もふもふと味わうVRグルメ冒険記 〜遅れて始めたけど、料理だけは最前線でした〜

きっこ

文字の大きさ
18 / 20

第18話「神々への案内人」

しおりを挟む



 運営上層部から届いた“神々の晩餐への招待状”。
 コナタはまだ半分信じられず、ゼクトとユリウス、そしてシエルとモカと共に部屋で話し続けていた。

 あの金色の文面は、何度見ても現実感がなかった。
 ゲームの中とはいえ、このアークスフィアは五感完全再現型――世界そのものが現実みたいに濃い。
 それだけに「神々」という単語は、奇妙なリアリティを持って胸に残る。

 しかも自分は、ただ料理をしていただけ。
 あの屋台の試作品にそんな力があったわけでは……ない、と思っているのに。

「……なぁレオン。これ、本当に“選ばれた”ってことなの?」
「コナタの言う選ばれた、がどういう意味かによるけど……」
 ゼクトは紅茶を置き、少しだけ悪戯っぽく笑った。
「少なくとも、普通じゃない。というか、普通のプレイヤーはまず行けない場所だよ」

 ゼクトはコナタの肩をバシッと叩く。
「とりあえず胸張っとけ! 神様に呼ばれる料理人ってかっこよすぎだろ」
「でもさ……俺、ただおいしいもの作りたいだけだし……」
「そこがいいんだよ」
 ゼクトとユリウス、声がぴったり重なっていた。

 その瞬間、シエルが「きゅきゅっ!」と跳ねて、コナタの胸元に飛び込んだ。
 細い尻尾がばたばた揺れる。
“気にしすぎだよ”と慰めているようだ。

 モカも大きな頭をコナタの膝に乗せてきて、
「ふがっ……ふがぁ……」
と、甘えるように鼻を鳴らす。

「……ありがと。みんながいると落ち着く……」
 そう言うと、ゼクトは大げさに天を仰いだ。
「ほら見ろ。どこ行ってもコナタは愛される運命なんだって!」
「確かに。もふもふコンビにも、NPCにも。むしろプレイヤーより好かれてる」
 ユリウスが何でもないように言ったその一言が、妙に胸に残った。

 そう――コナタはこの世界に入ってまだ日が浅い。
 なのに、NPCたちの態度はどこか“親しすぎる”。
 昨日のイベントでも、審査員NPCたちはコナタに対して目に見えて柔らかかった。

 ……あれは、偶然じゃないのかもしれない。

 そんなことを考えながら、コナタが小さく息を吐いたその瞬間だった。
 ふいに、室内の空気がひやりと震えた。

「……え?」
 ゼクトが眉を寄せる。
「今の、システム通知でも結界でもない……?」
 ユリウスも立ち上がり、目を細めた。
「何か来る。気をつけろ」

 いつも明るい二人が一気に“トッププレイヤーの真剣な顔”になる。
 その変化に、コナタは心臓が高鳴った。
 シエルが「きゅ……!」と背を丸め、モカが低く「ふがぁ……」と唸る。
 二匹も警戒している。

 そして、静寂。
 風の音すら止まったような静けさが、部屋を包み――
 次の瞬間、光が、一点に凝縮するように現れた。

 真っ白な光の粒が、空中に舞う。
 雪のように柔らかく、しかしどこか神聖な気配を纏って。

 粒が集まり、人の形を象り始めた。
 完全に姿を現したとき、コナタは息を呑んだ。

 そこに立っていたのは――
 淡い金髪と銀の瞳を持つ、どこか人間離れした存在だった。
 服は純白のローブ。
 背後には、光でできた紋章がふわりと浮かんでいる。

「……美形すぎない?」
 ゼクトの呟きは、誰も否定できなかった。

 その“存在”は、ゆっくりとコナタを見る。
 視線を向けられただけで、体温が上がったように感じた。
 圧倒される感覚――だけど不思議と、怖くはない。

「プレイヤー《コナタ》」
 透明な鐘の音のような声が響いた。
 人間ではない“何か”だ、と一瞬で分かる声だった。

 二人の友人が同時に前へ出る。
「お前、何者だ」
「コナタに用があるなら、まず俺たちに説明しろ」

 ゼクトとユリウスの動きは鋭い。
 トップランカーとしての警戒を全開にしていた。
 その迫力は、普段の軽い空気とは全く違う。

 しかし、光の存在はふわりと首を振った。
「敵意はない。私は……“案内人”」

「案内人?」
 コナタが声を上げると、その存在はやわらかく微笑んだ。
 笑顔すら神々しすぎて、こちらが目をそらしたくなるほどだった。

「《神々の晩餐》への正式な使者だ。コナタ、君を迎えに来た」

 空気が凍りつく。
 ゼクトとユリウスは完全に固まった。
 シエルとモカはコナタの前にぴたりと立ち、必死に警戒している。

 それでも、使者は優しい声で続けた。
「恐れなくていい。君が作り出す料理は、神格存在にとって特別な香りを持つ。昨日、上位層がざわめいたのだ」

「……ざわめいた?」
 そんな馬鹿な話が――と、思った。
 だけど、昨日の審査員NPCの目。
 運営上層部からのメール。

 全部が繋がっていく感覚が、背筋を震わせる。

の続きだよ?

