元へ身を寄せる。触れる瞬間、彼女の指が震えた。触れれば、また茨が生まれるかもしれない。けれど彼女の肌は、今はただ温かいだけだった。柔らかく、脆く、血の匂いのする生の温度。

 その掌が、鉄の頬に触れた。

 冷たい金属に、温かい肉が重なる。体温が、雪の上の焚き火みたいに小さく、しかし確かに伝わってくる。ガルドの表面は錆でざらつき、彼女の指先には赤茶の粉が付いた。だが彼女は引かなかった。むしろ、もっと深く触れようとする。傷つけるのではなく、確かめるように。そこにいることを、最後まで信じるように。

 彼の関節から、黒いオイルが一滴、彼女の手首へ落ちた。冷たく粘つき、夜のように濃い。彼女はそれを拭わない。涙を拭う代わりに、彼の油の涙を受け止めた。

 ガルドの視界は、さらに狭まった。エリスの輪郭だけが、暗闇の中に浮かぶ白い花のように残る。彼女の頬は赤く、唇は乾き、睫毛にはまだ泣かなかった涙が光っている。茨の魔女ではない。追放された呪いの器でもない。ただの少女が、目の前で彼に触れている。

 彼は腕を上げようとした。抱きしめるためではない。触れてはいけないと、ずっと自分に言い聞かせてきたその距離を、たった一度だけ破りたかった。だが腕は途中で止まり、指は空を掴むだけだった。鉄の筋が、枯れた枝のように折れる音がした。

 それでも彼は、動けない代わりに、視線を彼女へ固定した。逃がさない。最後まで見る。守るべきものの顔を、暗闇に奪われる前に。

 エリスは、彼の額へ額を寄せた。冷たい鉄に、温かい皮膚が押し当てられる。そこに言葉はない。謝罪も誓いも、祈りも。あるのは、触れるという行為だけだった。触れられないはずの愛が、ほんの一瞬だけ形を得る。

 ガルドの内部で、最後の歯車が滑った。駆動音が、細く、長く、息のように漏れた。彼の胸の奥で、鉄の心臓が一度だけ遅れて打ち、次の拍動を忘れた。

 視界の黒が、中心へ滲み込んでくる。エリスの瞳の色が薄れ、輪郭が溶け、世界が静かな墨になる。最後に残ったのは、彼の頬に触れている彼女の掌の感触だった。

 柔らかい。温かい。痛みの代わりに、熱がある。

 その熱が、錆びた鉄を一瞬だけ生き返らせるように思えた。だが次の瞬間、暗闇がそれを覆い、彼の世界は完全に閉じた。


 雪はまだ降っていた。灰に似た白さが、世界の傷口を塞ぐように、静かに、しかし執拗に降り積もる。風は鳴かず、ただ遠い地平の崩れた塔の影だけが、凍った光の上に薄い墓標の列を作っていた。

 ガルドの歩みは、さきほどからひどく遅かった。脚の関節が擦れるたび、錆びた歯車が骨を噛むような音がする。きしみは祈りの代わりに続き、駆動音は、胸の奥で燃えるはずのものが灰になっていく呼吸のように、途切れ途切れに低く震えた。

 エリスはその背に身を預けていた。触れ合ってはいない。彼女の頬は、冷たい鉄に近づけるだけで、熱を失うのがわかった。彼女の手は宙に浮かび、指先は彼の肩甲を掴むことを拒まれるまま、白い息と同じくらい頼りなく震えている。

 彼女は笑おうとしていた。唇の端を上げ、目尻を柔らかくほどき、いつものように「大丈夫」を顔に貼り付ける。だがその作り物の微笑みは、凍ったガラスのように薄く、ひとつ小さな衝撃で砕けてしまいそうだった。

 ガルドは振り返らない。ただ、首の接合部がわずかに鳴り、視線だけが揺れた。黒い硝子の瞳に映るのは、雪の白と、少女の肌の色だけだ。彼の内部で何かが回ろうとして、回れず、空回りの音が喉元までせり上がる。機械の吐息が、短く、長く、そして短く切れた。

 そのとき、彼の肘が僅かに持ち上がった。

 抱き寄せる動きではない。抱き寄せられないことを知っている者の、最後の工夫だった。鉄の腕は彼女の身体の周囲を囲うだけで、肌には触れず、空気の層を一枚挟んで、檻のように、棺のように、守りの形だけを作る。冷たい金属の円環が、彼女を世界の刃から隔てる。

 エリスの胸が、ひゅっと小さく鳴った。泣いてはいけない。泣けば、茨が生まれる。茨は毒を孕み、彼を腐らせる。彼女はまぶたの裏に熱を押し込め、頬の筋肉を引きつらせて笑みを保った。痛みは、喉の奥で針になって刺さり続ける。

