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番外編
だからそんないつかの日のために
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「これが最後になるかもしれませんね」
シオンが突然そんなことを言ったので、ソロは驚きはじかれたように隣を振り向いた。
ソレイユの、ソロが気に入っている酒場で、夜だった。小さな舞台があり、そこでは毎晩、歌か楽器の演奏が催されている。
宿から近い場所にあり、旅から戻ってくると、ソロはいつもこの酒場を訪れていた。
シオンが言った。
「もう間もなく世界を渡る移動魔法が完成します、多分明日か明後日には。って今朝ラータが。なのでこうしてソロさんと一緒に飲むのは最後になるかもしれません」
ソロはグラスを持ち上げ口につけ、ちょっと離して言う。
「大げさじゃね?」
「そうでもないですよ。だってあなた向こうに帰ったらほら、魔王に身を捧げるわけで。いうなれば生贄とかそんなんでしょ」
「命とるとかそんなんないって言ってたじゃねぇかよ! 昨日! ラータのやつが! お前マジでいい加減にしとけよ、他人事だとおもって面白がりやがって」
「いつかの仕返しです、まあでも、実際にそう大げさでもないかもしれません」
シオンが自分のグラスに酒を注いで、デカンタが空になる。
ソロが店員を呼んで追加の注文をする。間もなく、運ばれてきたのは水だった。
馴染みの店員がニコニコしながら言った。
「そろそろ閉店ですので。あの曲が終わったら」
「なんだよ、今夜が最後かもしんねぇってのに」
「素晴らしいダブルスタンダードですね」
シオンがニコニコしながら言った。
最後は街で人気の女性シンガーの歌だった。
一日の疲れを癒し、包み込むような優しい歌声だ。
曲もしっとりとしていて、不思議と頭に残る覚えやすいメロディだった。
歌が終わると、拍手とチップ、それから歓声が宙を舞った。
金を置いて店を出る。ソロが泊まっている宿で飲みなおすことにした。シオンの入居しているアパートは何せ足の踏み場がない。宿は店を出てすぐ、斜め前にある門を開けてその奥の階段を上がり、狭い通路を進んだ先にある。
頭上にはガラスの屋根があり、タイルの床の上には沢山の鉢植えが置かれていた。
看板の下がった扉を開けて入り、今は無人のロビーを抜けて、右手の螺旋階段を降りる。二階の奥まったところが入り口という変わった構造は、通りに面するスペースがレストランになっているためである。一階の通路の両側に並ぶ客室の一部屋に、ソロは昨日から滞在していた。部屋はそう広くない。それでもベッドは清潔だし、各部屋にバスルームが備えられていて、居心地は悪くない。
ベッド横のちょっとした空間に置かれた机と椅子。シオンはその椅子を引いて座り、ソロは床に置いた袋から買い置きの酒を出してきて、ベッドに座った。
「さっきのね、話の続きなんですけど」
「なんだっけ?」
「最後かもって」
「ああ」
ソロはグラスに酒を注いで差し出し、シオンはそれを受け取る。
「確かに、そう簡単には会えなくなっちまうだろうけどな。永遠の別れってわけでもないだろ。そりゃ魔法に必要な素材集めとかは大変だけど」
「ああ、それなんですが、ラータがその辺もう少し簡略化できないかって今既に考えて始めてて。だからこっちとあっちの世界については、近い将来もっと行き来しやすくなると思うんですけど」
「へえ。やっぱすげぇなあいつ」
ソロは感心して言い、それからん?と眉根を寄せた。
「じゃあなんだよ、お前だってそのうち一回くらいは戻ってくんだろ? 家族だっているんだしさ。心配とかねぇの?」
「いや、特に」
あっさりとした返答に、ソロはぎょっとする。
家族の話は何度か聞いたことがあったが、そんな希薄な関係でもないように思えたので、これは意外だった。
「あの人たちのことだから、なんとでもしてるでしょうし」
「ああ、まあ金持ちはな。どうとでもなるよな」
「いや、そういうことじゃなくて。お金、なかったらなかったでも別に何か上手くやってそうですし。うちの家族は皆、しぶといっていうか図太いていうか。だから安心できるっていうか」
ソロは直接瓶に口をつけて飲み、そういうもんなのかと思う。思ってから、内心首を傾げる。
いや、まて。そういうもんか? 割と特殊じゃないか?
