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第14話 愚者の夢(後編)
しおりを挟むなぜか、その病の流行が静まり始めた……
でもちょうどその頃、私の名がさらに人々の口に上るようになった。
「また聖女様が命を救われたそうよ!」
「本当に奇跡なんて起こるんだな……」
違う。奇跡ではない。
これは当然のこと。
私が力を使えば、病など消える。
体の中にある黒い“種”を、私の力で消してしまえばいいのだから。
私の街にいた権力者が倒れたとき、私は“手をかざすだけ”で、その命を蘇らせた。
演出だった? 何とでも言えばいい。
結果を見た人々が、私を「聖女」と呼び始めたのだ。
そして私は、王都に呼ばれた。
“聖女”として、王命によって。
王宮へ足を踏み入れたその瞬間、私は確信した。
――この場所は、私のものになる。
最初に目に入ったのは、玉座の隣に立つ彼女――王妃フィアナ。
……美しい人だった。
けれど、私の目には不快だった。
血色のない顔、疲れきったまなざし。
笑ってもいない、輝きもない。
なのに、民の信頼も、王の心も、この女に向かっている。
冗談じゃない。なぜ、あの女が……?
私の方が、美しく、清らかで、人に希望を与えていた。
魔の力がそう見せているのかもしれないけど、どうでもいい。
それが真実になるのだから。
王と王妃の間には距離があったと聞いた。
流行病の対応、国の建て直し。
すれ違いばかりの夫婦。
2人の子供にさえほとんど会ってないらしい。
そこへ、“聖女”の輝きを纏った、微笑みの“私”が現れる。
この国にとって、私は眩しい光だった。
王が、私を見つめているのが分かる。
その視線を受けながら、私はほくそ笑んだ。
この男は、落とせる。
この国の鍵穴に、私の鍵が差し込まれた瞬間だった。
あとは、鍵を捻るだけ。
――カチリ。
ほら、落ちた。
私の魅了が彼に通った、その瞬間。
「素晴らしい! お前はなんて素晴らしいんだ。
これで“光”を封ぜるぞ!」
魔が叫び、一気に黒霧の魔力がこの国を覆う。
魅了された国王の力を足がかりに、すべてを支配した。
これで、この国は私のもの。
なんて素晴らしいの。
リュシアンたち、光の魔力を持たぬ者の支配は簡単だった。
黒霧が満ちた国で、私の魅了が蔓延していく。
すべてが、私の思い通りになった。
ただ、二人の子どもたち──双子は“魅了”にかからなかった。
王妃フィアナの血を継いでいるから。
だから私は、“魔”の力は使わずに徹底的に優しく接した。
怒らない、叱らない、命じない。
何も求めず、ただ“心地よさ”だけを与える。
そのうちに双子は、「エルノアの方が好き」と言い始めた。
“母親が誰か”なんて、どうでもよくなっていったのだろう。
時折、セラフィムから便りが届いたが、すべて誠実の仮面を被せた使用人に処理させた。
魔力が足りなくなれば、国民から供出させればいい。
けれど、腹の立つ存在がいた。
フィアナと、その侍女たち。特に侍女。
あれは面倒臭い。だから追い出してやった。
……それが、あんな結果を招くとは。
消したと報告を受けていたのに。
そして、“あの日”が来た。
黒霧の魔力が揺らいだ。
民が目を覚ましはじめた。
王が、私の手を振り払った。
私は、叫んだ。
心の中で、泣き叫んだ。
(嫌! 返さない! 渡さない! 全部、私のものなのに!!)
けれど。
私は裁かれた。
すべてを暴かれ、すべてを奪われ、名前も、姿も、記憶からも消えていく。
忘却の刑――
それは、何よりも私にとって恐ろしい罰だった。
誰からも見られない。
誰からも気づかれない。
どれだけ叫んでも、泣いても、届かない。
私という存在が、この世界から「消えていく」。
“承認”を求めてきた私が、誰からも承認されない地獄へと落とされる。
それでも、最後まで私は叫んでいた。
(私は……“聖女”だったのよ……!)
(“王妃”だったのよ……!!)
(私は……私は……!!!)
──でも、それを覚えている者は、もう、いない。
それどころか、
私という存在がこの世に「在ったこと」すら、誰の記憶にも残っていない。
声は届かず、手は触れられず、目も合わない。
生きているのに、誰からも存在を認識されない――
それが、「忘却の刑」。
“承認”に飢え続けた私に与えられた、最大の罰。
私は、今日も、誰にも見えぬまま、
誰かの隣に、ひとりで立っている。
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