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第十五話 静かな合意
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第十五話 静かな合意
貴族全会の朝、王宮大広間は整然としていた。
高い天井から吊るされた燭台はすべて灯され、赤い絨毯は玉座へと真っ直ぐに伸びている。壁には各家門の紋章旗が掲げられ、席は家格順に並べられていた。
形式は完璧だった。
だからこそ、異様だった。
ざわめきがない。
派閥ごとの固まりもない。
水面下の駆け引きの痕跡も見えない。
ただ、全員が既に何かを共有しているような空気だけがある。
アルベルトは王太子の席へと歩み、正面を見据える。
父王は玉座に座り、その表情は読めない。
リュシエラは後方、控えの位置に立っている。
白い衣。
静かな微笑。
開始の宣言がなされる。
「本日の議題は、統治体制の安定性について」
声は淡々としている。
糾弾ではない。
断罪でもない。
“確認”。
それが不気味だった。
最初に立ち上がったのは、老侯爵だった。
「殿下のご判断は、すべて法の範囲内であります」
アルベルトの胸がわずかに軽くなる。
だが続く。
「しかし、規範の範囲内とは言い難い」
静かな声。
責める響きはない。
「公開の場での婚約破棄は、家門間の信頼均衡を崩しました」
事実。
次に立つのは伯爵。
「契約停止は合法ですが、協議なき実行は予測不能性を生みました」
また事実。
さらに子爵が続く。
「臨時負担は正当な権限内ですが、調整なき決定は商会の流出を招いております」
声は静か。
誰も怒鳴らない。
だが言葉は積み重なる。
アルベルトは立ち上がる。
「私は法を破っていない」
広間は静まり返る。
「王家の権限内で決定した」
「その通りでございます」
老侯爵が頷く。
「問題は違法ではなく、予測不能性でございます」
その言葉が広間に落ちる。
予測不能。
それは、貴族社会で最も嫌われる性質。
商いも、軍も、婚姻も、すべては予測の上に成り立つ。
アルベルトは視線を巡らせる。
幼少から知る公爵。
狩りに同行した侯爵。
誰も敵意を向けていない。
だが、支持もない。
「殿下は強い」
誰かが言う。
「だが、強さは安定と同義ではない」
広間にざわめきはない。
既に方向は決まっている。
議長が立ち上がる。
「統治の安定を最優先とするならば、王太子の立場の再考が必要と存じます」
再考。
柔らかな言葉。
だが意味は重い。
アルベルトはリュシエラを見る。
彼女は微笑んでいる。
「殿下に従わぬ者は去るだけですわ」
小さな囁き。
だが広間の現実は違う。
去ったのは、商会。
沈黙したのは、貴族。
孤立したのは――。
議長の声が響く。
「王太子の廃嫡に賛成の者は」
広間は静まり返る。
アルベルトは待つ。
反対が出るはずだ。
少なくとも一人は。
ゆっくりと、手が上がる。
一人。
二人。
十人。
数十。
やがて、全員。
音はない。
拍手もない。
ただ、整然と上がる手。
アルベルトの呼吸が浅くなる。
誰も怒っていない。
誰も叫んでいない。
ただ、合意。
静かな、完全な合意。
父王が言う。
「……決定する」
それだけ。
玉座の声は揺れない。
アルベルトは理解する。
陰謀ではない。
派閥でもない。
見限られたのだ。
合法であっても。
強くても。
規範を飛ばした者は、安定と見なされない。
リュシエラがそっと近づく。
「どこまでも私がお供します」
その言葉だけが、温度を持っている。
だがそれは、孤独を強調する。
広間を出るとき、誰も視線を合わせない。
敵意はない。
憎しみもない。
ただ、距離。
静かな合意が、彼の立場を奪った。
一方、隣国。
エリシアは報告を受ける。
「王太子、廃嫡決定」
「……そうですか」
彼女の声は揺れない。
「私たちは?」
「契約通りでございます」
「では続けましょう」
彼女の物語は、既に別の場所にある。
怒りも、復讐もない。
ただ、順序。
王都では静かな合意が王太子を外した。
