魔王と配下の英雄譚

るちぇ。

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第1章 偽りの騎士

第19話 ルーチェの過去、そして今 2

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 嬉しかった。いつ以来だろう、こんなにも嬉しいと思ったのは。魔法が使えたからではない。魔法なんてどうでもいい。アデルに褒められたことで、私にも誇れる何かがあるんだって、そう思えたから嬉しかった。
 それからは魔法の練習に明け暮れた。大変だった。どうしてうまくいったのかもわからなくて、色々試して、安定して石ころを飛ばせるくらいになった。それが段々と木の棒に、鍋に、本にと、重い物でも大丈夫になった。その度にアデルは驚いてくれて、それが嬉しくて、毎日魔法の練習を続けていった。
 幸せだった。こんな日々がいつまでも続いて欲しい。そう思っていた。あの日までは。

「……何、あれ?」

 アデルに指さされて窓の外を見ると、真っ黒な空から突然、大きな光のようなものが降って来た。初めは何なのか理解できなかった。でも見つめていると、どんどん、どんどん、いや応なしに理解してしまう。あれは火だ。火の塊だ。
 遠くに見える家はあっという間に燃え上がってしまうのが見えて、私たちはすぐに家を飛び出した。そう、今日は史上最悪の日。災厄の日。
 振り返ると、私たちの家も燃え上がった。燃えていく。家だけじゃなくて、私の楽しかった日々まで無くなってしまう。でも泣く暇は無い。このままではアデルまで焼け死んでしまうから。

「あ……アデル……っ!」
「ルーチェ、走って!」

 火の勢いは凄まじかった。とても逃げ切れなくて、火の海に飲み込まれて、私たちは焼けてしまう。
 死んだ。そう諦めた。諦めたはずだったけど、恐る恐る目を開けると、辺りは異常な光景だった。いや、この突然過ぎる事態も異常なんだけどそうじゃなくて、私たちは火の海の中で生きていた。火が避けている。ぽっかりと私たちの周りにだけ穴が空いていたのだ。

「これ……お父さんの……」

 アデルの胸元で、天使の翼が生えた女神のようなペンダントが藍色の光を帯びていた。四大将軍の証で本当に必要な時に所有者を守ってくれるらしい。
 数日前、アデルのお父さんはお守りと言って、アデルにそれを渡していた。なぜこんな大切なものを、とアデルが聞いたところ、しばらく帰って来られなくなるからと。何をどこまで知っていて渡してくれたのか今となってはわからないが、お陰で私たちは何とか死なずに済んだ。
 でも事態は悪くなる一方だ。酷い悪臭がする。見ると、人形のような何かが真っ黒になって、次第に白いものが見え始めていた。まだ私たちは生きているけど、このお守りの力が切れた時、私たちもあぁなってしまうのだろう。嫌でも想像してしまう。でもどうすることもできない。もう地平線の向こうまで火の海になっていた。

「諦めるのはまだ早いよ」

 こんな絶望的な状況でまだ手立てがあると、そう確信した笑顔をアデルは見せてくれた。
 凄いと思った。月並みだけど、本当にそれしか思い付かなかった。だって、ここから何ができるだろう。この訳のわからない暴力ではなく、自分自身の手で最期を迎えるくらいしかなさそうなのに。それなのに、アデルはここから挽回する方法があると言っているのだから。

「飛ぶんだよ、ルーチェの魔法で」
「わ……私? 私の魔法……?」

 何を言われたのかわからなかった。私の魔法。魔法って、まさか、あの物を飛ばすやつのことか。確かによく練習はしていたけど物を動かす程度のもの。ただのお遊びでしかない。漠然と、アデルにもっともっと認めて欲しいなって、そう思いながらやっていただけで。
 あ、と気が付いた。
 そうか。今なんだ。アデルにあっと言わせて、そして同時に恩返しできる、最初で、ひょっとしたら最後になっちゃうかもしれない機会は。できるだろうか。あんなお遊びが通用するだろうか。
そんな臆病な気持ちを察してくれたのか、アデルは手を繋いでくれた。

「大丈夫。ルーチェが頑張っていたの、私はずっと見ていた。だから大丈夫。私は信じる。ルーチェも信じて、ね?」

 私が信じられない私自身を、アデルは信じてくれる。どうしてだろう。嬉しいはずなのに、こんなに認めて貰えて凄く嬉しいはずなのに、涙がたくさん出てきた。悲しくない。悔しくもない。嬉しいはずなのに、どれだけ擦っても止まってくれない。

「アデル……ありがとう……!」

 涙なんてどうでもいい。終われない。こんなところで終わらせたくない。この気持ちを。この時間を。そして何よりも大切なアデルを。だからアデルだけでも、ううん、そんな生温い覚悟じゃ駄目だ。例え私が死んでしまうことになろうとも構わない。アデルだけは絶対に守り通す。

「魔法陣展開!」

 イメージしろ。無い頭を全部使って。鳥のように、あの空を自由に飛び回る姿を。あ、でも翼は無いんだ。これじゃあ飛べない。助からない。違う、発想を変えるんだ。飛ぶんじゃなくて浮遊する。一度の跳躍で天まで届いて、神様みたいに見下ろすんだ。空気は床で、階段で、椅子にもなる。あの空全てが私の庭。

「……よし、アデル!」

 これでもかっていうくらいのイメージを浮かべて手を繋ぐ。情けない。ガタガタと震えが止まらない。でもアデルは全く震えていなくて、ただ微笑んでくれた。だから私も負けていられない。ぐっと強く、強く握りしめる。できる。信じろ。アデルが信じてくれた私を。今日を明日へ繋ぐために、こんな地獄、さっさと飛び越えてみせろ。

「魔法発動……エアリアル!」

 私たちは浮かんだ。高く、遠くへと。
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