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第1章 偽りの騎士
第2話 容赦はしない 4
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ウロボロスの奴、勢いに任せて腕を取ってきたぞ。何をそのくらい、と思うだろうか。出会ってからのことを思い出して欲しい。添い寝していた時、俺は完全に無防備だった。襲おうと思えばできたはずなのに横にいるだけだっただろう。その後だって、あれだけカルマやフェンリスとベタベタしていたのに、ウロボロスはあれこれと文句を言うだけで、俺に密着してこようとはしなかったじゃないか。あれだけタイミングがあっても見送っていたのに、今はもう吹っ切ってしまっているようだ。ウロボロスの顔が耳まで真っ赤になっているものの、腕から手を離そうとはしない。これから先が思いやられるな。
だがまぁ、お陰様で完全にこの子は信じ切ったに違いない。うぶなんだろう。向こうも頬を赤らめて俯いてしまう。逆に逃げられないかと心配した程だが、どうやらそれは大丈夫らしい。一向に動く素振りすら見せず照れている。
「と、とにかくだ。よければ地名を教えて欲しい」
「そ……そそ、そういうことでしたら、お、お手伝いしますねっ!」
何をだ。なんて心の中で思わず突っ込んだけど、よくよく考えればそういう返答になるのかもしれない。愛の逃避行なんて言われたら、駆け落ち以外に何が考えられるだろう。きっとこの子はそう考えたんだ。だからこそ逃走劇が円滑に進むようお手伝いする、と。もうこの際だ。二度と修正不可能になるだろうが聞けるなら何でもいい。
頷いて見せると、少女は全身を使って大きな深呼吸を繰り返した。まるでラジオ体操の最後の部分だけやっているような感じである。それで落ち着いたのかどうなのか。その頬は赤いままで、俺たちと目を合わせようとしないけど、それでも言葉はすらすら出てくるようになってくれたらしい。
「ここはイース・ディード領です。ご覧の通り広大な草原が広がっていて、農業や酪農に適した土壌の地域ですね。私の暮らしている村も、農業を主体として生計を立てている方が多いです」
「なるほど、自然豊かな土地ってことか」
イース・ディードか。そんな地名はドミニオンズには無かった。いや地名に限らず、そんな固有名詞は聞いたことがない。そうなると、ここはドミニオンズではなく全く知らない世界らしい。これでは、俺たちは異世界に召喚されたような状況ではないか。どうしてこんなことになったのか。
と、考えている内に、あれ、と気が付く。胸の奥底でチクリと痛んだ気がした。しかも視界が涙で歪んでいく。もしかして俺は知らないのではなく、忘れているのだろうか。何か大切な、とても大切な何かを。わからない。手がかりが全く無い以上、ここで思い出そうとしても無駄だ。そう決め付けて先に進んだ方が良いと理性は言っているのに、どうしてかな、心が許してくれない。頭がそれだけを考えてしまう。弱ったな、これでは話がもう進みそうにないのだが。
「……あれ」
せめて遠くの景色を見て気を紛らわそうとした時だった。ほんのりと煙が立ち込めているのが見える。刈り取った草木でも燃やしているのだろうか。それにしては随分と量が多い気がして、何となく気になって遠見の魔法を使ってみる。
「な……何だと」
煙の出所は村だ。先ほどウロボロスが見つけてくれた所である。この話し込んでいる僅かな間に、家々が真っ赤に燃え上がっていた。一軒、二軒が燃えている訳ではない。村のあちこちから大量の黒煙がとめどなく立ち込めて、真っ青な空を塗り潰している。炎上しているとわかった途端、
「我が君――?」
気が付くと走り出していた。早く、早く、早く。息が上がらない。疲れも知らない。それをいいことに全速力で延々と走る。そして駆け寄るにつれて、耳を覆いたくなるような悲鳴、いや、断末魔が聞こえてきて悪い方向に想像を巡らせてしまった。死について。死ぬ、ということについて。この先は死地。強者が弱者を一方的に屠っている現場。
途端に足が重くなって止まってしまう。ここから前へ行けば殺されてしまうのではないか、と恐怖を覚えて進めなくなってしまう。
「我が君、如何されますか?」
声がして我に返ると、隣にはウロボロスがいてくれた。如何する、とはどういうことか。進むか、逃げるか、その選択肢が俺にあると、そう言っているのか。なんて思わず言ってしまいそうになったところで当り前のことを思い出した。