「君の料理は、神々にとって“心を揺らす味”だった。だから招待された」

「俺は……ただ、好きで作ってるだけなのに」
「それでいい。むしろ、それがいい」
 使者の声はやわらかく、静かで、どこかあたたかかった。

「正式な儀は三日後に行われる。君が参加を望むなら、その間は私が導く」

 ゼクトが息を呑む。
「……まさか本気で連れていくつもりか?」
「もちろん」

 ユリウスも震える声で言った。
「神級イベントの“使者”が直に来るなんて……前代未聞だ……」

 そんな二人を横目に、コナタは胸に手を当てた。
 鼓動が早い。
 でも、怖くはない。

 だって――
 シエルも、モカも、アレンも、レオンも、隣にいる。

「……行きます」
 しっかりとした声が、自分の口から出た。

 使者は微笑む。
「では三日後、用意ができ次第……」

 光が揺れ、使者の姿が淡くほどけ始める。
「迎えに来よう」

 ひとひらの光が、コナタの胸元にふわりと触れた。
 あたたかい。
 優しい。

 やがて、完全に消えていった。

 残された部屋で、沈黙。



 静けさがゆっくりと戻ってくる。
 光の使者が去った部屋は、まるで一瞬だけ別の次元に触れたような、そんな余韻をまとっていた。

「……なぁ、コナタ」

 ゼクトがぽすんとソファに座り込みながら、ひどく現実味のあるため息を吐いた。

「神々の晩餐ってさ……普通は“物語の中でしか存在しません!”って扱いなんだぞ? それに招待されて、“行きます”って即答するプレイヤー、見たことねぇよ」

「え、だって……断ったら失礼かなって……」

「いやまぁ……そうだけど……っ!」

 ゼクトは頭を抱えたまま、もはや笑うしかないという顔だ。

 ユリウスも、腕を組んでゆっくり首を振る。

「本当に、君は……想像以上だよ。ゼクトと二人で気をつけて見ていたつもりだったのに、気づいたら神様にまで気に入られてる」

「えっ……気をつけて……?」

「そりゃそうだよ。童顔で、背も低くて、すぐ人懐っこい顔するし……NPCどころかプレイヤーにまで攫われかけてもおかしくないからね?」

「攫われ……!?」

「いや、まあ例えだけどね?」
 ユリウスは微笑むが、その言い方はむしろ本気っぽい。

 そんな二人の真剣と心配が混ざった表情を見ていると、胸の奥がじんわり温かくなった。

「……ありがと。守ってくれて」

 コナタが言うと、ゼクトは一瞬固まって、顔をそらす。

「っ……言わせるなよ、そういうの……」

 耳が赤くなっている。
 ユリウスも思わず吹き出しながら、コナタの頭にそっと手を置いた。

「僕たちがついてるんだから、心配しなくていい。三日後の儀式だって、同行できるはずだよ」

「ほんと?」

「もちろん」

 その答えに、シエルが「きゅっ!」と嬉しげに跳ねた。
 モカも力強く「ふがっ!」と鳴いて、コナタの膝に頭を押しつけてくる。

 そのとき、ふとゼクトが立ち上がった。

「そうだ。俺たち、三人で盛大な“前祝い”しようぜ。神々に呼ばれたやつがいるんだぞ? やらなきゃ嘘だろ!」

「前祝い……?」

「そうだよ。宴だよ宴!」

 ユリウスも明るく笑って頷く。

「せっかくだし、コナタの料理でね。……あ、無理に作れとは言ってないよ? ただ──ほら、僕たち、君の料理を理由に祝いたいって気持ちもあるから」

 その優しい言い方に、コナタの胸がふにゃっとなる。

「……作るよ! お祝いしたいし!」

 シエルが「きゅっきゅっ!」と喜び、モカは尻尾を左右にぶんぶん振り回して「ふがっ!」と鳴いた。

 ゼクトが手を叩く。

「よーし決まり! じゃあ素材集めは任せろ。最高級の食材、今すぐ引っ張ってくる!」

「えっ、今!?」

「もちろんだろ! 三日後に神様と晩餐するやつの前祝いなんだぞ!?」

 やる気が爆発している。
 ユリウスまで燃えてきたらしく、

「僕も行くよ。ゼクト一人だと、絶対途中で寄り道して変なモンスター追いかけるから」

「おい!? なんでバレてんだよ!?」

「バレてないと思ってたの……?」

「…………」

 二人のやりとりに笑っていると、ユリウスがこちらへ向き直り、柔らかく微笑んだ。

「コナタは部屋で待ってて。シエルとモカも一緒に。……ほんとに危ないから」

「う、うん……」

「すぐ戻るよ。神様に愛されたコナタくんのために、全力で最高の食材をね」

 その言い方が妙に甘くて、コナタは反射的に視線をそらしてしまう。

「ちょ、お前……コナタ照れてるだろ」

