鉄の心臓、茨の涙

深渡 ケイ

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第10話:最初で最後の抱擁

第10話:最初で最後の抱擁

 雪はもう白ではなかった。灰を孕み、煤けた空から落ちてくるそれは、指の腹に触れるたびに冷たさより先にざらつきを残した。風は朽ちた鐘楼の裂け目を鳴らし、遠い戦の残響のような低い唸りを引きずっている。世界の最果てへ伸びる道は、凍った泥と折れた茨で縫い合わされ、足を置くたびに小さな痛みを要求した。

 ガルドの歩みは、以前よりもわずかに遅い。膝の継ぎ目が擦れるたび、乾いたきしみが雪の沈黙を裂いた。関節の隙間から滲むオイルは黒ではなく、錆の粉を溶かした暗赤で、落ちるたびに灰雪を汚し、すぐに凍りついて小さな棘のような氷の針になった。

 エリスはその一滴一滴から目を逸らそうとして、逸らせなかった。視線を上げれば、ガルドの背は鉄の墓標のように真っ直ぐで、肩甲の板金に刻まれた傷が、薄い霜をまとって白い縁取りを作っている。彼女の胸の内側で、泣きたい衝動が何度も爪を立てた。泣けば茨が生まれる。茨は、彼の鉄を腐らせる。

 だから彼女は笑おうとした。唇の端を持ち上げるだけの、ひどく薄い笑み。凍った頬が割れそうだった。

 ガルドが立ち止まる。駆動音が、ふっと低くなる。まるで息を呑むように。彼は振り返らず、ただ片腕をわずかに上げた。道の先、崩れた石壁の間に、黒い茨の群れがうねっている。雪の下で眠るべきものが、今は生き物のように脈打ち、尖端を空へ向けていた。エリスの涙が生んだものではない。けれど同じ匂いがする。毒と、甘い鉄錆。

 エリスは喉の奥で声を殺し、指先を自分の唇に押し当てた。震えが伝わる。冷たい皮膚の下で血が薄く鳴った。

「止まるのかい?」

 頭上から、羽ばたきの音が落ちる。カラスが、半ば崩れた柱の上に降り立った。人の顔をした嘴のない口元が、笑う形に歪む。雪がその黒い羽に積もり、すぐに体温のない影のように滑り落ちた。

「ここまで来て、まだ互いに遠慮を続けるんだ。いやあ、見事だね。愛の形としては、最も滑稽な部類だ」

 エリスは肩を強張らせ、目を伏せた。怒りが湧くと茨が生まれる。怒りも、涙も、同じ刃だ。彼女はそれを知っている。知っているから、舌を噛んだ。血の味が口内に広がる。温かいはずのそれも、すぐ冷えて金属のようになった。

 ガルドがカラスへ視線を上げる。瞳の奥のガラスが、わずかに揺れる。駆動音が、細く尖る。警戒。拒絶。けれど彼は一歩も動かない。ただ、エリスと茨の群れの間に自分の体を置き、盾になるように立っている。

 エリスは彼の背へ手を伸ばしかけ、指を引っ込めた。触れれば、彼の錆は進む。触れなくても、彼は錆びる。彼女の存在が、すでに毒だ。

「ガルド……」と呼びたかった。けれど名を口にすれば、声が震え、涙が出る。彼女は唇を閉じたまま、首を横に振った。行かないで、という仕草。ここで無理をしないで、という願い。

 ガルドは振り向き、彼女を見た。鉄の顔には表情がない。それでも、視線の焦点が揺れ、ほんの僅かに下がる。駆動音が、低く、重く鳴った。拒否。進む。守る。命令のように固い音色の奥に、ひどく脆い振動が混じる。

 エリスは首を振り続けた。彼女の胸の奥で、感情が暴れ、茨の芽が肌の内側で疼いた。背中、肩甲、鎖骨の下。皮膚を押し上げる、冷たい圧。彼女は両腕で自分を抱きしめ、爪を立てた。痛みで、涙を押し戻すために。

 ガルドが一歩近づく。雪が軋み、錆の粉が舞った。彼は手を伸ばさない。触れない距離で、ただ彼女の前に膝をつき、視線を合わせた。鉄の膝が雪に沈み、凍った泥が割れる音がした。

