宵の太陽 白昼の月

冴木黒

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番外編

主人公夫婦の誕生と魔王と半魔族のカップルともう一組について

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 ラータはこの一年で、世界を渡る移動魔法の簡略化に成功した。

 周囲の協力なしには当然成し得なかったことだが、本人の多大なる努力の末の結果だった。
 飲み食いも忘れ研究室に籠って出てこないことも度々あったので、お前放っておいたらいつか死ぬなと冗談ではなく本気で言われたことがあった。実際に倒れたことが何度かあって、その時にはシオンや周りの人々から懇々と説教されたりしたが、改善されることはなかった。
 そうして戻ってきた元の世界。
 疲労と寝不足で頭がぐらついていたが、その状態でクレピスキュルを召喚した。
 クレピスキュルが現れると同時に倒れて、また叱られた。
 魔王の力で少し元気を取り戻したが、寝不足だけはどうしようもなかった。
 まず寝ろと言われたのだが、ラータには何よりもこの世界に戻ってきて果たしたいことがあったので従わなかった。
 クレピスキュルがあきれ果てた様子で言った。

「あのな、お前その顔でまず会ってどうする気だ。それじゃ何しても様にならんぞ」

 ラータはしばらく考えて答えた。

「……寧ろ見せつける? 僕めちゃめちゃ頑張ったアピールになるんじゃない?」
「……」
「いいから早くディアの居場所教えてよ。ついでに送ってくれたら助かる」

 充血した目で睨まれて、やれやれとばかりにクレピスキュルは手を閃かせた。


***


 ラトメリア城の庭では薔薇の花が今は見頃で、辺り一面赤とピンク、それから白色の花が咲き乱れていた。
 薔薇の垣根の間に伸びる道を、王女の友人としてすっかり顔の知れたディアが歩いて行くのを使用人たちが次々と声を掛けていく。

「あら、ディアさんおひさしぶり」
「今日も元気そうだな」
「あとで厨房にいらっしゃい、今日はおやつにタルトを焼く予定なの」
「姫様なら今はダンスのおけいこの時間よ。もう少しで終わられると思うわ」

 ディアは手を振ってそれに答えながら、歩いて行く。
 大きな正面扉の前でこちらも顔なじみになった兵士が声をかけてきた。ディアよりもやや年上の、明るく親切な青年だ。

「ディアさん、久しぶり。今回はいつまでいるの?」
「こんにちはシュヴァルさん、また二、三日かな?」
「そう、そしたらどこか空いてる時に晩御飯とかどうかな? 街で最近新しくできた店があってさ。すごい評判なんだ」
「うん、多分明日は予定ないから」

 言いかけたディアは青年が驚きに息を呑んだのを見て、何事かと後ろを振り返り、悲鳴をあげそうになった。
 真後ろに人がいた。顔色がひどく悪く、一瞬幽霊か何かかと思ってしまったが、それが幽霊などではなく知った人間だったことに更に驚いた。

「ラータ!?」
「ディア久しぶり、僕邪魔だった?」

 声はどろどろしていて棘があった。

「いや、なん、ええ……」
「移動魔法簡略化したから楽に行き来できるようになって、帰ってきた」
「あ、うん。すごい……」

 他になんと言っていいかわからず、呆然と手を叩く。
 目の下、クマがすごい。
 顔色やばい。
 表情ヤバい。
 なので、再会の喜びとかそういうものの前に、つい気になって言ってしまう。

「あの、先に寝てきなよ。顔ひどいよ」
「君から返事もらうまで安眠できない。時間はたっぷり一年あったろ。さすがにいいよね、催促しても」

 気圧されたディアが一歩後ろに下がり、ラータが一歩前に出る。
 通りがかった人々が何事かと足を止める。四方から視線が集まるのを感じる。

「いやだってほらこんなとこでそんな話」
「そんなことにいちいち拘ってたらいつまで経っても君から返事をもらえない。他に気になる人がいるとか、僕を全くそういう対象として見られないとか、そういう返事があればちゃんと引き下がるよ、多分」
「今多分って言った」

