満場一致で削除されましたが、世界は問題なく回っております』

鷹 綾

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第二十四話 消えない影

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第二十四話 消えない影

 辺境での暮らしは、表面上は穏やかだった。

 橋梁の補修は順調に進み、農地の排水も改善され、税収はわずかに上向く。小規模だが確実な成果が、数字として積み上がっていく。

 アルベルトは、毎朝その報告に目を通す。

 王都の円卓に比べれば、議論は簡素だ。

 だが順序は守られている。

 提案があり、反論があり、修正が入り、合意に至る。

 そこには予測がある。

 不意打ちはない。

 突然の命令もない。

 それでも。

 胸の奥に残る影は消えない。

 夜。

 目を閉じる。

 暗闇。

 白い衣。

 足元に広がる赤。

 整然と上がる手。

 笑顔。

「どこまでも私がお供します」

 目を開ける。

 辺境の天井。

 静寂。

 血はない。

 だが悪夢は繰り返される。

 朝。

 辺境伯が報告を持参する。

「王都との新協定が締結されました」

「……そうか」

「商会の復帰はほぼ完了」

 滑らかだ。

 王都は完全に安定した。

 自分がいなくなった後に。

 アルベルトは問いかける。

「王都では、私の名はどう扱われている」

 辺境伯は一瞬だけ視線を落とす。

「触れられておりません」

 それが答え。

 非難もなく、弁護もない。

 ただ“存在しない”。

 リュシエラが紅茶を差し出す。

「忘れられることは、自由でもございます」

「自由か」

「誰にも邪魔されません」

 邪魔。

 その言葉が、再び胸に引っかかる。

 王都で邪魔だったのは誰か。

 反対意見か。

 沈黙か。

 規範か。

 あるいは――。

 隣国。

 エリシアは王都との新協定文書に署名する。

 内容は安定志向。

 関税固定。
 輸送路保証。
 調整条項明示。

 曖昧さはない。

「新王太子は慎重です」

「予測可能であれば問題ありません」

 彼女は微笑む。

 感情ではない。

 合理。

 かつての王太子の名は出ない。

 必要がない。

 辺境の夕刻。

 アルベルトは森へと足を運ぶ。

 王都では考えもしなかった静けさがある。

 鳥の声。

 風の音。

 血の匂いも、囁きもない。

 それでも、心の奥の影は消えない。

 合法だった。

 急病も、事故も、廃嫡も。

 すべて手続き通り。

 だが悪夢の中で、白い衣は血に染まっている。

 証拠はない。

 現実には何も起きていない。

 それでも、恐怖は残る。

 リュシエラが背後から歩み寄る。

「まだ悩まれておりますの」

「……王都で起きたことは、偶然だな」

「もちろんです」

 迷いのない声。

「偶然は続くこともございます」

 その言葉は優しい。

 だが、どこか冷たい。

 夜が深まる。

 辺境の館は静まり返る。

 王都の灯は遠く、隣国の港は賑わっている。

 彼の物語は、静かに縮小している。

 だが影だけは、消えない。

 合法であっても、規範を飛ばした代償は終わらない。

 断罪はなかった。

 処刑もなかった。

 ただ、合意による排除。

 そして、消えない悪夢。

 それが彼に残された、唯一の“ざまあ”だった。
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