「照れ顔、可愛いよね?」

「やめっ──」

 言いかけたところで、ゼクトが笑い声を上げた。

「じゃ、行ってくる!」

 二人はかなりの速度で部屋を出ていく。
 残されたコナタは、どきどきしたままソファに座り直した。

 すると──

「きゅ……?」

 シエルが膝の上にちょこんと乗ってきた。

「ふがぁ……」

 モカも足元へ転がってくるように横たわり、コナタに頭を押し付ける。

「……ありがとう。みんなも、優しいね」

 思わず撫でると、シエルは目を細めて喉を鳴らし、モカは全身を震わせながら喜んだ。

 ふわふわ、もふもふ。
 この愛しさが胸に広がると、不安なんて全部消えていく。

「三日後……神様の晩餐、かぁ……」

 まだ信じられない。
 でも、胸の奥にほんの少しの期待もある。

 そこへ突然、通知音が響いた。

 ピコン。

『【イベント追加通知】
 特殊儀式イベント《神々の晩餐》:前準備クエスト解放』

「えっ……前準備?」

 画面を開くと、そこには長文のクエスト説明が表示されていた。

──【神々の口に運ぶにふさわしい“祝福の料理”を完成させよ】
──【ただし、食材調達は指定のランク以上】
──【同行者は最大三名まで可】

「……三名まで……?」

 ゼクトとユリウス、そして……遅れてログインしてくるレイア。

 三人の顔が頭に浮かび、コナタはそっと微笑んだ。

「みんなで……行ける、のかな」

 そのときだった。

 部屋のドアが静かに開いた。

「──コナタぁぁああ!!」

 聞き覚えのある明るい女性の声が響く。
 


しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

【完結】VRMMOでチュートリアルを2回やった生産職のボクは最強になりました

鳥山正人
ファンタジー
フルダイブ型VRMMOゲームの『スペードのクイーン』のオープンベータ版が終わり、正式リリースされる事になったので早速やってみたら、いきなりのサーバーダウン。 だけどボクだけ知らずにそのままチュートリアルをやっていた。 チュートリアルが終わってさぁ冒険の始まり。と思ったらもう一度チュートリアルから開始。 2度目のチュートリアルでも同じようにクリアしたら隠し要素を発見。 そこから怒涛の快進撃で最強になりました。 鍛冶、錬金で主人公がまったり最強になるお話です。 ※この作品は「DADAN WEB小説コンテスト」1次選考通過した【第1章完結】デスペナのないVRMMOで〜をブラッシュアップして、続きの物語を描いた作品です。 その事を理解していただきお読みいただければ幸いです。 ─────── 自筆です。 アルファポリス、第18回ファンタジー小説大賞、奨励賞受賞

【完結】デスペナのないVRMMOで一度も死ななかった生産職のボクは最強になりました。

鳥山正人
ファンタジー
デスペナのないフルダイブ型VRMMOゲームで一度も死ななかったボク、三上ハヤトがノーデスボーナスを授かり最強になる物語。 鍛冶スキルや錬金スキルを使っていく、まったり系生産職のお話です。 まったり更新でやっていきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 「DADAN WEB小説コンテスト」1次選考通過しました。 ──────── 自筆です。

無能扱いされた実は万能な武器職人、Sランクパーティーに招かれる~理不尽な理由でパーティーから追い出されましたが、恵まれた新天地で頑張ります~

詩葉 豊庸(旧名:堅茹でパスタ)
ファンタジー
鍛冶職人が武器を作り、提供する……なんてことはもう古い時代。 現代のパーティーには武具生成を役目とするクリエイターという存在があった。 アレンはそんなクリエイターの一人であり、彼もまたとある零細パーティーに属していた。 しかしアレンはパーティーリーダーのテリーに理不尽なまでの要望を突きつけられる日常を送っていた。 本当は彼の適性に合った武器を提供していたというのに…… そんな中、アレンの元に二人の少女が歩み寄ってくる。アレンは少女たちにパーティーへのスカウトを受けることになるが、後にその二人がとんでもない存在だったということを知る。 後日、アレンはテリーの裁量でパーティーから追い出されてしまう。 だが彼はクビを宣告されても何とも思わなかった。 むしろ、彼にとってはこの上なく嬉しいことだった。 これは万能クリエイター(本人は自覚無し)が最高の仲間たちと紡ぐ冒険の物語である。