隣国では静かな合意が港を広げる。
同じ“合意”。
だが意味は正反対だった。
貴族全会の朝、王宮大広間は整然としていた。
高い天井から吊るされた燭台はすべて灯され、赤い絨毯は玉座へと真っ直ぐに伸びている。壁には各家門の紋章旗が掲げられ、席は家格順に並べられていた。
形式は完璧だった。
だからこそ、異様だった。
ざわめきがない。
派閥ごとの固まりもない。
水面下の駆け引きの痕跡も見えない。
ただ、全員が既に何かを共有しているような空気だけがある。
アルベルトは王太子の席へと歩み、正面を見据える。
父王は玉座に座り、その表情は読めない。
リュシエラは後方、控えの位置に立っている。
白い衣。
静かな微笑。
開始の宣言がなされる。
「本日の議題は、統治体制の安定性について」
声は淡々としている。
糾弾ではない。
断罪でもない。
“確認”。
それが不気味だった。
最初に立ち上がったのは、老侯爵だった。
「殿下のご判断は、すべて法の範囲内であります」
アルベルトの胸がわずかに軽くなる。
だが続く。
「しかし、規範の範囲内とは言い難い」
静かな声。
責める響きはない。
「公開の場での婚約破棄は、家門間の信頼均衡を崩しました」
事実。
次に立つのは伯爵。
「契約停止は合法ですが、協議なき実行は予測不能性を生みました」
また事実。
さらに子爵が続く。
「臨時負担は正当な権限内ですが、調整なき決定は商会の流出を招いております」
声は静か。
誰も怒鳴らない。
だが言葉は積み重なる。
アルベルトは立ち上がる。
「私は法を破っていない」
広間は静まり返る。
「王家の権限内で決定した」
「その通りでございます」
老侯爵が頷く。
「問題は違法ではなく、予測不能性でございます」
その言葉が広間に落ちる。
予測不能。
それは、貴族社会で最も嫌われる性質。
商いも、軍も、婚姻も、すべては予測の上に成り立つ。
アルベルトは視線を巡らせる。
幼少から知る公爵。
狩りに同行した侯爵。
誰も敵意を向けていない。
だが、支持もない。
「殿下は強い」
誰かが言う。
「だが、強さは安定と同義ではない」
広間にざわめきはない。
既に方向は決まっている。
議長が立ち上がる。
「統治の安定を最優先とするならば、王太子の立場の再考が必要と存じます」
再考。
柔らかな言葉。
だが意味は重い。
アルベルトはリュシエラを見る。
彼女は微笑んでいる。
「殿下に従わぬ者は去るだけですわ」
小さな囁き。
だが広間の現実は違う。
去ったのは、商会。
沈黙したのは、貴族。
孤立したのは――。
議長の声が響く。
「王太子の廃嫡に賛成の者は」
広間は静まり返る。
アルベルトは待つ。
反対が出るはずだ。
少なくとも一人は。
ゆっくりと、手が上がる。
一人。
二人。
十人。
数十。
やがて、全員。
音はない。
拍手もない。
ただ、整然と上がる手。
アルベルトの呼吸が浅くなる。
誰も怒っていない。
誰も叫んでいない。
ただ、合意。
静かな、完全な合意。
父王が言う。
「……決定する」
それだけ。
玉座の声は揺れない。
アルベルトは理解する。
陰謀ではない。
派閥でもない。
見限られたのだ。
合法であっても。
強くても。
規範を飛ばした者は、安定と見なされない。
リュシエラがそっと近づく。
「どこまでも私がお供します」
その言葉だけが、温度を持っている。
だがそれは、孤独を強調する。
広間を出るとき、誰も視線を合わせない。
敵意はない。
憎しみもない。
ただ、距離。
静かな合意が、彼の立場を奪った。
一方、隣国。
エリシアは報告を受ける。
「王太子、廃嫡決定」
「……そうですか」
彼女の声は揺れない。
「私たちは?」
「契約通りでございます」
「では続けましょう」
彼女の物語は、既に別の場所にある。
怒りも、復讐もない。
ただ、順序。
王都では静かな合意が王太子を外した。
隣国では静かな合意が港を広げる。
同じ“合意”。
だが意味は正反対だった。
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