家族って、もっとなんか、なんだろう。大事なもんじゃないのか。
なんとなく考えてしまうソロにシオンが言った。
「あ、でですね。俺の家族の話はどうでもいいんですけど」
「え、いや、いいの?」
「俺のことなんで、俺がいいなら別にいいんですよ。話が逸れるので戻しますが、俺はこの世界に残るつもりでいまして」
「それは昨日聞いたけど」
「はい、それには実は最近ちょっとした発見があったからなんですよ」
「発見?」
シオンは酒を飲み干し、背後にあるテーブルにグラスを置いた。
そうしてちょっともったいをつけてから言う。
「新しい、生命反応のある星が発見されたんです」
「へー」
「すごいことなんですよ?」
ソロの反応が薄くて、シオンはやや不満そうな顔をした。
「オレにはその価値わかんねぇよ。金銀財宝でも見つかったって言われたら気になるけど」
「ロマンがないですねぇ」
「あるだろロマン。金銀財宝だぞ」
ソロが仕草で促し、シオンはさっき置いたグラスをまた手に取る。
琥珀の液体が注ぎ足されるのを見つめながら、シオンが唸った。
「まあそれが歴史的価値のあるものなら……」
「んなもんなくても金になるもんは魅力的だろ。これだから金のあるやつは」
「別に今の俺には資産も何もないですけど?」
「金に困らない生活してるってのは金があるも同然だよ。いいじゃん国の研究機関。給料いいんだろ?」
「それなりには。ああ、でも今度ディアやソロさんにも報奨金が出ますよ。素材集めで研究に大きく貢献してくれたってことで」
ソロがちょっと考えてから言う。
「いや、いいよ。オレはどうせ向こうに帰るんだし。あっちじゃこっちの金使えねぇし。お前とラータで代わりに受け取っといてくれ」
「うーん、じゃあまあ預かっておきますが……ソロさんこそ、もう向こうへ戻ったらこっちには来ないつもりですか?」
「だってオレは世界を行き来とかできねぇし」
ソロは魔法も使えないし、その仕組みさえもよくわかっていない。
そもそも世界を渡る移動技術は、この世界だから可能なのかもしれない。
あれ? もしそうなら、元の世界に戻ってしまったら、二度とこちらに来られないのかもしれないのか?
来ないんじゃなくて、来られないかも。
そう思うと、急に気持ちが揺らぐ。
それでもすぐに思いなおす。
ソロには約束がある。クレピスキュルに持ちかけた交渉。自分が言い出したことだ。それを守ろうとしないのはだめだ。かっこわるいし、そういうのは後で自分が許せなくなったりするからしたくない。
「まあそうですね。もし今後ソロさんが世界を移動する術を得たとして、俺はその時にはここにいないかもだし」
「は? なに、どういうこと?」
「だから言ったじゃないですか、新しい世界が発見されたって。目的の、対の世界かどうかはまだわかりませんが、ひとまず俺はこれからそこを目指すつもりで……っていってもまだ、星の正確な位置の特定とか調整が色々終わってないんですぐに行けるというわけではないですが」
予想外の展開にソロは呆気に取られる。
いや、シオンがあのもう一つの世界を諦めていないことは昨晩聞いた。
聞いてはいたが、その計画がそこまで進んでいるとは思っていなかった。
「それさ、大丈夫なわけ?」
「大丈夫って、何がです?」
戸惑うソロがぽつりと漏らして、シオンが首を傾げる。
「ほら、あの扉の中で会った、舌噛みそうな名前の」
「アメテュストゥス」
「それ!」
「がどうしたんですか?」
「言ってたろ。色んな世界があるって。んでほら、なんかヤバそうな話もしてたじゃねぇか。お前が今目指してるとこってそういうんじゃないの?」
「それは現時点ではわかりません。というか実際にそこへ行ってみないとわからないかと」
「ラータは? あいつも?」
「さあ、彼はこの世界の魔法の在り方に興味を持ってるみたいでしたから、まだしばらくここにいるんじゃないですか?」
まだ半分近く残っている酒瓶を床に置いて、ソロはベッドに後ろ手をつき、天井を見上げる。
シオンは持ったグラスを呷る。
そういえばこの世界に来たのも、あらかじめどんなとことかわからなかったんだっけな。
いやでもそれは、あん時は他に選択肢なかったわけで。あの状況でなければ、どんな場所かも全くわからない世界に飛び込むなんてことはやはり躊躇ったかもしれない。
シオンの、唐突な言葉。
最後になるかもしれない。
その言葉の裏には、ひょっとしたら覚悟みたいなものがあるのかもしれないと、ふと思う。
下手したら二度と帰ってくることもできないとかそういう。
ていうか実はコイツのやろうとしてることって、すっげえ危険なんじゃねぇ?
