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第18話「神々への案内人」
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運営上層部から届いた“神々の晩餐への招待状”。
コナタはまだ半分信じられず、ゼクトとユリウス、そしてシエルとモカと共に部屋で話し続けていた。
あの金色の文面は、何度見ても現実感がなかった。
ゲームの中とはいえ、このアークスフィアは五感完全再現型――世界そのものが現実みたいに濃い。
それだけに「神々」という単語は、奇妙なリアリティを持って胸に残る。
しかも自分は、ただ料理をしていただけ。
あの屋台の試作品にそんな力があったわけでは……ない、と思っているのに。
「……なぁレオン。これ、本当に“選ばれた”ってことなの?」
「コナタの言う選ばれた、がどういう意味かによるけど……」
ゼクトは紅茶を置き、少しだけ悪戯っぽく笑った。
「少なくとも、普通じゃない。というか、普通のプレイヤーはまず行けない場所だよ」
ゼクトはコナタの肩をバシッと叩く。
「とりあえず胸張っとけ! 神様に呼ばれる料理人ってかっこよすぎだろ」
「でもさ……俺、ただおいしいもの作りたいだけだし……」
「そこがいいんだよ」
ゼクトとユリウス、声がぴったり重なっていた。
その瞬間、シエルが「きゅきゅっ!」と跳ねて、コナタの胸元に飛び込んだ。
細い尻尾がばたばた揺れる。
“気にしすぎだよ”と慰めているようだ。
モカも大きな頭をコナタの膝に乗せてきて、
「ふがっ……ふがぁ……」
と、甘えるように鼻を鳴らす。
「……ありがと。みんながいると落ち着く……」
そう言うと、ゼクトは大げさに天を仰いだ。
「ほら見ろ。どこ行ってもコナタは愛される運命なんだって!」
「確かに。もふもふコンビにも、NPCにも。むしろプレイヤーより好かれてる」
ユリウスが何でもないように言ったその一言が、妙に胸に残った。
そう――コナタはこの世界に入ってまだ日が浅い。
なのに、NPCたちの態度はどこか“親しすぎる”。
昨日のイベントでも、審査員NPCたちはコナタに対して目に見えて柔らかかった。
……あれは、偶然じゃないのかもしれない。
そんなことを考えながら、コナタが小さく息を吐いたその瞬間だった。
ふいに、室内の空気がひやりと震えた。
「……え?」
ゼクトが眉を寄せる。
「今の、システム通知でも結界でもない……?」
ユリウスも立ち上がり、目を細めた。
「何か来る。気をつけろ」
いつも明るい二人が一気に“トッププレイヤーの真剣な顔”になる。
その変化に、コナタは心臓が高鳴った。
シエルが「きゅ……!」と背を丸め、モカが低く「ふがぁ……」と唸る。
二匹も警戒している。
そして、静寂。
風の音すら止まったような静けさが、部屋を包み――
次の瞬間、光が、一点に凝縮するように現れた。
真っ白な光の粒が、空中に舞う。
雪のように柔らかく、しかしどこか神聖な気配を纏って。
粒が集まり、人の形を象り始めた。
完全に姿を現したとき、コナタは息を呑んだ。
そこに立っていたのは――
淡い金髪と銀の瞳を持つ、どこか人間離れした存在だった。
服は純白のローブ。
背後には、光でできた紋章がふわりと浮かんでいる。
「……美形すぎない?」
ゼクトの呟きは、誰も否定できなかった。
その“存在”は、ゆっくりとコナタを見る。
視線を向けられただけで、体温が上がったように感じた。
圧倒される感覚――だけど不思議と、怖くはない。
「プレイヤー《コナタ》」
透明な鐘の音のような声が響いた。
人間ではない“何か”だ、と一瞬で分かる声だった。
二人の友人が同時に前へ出る。
「お前、何者だ」
「コナタに用があるなら、まず俺たちに説明しろ」
ゼクトとユリウスの動きは鋭い。
トップランカーとしての警戒を全開にしていた。
その迫力は、普段の軽い空気とは全く違う。
しかし、光の存在はふわりと首を振った。
「敵意はない。私は……“案内人”」
「案内人?」
コナタが声を上げると、その存在はやわらかく微笑んだ。
笑顔すら神々しすぎて、こちらが目をそらしたくなるほどだった。
「《神々の晩餐》への正式な使者だ。コナタ、君を迎えに来た」
空気が凍りつく。
ゼクトとユリウスは完全に固まった。
シエルとモカはコナタの前にぴたりと立ち、必死に警戒している。
それでも、使者は優しい声で続けた。
「恐れなくていい。君が作り出す料理は、神格存在にとって特別な香りを持つ。昨日、上位層がざわめいたのだ」
「……ざわめいた?」
そんな馬鹿な話が――と、思った。
だけど、昨日の審査員NPCの目。
運営上層部からのメール。
全部が繋がっていく感覚が、背筋を震わせる。
の続きだよ?
