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第2話 繰り返された略奪
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第2話 繰り返された略奪
婚約破棄の噂は、思っていた以上に早く広まった。
王宮を出てから三日。
ライアー・ユースティティア侯爵令嬢のもとには、見舞いとも詮索ともつかぬ来訪者が相次いだ。表向きは同情の言葉を並べながら、その実、彼らの関心は一つしかない。
――次は、誰が選ばれるのか。
ライアーはそれを、苦笑と共に受け流していた。
ある午後、屋敷の応接室に、年配の侯爵夫人が訪れた。遠縁にあたる人物で、かつて王太子の婚約者だった令嬢の母でもある。
「大変でしたね……」
そう切り出した夫人は、すぐに言葉を濁した。
「ですが……あなたで、何人目かしら」
ライアーは紅茶のカップを置き、静かに答える。
「さあ。正確な数は存じません」
「そう……」
侯爵夫人は視線を伏せた。
「私の娘も、同じでした。
婚約が決まった直後から、王家名義の寄付や支援の話が次々と来て……断れば、遠回しに“不忠”を示唆されました」
その声には、悔しさよりも疲労が滲んでいた。
「婚約は一年も続かず、理由も告げられぬまま破棄。
残ったのは、王家に渡した金と、
“王太子に嫌われた家”という評判だけ」
ライアーは、何も言わずに聞いていた。
夫人は、ふっと息を吐く。
「あなたの家は、強かったのでしょうね。
最後まで、簡単には首を縦に振らなかった」
「……ええ」
ライアーは頷いた。
ユースティティア侯爵家は、決して貧しくはない。だが、理由のない支出を“王家だから”というだけで認める家でもなかった。
帳簿は常に精査され、寄付は用途を限定し、見返りのない金の流れを許さない。
その姿勢が、王太子には不都合だった。
夫人は、かすかに笑った。
「王太子殿下にとって、婚約とは縁談ではありませんの。
……狩りですわ」
その言葉は、重く、しかし妙に的確だった。
獲物を選び、追い込み、十分に肉を削ぎ落としたら、興味を失う。
そして、次の獲物を探す。
「では……」
侯爵夫人は立ち上がり、去り際に振り返った。
「あなたは、運が良かった。
これ以上、削られずに済んだのですから」
扉が閉まり、応接室に静寂が戻る。
ライアーは、一人になってから、深く息を吐いた。
(……やはり)
疑念は、確信に変わりつつあった。
それから数日、彼女は意図的に情報を集めた。
社交界の記録。過去の婚約者の家系。王家への寄付金の推移。
それらを並べてみれば、あまりにも分かりやすい共通点が浮かび上がる。
婚約が決まった家は、短期間で支出が急増する。
婚約破棄の直前には、必ず“臨時の要請”がある。
そして破棄後、その家は決まって衰退する。
(……繰り返してきたのですね)
オレン王太子は、恋に生きる青年でも、政略に悩む王族でもなかった。
ただの――
金を引き出すための立場を持った男。
ライアーは、窓の外を見やる。
王都の街並みは、どこか沈んで見えた。
市場では値段が上がり、商人は眉をひそめ、民は口を閉ざす。
税が重い。
だが、それ以上に――
理由が分からないことが、恐怖だった。
(婚約を破棄されて、良かったのでしょう)
そう、思う。
少なくとも、これ以上奪われることはない。
(……ですが)
彼女の胸に、別の感情が芽生え始めていた。
この国は、
どれほど多くの家から、
どれほど多くのものを、
こうして削り取ってきたのか。
王太子だけではない。
それを容認し、
止める者を牢に入れた者がいる。
(この国は……)
言葉にするのを、ライアーはやめた。
今は、まだ。
自分には、関係のない話のはずだから。
そう、信じようとしていた。
だが――
彼女はまだ知らない。
自分が、
この“繰り返された略奪”を止めるための、