 ディアがぼそりと言ったが、ラータは取り合わずに続ける。

「でも君みたいに曖昧な態度を取られると、つい期待してしまう。納得できない。一年前、君はもっと一緒に時間を過ごして色々やって相手のことを確かめ合ってからじゃないとって言ったけど、僕らってそもそも既に長い時間一緒にいたよね? ソレイユに腰を落ち着けるまで、少なくとも一緒に旅をしてきたんだからさ。僕はディアのことよく知ってるし、ディアだって僕のこともう大体わかってんだろ?」

 それはそのとおりだ。
 旅の道すがらいろんな話をした。同じ食卓を囲んで、同じ光景を見てきた。
 その中で価値観や考え方、互いのそんなものに触れてきた。
 好きな食べ物や苦手なことだって知っている。
 腹が立つ物言いをすることがたまにあるけど、でも昔と比べると言葉遣いは随分柔らかくなったし、言葉選びも気を付けるようにもなっている。
 一緒にいることは嫌じゃない。尊敬もしている。
 でもそれをラータの求める関係性に結び付けることが、ディアにはどうしてもできない。
 皆が足を止めて二人の会話に耳を立てているから、次々と人が集まり出す。新たにやってきた若い女官が庭師の男性に尋ねた。

「なんですか、なんの騒ぎ?」
「あっちの男が姫様のご友人のあの子にあれだ、告白して答え寄越せって」

 人だかりができていることにも気が付いていないのか、それとも気が付いてはいるが構っていないだけなのか、ラータがまたディアに一歩近づく。

「今でも僕は君のことが好きだ。一年我慢した。これ以上は待てない。前に進みたい」

「いやだからって何もこんなとこで」

 ディアは視線をうろうろさせて言う。
 二人の周りには人が集まっていて、まるでちょっとした見せもののようになっている。

「ちょうどいいよ。これで君は逃げられない」
「別に逃げたりなんか」
「一年」
「うっ……」
「僕は待った。考えておいてと言ったはずだ。ゆっくり考えて、すぐに決めなくていいとは言ったけど、もう充分にその時間はあっただろ」

 ラータはギラギラと光る目で迫り、ディアは怖気付く。
 だけど次の瞬間、どうしてだかラータは力を失くしたような顔になった。
 そこに浮かぶのは落胆の色だ。

「返事を」

 その表情にディアはなんだか胸が苦しくなる。
 何か言わなければと思うのに、うまく言葉が出てこない。

「返答なんてハイかイイエでしょう? 何を迷うことがあるの?」

 背後から、第三者の声が割り込んできた。
 フェルディリカだった。青銀の髪を結い上げ、簡素なドレスを着て、にこやかに立っていた。

「ええとラータさんだったかしら? 彼のことが好きならハイ、嫌いかそんな気が全くないならイイエでいいのではないかしら。一年も待ってくれていたのでしょう? 流石にこれ以上は気の毒だわ」
「フェリカ、でもあの……」
「ねえディア、酷いじゃない? こちらに戻ってきて一年もあったのよ? その間にわたくしはあなたと何度か会ったわよね、ちょっとくらい何か言ってくれたっていいじゃないの。わたくしだって一度くらいお友達と恋バナというものをしてみたいわ」
「え、そこですか?」

 唇を尖らせるフェルディリカに、傍に控える侍女が言った。

「ごめんなさい、話の腰が折れたわね。まあそういうわけだから、お付き合いでも結婚でも、なんでもあなたの好きにするといいわ。恋とか愛って、だって深く考えてするものでもないでしょう?」

 フェルディリカは、ねえと同意を求めるように、使用人たちを振り返った。

「んんーまーそう、ですねぇ」
「感じるままに」
「心のままに」
「お試しにとかでもアリアリ」
「深く考えてたら結婚なんかできませんって」
「だーよねー」
「え、え、だってそんな」