 ガルドの体内で、駆動音が一段低く沈んだ。まるで深い井戸の底に石が落ちていく音。次の瞬間、その音が戻ってこない。代わりに聞こえたのは、鉄が枯れる音だった。

 乾いた、鈍い、折れる寸前の枝のような音が、胸の奥から一度だけ響き、彼の全身を通って雪へと消えた。膝がわずかに沈み、しかし倒れない。倒れないように、倒れるという選択肢すら拒むように、彼はその場で固まった。

 エリスは気づく。彼の腕の円環が、微細な震えをやめたことに。彼の背中から伝わっていた、微かな熱――熱と呼ぶにはあまりに弱い、しかし確かに生きていた振動――それが、すっと抜け落ちたことに。

 彼女は息を呑む。声を出せば、感情が溢れる。溢れれば、茨が生まれる。彼女は唇を噛み、血の味を舌先で感じた。温かい赤が、冷たい世界で唯一の現実のように広がる。

 ガルドの首の継ぎ目が、かすかに鳴った。最後の残響のように。視線が、ほんの一瞬だけ彼女の方へ戻ろうとし、戻り切れず、雪空の一点で止まった。硝子の瞳に宿っていた灯が、霜に覆われるように鈍く曇り、そのまま固定される。

 駆動音はもうない。きしみもない。油の匂いだけが残った。関節の隙間から、黒いオイルが一筋、ゆっくりと滴り落ちる。雪に触れた瞬間、墨を垂らしたように染みが広がり、すぐに薄い氷膜に閉じ込められた。

 エリスは動けなかった。彼の腕の中に残されている。触れていないのに、抱かれている。鉄の輪郭が、彼女の周りの空気を硬くし、逃げ道を奪う。けれどそれは檻ではない。彼が最後に作った、彼女のための形だ。

 彼女はゆっくりと顔を上げた。ガルドの胸板に頬を寄せようとして、寸前で止める。触れれば、自分の熱が彼の冷たさに吸われるだけだと知っている。触れれば、涙が落ちるかもしれない。涙が落ちれば、茨が生まれる。茨は、いまや動かぬ鉄の塊となった彼を、さらに腐らせるだけだ。

 彼女は頬を空中に留めたまま、ただ呼吸した。白い息が、鉄の胸に淡い霜を作り、すぐに消える。彼の体は、雪と同じ温度に近づいていく。温かい心を持とうとした冷たい体が、世界の冷たさに溶けていく。

 遠くで、カラスが翼を鳴らした。嘲るような声は、今日は落ちてこない。代わりに、黒い影が空を一度横切り、白い荒野の上で小さな点になった。

 エリスの目の奥が、熱く痛んだ。涙はまだ出ない。出してはいけない。彼女は笑顔を保とうとする。だが唇の端は震え、頬は固くこわばり、笑みは死者の化粧のように歪んだ。

 ガルドは動かない。指先も、肩も、胸も、何ひとつ揺れない。彼は完全に停止し、ただの鉄の塊となって、雪に立っている。彼女の周囲を囲む腕だけが、最後の命令の形を保ったまま、永遠に固まっている。

 エリスはその腕の中で、無傷だった。肌には血も傷もない。茨も生えていない。彼が守った結果として、彼女だけが生き残っている。その残酷な対比が、彼女の喉を締めつけた。温かい肉の心臓が、冷たい鉄の胸の前で、ひどく大きな音を立てている気がした。

 彼女は両手を胸の前で握りしめた。指の関節が白くなるほど。爪が皮膚に食い込み、痛みが生まれる。痛みは、涙の代わりに彼女を繋ぎ止める。泣かなければ、茨は生まれない。泣かなければ、彼はこれ以上傷つかない。

 それでも、彼の胸の前に漂う空気の冷たさが、彼の不在を告げ続ける。鉄は、枯れた。

 雪が、彼の肩に積もりはじめる。まつげのように薄い氷が、硝子の瞳の縁を飾る。錆の赤が、関節の隙間から滲み、白い世界に小さな血の花を咲かせる。美しい花は、猛毒の茨ではない。ただ、彼が朽ちていく色だ。

 エリスは、目を閉じた。閉じたまま、息を吐いた。吐いた息が、彼の胸に触れ、霜となり、消えた。

 彼女はまだ泣かない。泣けない。

 鉄の腕の中で、彼女だけが柔らかく、生きている。その事実が、雪よりも冷たく、灰よりも重く、彼女の身体の内側に降り積もっていった。


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