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第1章 偽りの騎士
第1話 おはようございます 1
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シュークリームの中にクリームしか入っていないのはおかしい、だと。じゃあ何が欲しかったんだ。からしか。
「くそ、いつも難癖つけやがって!」
思わず飛び起きて安心し、そして絶望した。まず安心したこと。今のは夢だった。過去の苦い体験だったけど。さて、絶望だ。
時計を見ずに確信する。寝坊した。ヤバい、今日はダメなんだって。本当に今日だけは。いつなら大丈夫かって聞かれると万年そんな感じなんだけど。とにかく、昼からの会議に向けた資料作成の最終調整があるから今日だけはご勘弁願いたい。マッハで仕事に行くしかない。
「……あれ?」
目を開けると真っ黒だった。黒い天井、壁、それに床。黒水晶のような艶のある材質は、淡く黒い光を発している。窓も明かりも無いというのに、ぼんやりとした独特の明るさがあった。見間違えるはずがない、ここは。
「ここは……ドミニオンズ……か?」
VRのMMORPG、ドミニオンズ。自由度の高さは過去作の追随を許さず、最も栄えたゲームとして名を馳せている。俺も魅了されていた一人で、10年以上は廃人プレイヤーとして活動している。仕事に就いてからはそれほどでもないけど。
ここは俺の居城、オラクル・ラビリンスの自室とそっくり、いや、そのものと言っていい。この手抜き具合、誰に真似ができるだろうか。だからこそ確信できる。ここは夢かゲームの世界だと。
「……夢だな」
ドミニオンズは眠ると自動ログアウトされるゲームだ。それなのに俺は目を覚ました、要はそういうことだ。
それにしても夢から覚めてまた夢って、どれだけ俺の体は会社へ行かせまいとしているのか。生存本能が本気出しやがったらしい。
絶望していると、後ろから布が擦れてベッドが軋む音がする。そっちを見ると、
「いいえ、現実でございます、我が君」
同じベッドに1人の女性、いや、正確には人ではなくドラゴンメイドが横になっていた。黄金色の長い髪はとても美しく、鋭い碧眼は宝石のように綺麗だった。見た目は人間の女性と瓜二つだが、それでもドラゴンメイドと言えるのは腰からは灼熱色の竜の翼と尻尾が生えているからだ。
ところで、べた褒めだと思うか。当然だ、だってこいつは。
「う、ウロボロスか?」
「はい、我が君。こうしてお会いできる日が来るなんて、夢のようです」
ウロボロスは死ぬ気で育成したNPCの1人だ。ゲーム内では配下と呼ばれ、本来ならば外観を作るところから始まり、ステータスの割り振りなどから、このように慕ってくれるような設定文を入力することもできる。この自由度の高さが魅力とされていた。
未だかつて、こんなにもときめいたことがあっただろうか。こんな美人に、いや、ただの美人じゃない。好き好んで延々と育て上げた思い入れのある子に好意を寄せられてみろ。端的に言うと最高だ。
「なるほど、夢っていいなぁ」
そういえば夢って願望が現れると聞く。よっぽどストレスなんだ、仕事が。そして楽園なんだ、ドミニオンズが。唯一の欠点はどれだけ愛情を注いで育成しても、配下たちは所詮データなこと。
なるほど、そう考えれば話は別なのかもしれない。これは自己防衛。現実逃避のために見た幻想。そう仮定すると手くらいは触ってもいいんじゃなかろうか。なんて、邪な考えが浮かんでくる。それにほら、見ろ、この細かな表情、生々しい息遣いを。ウロボロスは生きているぞ。むしろ触れない方がどうかしている。
「……そうも言っていられないか」
本当なら堪能したい。もうね、残りの人生全てを捧げたい。でも夢は覚めるから夢なんであって、現実が辛いからこそ夢を見られるっていうもの。ちょっと臭いけど俺はそう思う。だからこれは逃げだ。それで不幸になる人がたくさんいる。少なくとも俺の会社にはたくさんいる。ついでに俺の首も致命的に締まってしまう。