 彼の胸部、装甲の隙間から、規則的な鼓動のような駆動が聞こえる。鉄の心臓。冷たく、正確で、しかし今はどこか不揃いに揺れていた。エリスはそれを聞くだけで泣きそうになる。生きている音。自分のせいで削れていく音。

 カラスが柱の上で首を傾げた。

「まだやるのかい、その無言の押し問答。君は泣けば殺す。彼は触れれば死ぬ。なのに抱きしめたい。実に、実に美しい矛盾だ」

 エリスは睫毛を伏せ、息を吐いた。白い息が、すぐ灰雪に溶ける。彼女は唇を噛み、血を飲み込んだ。泣かない。怒らない。彼を傷つけない。そうやって、ずっと生きてきた。けれどその「生」は、彼の錆を増やすだけの延命ではないのか。

 ガルドの指先が、空中で止まる。触れないまま、彼女の頬の高さに手を置く仕草。そこに温度はない。けれど、その距離が、彼の欲望の形だとわかった。触れたい。確かめたい。守りたい。言葉の代わりに、鉄が震えている。

 エリスは一歩下がった。彼の手の届かない方へ。拒絶ではない、懇願として。

 ガルドの駆動音が一瞬途切れ、次に、苦いきしみが混じった。胸板の奥で何かが擦れ、削れる音。彼は立ち上がり、再びエリスと茨の群れの間に身を置く。彼女が下がれば、彼は前に出る。互いに譲らない。彼女は彼を守りたい。彼は彼女を守るために造られた。二つの守りは、同じ刃で互いを切り裂く。

 カラスの笑い声が、雪の静けさに黒い穴を穿った。

「いい加減、理解したらどうだい。どちらも正しい顔をして、どちらも間違っている。ここは最果てだ。優しい選択肢なんて、最初から用意されていない」

 エリスは顔を上げた。目の奥が熱い。熱が涙になる前に、彼女は強く瞬きをした。睫毛に薄い霜がつき、砕けた。

 ガルドがカラスを見上げる。視線が鋭く、しかしどこか迷子のように揺れる。彼の喉から、片言の機械音声が漏れかけた。けれど音は形にならず、ただ金属が擦れる短いノイズになって消えた。

 カラスは翼を広げ、柱の上で小さく跳ねた。雪が舞う。

「言っておくよ。君たちがこのまま『触れない愛』を抱えたまま進むなら、結果は簡単だ。茨に近づけば彼が腐る。彼が倒れれば君は泣く。泣けば茨が暴れて君も終わる。ねえ、童話みたいに美しく閉じると思うかい?」

 彼は笑う。笑いながら、冷たい真実を投げる。

「どちらかが犠牲にならなければ、二人ともここで死ぬだけだ」

 その言葉は雪より冷たく、錆より重かった。エリスの胸の内側で、何かが折れる音がした。折れたのは希望ではない。長い間、歯を食いしばって保ってきた均衡だ。

 彼女はガルドを見た。鉄の頬に雪が貼りつき、溶けずに残っている。彼の首筋の継ぎ目には、赤茶の錆が花のように咲き始めていた。美しいと思ってしまう自分が、恐ろしい。腐食の色が、血のようで、夕焼けのようで。

 ガルドは動かない。だが、駆動音が微かに上がる。焦り。拒否。彼の片手が、胸部装甲の上を一度だけ叩いた。鈍い音。心臓のある場所。そこを叩いて、彼はエリスを指し、そして自分を指した。命令のように簡潔で、祈りのように切実な所作だった。

 守る。君を。ここで。

 エリスの喉が震えた。声は出ない。涙も出せない。ただ、皮膚の内側で茨が疼き、咲く準備をしている。彼女はその疼きを押し殺すために、掌をぎゅっと握りしめた。爪が肉に食い込み、赤い点が浮かぶ。温かい血が、冬の空気にすぐ冷やされる。

 カラスは満足げに目を細めた。

「さあ。譲らない二人。どちらが先に折れる? 折れるのは心か、鉄か、それとも――涙か」

 雪と灰と錆の匂いの中で、二人の距離だけが、触れられないまま狭まっていく。近づけば死があり、離れれば孤独がある。その狭間で、ガルドの駆動音は祈りのように揺れ、エリスの胸の奥の熱は、刃のように冷えていった。


