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第十話 根回しなき命令
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第十話 根回しなき命令
王宮の朝議は、形式としては整っていた。
円卓には主要家門の代表が揃い、書記官は筆を構え、議題は順に読み上げられる。だがその空気は、以前とは明らかに違っていた。発言は短く、反論は控えめで、誰もが言葉を選んでいる。
アルベルトはその静けさを“秩序の回復”と受け取っていた。
「本日の議題だが――新税を導入する」
唐突だった。
数名の視線が上がる。
「軍需支払いの遅延を防ぐため、王都商会に臨時負担を課す。期間は三ヶ月」
老侯爵がゆっくりと問う。
「事前協議は」
「不要だ。緊急措置だ」
「対象商会との交渉は」
「命令だ」
沈黙。
誰も机を叩かない。誰も声を荒げない。だが、その沈黙は重い。
若い文官が恐る恐る言う。
「臨時負担は、商会の流出を加速させる可能性が――」
「不安を煽るな」
アルベルトは言い切る。
「王家が主導すれば、商会は従う」
リュシエラが微笑む。
「殿下のご決断は迅速でございます。迷いは不要ですわ」
その声に、円卓の視線がさらに硬くなる。
老侯爵が静かに告げる。
「殿下、根回しなき命令は、反発を生みます」
「反発?」
「予測不能は、投資を止めます」
アルベルトは眉を寄せる。
「私は王太子だ。予測不能ではない」
だが、それこそが問題だった。
貴族社会における予測可能性とは、手続きと順序のことだ。事前協議、補償、合意形成。その積み重ねが“安心”を生む。
公開婚約破棄。契約停止。事故。そして今回の新税。
順序はない。
円卓は解散する。
誰も賛成と言わない。反対とも言わない。
ただ、距離がまた一歩広がる。
その日の午後、王都商会の代表が王宮に呼ばれた。
「臨時負担は重すぎます」
「三ヶ月だ」
「三ヶ月でも信用は傷つきます。既に隣国への移転を検討する商会も――」
「脅しか?」
「事実です」
アルベルトは立ち上がる。
「王家を見限るというのか」
商会代表は深く頭を下げる。
「見限るのではなく、安定を求めております」
その言葉が、胸に刺さる。
安定。
いま最も欠けているもの。
夜。
臨時負担の布告が掲示される。
王都は静かにざわつく。
表立った反発はない。
だが商会の荷馬車が、ひとつ、またひとつと北門へ向かう。
隣国では。
エリシアが港湾再配分の現地視察を行っていた。
「こちらが再契約分の倉庫です」
「稼働率は?」
「六割から八割へ増加予定」
ディルクが言う。
「王都商会が動き始めた」
「予測通りですわ」
エリシアは帳簿を閉じる。
「予測可能性を失った場所から、商会は離れます」
「あなたは容赦がない」
「契約に容赦は不要です」
淡々と。
感情ではなく、計算。
その夜、王宮。
アルベルトは再び目を閉じる。
暗闇の中、白い衣がゆらりと揺れる。
床に赤い影が伸びる。
瞬きをする。
何もない。
ただ、燭台の影。
リュシエラが耳元で囁く。
「殿下に従わぬ者は、去るだけですわ」
優しい声。
だが、その言葉の重みが胸に残る。
商会は去る。
反対派は黙る。
円卓は静まる。
だがそれは、支持ではない。
距離だ。
根回しなき命令は、王宮をさらに孤立へ導いていた。
エリシアは夜の港を見下ろす。
船の灯りが揺れる。
「お嬢様、順調です」
「ええ」
彼女は静かに言う。
「順序を守れば、結果はついてきます」
王都と隣国。
同じ夜。
同じ月。
だが流れは逆向きに進んでいる。
根回しなき命令は、王太子の足場をさらに削っていた。
王宮の朝議は、形式としては整っていた。
円卓には主要家門の代表が揃い、書記官は筆を構え、議題は順に読み上げられる。だがその空気は、以前とは明らかに違っていた。発言は短く、反論は控えめで、誰もが言葉を選んでいる。
アルベルトはその静けさを“秩序の回復”と受け取っていた。
「本日の議題だが――新税を導入する」
唐突だった。
数名の視線が上がる。
「軍需支払いの遅延を防ぐため、王都商会に臨時負担を課す。期間は三ヶ月」
老侯爵がゆっくりと問う。
「事前協議は」
「不要だ。緊急措置だ」
「対象商会との交渉は」
「命令だ」
沈黙。
誰も机を叩かない。誰も声を荒げない。だが、その沈黙は重い。
若い文官が恐る恐る言う。
「臨時負担は、商会の流出を加速させる可能性が――」
「不安を煽るな」
アルベルトは言い切る。
「王家が主導すれば、商会は従う」
リュシエラが微笑む。
「殿下のご決断は迅速でございます。迷いは不要ですわ」
その声に、円卓の視線がさらに硬くなる。
老侯爵が静かに告げる。
「殿下、根回しなき命令は、反発を生みます」
「反発?」
「予測不能は、投資を止めます」
アルベルトは眉を寄せる。
「私は王太子だ。予測不能ではない」
だが、それこそが問題だった。
貴族社会における予測可能性とは、手続きと順序のことだ。事前協議、補償、合意形成。その積み重ねが“安心”を生む。
公開婚約破棄。契約停止。事故。そして今回の新税。
順序はない。
円卓は解散する。
誰も賛成と言わない。反対とも言わない。
ただ、距離がまた一歩広がる。
その日の午後、王都商会の代表が王宮に呼ばれた。
「臨時負担は重すぎます」
「三ヶ月だ」
「三ヶ月でも信用は傷つきます。既に隣国への移転を検討する商会も――」
「脅しか?」
「事実です」
アルベルトは立ち上がる。
「王家を見限るというのか」
商会代表は深く頭を下げる。
「見限るのではなく、安定を求めております」
その言葉が、胸に刺さる。
安定。
いま最も欠けているもの。
夜。
臨時負担の布告が掲示される。
王都は静かにざわつく。
表立った反発はない。
だが商会の荷馬車が、ひとつ、またひとつと北門へ向かう。
隣国では。
エリシアが港湾再配分の現地視察を行っていた。
「こちらが再契約分の倉庫です」
「稼働率は?」
「六割から八割へ増加予定」
ディルクが言う。
「王都商会が動き始めた」
「予測通りですわ」
エリシアは帳簿を閉じる。
「予測可能性を失った場所から、商会は離れます」
「あなたは容赦がない」
「契約に容赦は不要です」
淡々と。
感情ではなく、計算。
その夜、王宮。
アルベルトは再び目を閉じる。
暗闇の中、白い衣がゆらりと揺れる。
床に赤い影が伸びる。
瞬きをする。
何もない。
ただ、燭台の影。
リュシエラが耳元で囁く。
「殿下に従わぬ者は、去るだけですわ」
優しい声。
だが、その言葉の重みが胸に残る。
商会は去る。
反対派は黙る。
円卓は静まる。
だがそれは、支持ではない。
距離だ。
根回しなき命令は、王宮をさらに孤立へ導いていた。
エリシアは夜の港を見下ろす。
船の灯りが揺れる。
「お嬢様、順調です」
「ええ」
彼女は静かに言う。
「順序を守れば、結果はついてきます」
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同じ月。
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