さぁ、起きろ、と念じてみる。お願いしてみる。腹に力をこめてみる。あ、おならが出た。夢の中でも出るんだなぁ、なんて感心してみるものの肝心の覚醒には至らない。
「繰り返しますが、ここは現実でございます、我が君。疑われるのでしたら……」
言いながら、ウロボロスは立ち上がろうとする。それにより体を隠していた布団がずり落ち、玉のように美しい白い肌が露出していく。
「ま、待て、ウロボロス! 見えちゃうだろうが!」
「見て頂きたいのです、触って頂きたいのです、我が君」
そのままウロボロスは生まれたままの姿になって抱き着いてきた。ダメだって、この柔らかさは反則だって。何だか甘い香りもするし。俺、魔法使いだよ。生粋の、魔術を極めんとする孤高の男の子だよ。
「さぁ、存分に私を感じて下さい。そしてあわよくば、このまま既成事実を……!」
「は、離れろ! まずは服、服だ! 装備を着けろ!」
「いいえ、離れません! 私はフィアンセではありませんか!」
フィアンセと言われてハッとする。ウロボロスの設定文にはユウを愛し末永く寄り添うと書いた。それは配下としてで、そういう意味ではない。そう思わないとやっていられない。だってウロボロスは美人で格好良くて、スタイル抜群で、今はこんなにも可愛いって思える表情も見せてくれるんだ。間違いを犯したい衝動が湧いてきて止められない。
「と、とにかく、今は一大事だ! その話はまた後で、な? な?」
「……残念です、畏まりました」
何とか自制して突き放すと、観念してくれたのか、ウロボロスは宙をなぞり始める。ややたどたどしいが手付きに迷いはない。
すると、いくつも空中にウィンドウが開かれていく。するとウロボロスの体が白く発光し、次の瞬間には巫女服に身を包んでいた。どこからも取り出さず、袖すら通さず、あの手付きだけで服を着てしまった。
「まさか……メニュー画面を呼び出せるのか?」
同じようにやってみると見慣れたウィンドウが現れる。プレイヤー名、ユウ。俺のアカウント名だ。その下にはステータス、装備、アイテム、魔法、スキルなどといった、これまた見慣れ過ぎた項目が並んでいた。
「くそ、いつも難癖つけやがって!」
思わず飛び起きて安心し、そして絶望した。まず安心したこと。今のは夢だった。過去の苦い体験だったけど。さて、絶望だ。
時計を見ずに確信する。寝坊した。ヤバい、今日はダメなんだって。本当に今日だけは。いつなら大丈夫かって聞かれると万年そんな感じなんだけど。とにかく、昼からの会議に向けた資料作成の最終調整があるから今日だけはご勘弁願いたい。マッハで仕事に行くしかない。
「……あれ?」
目を開けると真っ黒だった。黒い天井、壁、それに床。黒水晶のような艶のある材質は、淡く黒い光を発している。窓も明かりも無いというのに、ぼんやりとした独特の明るさがあった。見間違えるはずがない、ここは。
「ここは……ドミニオンズ……か?」
VRのMMORPG、ドミニオンズ。自由度の高さは過去作の追随を許さず、最も栄えたゲームとして名を馳せている。俺も魅了されていた一人で、10年以上は廃人プレイヤーとして活動している。仕事に就いてからはそれほどでもないけど。
ここは俺の居城、オラクル・ラビリンスの自室とそっくり、いや、そのものと言っていい。この手抜き具合、誰に真似ができるだろうか。だからこそ確信できる。ここは夢かゲームの世界だと。
「……夢だな」
ドミニオンズは眠ると自動ログアウトされるゲームだ。それなのに俺は目を覚ました、要はそういうことだ。
それにしても夢から覚めてまた夢って、どれだけ俺の体は会社へ行かせまいとしているのか。生存本能が本気出しやがったらしい。
絶望していると、後ろから布が擦れてベッドが軋む音がする。そっちを見ると、
「いいえ、現実でございます、我が君」
同じベッドに1人の女性、いや、正確には人ではなくドラゴンメイドが横になっていた。黄金色の長い髪はとても美しく、鋭い碧眼は宝石のように綺麗だった。見た目は人間の女性と瓜二つだが、それでもドラゴンメイドと言えるのは腰からは灼熱色の竜の翼と尻尾が生えているからだ。