ソロには、自分自身が割と刹那的な生き方をしてきた方だという自覚はある。そして昔、考えなしに飛び出してゆくディアのことを無鉄砲だのなんだのと叱ったこともあった。
でも、コイツの場合それと同じか、それ以上に、
「いや、無謀すぎだろ」
「おや、それが冒険ってものじゃないですか、未知の世界に飛び込んでいくワクワク感。ほらほら、これが男の浪漫ってやつですよ」
「茶化すな、オレは真面目な話してんだよ。なあ、もうちょっとあらかじめ安全性とか確認できねぇの?」
「あちら側からこちら側にやってきた旅人でもいれば話を聞いて、事前に情報を仕入れることはできるでしょうけどね。残念ながら」
「……お前さ、もっと自分のこと大事にしろよ」
「してますよ。自分の気持ちを大事にしてるからこその選択です。俺は知らないことを知りたい。それを叶えるために、知らない世界へ飛び込むんです。なんです、ソロさん年をとって臆病になりましたか? あの時から、まだたった五年しか経ってませんよ」
シオンが笑う。
それから目を細めて、じっとソロの目を見つめて言った。
「それにあなたの方こそ、本当は自分が大事じゃないでしょ。その言葉そっくりそのままお返しします」
「うるせぇよ」
ばつが悪そうに、ソロは視線を逸らした。
五年経っても、どれだけ距離が縮まっても、この男のこういうところだけはまだ苦手だ。多分これからもずっと苦手だろうと思う。
「ねぇ、ソロさん。今日の、最後のあの歌、よかったですね」
言われて思い返す。
メロディと、歌詞はサビの部分だけ覚えている。
「今日という一日が無事終わったことに感謝して、明日もまたいい一日であるようにと祈る歌です。そして、離れて暮らす大切な人の健康と幸せを願う、そんな想いが込められたものでした」
あなたの進む道が明るいものでありますように。
あなたの望みが叶いますように。
あなたの過ごす日々が穏やかで優しいものでありますように。
いつかどこかでまた出会うことがあるのなら、あなたの掴んだ幸せを、あなたの笑顔を見せてください。
私は私を幸せにして、あなたに会いに行きますから。
「俺の望みは俺だけのものです。それによって誰かを縛りたくないし、俺も他人に縛られたくなんてない。だからあんな風に、あの歌のようにあれたらいいななんて、聴きながらそんなことを考えていました」
シオンは目元を柔らかくして言った。
その奥にあるのは、好奇心と諦めの悪さだ。
「だからソロさんあなたは、俺が無事であるように、元気であるように、祈っていてくださいよ」
「だからそんないつかの日のために」
ソロが呟く。
だからそんないつかの日のために、どうかあなたはあなたを大切にしてください。
あなたは他の誰でもないあなたの為に生きているのだから。
歌はそんな歌詞で締めくくられる。
「オレは所詮祈ることしかできねぇんだ。お前のことはお前が自分でなんとかしないと」
「そうですね、俺には魔法も腕力もないので、まあこれでなんとかします」
人差し指で自身の頭を示してシオンが言った。
ソロは何か言いかけてやめ、それからまつ毛を少し伏せて笑った。
「生きて、また会おうぜ。そんでこんな風にもっかい飲みてぇなあ。お前はさ、なんつーかさ、お前とのこういう時間は、思い出の中だけにしちまうには惜しいよ」
うわぁとシオンが身を引かせて、口を手で押さえた。
「クレピスキュルにもそういうこと言ってたんですか? そりゃ魔王もイチコロですよね、え、これ無自覚ですか? 天然? 怖い! あなた無駄に顔がいいんだから気をつけた方がいいですよ」
「あ?」
シオンの言葉の意味するところをソロは考える。
改めて自身の発言を思い返してみて、そうして徐々に頭が下がっていった。
揶揄うシオンに、ソロが怒鳴って、隣の部屋からうるさいと壁を叩かれた。
朝まで飲んで、次の日は一日二日酔いで寝込んだ。その翌々日、ラータは魔法を完成させた。
ディアとソロがいなくなって、それから一年後、ラータも元の世界に帰っていった。
シオンが新たな世界に向けて旅立ち、行方が知れなくなったのは、その数ヶ月後のことだった。
