古書館に眠る手記

猫戸針子

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第11話 栄光の先 -後-

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ルディカ王女慰問公務、出立当日。私フレート・ヴィーザーは、後方に控え謁見に臨んでいた。

「これより陛下の代理として砦街ファーベルの民を慰め、兵達を鼓舞して参ります」

久しぶりに見た王女の正装は、黒衣ながらも光沢のある軽やかな素材で、襟、袖口、裾は白のフリルが施されていた。頭の黒いヴェールは取り払われ、白いリボンが飾られている。
官僚のような姿を見かけることに慣れていた宮廷人は、「こういったお姿こそお似合いだ」と密やかに賛辞していた。

「良く勤めよ。頼んだぞ」
「お任せ下さい、陛下」

陛下と王女の交わす言葉は短く儀礼的だった。二人が会話している様子を見かけたことがない。政務研修中でも、だ。
だが、こうして並んでいて気付く。陛下が常より長く大喪に服し、半喪へ移行した日付は王女と同日だった。それが何を意味するのか。憶測は多いが王女ならば、陛下と人目を忍んで会っていてもおかしくはなく、もしそうなら、それはこの魔窟において王族の温かさと…孤独さを感じさせるものだろう。

この後、花の宮殿に戻り旅装束に着替えた王女の見送りに現れた王族達は、非常に親しげで、特にR王子の母Z妃とU王子が身を案じ気を揉む姿が印象深いものだ。
それぞれに菓子を渡している様子が微笑ましく、喜び過ぎた王女が世話係の女官に窘められているのを見て私は危うく失笑しかけた。
軟禁状態のS妃の姿はそこになく、S妃派も遠目に見ていた。見送ると言うより、確認に来ているように私には見えた。

ともあれ、無事に到着した1泊目のR王子領ツィグナーゼ城。ここでひとつの珍事が起きた。

「兄様なんて知らない!」

たまたま通りがかった階段の上から声が聞こえ見上げると、私の前を淑女がありえない身のこなしで素早く駆け抜けた。

「姫様…だったのか」

あの身のこなし、私の部屋の窓から軽々と出ていく時に見せる瞬発力と跳躍力だ。追いかける女官の身のこなしも尋常ではないような…。
感心しているとR王子が急ぎ足で降りてきた。私は道を開け腰を折り礼をする。
二人は確か内々に婚約していたはず。仲違いでもしたのだろう。

それにしても、ずいぶんと可愛らしい怒り方だった。婚約と言っても姫様にとってR王子は、昔から変わらず優しい兄上なのだろう。

「どこにいらしても変わらないなぁ」

私は既に見えなくなった王女の後ろ姿に笑みを送った。

その後、明日の予定の確認に王女の部屋を訪れると、何やら賑わっている。R王子と仲違いしたことはすっかりと忘れているのだろう。
そんなことを考えていると、研修で世話になっている人だ、と女の園に呼び出された。落ち着かない私に王女は紙の束を渡してきた。

「ツィグナーゼ神殿の加護札?」
「うん、ティルが心配してたの。馬車内に張り巡らすなら量が必要だし」
「まさか、先ほど大量にお買いになっていたのは…」
「僕のは1枚あればいいもん。君がそんなに迷信深いなんて意外だったよ。次の街でも神殿寄るから安心してね!」

これを貼らねばならないのか…。下賜物で目的まで言われたらやらないわけにいかないじゃないか。
ここは同行聖職者に手伝ってもらうことで言い訳が立ちそうだと考えた。王家の馬車のどこに貼れば良いんだ…。

「ヴィーザー殿、この辺りなら何とかなりましょう」
「紙に貼ってから糊付けなら馬車を損なわずに済みますかね」
「それなら今の内に鋲をいくつか用意しておくべきでしょう。この後、休憩含め立ち寄る神殿の数は…」
「そうでした!全てでお買いになる…いえ、下賜頂く様子でした」
「はははっ、姫は大神殿で勉学に励んでおられた折にも天真爛漫なご様子でしたからなぁ」

分かってくれる人がいた!と苦笑しつつ、城の執事に事情を説明し、加護札の束を紙に糊付けした。
翌日、同乗した王女の侍医がギョッとした表情になったのは言うまでもない。

