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第1話 損切りとしての婚約破棄
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第1話 損切りとしての婚約破棄
「――よって、ライアー・ユースティティア侯爵令嬢。
本日をもって、君との婚約は破棄する」
王宮の謁見室に、その言葉は乾いた音を立てて落ちた。
高い天井。磨き上げられた床。並び立つ貴族たち。
そして、正面に立つのは王太子オレン。
彼は、少しも感情を動かさぬまま、形式的に宣言しただけだった。
そこに、婚約を解く者の逡巡も、ためらいもない。
「理由を、伺っても?」
ライアーは静かに問い返した。
声は落ち着いており、動揺の色は一切見せない。
オレン王太子は、わずかに眉を動かした。
面倒な手続きを強いられた、という顔だった。
「理由? ああ……そうだな。
君は、王太子妃には向いていない」
それだけだった。
ざわ、と周囲が小さく揺れる。
あまりに曖昧で、あまりに投げやりな理由。
だが、ライアーは頷いた。
「承知いたしました」
一瞬、空気が止まった。
王太子は、思わず彼女を見た。
泣き崩れるでも、言い返すでもない反応を、想定していなかったのだろう。
「……それだけか?」
「はい」
ライアーは、穏やかに微笑んですらいた。
「ご判断は、王太子殿下のものです。
私に異を唱える資格はございません」
その態度に、オレンは微かに苛立ちを覚えた。
だが、それを表に出すことはなかった。
「では、以上だ」
そう言って、彼は話を打ち切ろうとした。
その瞬間、ライアーは一歩だけ前に出る。
「一点だけ、確認を」
「何だ?」
「これまで王家の名の下に支出した金品、寄付、支援について。
返還の義務は、発生いたしませんね?」
謁見室が、再びざわめいた。
それは、あまりにも実務的で、
そして――あまりにも核心を突く質問だった。
オレンは、一瞬だけ言葉に詰まる。
「……当然だ。
それらは、婚約期間中の“善意”だろう」
「承知しました」
ライアーは深く一礼する。
「では、これにて失礼いたします」
彼女は、それ以上何も言わなかった。
未練も、怒りも、恨みも、口にしない。
謁見室を去る背中を見ながら、
オレンは内心で鼻を鳴らした。
(……つまらん女だ)
彼にとって、婚約とは取引だった。
王家に迎え入れるという名目で、
相手の家から金と便宜を引き出す――
それが、いつものやり方。
だが、ライアーの家は違った。
要求には必ず理由を求め、
寄付には必ず用途を確認し、
無意味な支出を拒んだ。
(これ以上、絞れない)
それが、婚約破棄の本当の理由だった。
王太子は、すでに次の“候補”に思考を移していた。
一方――。
王宮を出たライアーは、青空を見上げる。
(王太子妃に向いていない……ですか)
胸に浮かんだのは、安堵だった。
(ええ。
それは、間違いありませんわ)
彼女は、権力の中心に立つ人間ではない。
誰かの顔色を窺い、
誰かの浪費を正当化する役目も望んでいない。
(……ですが)
歩みを止め、ライアーは思う。
(あの方は、
“王太子”には、
向いているのでしょうか)
答えは、すでに出ていた。
この国は、壊れかけている。
理由のない税。
責任を取らない権力者。
良心を口にした者が、牢に入れられる現実。
そして――
その頂点に立つ者たちが、
何一つ、それを自覚していない。
ライアーは、静かに息を吐いた。
(……もう、関わることはありません)
そう、思っていた。
この時は、まだ。
「――よって、ライアー・ユースティティア侯爵令嬢。
本日をもって、君との婚約は破棄する」
王宮の謁見室に、その言葉は乾いた音を立てて落ちた。
高い天井。磨き上げられた床。並び立つ貴族たち。
そして、正面に立つのは王太子オレン。
彼は、少しも感情を動かさぬまま、形式的に宣言しただけだった。
そこに、婚約を解く者の逡巡も、ためらいもない。
「理由を、伺っても?」
ライアーは静かに問い返した。
声は落ち着いており、動揺の色は一切見せない。
オレン王太子は、わずかに眉を動かした。
面倒な手続きを強いられた、という顔だった。
「理由? ああ……そうだな。
君は、王太子妃には向いていない」
それだけだった。
ざわ、と周囲が小さく揺れる。
あまりに曖昧で、あまりに投げやりな理由。
だが、ライアーは頷いた。
「承知いたしました」
一瞬、空気が止まった。
王太子は、思わず彼女を見た。
泣き崩れるでも、言い返すでもない反応を、想定していなかったのだろう。
「……それだけか?」
「はい」
ライアーは、穏やかに微笑んですらいた。
「ご判断は、王太子殿下のものです。
私に異を唱える資格はございません」
その態度に、オレンは微かに苛立ちを覚えた。
だが、それを表に出すことはなかった。
「では、以上だ」
そう言って、彼は話を打ち切ろうとした。
その瞬間、ライアーは一歩だけ前に出る。
「一点だけ、確認を」
「何だ?」
「これまで王家の名の下に支出した金品、寄付、支援について。
返還の義務は、発生いたしませんね?」
謁見室が、再びざわめいた。
それは、あまりにも実務的で、
そして――あまりにも核心を突く質問だった。
オレンは、一瞬だけ言葉に詰まる。
「……当然だ。
それらは、婚約期間中の“善意”だろう」
「承知しました」
ライアーは深く一礼する。
「では、これにて失礼いたします」
彼女は、それ以上何も言わなかった。
未練も、怒りも、恨みも、口にしない。
謁見室を去る背中を見ながら、
オレンは内心で鼻を鳴らした。
(……つまらん女だ)
彼にとって、婚約とは取引だった。
王家に迎え入れるという名目で、
相手の家から金と便宜を引き出す――
それが、いつものやり方。
だが、ライアーの家は違った。
要求には必ず理由を求め、
寄付には必ず用途を確認し、
無意味な支出を拒んだ。
(これ以上、絞れない)
それが、婚約破棄の本当の理由だった。
王太子は、すでに次の“候補”に思考を移していた。
一方――。
王宮を出たライアーは、青空を見上げる。
(王太子妃に向いていない……ですか)
胸に浮かんだのは、安堵だった。
(ええ。
それは、間違いありませんわ)
彼女は、権力の中心に立つ人間ではない。
誰かの顔色を窺い、
誰かの浪費を正当化する役目も望んでいない。
(……ですが)
歩みを止め、ライアーは思う。
(あの方は、
“王太子”には、
向いているのでしょうか)
答えは、すでに出ていた。
この国は、壊れかけている。
理由のない税。
責任を取らない権力者。
良心を口にした者が、牢に入れられる現実。
そして――
その頂点に立つ者たちが、
何一つ、それを自覚していない。
ライアーは、静かに息を吐いた。
(……もう、関わることはありません)
そう、思っていた。
この時は、まだ。
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