 使用人たちがうんうん頷いて、ディアはぎょっとする。
 でもそういえば、一年前にも似たようなことを言われた気がする。

「さ、皆さんはそれぞれ仕事に戻ってください。周りが圧力かけてディアを追い込んでもかわいそうだわ」

 姫君が手を叩くと、そこに集まっていた人達は素早く散り、元のように忙しなく動き始める。フェルディリカ自身も城の中へ戻っていった。
 囲まれていた時よりは幾分人の目が減って落ち着く。それでも近くにいる者は作業をしながら、静かに聞き耳を立てているのがわかる。
 ラータが言う。

「正直、これだけ押しても君は全然だから僕もう脈がないのかなって思ったりはするにはするんだけど、でも」

 風が吹いて、薔薇の香りを運んできた。

「どうしても諦められなくて」 

 ディアは何も言えず、周りにいる人々も黙ってラータの言葉を聞いていた。

「今までだって君とは共に時間を過ごしてきたけどさ、だって一緒に旅をしていたんだから。同じ光景を見て、同じものを食べて、互いに感じたことや思ったことを話して、笑って、意見が合わなくて、喧嘩することもあって。今の関係のままでもそれで十分なのかもしれない。結婚っていうのはただ周りにそうと知らしめるための方法に過ぎないんだって知ってる。本当に大事なのは、君が、自分の好きな人が元気で、好きなことをして幸せでいてくれることなんだって、」

 見ている方が切なくなるような顔になって、ラータは一度そこで言葉を切る。
 そうして一年前と同じようにディアの手を取って、両手で包み込んだ。

「だけど僕は欲深い人間だから好きな人とは今とは違う付き合いをしたい、もっと多くの時間を一緒に過ごしたいって思うし、弱い人間だからそういう形ってやつが欲しいと思ってしまう。君が、僕を嫌いだとか他に好きなひとがいるっていうならそれは諦めるしかないんだろうけれど、そうじゃないならさ……わからないっていうならお試しでも、もうなんでもいいよ。そうやってみた結果もし嫌だって思うなら、その時は離れていってくれても構わない。もちろんそうならないように僕は努力する。だから」

 どこからともなく庭師が薔薇の花束を持って二人の脇にやってきた。
 ラータはディアの手を離し、短く礼を言って花束を受け取ると、ディアに向かって差し出す。

「僕と結婚してください」

 差し出された花束をディアは黙って見つめる。
 ディアは今までちゃんと恋をしたことがない。
 十五になるまで、森の奥で母親以外のひととは多く関わらず過ごしてきて、その後は旅をして色んな国で色んなひとと出会った。
 年齢は様々で男性も女性もいた。
 その中の誰かに特別な感情を、抱いたことはない。
 かっこいいなと思ったことはある。綺麗だなと思ったこともある。可愛いと思ったことも。
 だけど彼らとの付き合いは、せいぜい数日だった。旅を続ける身で、そんなに深く知りあうことはなかった。
 恋や愛に触れることは、そう言われればなかったような気がする。
 シオンやソロやラータのことは好きで、でもそれはそういう対象とは異なるものだとディアは理解していた。
 彼らはディアにとって、そんなものよりももっと身近な存在だ。
 恋人になるということ。
 夫婦になるということ。
 頭では理解している。
 それを自分に置き換えることができないのかがわからない。
 想像つかない。

「わたしは、やっぱりわからない」

 考えがうまくまとまらないまま、それでも何か答えなければと思って、思い浮かぶ言葉をそのまま口に出す。

「ラータのことは嫌いじゃないの。好きだと思う。でもそれは、シオンさんやソロやフェリカや、他のみんなに対するものと同じで、だから、そんな気持ちじゃだめでしょ? だって、恋人になるのも結婚もちゃんと相手のことをうんと好きになってするものなんでしょ?」