最も皮肉な立場に立たされることを。
その時が、
すでに静かに近づいていることを。
婚約破棄の噂は、思っていた以上に早く広まった。
王宮を出てから三日。
ライアー・ユースティティア侯爵令嬢のもとには、見舞いとも詮索ともつかぬ来訪者が相次いだ。表向きは同情の言葉を並べながら、その実、彼らの関心は一つしかない。
――次は、誰が選ばれるのか。
ライアーはそれを、苦笑と共に受け流していた。
ある午後、屋敷の応接室に、年配の侯爵夫人が訪れた。遠縁にあたる人物で、かつて王太子の婚約者だった令嬢の母でもある。
「大変でしたね……」
そう切り出した夫人は、すぐに言葉を濁した。
「ですが……あなたで、何人目かしら」
ライアーは紅茶のカップを置き、静かに答える。
「さあ。正確な数は存じません」
「そう……」
侯爵夫人は視線を伏せた。
「私の娘も、同じでした。
婚約が決まった直後から、王家名義の寄付や支援の話が次々と来て……断れば、遠回しに“不忠”を示唆されました」
その声には、悔しさよりも疲労が滲んでいた。
「婚約は一年も続かず、理由も告げられぬまま破棄。
残ったのは、王家に渡した金と、
“王太子に嫌われた家”という評判だけ」
ライアーは、何も言わずに聞いていた。
夫人は、ふっと息を吐く。
「あなたの家は、強かったのでしょうね。
最後まで、簡単には首を縦に振らなかった」
「……ええ」
ライアーは頷いた。
ユースティティア侯爵家は、決して貧しくはない。だが、理由のない支出を“王家だから”というだけで認める家でもなかった。
帳簿は常に精査され、寄付は用途を限定し、見返りのない金の流れを許さない。
その姿勢が、王太子には不都合だった。
夫人は、かすかに笑った。
「王太子殿下にとって、婚約とは縁談ではありませんの。
……狩りですわ」
その言葉は、重く、しかし妙に的確だった。
獲物を選び、追い込み、十分に肉を削ぎ落としたら、興味を失う。
そして、次の獲物を探す。
「では……」
侯爵夫人は立ち上がり、去り際に振り返った。
「あなたは、運が良かった。
これ以上、削られずに済んだのですから」
扉が閉まり、応接室に静寂が戻る。
ライアーは、一人になってから、深く息を吐いた。
(……やはり)
疑念は、確信に変わりつつあった。
それから数日、彼女は意図的に情報を集めた。
社交界の記録。過去の婚約者の家系。王家への寄付金の推移。
それらを並べてみれば、あまりにも分かりやすい共通点が浮かび上がる。
婚約が決まった家は、短期間で支出が急増する。
婚約破棄の直前には、必ず“臨時の要請”がある。
そして破棄後、その家は決まって衰退する。
(……繰り返してきたのですね)
オレン王太子は、恋に生きる青年でも、政略に悩む王族でもなかった。
ただの――
金を引き出すための立場を持った男。
ライアーは、窓の外を見やる。
王都の街並みは、どこか沈んで見えた。
市場では値段が上がり、商人は眉をひそめ、民は口を閉ざす。
税が重い。
だが、それ以上に――
理由が分からないことが、恐怖だった。
(婚約を破棄されて、良かったのでしょう)
そう、思う。
少なくとも、これ以上奪われることはない。
(……ですが)
彼女の胸に、別の感情が芽生え始めていた。
この国は、
どれほど多くの家から、
どれほど多くのものを、
こうして削り取ってきたのか。
王太子だけではない。
それを容認し、
止める者を牢に入れた者がいる。
(この国は……)
言葉にするのを、ライアーはやめた。
今は、まだ。
自分には、関係のない話のはずだから。
そう、信じようとしていた。
だが――
彼女はまだ知らない。
自分が、
この“繰り返された略奪”を止めるための、
最も皮肉な立場に立たされることを。
その時が、
すでに静かに近づいていることを。
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