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第18話 告げられる覚悟、問われる答え
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第18話 告げられる覚悟、問われる答え
夜明け前の王宮は、ひどく静かだった。
鳥の声すら遠く、回廊に響くのは自分の足音だけ。
ルビー・エルヴェールは、王太子執務室の前で立ち止まった。
(……逃げるなら、今でしたわね)
そう思いながらも、ノックする手に迷いはなかった。
「入ってくれ」
低く落ち着いた声。
扉を開けると、レオニードはすでに立って待っていた。
「早いな」 「眠れませんでしたので」
二人きりの執務室。
昼間とは違い、ここには王太子としての威圧も、顧問としての距離もない。
「……噂は、耳に入っているだろう」
レオニードが先に口を開いた。
「貴族連盟だけではない。
地方有力者、軍部、商会……皆が、君の名を挙げている」
「ええ」
ルビーは、視線を逸らさずに答える。
「“改革の象徴”。
“殿下の右腕”。
そして……」
一瞬、言葉を切った。
「“次に立つべき存在”」
沈黙が落ちる。
それは重く、しかし避けられないものだった。
「ルビー」
レオニードは、ゆっくりと彼女に近づいた。
「君に、正式に問いたい」
王太子としてではなく、
一人の男としての声。
「――この先も、私の隣に立つ覚悟はあるか?」
その言葉は、甘い誘いではない。
逃げ場のない問いだった。
隣に立つとは、守られることではない。
攻撃され、疑われ、責任を背負うということ。
ルビーは、静かに息を吸った。
(……私は、自由を得たはずでした)
婚約破棄されたあの日。
追放され、すべてを失った朝。
あのとき望んだのは、
誰にも縛られず、自分の頭で生きること。
「殿下」
ルビーは、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「私は、あなたに“救われた”わけではありません」 「分かっている」
「私がここにいるのは、
私自身が選び、歩いてきた結果です」
それでも、と彼女は続けた。
「もし――この国のために、
私の立場を“明確にする必要”があるのなら」
彼女は、まっすぐに彼を見た。
「私は、逃げません」
その答えに、レオニードは目を閉じ、深く息を吐いた。
「……ありがとう」
それは、安堵とも、覚悟ともつかない声だった。
「ただし、一つだけ条件がありますわ」 「条件?」
「私は、あなたの“飾り”にはなりません」
はっきりと、強い声で。
「意見を言い、反対する時は反対する。
その自由がなければ、隣には立てません」
一瞬の沈黙。
次の瞬間、レオニードは小さく笑った。
「……最初から、そのつもりだ」
彼は机に置いてあった一通の文書を差し出した。
「これは、まだ未公開だ。
だが近く――王宮評議会で提示する」
そこに書かれていたのは、ただ一行。
『王太子妃候補として、ルビー・エルヴェールを正式に迎える件』
胸の奥が、わずかに震える。
(……やはり、ここに行き着きましたのね)
「答えは、今すぐでなくていい」
レオニードは、穏やかに言った。
「だが、王宮はもう待たない。
君の沈黙すら、意味を持ち始めている」
ルビーは、文書を見つめたまま、静かに答えた。
「……分かりました」
そして、顔を上げる。
「ですが一つ、はっきりさせておきますわ」
「私は“選ばれる”のではありません」
紅い瞳に、確かな光を宿して。
「――私が、選ぶのです」
夜明けの光が、窓から差し込み始めていた。
王宮の塔が、金色に染まる。
それは、新しい時代の始まりを告げる光。
ルビー・エルヴェールは、
ついに運命の問いと向き合った。
答えを出すのは――
もう少し先。
だが、もう逃げ道はなかった。
夜明け前の王宮は、ひどく静かだった。
鳥の声すら遠く、回廊に響くのは自分の足音だけ。
ルビー・エルヴェールは、王太子執務室の前で立ち止まった。
(……逃げるなら、今でしたわね)
そう思いながらも、ノックする手に迷いはなかった。
「入ってくれ」
低く落ち着いた声。
扉を開けると、レオニードはすでに立って待っていた。
「早いな」 「眠れませんでしたので」
二人きりの執務室。
昼間とは違い、ここには王太子としての威圧も、顧問としての距離もない。
「……噂は、耳に入っているだろう」
レオニードが先に口を開いた。
「貴族連盟だけではない。
地方有力者、軍部、商会……皆が、君の名を挙げている」
「ええ」
ルビーは、視線を逸らさずに答える。
「“改革の象徴”。
“殿下の右腕”。
そして……」
一瞬、言葉を切った。
「“次に立つべき存在”」
沈黙が落ちる。
それは重く、しかし避けられないものだった。
「ルビー」
レオニードは、ゆっくりと彼女に近づいた。
「君に、正式に問いたい」
王太子としてではなく、
一人の男としての声。
「――この先も、私の隣に立つ覚悟はあるか?」
その言葉は、甘い誘いではない。
逃げ場のない問いだった。
隣に立つとは、守られることではない。
攻撃され、疑われ、責任を背負うということ。
ルビーは、静かに息を吸った。
(……私は、自由を得たはずでした)
婚約破棄されたあの日。
追放され、すべてを失った朝。
あのとき望んだのは、
誰にも縛られず、自分の頭で生きること。
「殿下」
ルビーは、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「私は、あなたに“救われた”わけではありません」 「分かっている」
「私がここにいるのは、
私自身が選び、歩いてきた結果です」
それでも、と彼女は続けた。
「もし――この国のために、
私の立場を“明確にする必要”があるのなら」
彼女は、まっすぐに彼を見た。
「私は、逃げません」
その答えに、レオニードは目を閉じ、深く息を吐いた。
「……ありがとう」
それは、安堵とも、覚悟ともつかない声だった。
「ただし、一つだけ条件がありますわ」 「条件?」
「私は、あなたの“飾り”にはなりません」
はっきりと、強い声で。
「意見を言い、反対する時は反対する。
その自由がなければ、隣には立てません」
一瞬の沈黙。
次の瞬間、レオニードは小さく笑った。
「……最初から、そのつもりだ」
彼は机に置いてあった一通の文書を差し出した。
「これは、まだ未公開だ。
だが近く――王宮評議会で提示する」
そこに書かれていたのは、ただ一行。
『王太子妃候補として、ルビー・エルヴェールを正式に迎える件』
胸の奥が、わずかに震える。
(……やはり、ここに行き着きましたのね)
「答えは、今すぐでなくていい」
レオニードは、穏やかに言った。
「だが、王宮はもう待たない。
君の沈黙すら、意味を持ち始めている」
ルビーは、文書を見つめたまま、静かに答えた。
「……分かりました」
そして、顔を上げる。
「ですが一つ、はっきりさせておきますわ」
「私は“選ばれる”のではありません」
紅い瞳に、確かな光を宿して。
「――私が、選ぶのです」
夜明けの光が、窓から差し込み始めていた。
王宮の塔が、金色に染まる。
それは、新しい時代の始まりを告げる光。
ルビー・エルヴェールは、
ついに運命の問いと向き合った。
答えを出すのは――
もう少し先。
だが、もう逃げ道はなかった。
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