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第十四話 全会前夜
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第十四話 全会前夜
貴族全会の前夜、王宮は妙に整っていた。
廊下の燭台は磨き上げられ、赤い絨毯は新調され、王家の紋章旗が等間隔に掲げられている。形式は完璧。見た目の秩序は保たれている。
だが、空気だけが違った。
静かすぎる。
いつもなら前夜には、水面下の調整が走る。書簡が往復し、使者が出入りし、妥協案が擦り合わせられる。声を荒げない代わりに、裏で動く。それが貴族社会の常道だ。
今回は、それがない。
動きは、もう終わっている。
アルベルトは執務室で報告を受けていた。
「出席予定は」
「全家門、出席表明済みでございます」
「欠席は?」
「ございません」
欠席がない。
それは良い兆候のはずだった。
だが胸の奥に、ざらつきが残る。
「発言予定者は」
「正式登録は三名。ですが……」
「だが?」
「当日追加の可能性は否定できません」
追加。
それは事前調整がないということ。
即ち、流れは既に固まっているということだ。
リュシエラが背後から言う。
「殿下は、堂々となさっていればよろしいのです」
「堂々と?」
「殿下は法を破っておりません」
確かに。
婚約破棄は合法。
契約停止も法的には可能。
新税も王権の範囲内。
だが、貴族社会は“合法”だけで動かない。
規範。
その積み重ねで成り立つ。
アルベルトは立ち上がり、窓の外を見る。
王都の灯が、いつもより少ない気がした。
「私は間違っていない」
「もちろんです」
即答。
その速さが、かえって空虚に響く。
一方、隣国。
エリシアは静かな晩餐の席にいた。
豪華ではない。
だが温度がある。
商会代表、港湾長、財務官。
意見が交わされる。
「王都の全会、結果次第では人の流れが加速します」
「予測は?」
「強い反発は出ません」
エリシアは頷く。
「強い反発は、対立があるときに起きます」
「今回は違うと?」
「合意が先にある」
彼女は杯を置く。
「怒りではなく、調整」
怒りは爆発する。
調整は静かに終わる。
王宮、深夜。
アルベルトは寝台に横たわる。
眠りは浅い。
目を閉じる。
暗闇。
白い衣が立つ。
その背後に、無数の影。
影たちは、何も言わない。
ただ視線だけが向く。
赤い飛沫が床に広がる。
彼女は笑う。
「どこまでも私がお供します」
彼は叫ぼうとする。
声が出ない。
はっと目を開ける。
天井。
静寂。
隣にはリュシエラがいる。
白い寝衣。
血はない。
だが、悪夢は鮮明だ。
「殿下?」
「……何でもない」
彼は起き上がる。
水を飲む。
手が、わずかに震える。
王太子。
その肩書は変わらない。
だが、明日。
全会で何が語られるか。
味方はいるのか。
派閥は動くのか。
反対は出るのか。
それとも。
誰も叫ばず、ただ手が上がるのか。
隣国。
エリシアは夜風に当たる。
港の灯が揺れる。
「お嬢様、心配は」
「ありません」
即答。
「私たちは順序を守っています」
王都は、順序を飛ばした。
規範は破られた。
怒りはない。
叫びもない。
だが距離は、確実に積み上がっている。
全会前夜。
王宮は静まり返る。
嵐の前ではない。
調整の前。
叫びなき決定の前。
そしてアルベルトは、初めて自覚する。
敵がいないということは、
味方もいないということなのかもしれない、と。
貴族全会の前夜、王宮は妙に整っていた。
廊下の燭台は磨き上げられ、赤い絨毯は新調され、王家の紋章旗が等間隔に掲げられている。形式は完璧。見た目の秩序は保たれている。
だが、空気だけが違った。
静かすぎる。
いつもなら前夜には、水面下の調整が走る。書簡が往復し、使者が出入りし、妥協案が擦り合わせられる。声を荒げない代わりに、裏で動く。それが貴族社会の常道だ。
今回は、それがない。
動きは、もう終わっている。
アルベルトは執務室で報告を受けていた。
「出席予定は」
「全家門、出席表明済みでございます」
「欠席は?」
「ございません」
欠席がない。
それは良い兆候のはずだった。
だが胸の奥に、ざらつきが残る。
「発言予定者は」
「正式登録は三名。ですが……」
「だが?」
「当日追加の可能性は否定できません」
追加。
それは事前調整がないということ。
即ち、流れは既に固まっているということだ。
リュシエラが背後から言う。
「殿下は、堂々となさっていればよろしいのです」
「堂々と?」
「殿下は法を破っておりません」
確かに。
婚約破棄は合法。
契約停止も法的には可能。
新税も王権の範囲内。
だが、貴族社会は“合法”だけで動かない。
規範。
その積み重ねで成り立つ。
アルベルトは立ち上がり、窓の外を見る。
王都の灯が、いつもより少ない気がした。
「私は間違っていない」
「もちろんです」
即答。
その速さが、かえって空虚に響く。
一方、隣国。
エリシアは静かな晩餐の席にいた。
豪華ではない。
だが温度がある。
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意見が交わされる。
「王都の全会、結果次第では人の流れが加速します」
「予測は?」
「強い反発は出ません」
エリシアは頷く。
「強い反発は、対立があるときに起きます」
「今回は違うと?」
「合意が先にある」
彼女は杯を置く。
「怒りではなく、調整」
怒りは爆発する。
調整は静かに終わる。
王宮、深夜。
アルベルトは寝台に横たわる。
眠りは浅い。
目を閉じる。
暗闇。
白い衣が立つ。
その背後に、無数の影。
影たちは、何も言わない。
ただ視線だけが向く。
赤い飛沫が床に広がる。
彼女は笑う。
「どこまでも私がお供します」
彼は叫ぼうとする。
声が出ない。
はっと目を開ける。
天井。
静寂。
隣にはリュシエラがいる。
白い寝衣。
血はない。
だが、悪夢は鮮明だ。
「殿下?」
「……何でもない」
彼は起き上がる。
水を飲む。
手が、わずかに震える。
王太子。
その肩書は変わらない。
だが、明日。
全会で何が語られるか。
味方はいるのか。
派閥は動くのか。
反対は出るのか。
それとも。
誰も叫ばず、ただ手が上がるのか。
隣国。
エリシアは夜風に当たる。
港の灯が揺れる。
「お嬢様、心配は」
「ありません」
即答。
「私たちは順序を守っています」
王都は、順序を飛ばした。
規範は破られた。
怒りはない。
叫びもない。
だが距離は、確実に積み上がっている。
全会前夜。
王宮は静まり返る。
嵐の前ではない。
調整の前。
叫びなき決定の前。
そしてアルベルトは、初めて自覚する。
敵がいないということは、
味方もいないということなのかもしれない、と。
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