「君の料理は、神々にとって“心を揺らす味”だった。だから招待された」
「俺は……ただ、好きで作ってるだけなのに」
「それでいい。むしろ、それがいい」
使者の声はやわらかく、静かで、どこかあたたかかった。
「正式な儀は三日後に行われる。君が参加を望むなら、その間は私が導く」
ゼクトが息を呑む。
「……まさか本気で連れていくつもりか?」
「もちろん」
ユリウスも震える声で言った。
「神級イベントの“使者”が直に来るなんて……前代未聞だ……」
そんな二人を横目に、コナタは胸に手を当てた。
鼓動が早い。
でも、怖くはない。
だって――
シエルも、モカも、アレンも、レオンも、隣にいる。
「……行きます」
しっかりとした声が、自分の口から出た。
使者は微笑む。
「では三日後、用意ができ次第……」
光が揺れ、使者の姿が淡くほどけ始める。
「迎えに来よう」
ひとひらの光が、コナタの胸元にふわりと触れた。
あたたかい。
優しい。
やがて、完全に消えていった。
残された部屋で、沈黙。
静けさがゆっくりと戻ってくる。
光の使者が去った部屋は、まるで一瞬だけ別の次元に触れたような、そんな余韻をまとっていた。
「……なぁ、コナタ」
ゼクトがぽすんとソファに座り込みながら、ひどく現実味のあるため息を吐いた。
「神々の晩餐ってさ……普通は“物語の中でしか存在しません!”って扱いなんだぞ? それに招待されて、“行きます”って即答するプレイヤー、見たことねぇよ」
「え、だって……断ったら失礼かなって……」
「いやまぁ……そうだけど……っ!」
ゼクトは頭を抱えたまま、もはや笑うしかないという顔だ。
ユリウスも、腕を組んでゆっくり首を振る。
「本当に、君は……想像以上だよ。ゼクトと二人で気をつけて見ていたつもりだったのに、気づいたら神様にまで気に入られてる」
「えっ……気をつけて……?」
「そりゃそうだよ。童顔で、背も低くて、すぐ人懐っこい顔するし……NPCどころかプレイヤーにまで攫われかけてもおかしくないからね?」
「攫われ……!?」
「いや、まあ例えだけどね?」
ユリウスは微笑むが、その言い方はむしろ本気っぽい。
そんな二人の真剣と心配が混ざった表情を見ていると、胸の奥がじんわり温かくなった。
「……ありがと。守ってくれて」
コナタが言うと、ゼクトは一瞬固まって、顔をそらす。
「っ……言わせるなよ、そういうの……」
耳が赤くなっている。
ユリウスも思わず吹き出しながら、コナタの頭にそっと手を置いた。
「僕たちがついてるんだから、心配しなくていい。三日後の儀式だって、同行できるはずだよ」
「ほんと?」
「もちろん」
その答えに、シエルが「きゅっ!」と嬉しげに跳ねた。
モカも力強く「ふがっ!」と鳴いて、コナタの膝に頭を押しつけてくる。
そのとき、ふとゼクトが立ち上がった。
「そうだ。俺たち、三人で盛大な“前祝い”しようぜ。神々に呼ばれたやつがいるんだぞ? やらなきゃ嘘だろ!」
「前祝い……?」
「そうだよ。宴だよ宴!」
ユリウスも明るく笑って頷く。
「せっかくだし、コナタの料理でね。……あ、無理に作れとは言ってないよ? ただ──ほら、僕たち、君の料理を理由に祝いたいって気持ちもあるから」
その優しい言い方に、コナタの胸がふにゃっとなる。
「……作るよ! お祝いしたいし!」
シエルが「きゅっきゅっ!」と喜び、モカは尻尾を左右にぶんぶん振り回して「ふがっ!」と鳴いた。
ゼクトが手を叩く。
「よーし決まり! じゃあ素材集めは任せろ。最高級の食材、今すぐ引っ張ってくる!」
「えっ、今!?」
「もちろんだろ! 三日後に神様と晩餐するやつの前祝いなんだぞ!?」
やる気が爆発している。
ユリウスまで燃えてきたらしく、
「僕も行くよ。ゼクト一人だと、絶対途中で寄り道して変なモンスター追いかけるから」
「おい!? なんでバレてんだよ!?」
「バレてないと思ってたの……?」
「…………」
二人のやりとりに笑っていると、ユリウスがこちらへ向き直り、柔らかく微笑んだ。
「コナタは部屋で待ってて。シエルとモカも一緒に。……ほんとに危ないから」
「う、うん……」
「すぐ戻るよ。神様に愛されたコナタくんのために、全力で最高の食材をね」
その言い方が妙に甘くて、コナタは反射的に視線をそらしてしまう。
「ちょ、お前……コナタ照れてるだろ」
「照れ顔、可愛いよね?」
「やめっ──」
言いかけたところで、ゼクトが笑い声を上げた。
「じゃ、行ってくる!」
二人はかなりの速度で部屋を出ていく。
残されたコナタは、どきどきしたままソファに座り直した。
すると──
「きゅ……?」
シエルが膝の上にちょこんと乗ってきた。
「ふがぁ……」
モカも足元へ転がってくるように横たわり、コナタに頭を押し付ける。
「……ありがとう。みんなも、優しいね」
思わず撫でると、シエルは目を細めて喉を鳴らし、モカは全身を震わせながら喜んだ。
ふわふわ、もふもふ。
この愛しさが胸に広がると、不安なんて全部消えていく。
「三日後……神様の晩餐、かぁ……」
まだ信じられない。
でも、胸の奥にほんの少しの期待もある。
そこへ突然、通知音が響いた。
ピコン。
『【イベント追加通知】
特殊儀式イベント《神々の晩餐》:前準備クエスト解放』
「えっ……前準備?」
画面を開くと、そこには長文のクエスト説明が表示されていた。
──【神々の口に運ぶにふさわしい“祝福の料理”を完成させよ】
──【ただし、食材調達は指定のランク以上】
──【同行者は最大三名まで可】
「……三名まで……?」
ゼクトとユリウス、そして……遅れてログインしてくるレイア。
三人の顔が頭に浮かび、コナタはそっと微笑んだ。
「みんなで……行ける、のかな」
そのときだった。
部屋のドアが静かに開いた。
「──コナタぁぁああ!!」
聞き覚えのある明るい女性の声が響く。
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