 雪は降っていないのに、世界は白かった。灰が、空からではなく大地の裂け目から湧き、風に撫でられて舞い上がり、二人の足跡をすぐに埋めていく。遠い火山の息が冷えきった空気に混じり、硫黄の匂いが喉を刺した。エリスの吐く息だけが生き物のように淡く、ガルドの胸の奥の駆動音だけが、それに応える心臓の代わりだった。

 その音が、少しずつ狂っていく。

 きしみは祈りのように細く、しかし確実に増えた。関節のひとつひとつが、錆という名の薄い刃を内側に抱え、動くたびに鉄の肉を削り取っている。肘が伸びる瞬間、膝が折れる瞬間、重い足が灰を踏む瞬間——どれもが痛覚を持たぬはずの身体に、冷たい痛みの形を刻んでいた。

 エリスはそれを見ないふりをした。見れば、喉の奥が震えて、涙が生まれてしまう。涙は茨になり、茨は毒になる。その毒は、彼の鉄を腐らせる。だから彼女は笑う。唇の端だけで、乾いたままの笑みを作り、目の奥の濡れを硬い膜で封じる。

 ガルドは彼女の横に影のように立ち、視線を揺らした。彼の目にあたる部分のガラスが、曇りと微細な亀裂を抱えている。エリスが足を滑らせたとき、彼は反射のように腕を伸ばした。触れないための距離を守るはずの腕が、守るために伸びる。

 その瞬間、彼の指の継ぎ目から、黒いオイルが一滴、落ちた。

 灰の上に落ちたそれは、墨のように広がり、すぐに冷えて粘ついた光を失った。オイルは血に似ていた。血よりも静かで、血よりも冷たい。エリスの喉が鳴った。笑みが、ほんのわずかに崩れかける。彼女は急いで唇を噛み、痛みで涙を押し戻した。鉄に触れぬよう、彼の腕から身を離し、何事もなかったように足を踏みしめる。

 その足音が、ガルドの駆動音に重なった。規則正しいはずの低い鼓動が、二拍遅れ、三拍早まり、また沈む。まるで古い鐘楼の鐘が、錆びた舌を振り上げるたびに音程を失っていくように。

 カラスは少し先の枯れた標識の上に止まり、首を傾げた。人の顔が、嘴の下で薄く笑う。笑いは風のように乾いて、温度を持たない。
「いいねえ。終わりが近い音だ。最果ては、いつだって歓迎の鐘を鳴らす」

 エリスは返事をしない。返事をすれば、声が震える。震えは涙の予兆だ。彼女はただ、ガルドの歩幅に合わせて歩く。合わせるという行為が、彼女にできる唯一の抱擁だった。

 だが、合わせるべき歩幅が、崩れていく。

 ガルドの右脚が一瞬、空を踏んだ。膝の関節が噛み合わず、鉄の骨が滑り、重い体がわずかに傾ぐ。彼はすぐに体勢を戻そうとしたが、戻すための力が遅れた。駆動音が高く跳ね、次の瞬間、喉の奥で詰まるように沈んだ。

 エリスの肩が跳ねる。彼女は振り向きたい。だが振り向けば、目の奥に溜めたものが溢れる。溢れれば、茨が生まれる。茨は彼を殺す。彼女は前を向いたまま、指先を握りしめた。爪が掌に食い込み、赤い点が滲む。温かい血が、冷たい空気にさらされてすぐに冷え、皮膚の上で小さな錆のように乾いた。

 ガルドは自分の胸を押さえた。そこにあるはずの心臓は鉄で、鼓動は歯車で、感情は命令の副産物でしかない。だが、その鉄の胸板の隙間から、またオイルが滲み出した。黒い筋が、鎧の縁を伝い、肋骨のような装甲の下へと消えていく。彼の腕が震えた。震えは寒さではなく、内部の歯車が空回りする震えだった。

 一歩。二歩。

 三歩目で、音が途切れた。

 駆動音が、まるで息を吸い損ねた生き物のように止まり、代わりに金属が擦れる音だけが残った。きしみが、長く、悲鳴のように伸びる。彼の体が前のめりになり、膝が灰の上に落ちる。灰が舞い、白い粉が鎧にまとわりつき、錆びた赤茶と混ざって汚れた花弁のようになった。

