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第4話 政務を捨てた王
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第4話 政務を捨てた王
謁見室に入った瞬間、ライアーは空気の違いを感じ取った。
張り詰めているはずの場に、緊張がない。
重厚な扉の奥にあるのは、政治の中枢――のはずだった。
だが漂っているのは、酒と香の匂い、そして怠惰。
玉座に座るロネ国王は、半ば身を投げ出すような姿勢で、杯を傾けていた。
目が合うと、気だるげに片手を上げる。
「来たか。……座れ」
命令というより、面倒事を早く終わらせたい人間の口ぶりだった。
ライアーは一礼し、勧められた椅子に腰を下ろす。
周囲には近侍が数名いるが、誰も視線を合わせようとしない。
「さて……」
ロネ国王は杯を机に置き、わざとらしく咳払いをした。
「聞いたぞ。オレンに婚約を破棄されたそうだな」
「はい」
淡々と答えると、国王は鼻で笑う。
「まあ、よい。
あれは気まぐれな男だ。
いちいち気にする必要はない」
それが、父親としての言葉だろうか。
ライアーは、何も言わなかった。
「それよりだ」
ロネ国王は身を乗り出し、指で机を叩く。
「最近、政務がうるさくてな。
あれこれ報告が上がってくるが、正直、面倒だ」
(……面倒)
その一言で、すべてが理解できた。
「宰相もいなくなった。
これで静かになると思ったのだが……」
言外に、投獄を後悔していないことが滲む。
「そこでだ、ライアー」
国王は、にやりと笑った。
「しばらく、余に代わって政務を見てくれ」
一瞬、言葉の意味が理解できなかった。
「……恐れながら、陛下。
私には、その資格も経験もございません」
「問題ない」
即答だった。
「書類に判を押し、会議に出て、
適当に頷いていればいい」
(適当に)
ライアーは、心の中でその言葉を反芻する。
「余はな、しばらく別荘で過ごす。
王都は息が詰まる」
「……政務は?」
「だから、任せると言っている」
不機嫌そうに言い放つ。
「婚約も解消されたのだ。
王家に奉仕する役目がなくなったわけではあるまい?」
それは、あまりにも身勝手で、理不尽な理屈だった。
「お断りいたします」
ライアーは、はっきりと言った。
「私は政治家ではありません。
国政に関わるつもりもございません」
謁見室の空気が、わずかに動く。
ロネ国王の目が細くなった。
「……余の命令だ」
声が低くなる。
「拒否権はない」
それは、話し合いではなかった。
王命――ただそれだけで、人の人生を動かす言葉。
「承知、いたしました」
ライアーは、深く頭を下げた。
拒否は、できない。
それは理解している。
だが、心の奥では、冷静な声が響いていた。
(私は、政治家ではありません)
(だからこそ……)
王宮を出るとき、彼女は空を見上げた。
雲一つない青空が、妙に遠く感じられる。
その夜、屋敷に戻ったライアーは、灯りも点けずに机に向かった。
引き出しから、古い覚書を取り出す。
それは、数年前に聞いた話。
リシュリュー公爵が、議会で語った言葉を書き留めたものだ。
――「税とは、国民から信頼を借りる行為である」
(この国の良心は、今、牢にある)
胸の奥で、静かに決意が固まっていく。
(私は、代わりでしかない)
(だからこそ――
自分の判断で、国を動かしてはいけない)
必要なのは、
信頼できる助言者。
この国が、まだ壊れきっていないと証明できる存在。
「……リシュリュー公爵」
その名を口にした瞬間、
ライアーは初めて、
この無茶な命令の中に、
わずかな道筋を見出していた。
翌朝、王宮から正式な通達が届く。
――国王陛下は、しばらく王家の別荘に滞在される。
――その間、必要な政務は、代行者が処理する。
代行者の名は、まだ伏せられていた。
だが、歯車は、確実に回り始めている。
そしてライアーは、まだ知らない。
この「代行」という立場が、
やがて――
本物の王を牢に送り込む鍵になることを。