微妙なバフなどもういらないと追放された補助魔法使い、バフ3000倍で敵の肉体を内部から破壊して無双する

こげ丸
ファンタジー
「微妙なバフなどもういらないんだよ!」 そう言われて冒険者パーティーを追放されたフォーレスト。 だが、仲間だと思っていたパーティーメンバーからの仕打ちは、それだけに留まらなかった。 「もうちょっと抵抗頑張んないと……妹を酷い目にあわせちゃうわよ?」 窮地に追い込まれたフォーレスト。 だが、バフの新たな可能性に気付いたその時、復讐はなされた。 こいつら……壊しちゃえば良いだけじゃないか。 これは、絶望の淵からバフの新たな可能性を見いだし、高みを目指すに至った補助魔法使いフォーレストが最強に至るまでの物語。

過労死した家具職人、異世界で快適な寝具を作ったら辺境の村が要塞になりました ~もう働きたくないので、面倒ごとは自動迎撃ベッドにお任せします

☆ほしい
ファンタジー
ブラック工房で働き詰め、最後は作りかけの椅子の上で息絶えた家具職人の木崎巧(キザキ・タクミ)。 目覚めると、そこは木材資源だけは豊富な異世界の貧しい開拓村だった。 タクミとして新たな生を得た彼は、もう二度とあんな働き方はしないと固く誓う。 最優先事項は、自分のための快適な寝具の確保。 前世の知識とこの世界の素材(魔石や魔物の皮)を組み合わせ、最高のベッド作りを開始する。 しかし、完成したのは侵入者を感知して自動で拘束する、とんでもない性能を持つ魔法のベッドだった。 そのベッドが村をゴブリンの襲撃から守ったことで、彼の作る家具は「快適防衛家具」として注目を集め始める。 本人はあくまで安眠第一でスローライフを望むだけなのに、貴族や商人から面倒な依頼が舞い込み始め、村はいつの間にか彼の家具によって難攻不落の要塞へと姿を変えていく。

A級パーティから追放された俺はギルド職員になって安定した生活を手に入れる

国光
ファンタジー
A級パーティの裏方として全てを支えてきたリオン・アルディス。しかし、リーダーで幼馴染のカイルに「お荷物」として追放されてしまう。失意の中で再会したギルド受付嬢・エリナ・ランフォードに導かれ、リオンはギルド職員として新たな道を歩み始める。 持ち前の数字感覚と管理能力で次々と問題を解決し、ギルド内で頭角を現していくリオン。一方、彼を失った元パーティは内部崩壊の道を辿っていく――。 これは、支えることに誇りを持った男が、自らの価値を証明し、安定した未来を掴み取る物語。

パワハラで会社を辞めた俺、スキル【万能造船】で自由な船旅に出る~現代知識とチート船で水上交易してたら、いつの間にか国家予算レベルの大金を稼い

☆ほしい
ファンタジー
過労とパワハラで心身ともに限界だった俺、佐伯湊(さえきみなと)は、ある日異世界に転移してしまった。神様から与えられたのは【万能造船】というユニークスキル。それは、設計図さえあれば、どんな船でも素材を消費して作り出せるという能力だった。 「もう誰にも縛られない、自由な生活を送るんだ」 そう決意した俺は、手始めに小さな川舟を作り、水上での生活をスタートさせる。前世の知識を活かして、この世界にはない調味料や保存食、便利な日用品を自作して港町で売ってみると、これがまさかの大当たり。 スキルで船をどんどん豪華客船並みに拡張し、快適な船上生活を送りながら、行く先々の港町で特産品を仕入れては別の町で売る。そんな気ままな水上交易を続けているうちに、俺の資産はいつの間にか小国の国家予算を軽く超えていた。 これは、社畜だった俺が、チートな船でのんびりスローライフを送りながら、世界一の商人になるまでの物語。

リンダの入念な逃走計画

ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
愛人の子であるリンダは、先妻が亡くなったことで母親が後妻に入り侯爵令嬢となった。  特に家族との確執もないが、幼い時に受けた心の傷はリンダの歩みを決めさせる。 「貴族なんて自分には無理!」  そんな彼女の周囲の様子は、護衛に聞いた噂とは違うことが次々に分かっていく。  真実を知った彼女は、やっぱり逃げだすのだろうか? (小説家になろうさん、カクヨムさんにも載せています)

処理中です...