 エリスは、そこで初めて振り向いた。

 視線が彼に触れた瞬間、彼女の瞳の奥の膜が破れた。涙が生まれる。生まれた涙は、頬を伝う途中で冷たい痛みに変わり、皮膚の下で何かが蠢く。彼女はそれを知っている。だから必死に瞬きを繰り返し、涙を押し留めようとする。だが、感情は檻の中で暴れる獣のように、爪を立てる。

 ガルドは顔を上げた。目のガラスが揺れ、焦点が合わない。それでも彼はエリスを見た。見て、腕を伸ばそうとした。伸ばす動きは遅く、ぎこちなく、途中で止まる。関節が固まり、錆が歯車を噛んで離さない。

 彼の指先が空を掴む。掴めないものを掴もうとする仕草が、言葉の代わりだった。

 エリスは一歩、近づきかけて、足を止めた。近づけば、彼女の涙が茨になる。茨は彼の鉄を腐らせる。彼女の体は、彼にとって猛毒の花だ。美しい花弁の内側に、致死の棘が隠れている。彼はそれを知っていて、それでも近づこうとする。

 ガルドの胸板の隙間から、オイルがさらに溢れた。黒い液が鎧の上を這い、灰と混ざり、泥のような色になって落ちる。落ちた跡に、赤茶の錆が浮き上がる。まるで彼が、内側から腐っていくのを、世界に見せつけるかのように。

 カラスが羽を広げ、ふわりと降りてきた。灰の上に足をつけ、二人の間に立つ。人面が、薄い皮肉を刻む。
「止まったね。ほら、君の守り人は、君の涙より先に壊れるらしい」

 エリスの喉が鳴った。声にならない息が漏れ、唇が震える。涙が一滴、頬から落ちた。

 落ちた瞬間、灰の上でそれは光を失い、黒い影を孕み、細い茨となって芽吹いた。芽吹いた茨は、まるで彼女の罪悪感そのもののように、鋭く、迷いなく伸びる。だがエリスは反射的に身を引き、茨がガルドに届かぬよう距離を取った。茨は空を刺し、やがて力なくしおれ、灰に埋もれて消える。

 ガルドは、その動きを見た。視線が揺れ、駆動音が微かに戻ろうとして、すぐに途切れる。彼の内部で何かが空回りし、歯車が噛み合わず、冷たい沈黙が広がっていく。彼は膝をついたまま、体を起こそうとした。守るために立たねばならない。命令が、彼の骨格を支える柱だった。

 だが柱は、錆で脆くなっている。

 肩が上がり、次の瞬間、落ちた。鉄の塊が自重に耐えきれず、ゆっくりと横倒しになる。倒れる速度は遅い。まるで彼が最後まで、音を立てぬように気を遣っているかのように。鎧が灰に触れたとき、鈍い音がした。硬い鉄が柔らかな灰に沈み、灰が舞い、白い粉が彼の顔を覆う。

 エリスは息を呑んだ。冷たい空気が肺を刺し、胸の奥が痛んだ。彼女は駆け寄りたい。抱きしめたい。だが彼女の腕は茨の檻で、彼の体は錆びた祭壇だ。触れ合えば、どちらかが壊れる。

 それでも、ガルドは彼女に向けて手を伸ばした。指がわずかに動き、きしみが小さく鳴る。オイルが指先から滴り落ち、灰に黒い点を打つ。その点が増えるたび、彼の体から命が抜けていくのが見えた。

 エリスはその手の届かない距離で膝をついた。灰がスカートを汚し、冷たさが膝から骨へ染みた。彼女は両手を胸元で握りしめ、震えを押し殺した。涙を止めるために、唇を噛み、血の味で感情を縛る。血は温かい。温かさがあるのに、彼の体は冷たい鉄だ。温かい心と冷たい体が、世界の終わりの灰の上で向かい合う。

 ガルドの視線が、彼女の指先に落ちた。血の赤が、灰の白の中で鮮やかだった。彼の目のガラスが微かに曇り、焦点が揺れ、やがて静かになる。駆動音が、最後の息のように一度だけ鳴り——それきり、途切れた。

