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第15話 光に照らされて
しおりを挟むリュシアンは、王宮の中を今はただ静かに歩いていた。
ひとりで、石畳の長い廊下を渡る。
国を預かる王であったはずの男が、今やその背にあるのは肩衣一枚、表情は深く沈んでいる。
心の奥では、ずっと叫び続けていた。
だが言葉にならなかった。
あのとき、あの瞬間、自分が何をしていたのか――記憶が、まるで霧の中だった。
いや、すべてが抜け落ちているわけではない。
覚えていることも、ある。
初めて“聖女”と呼ばれたエルノアに会った時、どこか眩しさを感じた。
その時点で、すでに自分は何かに“惹かれて”いたのだ。
妻フィアナを遠ざけ、離宮へ行かせたあの日の文書。
自らの筆で署名し、捺印したことも、はっきり覚えている。
そして――
自分の目の前で、愛する者が静かに眠りについていた、その“喪失”。
その姿だけは、忘れようとしても、脳裏に焼き付いて離れない。
けれど――
その“間”を、自分が何をしていたのかが、まるで思い出せない。
どんな言葉を投げかけたのか。
どんな目で見つめ、どんな仕打ちを与えたのか。
何が、彼女をあそこまで追い詰めたのか――
分からない。
それが、あまりにも、苦しい。
(逃げてはいけない……)
足は、ある部屋の前で止まった。
静かに扉を叩く。
「……入れ」
中から聞こえた低く落ち着いた声に、リュシアンはゆっくりと扉を開けた。
中にいたのは、義兄・カリス。
セラフィムの王太子であり、今は混乱を極めているルシエル王国をまとめる人物。
私がしなくてはいけないその責務を、彼は担ってくれている。
「……カリス王太子殿下。いえ、義兄上」
リュシアンは一度、深く頭を下げる。
「どうしても、お願いしたいことがございます。
私は、私が何をしたのかを知りたい。
あの時、何を言い、何をして、誰を傷つけたのか――
記憶の断片しか残っていないのです。
でも、それでも。
それでも私は、すべてを……すべてを知りたいのです」
カリスは、沈黙を守ったまま立ち上がる。
そして、窓の向こう、かつてルシエル王国の中枢だった城壁を見やった。
「理由は?」
「……私は、愛する者を、自らの手で死に追いやったのです。
それが、曖昧なままでは、罪を受け止めることも、償うこともできません。
どうしても……どうしても、自分の罪を、正確に知らなくてはならないのです」
リュシアンの声は震えていた。
だがその瞳には、誤魔化しのない真実の炎が宿っている。
「国民たちは、己を責めながらも、生きていこうとしています。
それなのに私は――
記憶を失っていることを言い訳にして、彼らよりも軽い荷を背負ってはいけない。
……私だけが、楽をしているような気がして、苦しくて仕方ないのです」
カリスは一歩、近づいた。
「光の精霊の記憶は、すべてを映す。
ほんの一片も、見落とさぬ。
それを受け入れる覚悟はあるのか?
……見せるものは、“真実”だけだ」
リュシアンは、膝をついた。
まっすぐに、カリスを見上げる。
「はい。
……それができなければ、私は、赦しの門へ辿り着くことができません。
フィアナに会うことができません。
どんなに辛くても、私は知りたいのです。
いえ……知るべきなのです。自分が、何を壊したのかを」
その言葉を聞き、カリスは目を閉じると、何かを呟いた。
そして、ゆっくりと頷いた。
「わかった。
では離宮へ行け。
あの場所には、今もフィアナを慕う精霊たちが集っている。
私は先に手配をしておく。
光の精霊には、今、承諾を得た。
……全て、お前に見せると」
「……ありがとうございます……!」
リュシアンは涙をこらえながら頭を下げた。
「ただし、一つ条件がある」
カリスは、リュシアンに背を向けながら言った。
「どれほど絶望しても、どれほど己を憎んでも、必ず戻れ。
終わったら王宮に戻ってこい。私は……ここにいて、お前を待っている。
分かったな? 必ず、だ」
「……はい。必ず、戻ります」
その声は、まだ弱々しかった。
だが、そこには確かな決意があった。
こうしてリュシアンは、かつてフィアナが最期を迎えた離宮へと向かう。
すべての記憶と、すべての罪と、対峙するために――
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