シオンが突然そんなことを言ったので、ソロは驚きはじかれたように隣を振り向いた。
ソレイユの、ソロが気に入っている酒場で、夜だった。小さな舞台があり、そこでは毎晩、歌か楽器の演奏が催されている。
宿から近い場所にあり、旅から戻ってくると、ソロはいつもこの酒場を訪れていた。
シオンが言った。
「もう間もなく世界を渡る移動魔法が完成します、多分明日か明後日には。って今朝ラータが。なのでこうしてソロさんと一緒に飲むのは最後になるかもしれません」
ソロはグラスを持ち上げ口につけ、ちょっと離して言う。
「大げさじゃね?」
「そうでもないですよ。だってあなた向こうに帰ったらほら、魔王に身を捧げるわけで。いうなれば生贄とかそんなんでしょ」
「命とるとかそんなんないって言ってたじゃねぇかよ! 昨日! ラータのやつが! お前マジでいい加減にしとけよ、他人事だとおもって面白がりやがって」
「いつかの仕返しです、まあでも、実際にそう大げさでもないかもしれません」
シオンが自分のグラスに酒を注いで、デカンタが空になる。
ソロが店員を呼んで追加の注文をする。間もなく、運ばれてきたのは水だった。
馴染みの店員がニコニコしながら言った。
「そろそろ閉店ですので。あの曲が終わったら」
「なんだよ、今夜が最後かもしんねぇってのに」
「素晴らしいダブルスタンダードですね」
シオンがニコニコしながら言った。
最後は街で人気の女性シンガーの歌だった。
一日の疲れを癒し、包み込むような優しい歌声だ。
曲もしっとりとしていて、不思議と頭に残る覚えやすいメロディだった。
歌が終わると、拍手とチップ、それから歓声が宙を舞った。
金を置いて店を出る。ソロが泊まっている宿で飲みなおすことにした。シオンの入居しているアパートは何せ足の踏み場がない。宿は店を出てすぐ、斜め前にある門を開けてその奥の階段を上がり、狭い通路を進んだ先にある。
頭上にはガラスの屋根があり、タイルの床の上には沢山の鉢植えが置かれていた。
看板の下がった扉を開けて入り、今は無人のロビーを抜けて、右手の螺旋階段を降りる。二階の奥まったところが入り口という変わった構造は、通りに面するスペースがレストランになっているためである。一階の通路の両側に並ぶ客室の一部屋に、ソロは昨日から滞在していた。部屋はそう広くない。それでもベッドは清潔だし、各部屋にバスルームが備えられていて、居心地は悪くない。
ベッド横のちょっとした空間に置かれた机と椅子。シオンはその椅子を引いて座り、ソロは床に置いた袋から買い置きの酒を出してきて、ベッドに座った。
「さっきのね、話の続きなんですけど」
「なんだっけ?」
「最後かもって」
「ああ」
ソロはグラスに酒を注いで差し出し、シオンはそれを受け取る。
「確かに、そう簡単には会えなくなっちまうだろうけどな。永遠の別れってわけでもないだろ。そりゃ魔法に必要な素材集めとかは大変だけど」
「ああ、それなんですが、ラータがその辺もう少し簡略化できないかって今既に考えて始めてて。だからこっちとあっちの世界については、近い将来もっと行き来しやすくなると思うんですけど」
「へえ。やっぱすげぇなあいつ」
ソロは感心して言い、それからん?と眉根を寄せた。
「じゃあなんだよ、お前だってそのうち一回くらいは戻ってくんだろ? 家族だっているんだしさ。心配とかねぇの?」
「いや、特に」
あっさりとした返答に、ソロはぎょっとする。
家族の話は何度か聞いたことがあったが、そんな希薄な関係でもないように思えたので、これは意外だった。
「あの人たちのことだから、なんとでもしてるでしょうし」
「ああ、まあ金持ちはな。どうとでもなるよな」
「いや、そういうことじゃなくて。お金、なかったらなかったでも別に何か上手くやってそうですし。うちの家族は皆、しぶといっていうか図太いていうか。だから安心できるっていうか」
ソロは直接瓶に口をつけて飲み、そういうもんなのかと思う。思ってから、内心首を傾げる。
いや、まて。そういうもんか? 割と特殊じゃないか?