 静寂が来た。

 風が灰を撫で、遠い裂け目が低く唸る。カラスが羽を畳み、二人の間の沈黙を味わうように首を傾けた。エリスの喉の奥で、泣き声が生まれかけて、押し殺される。泣けば茨が生まれる。茨は、もう動かぬ彼の鉄をも腐らせる。彼女は泣けないまま、ただ目を見開き続ける。

 ガルドは動かない。だが、その指先だけが、ほんのわずかに、最後の余熱のように震えた。鉄が冷えるときの、微細な収縮。命令が消えた後にも残る、バグの名残。

 エリスは、その震えを見て、呼吸を乱した。胸が痛い。冷たい痛みが、骨の内側を擦る。彼女は手を伸ばしたい。伸ばせない。伸ばした手の先にあるのは、触れられない愛の形をした鉄の亡骸だ。

 灰の上で、彼の胸板の隙間から、最後の一滴のオイルが落ちた。黒い雫は、雪のない白い世界に小さな夜を穿ち、やがて灰に吸われて消えた。彼の体は、長旅の果てに、そこに横たわるだけの静かな鉄となった。


 雪は降っていないのに、世界は白かった。灰が、遅い祈りのように空から落ちてくる。廃都の礼拝堂、その崩れた天蓋の穴から、色のない光が斜めに差し込み、石床に散った茨の影を長く引き伸ばしていた。

 エリスはその影の縁に立っていた。笑うために作られた唇の形が、今は凍ったまま揺れている。頬に乾ききらない涙の線があり、その跡をなぞるように、皮膚の下で細い棘が脈打っていた。柔らかな血肉の奥で、毒の花が目を覚ます前兆――それを悟った瞬間、彼女は自分の胸の奥を両手で押さえた。押さえれば押さえるほど、内側から何かが伸びようとする。

 ガルドは一歩、踏み出さなかった。踏み出せば、彼女の足元に芽吹きかけた茨を踏み、毒を引き受けることになる。彼の身体はすでに、関節ごとに錆の花を咲かせている。膝の裏、肘の継ぎ目、指の付け根――赤茶の粉が、灰と混じって落ちた。駆動音が低く、喉の奥で唸る獣のように揺らぎ、次いで、ひとつ息を呑むように途切れた。

 沈黙が、礼拝堂の冷えた空気をさらに硬くする。遠くでカラスが羽ばたく音がした。人の笑い声に似た、乾いた鳴き声が天井の裂け目に吸い込まれていく。

 エリスが一度、目を閉じる。まつげの先に溜まった雫は、落ちる寸前で震えた。落ちれば茨になる。茨は、彼を刺す。彼を腐らせる。彼女の喉は声にならない痛みで詰まり、笑顔の仮面が、薄い氷のようにひび割れた。

 ガルドの視線が揺れた。鉄の顔に表情はない。それでも、瞳孔のない暗い眼窩の奥で、光の焦点が迷子になる。彼はゆっくりと両腕を持ち上げる。抱きしめるための動作ではない。自分自身を解体するための、儀式のような所作だった。

 胸部装甲――盾のように厚い鋼板に、幾重もの留め具が走っている。そこに、彼の指がかかった。指先はすでに腐食で荒れて、ところどころ欠けている。金属が金属を掴む音は、冷たく乾いた悲鳴に似ていた。

 最初のロックが外れるとき、短い衝撃が礼拝堂に響いた。ガルドの体内で圧が逃げ、駆動音が一瞬だけ高く鳴った。まるで痛覚があるかのように、彼の肩が微かに震え、関節の隙間から黒いオイルが滲んだ。油は血のように粘り、雪ではなく灰を吸って、鈍い光沢を帯びる。

 二つ目、三つ目。留め具が外れるたびに、彼の胸の内側から熱が漏れた。冷え切った空気が触れ、白い蒸気が立つ。鉄の体が吐く息。温かさを持たないはずの兵器が、熱を隠し持っていたことが露わになる。

 エリスは動けなかった。目の前で行われるのは救済ではなく、解体だ。彼女の瞳に映るガルドは、戦場のために造られた棺のようで、その棺を自ら開けようとしている。

 最後のロックに指が掛かったとき、ガルドの駆動音がふっと低く沈んだ。躊躇ではない。覚悟の重さが音になったようだった。次いで、彼は力を込めた。金属が軋み、鋼板の縁がわずかに歪む。腐食が進んだ指が耐え切れず、欠けた破片が石床に落ちた。乾いた音が、ひどく小さく響く。

