40 / 40
第40話 残されたもの
しおりを挟む
第40話 残されたもの
朝の王宮は、いつもと同じだった。
鐘の音。
回廊を行き交う官僚たち。
静かに進む日常。
ただ一つ――
ルビー・エルヴェールの執務室だけが、違っていた。
机の上に置かれた一通の文書。
昨夜、日付だけを書き入れた辞任届。
(……今日ですわね)
彼女は、迷いなく署名した。
午前。
王太子レオニードに、正式な辞意が伝えられた。
「やはり、この日が来たか」 「はい」
「理由は?」 「もう、私が前に立つ必要がないからです」
レオニードは、しばらく黙っていた。
「引き留めたい、と言ったら?」 「光栄ですわ」
「ですが――」
ルビーは、穏やかに首を振る。
「それは、制度を信じていないという意味になります」
彼は、苦く笑った。
「……手厳しいな」 「正直なだけです」
王太子は、深く息を吐き、
そして、静かに頷いた。
「分かった。受理しよう」
「君が築いたものは、
我々が引き継ぐ」
午後。
公式発表は、簡潔だった。
> 『王宮顧問ルビー・エルヴェールは、
制度改革の一区切りをもって、
本日付で職を退く』
理由の説明は、ない。
賛辞も、長い演説もない。
それで、十分だった。
王宮内には、さざ波が広がる。
「本当に辞めたのか」 「逃げたわけじゃないよな?」 「……あの人らしいな」
制度は、止まらなかった。
会議は開かれ、
判断は下され、
異議は記録される。
誰かの名前を、
特別に呼ぶことなく。
夕方。
ルビーは、最後に王宮の庭園を歩いていた。
もう、護衛も補佐官もいない。
(静かですわね)
だが、その静けさは、
空白ではなかった。
彼女が手放した場所には、
誰かの判断があり、
誰かの責任があり、
誰かの覚悟がある。
それが、何よりの証拠だった。
門の前で、
一人の若い官僚が声をかける。
「顧問殿……いえ、ルビー様」
「ありがとうございました」 「何に、ですか?」
「“考えていい”と言ってくれたことです」
ルビーは、少し驚いた顔をし、
そして、柔らかく微笑んだ。
「それなら――」
「もう、私の役目ではありませんわね」
彼女は、振り返らずに門をくぐった。
翌日。
王宮では、新たな判断が下された。
小さな修正。
地味な改善。
誰かの英雄譚ではない。
だが――
制度は、生きていた。
そして、人々はいつか忘れるだろう。
誰が始めたのか。
誰が去ったのか。
だが、忘れないものがある。
迷った時に、
立ち止まって考える癖。
判断の理由を、
言葉に残す習慣。
責任を、
一人に押し付けない空気。
それらは、
誰かの名前を必要としない。
――それでいい。
ルビー・エルヴェールは、
王都を離れる馬車の中で、
静かに目を閉じた。
改革は、終わった。
だが――
物語は、続いていく。
名もなき判断の積み重ねとして。
それこそが、
彼女が残した、
本当の成果だった。
朝の王宮は、いつもと同じだった。
鐘の音。
回廊を行き交う官僚たち。
静かに進む日常。
ただ一つ――
ルビー・エルヴェールの執務室だけが、違っていた。
机の上に置かれた一通の文書。
昨夜、日付だけを書き入れた辞任届。
(……今日ですわね)
彼女は、迷いなく署名した。
午前。
王太子レオニードに、正式な辞意が伝えられた。
「やはり、この日が来たか」 「はい」
「理由は?」 「もう、私が前に立つ必要がないからです」
レオニードは、しばらく黙っていた。
「引き留めたい、と言ったら?」 「光栄ですわ」
「ですが――」
ルビーは、穏やかに首を振る。
「それは、制度を信じていないという意味になります」
彼は、苦く笑った。
「……手厳しいな」 「正直なだけです」
王太子は、深く息を吐き、
そして、静かに頷いた。
「分かった。受理しよう」
「君が築いたものは、
我々が引き継ぐ」
午後。
公式発表は、簡潔だった。
> 『王宮顧問ルビー・エルヴェールは、
制度改革の一区切りをもって、
本日付で職を退く』
理由の説明は、ない。
賛辞も、長い演説もない。
それで、十分だった。
王宮内には、さざ波が広がる。
「本当に辞めたのか」 「逃げたわけじゃないよな?」 「……あの人らしいな」
制度は、止まらなかった。
会議は開かれ、
判断は下され、
異議は記録される。
誰かの名前を、
特別に呼ぶことなく。
夕方。
ルビーは、最後に王宮の庭園を歩いていた。
もう、護衛も補佐官もいない。
(静かですわね)
だが、その静けさは、
空白ではなかった。
彼女が手放した場所には、
誰かの判断があり、
誰かの責任があり、
誰かの覚悟がある。
それが、何よりの証拠だった。
門の前で、
一人の若い官僚が声をかける。
「顧問殿……いえ、ルビー様」
「ありがとうございました」 「何に、ですか?」
「“考えていい”と言ってくれたことです」
ルビーは、少し驚いた顔をし、
そして、柔らかく微笑んだ。
「それなら――」
「もう、私の役目ではありませんわね」
彼女は、振り返らずに門をくぐった。
翌日。
王宮では、新たな判断が下された。
小さな修正。
地味な改善。
誰かの英雄譚ではない。
だが――
制度は、生きていた。
そして、人々はいつか忘れるだろう。
誰が始めたのか。
