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第十二話 規範の崩れ
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第十二話 規範の崩れ
貴族社会には、目に見えない規範がある。
法典に書かれていない。
条文にも載らない。
だが誰もが知っている。
順序。
根回し。
面子。
均衡。
それが崩れたとき、叫びは起きない。
静かに、距離が生まれる。
王宮の朝議。
円卓には二つの空席があった。
アーレン伯は療養中。
もう一つは、地方視察中と報告されている。
だが“偶然”が続きすぎている。
アルベルトは何も言わない。
「新税の徴収状況は」
「予定の七割」
「不足は?」
「移転予定商会の未納分」
事実だけが述べられる。
老侯爵が言う。
「殿下、提案がございます」
「聞こう」
「臨時負担の一部緩和を」
空気がわずかに動く。
アルベルトは即答する。
「撤回は弱さだ」
その一言で、議論は止まる。
弱さ。
貴族社会では、撤回は“調整”と呼ばれる。
だが彼の中では違う。
リュシエラが静かに補足する。
「殿下の威厳を守るためにも、揺らぎは不要ですわ」
微笑み。
だが、その言葉が規範を一つ壊す。
威厳とは、柔軟性の中で保たれるもの。
硬直は、恐れを生む。
会議は早々に終わる。
退出する貴族たちの足音は静かだ。
廊下で、老侯爵が若い子爵に言う。
「殿下は“王家の規範”を忘れている」
「公的場での婚約破棄から、全てが変わりました」
「個人の感情を、公の場で振るった」
「前例がない」
「だから皆、前例のない距離を取る」
それが答え。
規範は破られた。
怒号はない。
だが、信用が削られる。
一方、隣国。
エリシアは港湾再編の最終承認に立ち会っていた。
「税率は固定三年」
「例外規定は?」
「災害時のみ」
「文言は明確に」
条文が読み上げられる。
曖昧さは排除される。
合意の前に、全員が理解する。
ディルクが言う。
「柔軟性は必要だが、予測可能性は失わぬ」
エリシアは頷く。
「規範は守るためにあります」
彼女は誰も傷つけない。
ただ、順序を守る。
王宮の夜。
アルベルトは書斎に一人。
帳簿の赤は広がり、空席は増えた。
“偶然”は続く。
目を閉じる。
暗闇。
白い衣。
赤い飛沫。
笑顔。
はっと目を開ける。
机の上は静か。
燭台の炎が揺れるだけ。
リュシエラが背後に立つ。
「殿下はお疲れです」
「私は間違っているか」
「いいえ」
即答。
「殿下は強い。強い方は孤独なのです」
孤独。
その言葉が胸に残る。
孤独は、規範を壊した結果か。
それとも強さの証か。
翌朝。
貴族全会の招集が決まる。
議題は明示されない。
だが理由は、誰もが知っている。
規範の崩れは、修復されねばならない。
隣国では、三社目の商会が移転を決定。
港は活気づく。
拍手は控えめだが、確実に増えている。
エリシアは報告書を閉じる。
「順序を守れば、人は戻ります」
王都は、順序を失った。
隣国は、順序を積み上げる。
同じ貴族社会。
だが規範への態度が、未来を分け始めていた。
貴族社会には、目に見えない規範がある。
法典に書かれていない。
条文にも載らない。
だが誰もが知っている。
順序。
根回し。
面子。
均衡。
それが崩れたとき、叫びは起きない。
静かに、距離が生まれる。
王宮の朝議。
円卓には二つの空席があった。
アーレン伯は療養中。
もう一つは、地方視察中と報告されている。
だが“偶然”が続きすぎている。
アルベルトは何も言わない。
「新税の徴収状況は」
「予定の七割」
「不足は?」
「移転予定商会の未納分」
事実だけが述べられる。
老侯爵が言う。
「殿下、提案がございます」
「聞こう」
「臨時負担の一部緩和を」
空気がわずかに動く。
アルベルトは即答する。
「撤回は弱さだ」
その一言で、議論は止まる。
弱さ。
貴族社会では、撤回は“調整”と呼ばれる。
だが彼の中では違う。
リュシエラが静かに補足する。
「殿下の威厳を守るためにも、揺らぎは不要ですわ」
微笑み。
だが、その言葉が規範を一つ壊す。
威厳とは、柔軟性の中で保たれるもの。
硬直は、恐れを生む。
会議は早々に終わる。
退出する貴族たちの足音は静かだ。
廊下で、老侯爵が若い子爵に言う。
「殿下は“王家の規範”を忘れている」
「公的場での婚約破棄から、全てが変わりました」
「個人の感情を、公の場で振るった」
「前例がない」
「だから皆、前例のない距離を取る」
それが答え。
規範は破られた。
怒号はない。
だが、信用が削られる。
一方、隣国。
エリシアは港湾再編の最終承認に立ち会っていた。
「税率は固定三年」
「例外規定は?」
「災害時のみ」
「文言は明確に」
条文が読み上げられる。
曖昧さは排除される。
合意の前に、全員が理解する。
ディルクが言う。
「柔軟性は必要だが、予測可能性は失わぬ」
エリシアは頷く。
「規範は守るためにあります」
彼女は誰も傷つけない。
ただ、順序を守る。
王宮の夜。
アルベルトは書斎に一人。
帳簿の赤は広がり、空席は増えた。
“偶然”は続く。
目を閉じる。
暗闇。
白い衣。
赤い飛沫。
笑顔。
はっと目を開ける。
机の上は静か。
燭台の炎が揺れるだけ。
リュシエラが背後に立つ。
「殿下はお疲れです」
「私は間違っているか」
「いいえ」
即答。
「殿下は強い。強い方は孤独なのです」
孤独。
その言葉が胸に残る。
孤独は、規範を壊した結果か。
それとも強さの証か。
翌朝。
貴族全会の招集が決まる。
議題は明示されない。
だが理由は、誰もが知っている。
規範の崩れは、修復されねばならない。
隣国では、三社目の商会が移転を決定。
港は活気づく。
拍手は控えめだが、確実に増えている。
エリシアは報告書を閉じる。
「順序を守れば、人は戻ります」
王都は、順序を失った。
隣国は、順序を積み上げる。
同じ貴族社会。
だが規範への態度が、未来を分け始めていた。
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