古書館に眠る手記

猫戸針子

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~ウィーンの古書②~

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《1848年3月11日、ウィーン》


「フォーゲル君、いるかい?」

本に夢中になりすぎ、だいぶ時が経っていたらしい。同僚のリントナーが呼びに来た。そう言えば頼まれ事があった。

「今行くよ」

本にしおりを挟み丁寧に箱に戻す。
毅然と老将軍に立ち向かう美しい少女。その姿を必死に目で追い羽根ペンを走らせる著者、フレート・ヴィーザー。
彼がまるで自分自身のような感覚となっている。そんな熱を覚ますように私は地下から抜け出た。

書類を眺めて待っているリントナーと図書館から出、興奮冷めやらぬ私は彼に先ほど読んだ古書について語る。彼はあまり興味がなさそうだったが、ふと思い付いたような顔付きになった。

「ネベルム?ああ、それって古い民謡だよね」
「え!君知っているのかい?」

騒がしい宮廷の外に一度顔を向けたリントナーは、厳粛な回廊に全く似つかわしくない声で歌い出す。


シャンと鳴らせば  霞立ち
シャンシャン鳴らせば  大地生まれる
大地に精霊舞い降りて
ネベルム  ネベルム  我らの地….


軽い調子で歌われたその歌だが、私にはあの木箱の中に霧がかった神秘が、鈴の音を鳴らしネベルムの世界へ誘われる心地になった。

「故郷の婆さんが歌っていた戯れ歌だけど、なんでか覚えててね」
「その話、詳しく聞かせてくれ!」

食い入るようにリントナーに詰め寄った私に驚いた表情をする彼は、しかし時間を作ってくれた。ちなみに彼が歌ったせいで宮廷の至る所から視線が集まっている。

「さすがに咳払いすらなくなったね。こんな状態では」
「カフェで話をなんて気楽なことを言っていられなくなったのがな。物騒で嫌だね」

学生デモ隊が旗を掲げ叫んでいる。宮廷の高官の中には休養で領地へ帰ってしまった者も出ているが、私のような下級官僚は勤めを滞らせる訳にはいかない。
内務省に戻り頼まれ事を済ませた私は、壁際の長椅子へ誘った。

「庭園は騒がしいし、ここでいいかい?」

聞いた話では学生達に便乗し、下層市民が集まり出したと聞く。

「まあ、外出は控えるようにって話だし。石でも投げられたら敵わん。……で、婆さんの歌だったよな。ボクもあんまり覚えてはいないんだけど」
「一言でも情報が欲しいところだから、なんでも助かる!」
「こほん、それでは…」

彼は御伽話を語り始めた。


遥か太古のこと、海の上に戯れ集った精霊たちは、鈴を携えシャンと鳴らした。
鈴の音は海を霞ませ、精霊たちは舞い踊りながら、シャンシャンと鳴らし続けた。
やがて霞が晴れると、大いなる大陸が姿を現した。

まず、大地。
次に、風。
そして、水。
さらに、木。
最後に、火。

こうして精霊たちはそれぞれの地に舞い降り、人々と交わり、やがて守護大精霊と崇められた。
大陸は精霊の舞により生まれた地。
その名をネベルムと呼ぶ。


「うろ覚えだけど、確かこんな話だったね」

精霊が大地を創った……。創世記の神に代わる存在が、異国の言葉で語られているようで、少しだけ背筋に寒気を覚えた。
そんな私の様子を察したリントナーは、カラカラと笑う。

「どこかの民話か暇人が作った空想だろう。君の調べ物にもっと詳しく載っているといいね」
「長い旅路になりそうだけど、やりがいがあるから精一杯勤めるよ」
「気付いたら朝だった、などということにならないように。こんなご時世でも宮廷人たるもの…」
「エレガンスを忘れない、だろ」
「分かればよろしい。じゃあ」

リントナーは軽く手を上げ、颯爽と持ち場に向かった。ベンチから立ち上がった私も回廊を足早に抜ける。
早くフレート・ヴィーザーの話の続きを見たい一心で。

通り過ぎた回廊の外では、いつもと変わらず鐘が鳴っていた。
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