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第19話 揺れる王宮、沈黙が語るもの
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第19話 揺れる王宮、沈黙が語るもの
王太子妃候補――。
その言葉は、まだ公にはなっていない。
それでも王宮という場所では、秘密ほど速く広がるものはない。
「……聞きましたか?」 「ええ。まだ決まったわけではないそうですが……」 「でも、名前が出たということは……」
回廊、控室、晩餐会の片隅。
人々は声を潜めながら、同じ名を口にしていた。
ルビー・エルヴェール。
当の本人は、その中心にいながら、あえて距離を取っていた。
(沈黙は、時に一番雄弁ですもの)
不用意に否定もしない。
肯定もしない。
ただ、これまでと変わらぬ仕事を淡々とこなす。
その態度が、かえって周囲をざわつかせていた。
「……落ち着きすぎではないか?」
執務室で、レオニードが小さく漏らす。
「平然としているように見えるだけですわ」 「内心も、か?」
ルビーは、ほんの一瞬だけ視線を伏せた。
「……考えていないといえば、嘘になります」
王太子妃候補という立場。
それは、彼女がこれまで築いてきた“自由”と、
真正面からぶつかるものだった。
その日の午後、思わぬ来客があった。
「失礼いたします、エルヴェール嬢」
現れたのは、マクシミリアン・グレイ。
王宮監査局長――王国の“影”。
「珍しいですわね。お一人で」 「今日は、公式な用ではない」
彼は、椅子に腰掛け、じっと彼女を見た。
「忠告に来た」 「……内容によりますわ」
「君の沈黙は、美しくもあるが、危険だ」
率直な言葉だった。
「周囲は、“肯定”と受け取り始めている」 「承知しています」
「ならば、なぜ否定しない?」
ルビーは、静かに答えた。
「否定する理由も、まだ肯定する理由も、
私の中で整理がついていませんの」
マクシミリアンは、しばらく黙ってから言った。
「王宮は、曖昧さを許さない」 「ええ。でも」
彼女は微笑んだ。
「私自身は、曖昧なまま選びたいのです」
「……君らしいな」
そう言って、彼は立ち上がる。
「だが覚えておけ。
決断しないことも、また決断だ」
その夜。
王宮で開かれた小規模な晩餐会。
名目は、地方有力者の歓迎。
だが実際には――彼女を見るための場だった。
「エルヴェール嬢」
次々とかけられる言葉。
探る視線。
期待と警戒が入り混じった空気。
(……重いですわね)
それでも、彼女は背筋を伸ばす。
逃げない。
だが、迎合もしない。
会の終わり際。
ルビーは、バルコニーに出て夜風に当たっていた。
そこへ、足音が近づく。
「ここにいると思った」
レオニードだった。
「……疲れましたか?」 「少しだけ」
正直な答えだった。
「だが、それ以上に――感心している」
「皆が答えを求める中で、
君は“答えを急がない”という選択をしている」
「卑怯でしょうか」 「いいや」
彼は首を振った。
「強い」
夜空には、雲間から月が覗いていた。
(選ぶのは、私)
そう決めたはずなのに、
選択肢が現実味を帯びるほど、心は揺れる。
ルビー・エルヴェールは、まだ答えを出していない。
だが王宮は、
その沈黙を――すでに答えの一部として受け取り始めていた。
決断の刻は、
確実に、すぐそこまで迫っていた。
王太子妃候補――。
その言葉は、まだ公にはなっていない。
それでも王宮という場所では、秘密ほど速く広がるものはない。
「……聞きましたか?」 「ええ。まだ決まったわけではないそうですが……」 「でも、名前が出たということは……」
回廊、控室、晩餐会の片隅。
人々は声を潜めながら、同じ名を口にしていた。
ルビー・エルヴェール。
当の本人は、その中心にいながら、あえて距離を取っていた。
(沈黙は、時に一番雄弁ですもの)
不用意に否定もしない。
肯定もしない。
ただ、これまでと変わらぬ仕事を淡々とこなす。
その態度が、かえって周囲をざわつかせていた。
「……落ち着きすぎではないか?」
執務室で、レオニードが小さく漏らす。
「平然としているように見えるだけですわ」 「内心も、か?」
ルビーは、ほんの一瞬だけ視線を伏せた。
「……考えていないといえば、嘘になります」
王太子妃候補という立場。
それは、彼女がこれまで築いてきた“自由”と、
真正面からぶつかるものだった。
その日の午後、思わぬ来客があった。
「失礼いたします、エルヴェール嬢」
現れたのは、マクシミリアン・グレイ。
王宮監査局長――王国の“影”。
「珍しいですわね。お一人で」 「今日は、公式な用ではない」
彼は、椅子に腰掛け、じっと彼女を見た。
「忠告に来た」 「……内容によりますわ」
「君の沈黙は、美しくもあるが、危険だ」
率直な言葉だった。
「周囲は、“肯定”と受け取り始めている」 「承知しています」
「ならば、なぜ否定しない?」
ルビーは、静かに答えた。
「否定する理由も、まだ肯定する理由も、
私の中で整理がついていませんの」
マクシミリアンは、しばらく黙ってから言った。
「王宮は、曖昧さを許さない」 「ええ。でも」
彼女は微笑んだ。
「私自身は、曖昧なまま選びたいのです」
「……君らしいな」
そう言って、彼は立ち上がる。
「だが覚えておけ。
決断しないことも、また決断だ」
その夜。
王宮で開かれた小規模な晩餐会。
名目は、地方有力者の歓迎。
だが実際には――彼女を見るための場だった。
「エルヴェール嬢」
次々とかけられる言葉。
探る視線。
期待と警戒が入り混じった空気。
(……重いですわね)
それでも、彼女は背筋を伸ばす。
逃げない。
だが、迎合もしない。
会の終わり際。
ルビーは、バルコニーに出て夜風に当たっていた。
そこへ、足音が近づく。
「ここにいると思った」
レオニードだった。
「……疲れましたか?」 「少しだけ」
正直な答えだった。
「だが、それ以上に――感心している」
「皆が答えを求める中で、
君は“答えを急がない”という選択をしている」
「卑怯でしょうか」 「いいや」
彼は首を振った。
「強い」
夜空には、雲間から月が覗いていた。
(選ぶのは、私)
そう決めたはずなのに、
選択肢が現実味を帯びるほど、心は揺れる。
ルビー・エルヴェールは、まだ答えを出していない。
だが王宮は、
その沈黙を――すでに答えの一部として受け取り始めていた。
決断の刻は、
確実に、すぐそこまで迫っていた。
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