家族って、もっとなんか、なんだろう。大事なもんじゃないのか。
なんとなく考えてしまうソロにシオンが言った。
「あ、でですね。俺の家族の話はどうでもいいんですけど」
「え、いや、いいの?」
「俺のことなんで、俺がいいなら別にいいんですよ。話が逸れるので戻しますが、俺はこの世界に残るつもりでいまして」
「それは昨日聞いたけど」
「はい、それには実は最近ちょっとした発見があったからなんですよ」
「発見?」
シオンは酒を飲み干し、背後にあるテーブルにグラスを置いた。
そうしてちょっともったいをつけてから言う。
「新しい、生命反応のある星が発見されたんです」
「へー」
「すごいことなんですよ?」
ソロの反応が薄くて、シオンはやや不満そうな顔をした。
「オレにはその価値わかんねぇよ。金銀財宝でも見つかったって言われたら気になるけど」
「ロマンがないですねぇ」
「あるだろロマン。金銀財宝だぞ」
ソロが仕草で促し、シオンはさっき置いたグラスをまた手に取る。
琥珀の液体が注ぎ足されるのを見つめながら、シオンが唸った。
「まあそれが歴史的価値のあるものなら……」
「んなもんなくても金になるもんは魅力的だろ。これだから金のあるやつは」
「別に今の俺には資産も何もないですけど?」
「金に困らない生活してるってのは金があるも同然だよ。いいじゃん国の研究機関。給料いいんだろ?」
「それなりには。ああ、でも今度ディアやソロさんにも報奨金が出ますよ。素材集めで研究に大きく貢献してくれたってことで」
ソロがちょっと考えてから言う。
「いや、いいよ。オレはどうせ向こうに帰るんだし。あっちじゃこっちの金使えねぇし。お前とラータで代わりに受け取っといてくれ」
「うーん、じゃあまあ預かっておきますが……ソロさんこそ、もう向こうへ戻ったらこっちには来ないつもりですか?」
「だってオレは世界を行き来とかできねぇし」
ソロは魔法も使えないし、その仕組みさえもよくわかっていない。
そもそも世界を渡る移動技術は、この世界だから可能なのかもしれない。
あれ? もしそうなら、元の世界に戻ってしまったら、二度とこちらに来られないのかもしれないのか?
来ないんじゃなくて、来られないかも。
そう思うと、急に気持ちが揺らぐ。
それでもすぐに思いなおす。
ソロには約束がある。クレピスキュルに持ちかけた交渉。自分が言い出したことだ。それを守ろうとしないのはだめだ。かっこわるいし、そういうのは後で自分が許せなくなったりするからしたくない。
「まあそうですね。もし今後ソロさんが世界を移動する術を得たとして、俺はその時にはここにいないかもだし」
「は? なに、どういうこと?」
「だから言ったじゃないですか、新しい世界が発見されたって。目的の、対の世界かどうかはまだわかりませんが、ひとまず俺はこれからそこを目指すつもりで……っていってもまだ、星の正確な位置の特定とか調整が色々終わってないんですぐに行けるというわけではないですが」
予想外の展開にソロは呆気に取られる。
いや、シオンがあのもう一つの世界を諦めていないことは昨晩聞いた。
聞いてはいたが、その計画がそこまで進んでいるとは思っていなかった。
「それさ、大丈夫なわけ?」
「大丈夫って、何がです?」
戸惑うソロがぽつりと漏らして、シオンが首を傾げる。
「ほら、あの扉の中で会った、舌噛みそうな名前の」
「アメテュストゥス」
「それ!」
「がどうしたんですか?」
「言ってたろ。色んな世界があるって。んでほら、なんかヤバそうな話もしてたじゃねぇか。お前が今目指してるとこってそういうんじゃないの?」
「それは現時点ではわかりません。というか実際にそこへ行ってみないとわからないかと」
「ラータは? あいつも?」
「さあ、彼はこの世界の魔法の在り方に興味を持ってるみたいでしたから、まだしばらくここにいるんじゃないですか?」
まだ半分近く残っている酒瓶を床に置いて、ソロはベッドに後ろ手をつき、天井を見上げる。
シオンは持ったグラスを呷る。
そういえばこの世界に来たのも、あらかじめどんなとことかわからなかったんだっけな。
いやでもそれは、あん時は他に選択肢なかったわけで。あの状況でなければ、どんな場所かも全くわからない世界に飛び込むなんてことはやはり躊躇ったかもしれない。
シオンの、唐突な言葉。
最後になるかもしれない。
その言葉の裏には、ひょっとしたら覚悟みたいなものがあるのかもしれないと、ふと思う。
下手したら二度と帰ってくることもできないとかそういう。
ていうか実はコイツのやろうとしてることって、すっげえ危険なんじゃねぇ?
