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第十六話 元殿下
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第十六話 元殿下
廃嫡の決定は、王都に波紋を広げなかった。
それが何より異様だった。
暴動もない。
怒号もない。
涙も歓声もない。
ただ、翌朝の告示板に一枚の布告が貼られただけ。
――王太子位の再考により、第一王子アルベルトは王位継承権を失う。
文面は簡潔。
余計な感情は一切ない。
王都の人々は足を止め、目を通し、そして歩き去る。
誰も驚かない。
驚くには、あまりに予測できた。
王宮では、呼称が変わった。
「元殿下」
その一語が、静かに落ちる。
アルベルトは振り向く。
「……何だ」
「本日より、警護の配置が変更になります」
「変更?」
「王太子相当の護衛は解除されました」
声は事務的。
侮辱ではない。
ただの手続き。
だがその“ただ”が、胸を削る。
廊下を歩くと、侍従たちが一瞬だけ視線を上げる。
すぐに下げる。
敵意はない。
憐れみもない。
ただ距離。
リュシエラだけが変わらない。
「私は変わりませんわ」
白い衣。
微笑。
「肩書きは関係ございません」
「……私は、見限られたのか」
「いいえ」
即答。
「皆が弱いのです。強さを恐れただけ」
その言葉は甘い。
だが現実は甘くない。
円卓は再編された。
後任の王太子はまだ決まらない。
だが会議は円滑に進み始める。
臨時負担は緩和案へ修正。
商会との再協議開始。
欠席していた伯爵が復帰。
空席は埋まる。
沈黙は減る。
秩序が、静かに戻る。
アルベルトは書斎で報告書を読む。
自分が外れた途端、流れが滑らかになった。
その事実が、喉に引っかかる。
夜。
目を閉じる。
暗闇。
白い衣。
その袖に赤い染み。
床に広がる影。
笑顔。
「どこまでも私がお供します」
はっと目を開ける。
何もない。
燭台の炎。
だが胸の鼓動は早い。
隣国。
エリシアは新たな港湾契約の最終確認をしていた。
「王都の動きは安定に向かっています」
「ええ」
彼女は淡々と答える。
「規範は修復された」
「影響は」
「長期的には限定的でしょう」
彼女は冷静だ。
感情ではなく、構造で見る。
アルベルトの廃嫡は、彼女にとって復讐ではない。
ただの結果。
規範を飛ばした者の、自然な帰結。
王宮。
アルベルトは庭を歩く。
かつて護衛が四方を囲んだ。
今は二人。
距離も遠い。
噴水の水音が響く。
孤独は、叫びよりも重い。
リュシエラが隣に立つ。
「元殿下」
彼女はあえて、その呼称を使わない。
「アルベルト様」
甘く、柔らかい声。
「私は、あなたの目になりますわ」
一瞬、悪夢の映像が重なる。
赤。
白。
笑顔。
彼は視線を逸らす。
「……私の周囲で起きたことは、偶然だな」
「もちろんです」
迷いなく答える。
「偶然は続くこともございます」
偶然。
急病。
事故。
移転。
廃嫡。
すべては合法。
すべては偶然。
だが、悪夢だけは消えない。
王都は静かに安定を取り戻し始める。
彼が外れたことで。
隣国は着実に成長を続ける。
彼女が順序を守ったことで。
同じ貴族社会。
だが、規範に従うか否かで、未来は分かれた。
元殿下。
その呼称は短い。
だがそこに込められた距離は、永遠に等しい。
廃嫡の決定は、王都に波紋を広げなかった。
それが何より異様だった。
暴動もない。
怒号もない。
涙も歓声もない。
ただ、翌朝の告示板に一枚の布告が貼られただけ。
――王太子位の再考により、第一王子アルベルトは王位継承権を失う。
文面は簡潔。
余計な感情は一切ない。
王都の人々は足を止め、目を通し、そして歩き去る。
誰も驚かない。
驚くには、あまりに予測できた。
王宮では、呼称が変わった。
「元殿下」
その一語が、静かに落ちる。
アルベルトは振り向く。
「……何だ」
「本日より、警護の配置が変更になります」
「変更?」
「王太子相当の護衛は解除されました」
声は事務的。
侮辱ではない。
ただの手続き。
だがその“ただ”が、胸を削る。
廊下を歩くと、侍従たちが一瞬だけ視線を上げる。
すぐに下げる。
敵意はない。
憐れみもない。
ただ距離。
リュシエラだけが変わらない。
「私は変わりませんわ」
白い衣。
微笑。
「肩書きは関係ございません」
「……私は、見限られたのか」
「いいえ」
即答。
「皆が弱いのです。強さを恐れただけ」
その言葉は甘い。
だが現実は甘くない。
円卓は再編された。
後任の王太子はまだ決まらない。
だが会議は円滑に進み始める。
臨時負担は緩和案へ修正。
商会との再協議開始。
欠席していた伯爵が復帰。
空席は埋まる。
沈黙は減る。
秩序が、静かに戻る。
アルベルトは書斎で報告書を読む。
自分が外れた途端、流れが滑らかになった。
その事実が、喉に引っかかる。
夜。
目を閉じる。
暗闇。
白い衣。
その袖に赤い染み。
床に広がる影。
笑顔。
「どこまでも私がお供します」
はっと目を開ける。
何もない。
燭台の炎。
だが胸の鼓動は早い。
隣国。
エリシアは新たな港湾契約の最終確認をしていた。
「王都の動きは安定に向かっています」
「ええ」
彼女は淡々と答える。
「規範は修復された」
「影響は」
「長期的には限定的でしょう」
彼女は冷静だ。
感情ではなく、構造で見る。
アルベルトの廃嫡は、彼女にとって復讐ではない。
ただの結果。
規範を飛ばした者の、自然な帰結。
王宮。
アルベルトは庭を歩く。
かつて護衛が四方を囲んだ。
今は二人。
距離も遠い。
噴水の水音が響く。
孤独は、叫びよりも重い。
リュシエラが隣に立つ。
「元殿下」
彼女はあえて、その呼称を使わない。
「アルベルト様」
甘く、柔らかい声。
「私は、あなたの目になりますわ」
一瞬、悪夢の映像が重なる。
赤。
白。
笑顔。
彼は視線を逸らす。
「……私の周囲で起きたことは、偶然だな」
「もちろんです」
迷いなく答える。
「偶然は続くこともございます」
偶然。
急病。
事故。
移転。
廃嫡。
すべては合法。
すべては偶然。
だが、悪夢だけは消えない。
王都は静かに安定を取り戻し始める。
彼が外れたことで。
隣国は着実に成長を続ける。
彼女が順序を守ったことで。
同じ貴族社会。
だが、規範に従うか否かで、未来は分かれた。
元殿下。
その呼称は短い。
だがそこに込められた距離は、永遠に等しい。
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