 それでも彼は止めない。胸の中心から、古い鎖が引きちぎられるような音がして、装甲がわずかに浮いた。隙間から覗いたのは闇ではなく、光だった。柔らかい黄金ではない。白熱した炉のような、眩しすぎる青白い輝き。冬の星を砕き、溶かして詰めたような光が、鉄の肋骨の奥で脈打っている。

 装甲がついに外れた瞬間、礼拝堂の影が一斉に後ずさった。剥き出しになった胸腔は、武器の内部ではなく、祭壇のように神々しい。動力炉――彼の心臓は、規則正しく光を吐き、静かな脈動で空気を震わせた。その熱が、灰を舞い上げ、エリスの頬の涙の跡を一瞬だけ温める。

 ガルドは外した装甲を、投げ捨てなかった。乱暴に扱えば、音が大きすぎる。彼はそれを抱えるように持ち、ゆっくりと床へ下ろした。まるで棺蓋を丁寧に伏せるように。鉄の手が震え、オイルが一筋、露出した炉の縁を伝って落ちた。光に照らされ、黒い雫は一瞬だけ赤く見えた。

 彼はエリスを見た。視線の揺らぎが、彼の中の「命令」ではない何かを示していた。守るために造られたはずのものが、守るために自分を差し出す。言葉の代わりに、駆動音がわずかに変わる。硬い鉄が、柔らかな祈りを奏でようとしているかのように。

 エリスの胸の奥で棘が伸びる。涙がまた溜まる。落ちる。刺す。腐らせる。彼女の世界はそれだけで出来ているはずだった。

 けれど、剥き出しの光がそこにあった。冷たさの中に、触れれば焼けるほどの熱が、無防備に脈打っている。茨が触れれば、腐食はさらに進むだろう。彼の死は近づくだろう。それでも彼は、胸を開いたまま、逃げなかった。

 灰が降り続く。茨の影が床を這う。鉄の胸が、白い火で静かに燃える。

 その光の前で、エリスの作り笑いは、音もなく崩れ落ちた。涙が落ちる寸前で、彼女の指が震える。止めたいのに止められない感情が、皮膚の下で冷たい棘となって疼く。

 ガルドは一歩だけ、前へ出た。踏み出した足の下で、石が砕け、錆が散った。彼の胸は開いたまま、心臓の光が礼拝堂の冷たい空気を裂く。彼はその光を隠さない。盾を捨て、守るべきものの前で、最も脆い部分を差し出している。

 彼の決断は、言葉ではなく、露出した熱と、零れる黒い油と、きしむ関節の痛みで刻まれていた。触れられないはずの愛が、触れられないまま、そこに形を持って立っていた。


 雪はもう降っていなかった。降り尽くした白は灰に変わり、風に擦られて地表を薄く舐めている。世界の最果てへ続く道は、凍りついた骨のように脆く、踏めば砕けそうだった。そこに立つエリスの足首は、黒い茨に絡め取られていた。肌の白さは陶器のように冷たく、血の赤はその白を汚すというより、むしろ飾りのように滲んでいた。

 彼女は笑おうとしていた。口角だけが薄く持ち上がり、目だけが笑っていない。涙をこぼせば終わると知っているから、泣かない。震えた睫毛の先で、冷えた光が砕ける。喉の奥で何かが鳴りそうになって、それを噛み殺すように唇を結んだ。

 ガルドの胸の奥で、鉄の心臓が鈍く打った。駆動音は、いつもの一定の低音ではなく、ところどころ息を詰めるように途切れた。関節の隙間から滲むオイルは、黒い血のように細く垂れ、雪灰を濡らしていく。歩み出すたび、膝の軸がきしみ、錆が擦れる音が、遠い鐘のように乾いて鳴った。

 彼は彼女に触れてはいけない。触れれば腐る。触れさせれば、彼女が壊れる。そう教えられてきた距離が、二人の間に薄い氷となって張り詰めている。だが今、その氷の向こうで、エリスの身体は茨に飲まれつつあった。