ところで、べた褒めだと思うか。当然だ、だってこいつは。
「う、ウロボロスか?」
「はい、我が君。こうしてお会いできる日が来るなんて、夢のようです」
ウロボロスは死ぬ気で育成したNPCの1人だ。ゲーム内では配下と呼ばれ、本来ならば外観を作るところから始まり、ステータスの割り振りなどから、このように慕ってくれるような設定文を入力することもできる。この自由度の高さが魅力とされていた。
未だかつて、こんなにもときめいたことがあっただろうか。こんな美人に、いや、ただの美人じゃない。好き好んで延々と育て上げた思い入れのある子に好意を寄せられてみろ。端的に言うと最高だ。
「なるほど、夢っていいなぁ」
そういえば夢って願望が現れると聞く。よっぽどストレスなんだ、仕事が。そして楽園なんだ、ドミニオンズが。唯一の欠点はどれだけ愛情を注いで育成しても、配下たちは所詮データなこと。
なるほど、そう考えれば話は別なのかもしれない。これは自己防衛。現実逃避のために見た幻想。そう仮定すると手くらいは触ってもいいんじゃなかろうか。なんて、邪な考えが浮かんでくる。それにほら、見ろ、この細かな表情、生々しい息遣いを。ウロボロスは生きているぞ。むしろ触れない方がどうかしている。
「……そうも言っていられないか」
本当なら堪能したい。もうね、残りの人生全てを捧げたい。でも夢は覚めるから夢なんであって、現実が辛いからこそ夢を見られるっていうもの。ちょっと臭いけど俺はそう思う。だからこれは逃げだ。それで不幸になる人がたくさんいる。少なくとも俺の会社にはたくさんいる。ついでに俺の首も致命的に締まってしまう。
さぁ、起きろ、と念じてみる。お願いしてみる。腹に力をこめてみる。あ、おならが出た。夢の中でも出るんだなぁ、なんて感心してみるものの肝心の覚醒には至らない。
「繰り返しますが、ここは現実でございます、我が君。疑われるのでしたら……」
言いながら、ウロボロスは立ち上がろうとする。それにより体を隠していた布団がずり落ち、玉のように美しい白い肌が露出していく。
「ま、待て、ウロボロス! 見えちゃうだろうが!」
「見て頂きたいのです、触って頂きたいのです、我が君」
そのままウロボロスは生まれたままの姿になって抱き着いてきた。ダメだって、この柔らかさは反則だって。何だか甘い香りもするし。俺、魔法使いだよ。生粋の、魔術を極めんとする孤高の男の子だよ。
「さぁ、存分に私を感じて下さい。そしてあわよくば、このまま既成事実を……!」
「は、離れろ! まずは服、服だ! 装備を着けろ!」
「いいえ、離れません! 私はフィアンセではありませんか!」
フィアンセと言われてハッとする。ウロボロスの設定文にはユウを愛し末永く寄り添うと書いた。それは配下としてで、そういう意味ではない。そう思わないとやっていられない。だってウロボロスは美人で格好良くて、スタイル抜群で、今はこんなにも可愛いって思える表情も見せてくれるんだ。間違いを犯したい衝動が湧いてきて止められない。
「と、とにかく、今は一大事だ! その話はまた後で、な? な?」
「……残念です、畏まりました」
何とか自制して突き放すと、観念してくれたのか、ウロボロスは宙をなぞり始める。ややたどたどしいが手付きに迷いはない。
すると、いくつも空中にウィンドウが開かれていく。するとウロボロスの体が白く発光し、次の瞬間には巫女服に身を包んでいた。どこからも取り出さず、袖すら通さず、あの手付きだけで服を着てしまった。
「まさか……メニュー画面を呼び出せるのか?」
同じようにやってみると見慣れたウィンドウが現れる。プレイヤー名、ユウ。俺のアカウント名だ。その下にはステータス、装備、アイテム、魔法、スキルなどといった、これまた見慣れ過ぎた項目が並んでいた。
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