行く先々で民衆からタンポポやスミレの花を振りまかれる歓迎をされ、私の日程表にいつの間にか「最重要」と赤で記載されていた市場で、王女が出来たての庶民菓子トルデルニークを堪能する頃には、私が乗る3番馬車内の加護札は既に山のようになっていた。
当然行く先々の神殿で寄付はしている。寄進証が1枚なのに対し、加護札が大量であることに、行く先々で不思議がられたが、同行聖職者が上手く説明してくれたことにより、苦難を乗り越えることができ、私は意図せずして大神殿の高位聖職者(同行者)と心情的に深い繋がりができた。

「みなさん、お疲れでしょう。どうぞお召し上がりください」
「これは姫様、ありがたい」

王都より旅立ち4日目、慰問先の砦街ファーベルへ行く森の手前で小休憩をしている時、王女が護衛兵達に飴を配り出した。
今いる山道は既にメロヴィア国境に接している。比較的開けた場所での休憩だが、この先の道は森が深い。つまり、ティルさんが警告していた危険地帯の入口に、今私達はいる。
自然緊張が高まる様子を感じた王女は、兵達を気遣ったのだろう。その心遣いは士気の高まりに繋がった。

「これなら戦場に出しても上手くやれそうだな」
「やはりいずれは…」
「あの子はその道を歩んでいる。そうあって欲しくなかったが」

王女とすっかり仲が戻った様子のR王子と側近のやり取りが聞こえた。戦場?どういうことだろう。いくら剣の腕が立ち、影で物騒なことをしていても、エルミアで女人が戦場なんて…。
いや……そうとも限らない。今現在、あの方は女人であっても政務研修をしているじゃないか。
だが、戦場となれば話は違う。今すぐ目の前にいる騎士団に立ち混じり剣を振るうのか?敵が多数押し寄せる中で。

「嫌だ…」

思わず呟いていた。軍部から上げられる帳簿にはいくつも目を通している。出兵時と帰還時の損失状況を確認していても何も感じていなかったそれが、突如生々しく感じられたのだ。
R王子の元に飴を届けている王女は楽しそうに笑っている。あのままでいればいいのに。
なぜ、他の女性王族と違う道をあなたは行くのか。
この時私は、心の内に芽生え始めていたのかもしれない。王女の行く末をこの目で見て記録してゆく、と言う使命じみた望みが。


***

森に入った山道は、陽の光で道は良く見えるが、左右が薮と木々で視界が遮りていた。ティルさんから伝えられた裏道は全く見えない。

「伏せろ!」

外からの兵の呼び掛けとほぼ同時に、カンッ!と言う鈍い音が天井から聞こえた。

「ひっ…っ!」

停車した馬車が激しくいななく馬と共に揺れ、私は反射的に頭を抱え、床に伏せる。筆記用具がバラバラと落ち、インクがこぼれる。
外からは金属に何かを打ち付けるような音が幾つも聞こえてきた。

「先のは天井に矢が当たった音です。今は護衛騎士達が盾で防いでいるので大丈夫。落ち着いてください」
「れ、冷静に…」

頭が真っ白になりかける私に、聖職者が淡々と告げた。彼は何度か従軍した経験があるらしい。

矢が降り注ぐ音が止み、左右から雄叫びが上がる。金属が弾き合う鈍く衝撃音が鳴り始めた。
迫り来るそれに呼吸が浅くなり目が大きく開いてゆく。激しい鼓動で息が詰まる。

「これは、山賊か?」
「まさか!王族の馬車というくらい分かるだろう」

床に伏せながら話す聖職者と侍医の冷静さに、混乱していた私の頭も幾分か落ち着いた。

『そこら辺の賊なら王家の馬車は狙わない。』

ティルさんの教えを必死に思い出す。
賊ではないなら。震える手で座席の筆記用具を手繰り寄せ、外の声を書き連ねる。「伏兵」「装備が精鋭」「戦場だと思え」そんな声が聞こえた。聞く限り、彼らが戦っているのは賊に扮した兵士だ。

では、どこの?