 茨は涙の形をしていた。透明な滴が落ちる代わりに、艶のある棘が生まれ、皮膚を割り、花のように開いていく。花弁の代わりに刃。香りの代わりに毒。彼女の肩から、背から、胸元から、黒紫の枝が伸び、空気を裂いて震えている。棘の先は湿って光り、血と同じ温度を持っているのに、触れれば氷より冷たい死を運ぶ。

 ガルドは一歩、また一歩と近づいた。カラスの影が上空を横切り、どこかで嗤うような鳴き声が短く落ちたが、彼は見上げなかった。視線はただ、茨の中の少女に固定されている。鉄の瞳孔がわずかに揺れ、焦点が合うたび、駆動音が高く、苦しげに擦れた。

 エリスは後ずさろうとした。だが足首の茨が、優しくも残酷に彼女を引き留める。指先が宙を掴み、何かを拒む形で震えた。声にならない拒絶が、白い喉元で凍りつく。

 ガルドは止まらなかった。

 最後の距離を踏み越えた瞬間、茨が反応した。獣の毛が逆立つように、棘が一斉に向きを変え、鉄の巨体へと牙を剥く。鋭い音がした。金属に刃が食い込む、乾いた破裂音。棘が胸板を穿ち、腕の外殻を裂き、腹部の装甲の隙間へ滑り込む。刺さるたび、腐食の匂いが立った。錆の甘い臭いと、焦げた油の臭いが混じり合い、冷たい風の中で奇妙に濃く漂った。

 それでもガルドは腕を伸ばした。

 彼の手は、彼女の背中に触れる寸前で一瞬ためらった。指の関節が微かに震え、駆動音が細く鳴った。まるで「痛い」と言えない喉が、機械の音で呻くように。オイルが指先から一滴落ち、茨の艶を黒く濡らした。

 そして、抱いた。

 強く、逃げ道のないほどに。鉄の腕が、茨ごとエリスの身体を包み込む。硬い装甲が柔らかな肌に触れた瞬間、彼女の肩が跳ねた。冷たさに驚いたのか、痛みに震えたのか、あるいはその両方か。彼女は息を呑み、唇がわずかに開いた。そこから言葉は出ない。ただ、肺が空気を引き裂く音だけが漏れた。

 茨はさらに暴れた。抱擁という形の檻に閉じ込められた棘が、出口を求めて蠢き、ガルドの身体を内側からも外側からも貫いた。肩甲のあたりで金属が裂け、背の装甲が花開くように割れる。棘が突き抜けた箇所から、黒いオイルが噴き、雪灰に落ちて煙のように揺れた。

 ガルドの駆動音が乱れた。低音が途切れ、代わりに高い摩擦音が混じる。きしむ音は、骨が折れる音に似ていた。鉄の骨が折れるなど滑稽だと、かつてなら誰かが笑っただろう。だが今、その音は祈りに近かった。壊れていくことを拒まず、ただ抱き締めることを選んだ、無言の祈り。

 エリスの頬に、堪えきれなかった熱が滲んだ。涙になりかけたものが、睫毛の間で震え、しかし落ちる前に茨へ変わる。細い棘が、彼女の瞳の端から生まれ、頬を裂き、ガルドの胸へと伸びた。棘は彼の装甲の隙間を探り当て、心臓のある場所へ向かって潜り込むように刺さった。

 その瞬間、ガルドの胸の奥で、鉄の鼓動が一度だけ大きく跳ねた。まるで最後の灯が、風の中で燃え上がるように。駆動音が短く、低く鳴り、そして再び乱れた。彼は膝をわずかに落とし、抱擁の高さをエリスに合わせる。彼女が冷たい鉄に押し潰されないよう、壊れかけた関節が、痛覚の代わりに摩耗で軋みながら、慎重に支えた。

 エリスの指が、恐る恐る動いた。茨に覆われた彼の背に触れようとして、触れられない。棘が彼女の手首から伸び、彼の装甲を削るから。彼女は指先を宙で止め、何も掴めないまま、ただ震えた。笑顔を作る筋肉が崩れ、代わりに、幼い泣き顔が露わになる。声を出せば茨が増える。だから声を殺し、歯を食いしばり、肩を揺らすだけで泣いた。