今の俺はユウだ。ドミニオンズにおいて魔王と恐れられた存在だ。しかも隣には最強の盾であるウロボロスがいてくれる。進むという選択肢は十分にあり得るのだ。ただ、俺たちの強さがどこまで通じるのかわからない以上、やはり尻込みはしてしまう。
「ウロボロス……」
「はい、この身は常に御身の傍に」
迷いながら名前を呼んでしまうと、力強い返事をしてくれた。
だがまぁ、お陰様で完全にこの子は信じ切ったに違いない。うぶなんだろう。向こうも頬を赤らめて俯いてしまう。逆に逃げられないかと心配した程だが、どうやらそれは大丈夫らしい。一向に動く素振りすら見せず照れている。
「と、とにかくだ。よければ地名を教えて欲しい」
「そ……そそ、そういうことでしたら、お、お手伝いしますねっ!」
何をだ。なんて心の中で思わず突っ込んだけど、よくよく考えればそういう返答になるのかもしれない。愛の逃避行なんて言われたら、駆け落ち以外に何が考えられるだろう。きっとこの子はそう考えたんだ。だからこそ逃走劇が円滑に進むようお手伝いする、と。もうこの際だ。二度と修正不可能になるだろうが聞けるなら何でもいい。
頷いて見せると、少女は全身を使って大きな深呼吸を繰り返した。まるでラジオ体操の最後の部分だけやっているような感じである。それで落ち着いたのかどうなのか。その頬は赤いままで、俺たちと目を合わせようとしないけど、それでも言葉はすらすら出てくるようになってくれたらしい。
「ここはイース・ディード領です。ご覧の通り広大な草原が広がっていて、農業や酪農に適した土壌の地域ですね。私の暮らしている村も、農業を主体として生計を立てている方が多いです」
「なるほど、自然豊かな土地ってことか」
イース・ディードか。そんな地名はドミニオンズには無かった。いや地名に限らず、そんな固有名詞は聞いたことがない。そうなると、ここはドミニオンズではなく全く知らない世界らしい。これでは、俺たちは異世界に召喚されたような状況ではないか。どうしてこんなことになったのか。
と、考えている内に、あれ、と気が付く。胸の奥底でチクリと痛んだ気がした。しかも視界が涙で歪んでいく。もしかして俺は知らないのではなく、忘れているのだろうか。何か大切な、とても大切な何かを。わからない。手がかりが全く無い以上、ここで思い出そうとしても無駄だ。そう決め付けて先に進んだ方が良いと理性は言っているのに、どうしてかな、心が許してくれない。頭がそれだけを考えてしまう。弱ったな、これでは話がもう進みそうにないのだが。
「……あれ」
せめて遠くの景色を見て気を紛らわそうとした時だった。ほんのりと煙が立ち込めているのが見える。刈り取った草木でも燃やしているのだろうか。それにしては随分と量が多い気がして、何となく気になって遠見の魔法を使ってみる。
「な……何だと」
煙の出所は村だ。先ほどウロボロスが見つけてくれた所である。この話し込んでいる僅かな間に、家々が真っ赤に燃え上がっていた。一軒、二軒が燃えている訳ではない。村のあちこちから大量の黒煙がとめどなく立ち込めて、真っ青な空を塗り潰している。炎上しているとわかった途端、
「我が君――?」
気が付くと走り出していた。早く、早く、早く。息が上がらない。疲れも知らない。それをいいことに全速力で延々と走る。そして駆け寄るにつれて、耳を覆いたくなるような悲鳴、いや、断末魔が聞こえてきて悪い方向に想像を巡らせてしまった。死について。死ぬ、ということについて。この先は死地。強者が弱者を一方的に屠っている現場。
途端に足が重くなって止まってしまう。ここから前へ行けば殺されてしまうのではないか、と恐怖を覚えて進めなくなってしまう。
「我が君、如何されますか?」
声がして我に返ると、隣にはウロボロスがいてくれた。如何する、とはどういうことか。進むか、逃げるか、その選択肢が俺にあると、そう言っているのか。なんて思わず言ってしまいそうになったところで当り前のことを思い出した。
今の俺はユウだ。ドミニオンズにおいて魔王と恐れられた存在だ。しかも隣には最強の盾であるウロボロスがいてくれる。進むという選択肢は十分にあり得るのだ。ただ、俺たちの強さがどこまで通じるのかわからない以上、やはり尻込みはしてしまう。
「ウロボロス……」
「はい、この身は常に御身の傍に」
迷いながら名前を呼んでしまうと、力強い返事をしてくれた。
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