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第10話 仕掛けられた罠と、静かな一手
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第10話 仕掛けられた罠と、静かな一手
翌朝。
王宮の実務棟は、いつもよりざわついていた。
「……帳簿が、合わない?」 「はい。昨夜の時点では確かに揃っていたはずなのですが……」
慌ただしく行き交う文官たちの声を聞きながら、ルビーは静かに立ち止まった。
(来ましたわね)
彼女の前に差し出されたのは、昨日まで完璧に整っていた交易記録。
だが、数ページが不自然に抜け落ち、数字の整合性が崩れている。
「ルビー様、これは……」 「ええ。とても分かりやすい“事故”ですこと」
ルビーは、慌てる様子もなく帳簿を受け取った。
ほどなくして開かれた、臨時の小会議。
集められたのは、財務官、数名の文官、そして――オルディス侯爵。
「エルヴェール嬢」
低く、重い声が響く。
「あなたが昨日指摘した不正に関する帳簿だが、
肝心の証拠部分が欠落している。この状況、どう説明される?」
明らかな誘導。
“彼女の早合点だった”と印象づけるための場だ。
だが、ルビーは微笑んだ。
「説明は簡単ですわ」 「ほう?」
「これは“消された”のではありません。
“すり替えられた”のです」
ざわ、と空気が揺れる。
「元の帳簿は、三日前の夕刻に一度、王宮の複写室を通っています。
その際に作成された写しが――こちらですわ」
ルビーは、別の束を差し出した。
完璧に揃った、原本と同内容の複写帳簿。
「な……!?」 「複写室の記録係は、作業のたびに日付と署名を残します。
消されたページが、どの時点で失われたか――追跡は可能ですわ」
オルディス侯爵の眉が、わずかに動いた。
「つまり」 「帳簿を“失った”のではなく、
“失わせた人物がいる”ということです」
沈黙。
誰もが、次の言葉を待っていた。
だが、ルビーは追撃しなかった。
あえて、矛先を鈍らせる。
「今日はここまでで結構ですわ。
調査は、水面下で進めましょう」
「……なぜだ?」
侯爵が問い返す。
ルビーは、穏やかに答えた。
「ここで騒げば、相手はさらに隠れます。
“自分が安全だ”と思わせた方が、尻尾を掴みやすいですもの」
会議が終わった後。
「……見事な判断だ」
廊下で待っていたレオニードが、低く言った。
「なぜ、あの場で一気に畳みかけなかった?」 「まだ早いからですわ」
ルビーは歩きながら答える。
「相手は複数。
一人を追い詰めれば、他が逃げます」
「では、どうする?」 「“失敗したつもり”で、もう一度罠を張ります」
彼女は立ち止まり、振り返った。
「次は、相手が“自分から動く”ように」
その夜。
王宮の一角で、密かに交わされた会話があった。
「……例の女、気づいていないようだ」 「帳簿の件も、騒ぎになっていない」 「なら、もう一押しだな」
彼らは知らなかった。
その“もう一押し”こそが、
自分たちを表に引きずり出す最後の一手だということを。
一方、私室に戻ったルビーは、静かにランプを灯した。
机の上には、彼女だけが知る“完全な記録”。
(焦らなくていい)
彼女は、ペンを走らせながら微笑む。
(罠を仕掛けたつもりでいる方ほど、
――罠にかかる瞬間が、一番無防備ですもの)
嵐は、すぐそこまで来ている。
だが、主導権は――すでに彼女の手の中にあった。
翌朝。
王宮の実務棟は、いつもよりざわついていた。
「……帳簿が、合わない?」 「はい。昨夜の時点では確かに揃っていたはずなのですが……」
慌ただしく行き交う文官たちの声を聞きながら、ルビーは静かに立ち止まった。
(来ましたわね)
彼女の前に差し出されたのは、昨日まで完璧に整っていた交易記録。
だが、数ページが不自然に抜け落ち、数字の整合性が崩れている。
「ルビー様、これは……」 「ええ。とても分かりやすい“事故”ですこと」
ルビーは、慌てる様子もなく帳簿を受け取った。
ほどなくして開かれた、臨時の小会議。
集められたのは、財務官、数名の文官、そして――オルディス侯爵。
「エルヴェール嬢」
低く、重い声が響く。
「あなたが昨日指摘した不正に関する帳簿だが、
肝心の証拠部分が欠落している。この状況、どう説明される?」
明らかな誘導。
“彼女の早合点だった”と印象づけるための場だ。
だが、ルビーは微笑んだ。
「説明は簡単ですわ」 「ほう?」
「これは“消された”のではありません。
“すり替えられた”のです」
ざわ、と空気が揺れる。
「元の帳簿は、三日前の夕刻に一度、王宮の複写室を通っています。
その際に作成された写しが――こちらですわ」
ルビーは、別の束を差し出した。
完璧に揃った、原本と同内容の複写帳簿。
「な……!?」 「複写室の記録係は、作業のたびに日付と署名を残します。
消されたページが、どの時点で失われたか――追跡は可能ですわ」
オルディス侯爵の眉が、わずかに動いた。
「つまり」 「帳簿を“失った”のではなく、
“失わせた人物がいる”ということです」
沈黙。
誰もが、次の言葉を待っていた。
だが、ルビーは追撃しなかった。
あえて、矛先を鈍らせる。
「今日はここまでで結構ですわ。
調査は、水面下で進めましょう」
「……なぜだ?」
侯爵が問い返す。
ルビーは、穏やかに答えた。
「ここで騒げば、相手はさらに隠れます。
“自分が安全だ”と思わせた方が、尻尾を掴みやすいですもの」
会議が終わった後。
「……見事な判断だ」
廊下で待っていたレオニードが、低く言った。
「なぜ、あの場で一気に畳みかけなかった?」 「まだ早いからですわ」
ルビーは歩きながら答える。
「相手は複数。
一人を追い詰めれば、他が逃げます」
「では、どうする?」 「“失敗したつもり”で、もう一度罠を張ります」
彼女は立ち止まり、振り返った。
「次は、相手が“自分から動く”ように」
その夜。
王宮の一角で、密かに交わされた会話があった。
「……例の女、気づいていないようだ」 「帳簿の件も、騒ぎになっていない」 「なら、もう一押しだな」
彼らは知らなかった。
その“もう一押し”こそが、
自分たちを表に引きずり出す最後の一手だということを。
一方、私室に戻ったルビーは、静かにランプを灯した。
机の上には、彼女だけが知る“完全な記録”。
(焦らなくていい)
彼女は、ペンを走らせながら微笑む。
(罠を仕掛けたつもりでいる方ほど、
――罠にかかる瞬間が、一番無防備ですもの)
嵐は、すぐそこまで来ている。
だが、主導権は――すでに彼女の手の中にあった。
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