ソロには、自分自身が割と刹那的な生き方をしてきた方だという自覚はある。そして昔、考えなしに飛び出してゆくディアのことを無鉄砲だのなんだのと叱ったこともあった。
でも、コイツの場合それと同じか、それ以上に、
「いや、無謀すぎだろ」
「おや、それが冒険ってものじゃないですか、未知の世界に飛び込んでいくワクワク感。ほらほら、これが男の浪漫ってやつですよ」
「茶化すな、オレは真面目な話してんだよ。なあ、もうちょっとあらかじめ安全性とか確認できねぇの?」
「あちら側からこちら側にやってきた旅人でもいれば話を聞いて、事前に情報を仕入れることはできるでしょうけどね。残念ながら」
「……お前さ、もっと自分のこと大事にしろよ」
「してますよ。自分の気持ちを大事にしてるからこその選択です。俺は知らないことを知りたい。それを叶えるために、知らない世界へ飛び込むんです。なんです、ソロさん年をとって臆病になりましたか? あの時から、まだたった五年しか経ってませんよ」
シオンが笑う。
それから目を細めて、じっとソロの目を見つめて言った。
「それにあなたの方こそ、本当は自分が大事じゃないでしょ。その言葉そっくりそのままお返しします」
「うるせぇよ」
ばつが悪そうに、ソロは視線を逸らした。
五年経っても、どれだけ距離が縮まっても、この男のこういうところだけはまだ苦手だ。多分これからもずっと苦手だろうと思う。
「ねぇ、ソロさん。今日の、最後のあの歌、よかったですね」
言われて思い返す。
メロディと、歌詞はサビの部分だけ覚えている。
「今日という一日が無事終わったことに感謝して、明日もまたいい一日であるようにと祈る歌です。そして、離れて暮らす大切な人の健康と幸せを願う、そんな想いが込められたものでした」
あなたの進む道が明るいものでありますように。
あなたの望みが叶いますように。
あなたの過ごす日々が穏やかで優しいものでありますように。
いつかどこかでまた出会うことがあるのなら、あなたの掴んだ幸せを、あなたの笑顔を見せてください。
私は私を幸せにして、あなたに会いに行きますから。
「俺の望みは俺だけのものです。それによって誰かを縛りたくないし、俺も他人に縛られたくなんてない。だからあんな風に、あの歌のようにあれたらいいななんて、聴きながらそんなことを考えていました」
シオンは目元を柔らかくして言った。
その奥にあるのは、好奇心と諦めの悪さだ。
「だからソロさんあなたは、俺が無事であるように、元気であるように、祈っていてくださいよ」
「だからそんないつかの日のために」
ソロが呟く。
だからそんないつかの日のために、どうかあなたはあなたを大切にしてください。
あなたは他の誰でもないあなたの為に生きているのだから。
歌はそんな歌詞で締めくくられる。
「オレは所詮祈ることしかできねぇんだ。お前のことはお前が自分でなんとかしないと」
「そうですね、俺には魔法も腕力もないので、まあこれでなんとかします」
人差し指で自身の頭を示してシオンが言った。
ソロは何か言いかけてやめ、それからまつ毛を少し伏せて笑った。
「生きて、また会おうぜ。そんでこんな風にもっかい飲みてぇなあ。お前はさ、なんつーかさ、お前とのこういう時間は、思い出の中だけにしちまうには惜しいよ」
うわぁとシオンが身を引かせて、口を手で押さえた。
「クレピスキュルにもそういうこと言ってたんですか? そりゃ魔王もイチコロですよね、え、これ無自覚ですか? 天然? 怖い! あなた無駄に顔がいいんだから気をつけた方がいいですよ」
「あ?」
シオンの言葉の意味するところをソロは考える。
改めて自身の発言を思い返してみて、そうして徐々に頭が下がっていった。
揶揄うシオンに、ソロが怒鳴って、隣の部屋からうるさいと壁を叩かれた。
朝まで飲んで、次の日は一日二日酔いで寝込んだ。その翌々日、ラータは魔法を完成させた。
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