それは、皮肉で、冷酷で、
そして、この国にとっては、
唯一残された正解だった。
謁見室に入った瞬間、ライアーは空気の違いを感じ取った。
張り詰めているはずの場に、緊張がない。
重厚な扉の奥にあるのは、政治の中枢――のはずだった。
だが漂っているのは、酒と香の匂い、そして怠惰。
玉座に座るロネ国王は、半ば身を投げ出すような姿勢で、杯を傾けていた。
目が合うと、気だるげに片手を上げる。
「来たか。……座れ」
命令というより、面倒事を早く終わらせたい人間の口ぶりだった。
ライアーは一礼し、勧められた椅子に腰を下ろす。
周囲には近侍が数名いるが、誰も視線を合わせようとしない。
「さて……」
ロネ国王は杯を机に置き、わざとらしく咳払いをした。
「聞いたぞ。オレンに婚約を破棄されたそうだな」
「はい」
淡々と答えると、国王は鼻で笑う。
「まあ、よい。
あれは気まぐれな男だ。
いちいち気にする必要はない」
それが、父親としての言葉だろうか。
ライアーは、何も言わなかった。
「それよりだ」
ロネ国王は身を乗り出し、指で机を叩く。
「最近、政務がうるさくてな。
あれこれ報告が上がってくるが、正直、面倒だ」
(……面倒)
その一言で、すべてが理解できた。
「宰相もいなくなった。
これで静かになると思ったのだが……」
言外に、投獄を後悔していないことが滲む。
「そこでだ、ライアー」
国王は、にやりと笑った。
「しばらく、余に代わって政務を見てくれ」
一瞬、言葉の意味が理解できなかった。
「……恐れながら、陛下。
私には、その資格も経験もございません」
「問題ない」
即答だった。
「書類に判を押し、会議に出て、
適当に頷いていればいい」
(適当に)
ライアーは、心の中でその言葉を反芻する。
「余はな、しばらく別荘で過ごす。
王都は息が詰まる」
「……政務は?」
「だから、任せると言っている」
不機嫌そうに言い放つ。
「婚約も解消されたのだ。
王家に奉仕する役目がなくなったわけではあるまい?」
それは、あまりにも身勝手で、理不尽な理屈だった。
「お断りいたします」
ライアーは、はっきりと言った。
「私は政治家ではありません。
国政に関わるつもりもございません」
謁見室の空気が、わずかに動く。
ロネ国王の目が細くなった。
「……余の命令だ」
声が低くなる。
「拒否権はない」
それは、話し合いではなかった。
王命――ただそれだけで、人の人生を動かす言葉。
「承知、いたしました」
ライアーは、深く頭を下げた。
拒否は、できない。
それは理解している。
だが、心の奥では、冷静な声が響いていた。
(私は、政治家ではありません)
(だからこそ……)
王宮を出るとき、彼女は空を見上げた。
雲一つない青空が、妙に遠く感じられる。
その夜、屋敷に戻ったライアーは、灯りも点けずに机に向かった。
引き出しから、古い覚書を取り出す。
それは、数年前に聞いた話。
リシュリュー公爵が、議会で語った言葉を書き留めたものだ。
――「税とは、国民から信頼を借りる行為である」
(この国の良心は、今、牢にある)
胸の奥で、静かに決意が固まっていく。
(私は、代わりでしかない)
(だからこそ――
自分の判断で、国を動かしてはいけない)
必要なのは、
信頼できる助言者。
この国が、まだ壊れきっていないと証明できる存在。
「……リシュリュー公爵」
その名を口にした瞬間、
ライアーは初めて、
この無茶な命令の中に、
わずかな道筋を見出していた。
翌朝、王宮から正式な通達が届く。
――国王陛下は、しばらく王家の別荘に滞在される。
――その間、必要な政務は、代行者が処理する。
代行者の名は、まだ伏せられていた。
だが、歯車は、確実に回り始めている。
そしてライアーは、まだ知らない。
この「代行」という立場が、
やがて――
本物の王を牢に送り込む鍵になることを。
それは、皮肉で、冷酷で、
そして、この国にとっては、
唯一残された正解だった。
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