 近くにいた誰かが何か言おうとして、別の誰かから止められた。
 ラータが少し考えて言う。

「そういうパターンが多いのかもしれないけれど、そうでないこともあるんじゃないかな。こうじゃないとダメなんてことは、実はそんなに多くはないんだと思うよ。なんとなく付き合ってみて、好きになる。そういうことはいくらでもあるだろうし、それは別に悪いことじゃないだろ」
「そうなのかな、そういうもんかな」
「だって君は昔、確かな情報もなく旅に出たんじゃないか。恋愛だってそうじゃないの?」

 ラータは花束を抱えたまま首を傾げる。

「ひととひととの関係なんてみんなそうだ。最初から絶対に気が合うだろうとか、いい奴だって確信があるうえで付き合うことなんてない。最初は成り行きだったり偶然だったりで出会って、一緒にいて話すうちに相手のことを知る。そうして仲良くなったり離れていったりする。そんなもんだよ」

 真っ直ぐに見据えるラータの深い緑色の目。
 山の淵、或いは湖の底の色。
 恐れないで、逃げないで、どうか一歩前に踏み出してと、何故か言外に言われている気がした。
 恐れはない。
 恐ろしいと思ったことは、もっと他にいくらでもある。
 それに相手はラータだ。長く、親密な時間を共にした仲間だ。知らないこともまだあるかもしれないけれど、それでもディアのよく知っているひとだ。
 花束に手を伸ばす。
 ラータがちょっとほっとしたように口元を緩める。
 やっぱりなんと言っていいかはわからない。
 でもきっとなんでもいいんだ。飾り立てていなくたっていい。

「よろしく、おねがいします」

 歓声が上がって、ラータがディアを抱きしめた。
 よかったなぁ、兄ちゃん。
 おめでとう!
 お幸せに!
 いつの間にかまた人が集まってきて、皆口々に言い、拍手の音が一帯を満たす。
 しばらくするとフェルディリカがやってきて、

「どうにかうまくまとまったようね、よかったわ。今夜にでもお祝いしましょうか。それで、式はどうするの? 住む場所は? ね、いっそラトメリアに住んではどうかしら、そうしたらいつでも会えるようになるし。ああディア、今日はお城に泊まっていってちょうだい。いろいろ聞かせてもらいたいわ」

 と、ウキウキしながら言った。
 収穫祭が始まる前日。
 とある年の秋のラトメリア城での出来事だ。



 その後はもう完全に流されるまま。
 お祝いのパーティーして、フェルディリカからは一年前のことどころか、一緒に旅をしていた時からどんな感じだったのかとか根掘り葉掘り聞かれて、三日後に式をあげて、一緒に住み始めて気づいたら子供ができていた。
 いつだったかディアが話したことだ。

「まあなんつーか意外だよな。ラータのやつがそんなどろっどろの執着心を見せるなんていうのは」
「そうかー? あいつ元々あんなんだろ」
「え、そうなの?」
「研究者とか学者ってあんなん多いだろ、何? 一つのことにのめり込むみたいな?」
「あー……」
「つまりはあの学者の、アレもそこそこアレなんじゃないか?」
「ああ、そうなんだ。お気の毒にな」
「気の毒かどうかは相手次第かな」

 なんて会話が影でなされていたことは当人達は知らない。
 そして、同じ頃。

「さて、なんだか奇妙な場所に出てしまったみたいだね」

 ズレたメガネを指で直しつつ、男は辺りを見回すとそう言った。
 立ち並ぶのは古い木造の家。
 目の前には狭い路地。
 等間隔に設けられたガス灯。
 木板でできた壁には読めない文字で書かれた貼り紙。

「これって、最初に出てきた場所ですよね。この角の家も庭の木も貼り紙も鉢植えも全部見覚えがあります」
「懐かしいなあ、無限回廊ってやつだね、これ。どこまで行っても抜けられない、同じところをぐるぐるぐるぐる」
「魔法の類でしょうか?」
「さあ、仕組みはよくわからないけれど」

 唇に親指を当てて、んーと唸ると、男は言った。

「ま、ここでこうしててもどうしようもないですから、もう少しこの街を調べてみましょうか。まずは食べるものと寝る場所の確保を」
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