『自国の王族を殺して得する者などエルミアには普通いない。ただし、他の使節団員は別』

それでも腑に落ちない。自国の王族を失えば国内外から治安の悪化を疑われる。たとえ命を狙われなかったとしても、他の使節団員が命を落とせば、王女は慰問すら出来ず公務失敗となる、とティルさんは警告していた。

だが、これはあくまで想定だ。

想定が時にいとも簡単に覆されることは、通常業務でもよくある。もしも、今が予想を超える何かだったとしたら。

「王女を捕らえろ!」

確かに聞こえた敵と思われる声。

「と、捕らえ……る?何を…言って……」

王女が、どこかに連れて行かれてしまう!
動揺した私の手は止まり、額から流れた汗が、震える指先を伝ってインクを滲ませる。

強く目を閉じ呼吸を整え思考する。
狙いは王女だと確定した。だが、外国だろうと国内だろうと、伏兵は何か不自然だ。
こんなに精密な情報はどうやって手に入れた?目的地のファーベルにさえ、事前通達は曖昧にしていた。正確な到着日と時刻は前の宿泊地から出発する際の早馬で報せたばかりだ。

ヒュン

「D伯爵!」

風を裂く音の後、誰かが叫んだ。R王子の側近が負傷した、と。
あんな強そうな人が……?絶望が胸を駆け巡り体が急速に冷える。が、思考はなぜか冴えてゆく。

行程表の情報が漏れたのだとしたら?
私に届く前の段階で予測が可能な省庁なら。王宮出立時、S妃派のあの監視するような目。
車外からは「敵が多すぎる」と言う声が聞こえた。
わざわざ賊を装った目的。これが事故死に見せかける罠だとしたら?

思考を巡らせているその時、凛とした声が響いた。

「おまえ達の探す王女ルディカはここにいる!」

あの声。
考えるより先に体が動いていた。立ち上がり、窓のカーテンを掴み……気付けば叫んでいた。

「姫様ダメだ!」

列の中腹、私の視界に届くほど近い位置。
駆け付ける近衛騎士の叫び。群がる山賊のような敵兵は、王女を殺そうとしているようにしか見えない。
声にならない叫びを上げた次の瞬間、私には王女が地から浮かび舞っているように見えた。

「同士…討ち……」

余裕の笑みさえ浮かべる王女に向かい突撃した敵は、軽やかなステップで挑発と回避をする動きによって、自らの味方に殺された。その連鎖は凄まじく、さらに王女は追い討ちをかけ、鮮やかに切り伏せた。

『誰も失う気はない。当然君も』
『では私も守りましょう。姫様の軌跡を。ペンと紙で』

まだ膝が震える。だが、手は動く。カーテンから手を引き剥がし、座席に座り直した私は、肘掛から簡易机を引き出す。
書くことで守ると決めた。必ず証拠を残す。窓を突き破られれば私は終わっていただろう。

それでも目を逸らさない。

何が起きているかを見据え、余すことなく書き綴る。

王女の登場により士気が上がった兵達はR王子の指示で機敏に動く。逆に混乱した賊兵は敗走し始めた。
この隙に使節団は逃れ、誰一人馬すら欠けることなく砦街ファーベルに全速力で向かった。


砦に着いた王女が馬車から降りると、壮絶な姿を見た民衆から悲鳴が上がった。しかし、その声は大歓声に変わる。

「奇跡だ!王女殿下、万歳!!」

何が起きているのか。私は急ぎ馬車から降りた。

笑顔で手を振る王女に人々は白黒旗を振り、歓迎の白い花を舞いあげていた。

王女はそれに応えるようにスラリと剣を抜くと、切っ先を天に向け皆を見渡し、声を張った。

「ここファーベル砦はエルミアの誇り高き盾です!」

ワッと歓声が上がり、エプロンや籠が宙を舞う。
黒衣の旅装束に身を包んだ王女が、喪の哀しみを押し、自らの手で街を救ってくれた。これは奇跡だ、と。
既に伝令によって事態を知らされている人々は熱狂的に王女を迎えた。

私はこの時、王女の未来が見えたような気がした。こうしてエルミア初の女騎士として讃えられ、激戦地へ赴く姿を。
数々の妨害工作に遭いながらも「守りたい」と顔を上げる凛々しい姿を。

それは、祭り上げられてしまう王族の姿だった。

(だったら私は記録し続けよう。友人として)

歓声の中、慰問式典の壇上に上がった王女がふと遠くに控える私に顔を向けた。
私は礼をせず大きく羽根ペンを掲げる。
王女はややあってから万遍の笑みを向けた。

曇天の下で血埃で汚れた旅装束の王女の笑顔を私は美しいと感じた。

生命の輝きに満ちたその眩しい笑顔を。


***

この後より今に至るまで、私は王女と共に幾多の困難に直面した。私の思い描いていた王女の未来は、その通りだったとも、違っていたとも言える。

今日はこの辺りでペンを置こう。
私の見てきた王女は、あまりに書くことが多すぎるお方だから。
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