 ガルドは、その揺れを胸で受け止めた。彼の視線が、彼女の髪に落ち、そこに絡む雪灰を見つめた。指先が微かに動き、髪を撫でようとして、茨に阻まれる。棘が指の間に食い込み、金属を削り、腐食が広がる。だが彼は指を引かなかった。撫でる代わりに、抱擁の力を少しだけ強めた。逃がさないためではない。落ちていく彼女を、この世界の底へ落とさないための力だった。

 棘は彼の肘を貫き、肩の軸を裂き、胸の装甲を内側へ押し広げた。腐食は音を立てて進んだ。錆は赤茶の花粉のように舞い、彼の身体の上に降り積もる。鉄の表面が剥がれ、下の層が露出し、そこへまた棘が入り込む。痛みという言葉がない代わりに、彼の全身が軋み、駆動音が途切れ途切れに呻いた。

 それでも、彼は離さない。

 エリスの頬が、彼の胸板に押し当てられていた。冷たさに肌が粟立ち、その上から茨が生えて鉄を刺す。冷たい鉄と温かい血が、抱擁の中で混ざることなく並んでいた。彼女の体温は、彼の内部へは届かない。彼の冷たさは、彼女の心を凍らせることもできない。触れているのに、交わらない。だが交わらないまま、互いを支えることだけができる。

 ガルドの膝が、ついに雪灰を踏み抜いた。鈍い音。地面に落ちたというより、世界が彼を受け入れた音だった。抱いたまま、彼は崩れた。崩れる瞬間も、腕は解けない。関節が限界を越え、金属が裂け、棘がさらに深く刺さる。オイルが溢れ、エリスの衣を黒く汚した。黒は血よりも濃く、夜よりも重く、彼の内部が空になっていく証だった。

 エリスはその黒に濡れながら、息を止めた。泣けば茨が増える。泣かねば胸が裂ける。裂けた胸の代わりに、茨が生える。彼女は矛盾の中で凍りつき、ただガルドの胸に顔を埋めた。そこから聞こえるはずのない心音を、聞こうとするように。

 ガルドの胸の奥で、鉄の心臓がまた一度だけ鳴った。今度は小さく、かすれた音だった。駆動音は細い糸のように伸び、風に千切れそうに震えた。彼の視線が、エリスの肩越しに遠くの地平へ向かう。そこには灰色の空と、凍りついた道と、誰もいない終端があるだけだ。だが彼の眼差しは、そこではなく、抱擁の内側に留まっていた。

 茨が、最後の一刺しを求めるように動いた。棘の先が彼の胸の中心へ届き、金属の奥で何か硬いものを捉えた。小さな破裂音がして、鉄の心臓の外殻に亀裂が走る。オイルが一気に噴き、抱擁の内側で温度のない雨となって降った。

 それでも、腕は解けなかった。

 抱擁は、棺の蓋のように静かに閉じていた。柔らかな肌を、硬い鉄が守る。美しい花のような茨が、守る者を毒で殺す。温かい心が震え、冷たい体が壊れていく。世界は灰色のまま、二人だけがその中心で、痛みと冷たさを分け合っていた。

 ガルドの駆動音が、ほとんど聞こえないほどに低くなった。彼の頭部がわずかに傾き、エリスの髪に頬を寄せるように近づく。触れればまた腐る。だが腐ることより、触れないことの方が残酷だとでも言うように、彼は最後の力で距離を詰めた。

 鉄の頬が、茨の隙間を縫って、彼女の額に触れた。冷たい接吻のような接触。そこに生まれた茨が、即座に彼の顔面装甲を裂いた。裂け目から黒いオイルが滲み、彼女の眉間を汚した。エリスは目を閉じ、その汚れを拒まなかった。汚れは彼の証だった。触れられない愛が、触れた痕跡として残す唯一の色。

 抱擁の中で、時間だけがゆっくりと腐っていく。風が吹き、雪灰が舞い、錆の粉がそれに混じる。ガルドの身体は棘に縫い留められたまま、少しずつ重さを失い、内側から空洞になっていく。それでも彼の腕は、最後までエリスを囲っていた。

 離さない。言葉ではなく、壊れゆく鉄そのものがそう形作っていた。崩れても、腐っても、棘に貫かれても、その抱擁だけが命令ではなく選択として残り続けた。世界の最果ての灰の上で、最初で最後の抱擁が、静かに、残酷な美しさのまま固まっていった。


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