誰が去ったのか。
だが、忘れないものがある。
迷った時に、
立ち止まって考える癖。
判断の理由を、
言葉に残す習慣。
責任を、
一人に押し付けない空気。
それらは、
誰かの名前を必要としない。
――それでいい。
ルビー・エルヴェールは、
王都を離れる馬車の中で、
静かに目を閉じた。
改革は、終わった。
だが――
物語は、続いていく。
名もなき判断の積み重ねとして。
それこそが、
彼女が残した、
本当の成果だった。
1
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
冷遇妃マリアベルの監視報告書
Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。
第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。
そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。
王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。
(小説家になろう様にも投稿しています)
どうも、死んだはずの悪役令嬢です。
西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。
皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。
アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。
「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」
こっそり呟いた瞬間、
《願いを聞き届けてあげるよ!》
何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。
「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」
義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。
今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで…
ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。
はたしてアシュレイは元に戻れるのか?
剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。
ざまあが書きたかった。それだけです。
【完結】追放された子爵令嬢は実力で這い上がる〜家に帰ってこい?いえ、そんなのお断りです〜
Nekoyama
ファンタジー
魔法が優れた強い者が家督を継ぐ。そんな実力主義の子爵家の養女に入って4年、マリーナは魔法もマナーも勉学も頑張り、貴族令嬢にふさわしい教養を身に付けた。来年に魔法学園への入学をひかえ、期待に胸を膨らませていた矢先、家を追放されてしまう。放り出されたマリーナは怒りを胸に立ち上がり、幸せを掴んでいく。
地味で器量の悪い公爵令嬢は政略結婚を拒んでいたのだが
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
心優しいエヴァンズ公爵家の長女アマーリエは自ら王太子との婚約を辞退した。幼馴染でもある王太子の「ブスの癖に図々しく何時までも婚約者の座にいるんじゃない、絶世の美女である妹に婚約者の座を譲れ」という雄弁な視線に耐えられなかったのだ。それにアマーリエにも自覚があった。自分が社交界で悪口陰口を言われるほどブスであることを。だから王太子との婚約を辞退してからは、壁の花に徹していた。エヴァンズ公爵家てもつながりが欲しい貴族家からの政略結婚の申し込みも断り続けていた。このまま静かに領地に籠って暮らしていこうと思っていた。それなのに、常勝無敗、騎士の中の騎士と称えられる王弟で大将軍でもあるアラステアから結婚を申し込まれたのだ。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
だから聖女はいなくなった
澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」
レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。
彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。
だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。
キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。
※7万字程度の中編です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる