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第5話 牢の中の宰相
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第5話 牢の中の宰相
王宮の地下牢は、昼でも薄暗い。
湿った石壁に、かすかな灯りが揺れ、
鉄格子の向こうから、重く冷たい空気が流れてくる。
ライアーは、足音を抑えて通路を進んだ。
同行しているのは、最低限の護衛のみ。
この訪問は、公式のものではない。
「……こちらです」
看守が囁くように言い、
一つの牢の前で立ち止まった。
その中にいた男は、
囚人にしては、あまりに背筋が伸びていた。
粗末な囚人服。
だが、姿勢だけは崩れていない。
宰相リシュリュー公爵。
彼は、足音に気づき、ゆっくりと顔を上げた。
「……これは、珍しいお客人だ」
穏やかな声だった。
怒りも、恨みも、そこにはない。
ライアーは、鉄格子の前で一礼する。
「ご無沙汰しております、宰相閣下」
「“閣下”とは、もう呼ばれぬ身だがな」
自嘲するように、リシュリューは微笑んだ。
「それで……なぜ、ここへ?」
ライアーは、しばし言葉を選んだ。
「単刀直入に申し上げます。
私は、国王の政務代行を命じられました」
一瞬。
だが確かに、リシュリューの目が細くなった。
「……なるほど」
驚きはない。
すでに、すべてを理解した顔だった。
「陛下は、別荘へ?」
「はい」
「そうだろうな」
彼は、静かに頷いた。
「では、私は不要になった、というわけだ」
「いいえ」
ライアーは、はっきりと言った。
「その逆です」
リシュリューは、彼女を見つめる。
「あなたは、この国の良心です」
その言葉に、彼は少しだけ目を伏せた。
「買いかぶりだ。
私は、正しいと思ったことを言っただけだよ」
「それが、できる人が、もういません」
ライアーは、真っ直ぐに続ける。
「税率八割。
理由なき課税。
王太子の婚約破棄の乱発」
「……知っている」
「止めようとしたのは、あなた一人でした」
沈黙が落ちる。
牢の奥で、水滴が落ちる音がした。
「だから、投獄された」
リシュリューは、淡々と言った。
「それだけのことだ」
「それだけ、ではありません」
ライアーは、一歩、鉄格子に近づく。
「あなたがいなくなったら、
この国は、完全に壊れます」
リシュリューは、ゆっくりと顔を上げた。
「……それで?」
「お願いがあります」
彼女は、深く頭を下げた。
「私に、助言をしてください」
一瞬、空気が凍りつく。
「私は政治家ではありません。
王になるつもりもありません」
顔を上げ、続ける。
「私は、ただの“代行”です」
「……それでも?」
「それでも、
今、この国の舵を握っているのは、私です」
リシュリューは、しばらく黙っていた。
やがて、低く笑う。
「……君は、正直だな」
「嘘をつく必要がありません」
「確かに」
彼は、深く息を吐いた。
「だが、私が協力すれば、
君は、王に見えるようになる」
「構いません」
即答だった。
「私は、“王”を演じます。
ですが、判断は、あなたに委ねたい」
「……なるほど」
リシュリューの目に、初めて光が宿る。
「それは、興味深い提案だ」
彼は、鉄格子越しに、ライアーを見据えた。
「だが、条件がある」
「何でしょう」
「まず、私をここから出せ」
当然の要求だった。
「そして、改革は急ぐな」
「急がない?」
「壊すのは一瞬だが、
立て直すには、順序がある」
彼は、静かに言う。
「税を下げれば、喝采は起きる。
だが、同時に混乱も生まれる」
「……分かります」
「だから、まず“象徴”を作る」
「象徴?」
「“王が変わった”という、物語だ」
その言葉に、ライアーは目を細めた。
(やはり……)
彼は、政治家だった。
だが同時に、
民心を理解する、現実主義者でもある。
「分かりました」
ライアーは頷いた。
「あなたを、解放します」
「即刻?」
「ええ。
それが、最初の改革です」
リシュリューは、しばし彼女を見つめ、
やがて、ゆっくりと頭を下げた。
「……お仕えしよう」
「ですが」
彼は、少しだけ微笑む。
「君は、誰だ?」
ライアーは、迷わなかった。
「この国を、
壊さなかった側の人間です」
その言葉を聞いて、
リシュリューは、確信した。
(この偽王は……使える)
いや――
(この国に、必要だ)
その夜、極秘裏に命令が下される。
――宰相リシュリュー公爵、
――入牢は誤認によるものとし、即刻解放。
翌朝。
王都に、最初の噂が流れ始めた。
「……国王が、変わったらしい」
まだ誰も知らない。
それが、本物の王ではなく、
“偽王”の物語の始まりであることを。
王宮の地下牢は、昼でも薄暗い。
湿った石壁に、かすかな灯りが揺れ、
鉄格子の向こうから、重く冷たい空気が流れてくる。
ライアーは、足音を抑えて通路を進んだ。
同行しているのは、最低限の護衛のみ。
この訪問は、公式のものではない。
「……こちらです」
看守が囁くように言い、
一つの牢の前で立ち止まった。
その中にいた男は、
囚人にしては、あまりに背筋が伸びていた。
粗末な囚人服。
だが、姿勢だけは崩れていない。
宰相リシュリュー公爵。
彼は、足音に気づき、ゆっくりと顔を上げた。
「……これは、珍しいお客人だ」
穏やかな声だった。
怒りも、恨みも、そこにはない。
ライアーは、鉄格子の前で一礼する。
「ご無沙汰しております、宰相閣下」
「“閣下”とは、もう呼ばれぬ身だがな」
自嘲するように、リシュリューは微笑んだ。
「それで……なぜ、ここへ?」
ライアーは、しばし言葉を選んだ。
「単刀直入に申し上げます。
私は、国王の政務代行を命じられました」
一瞬。
だが確かに、リシュリューの目が細くなった。
「……なるほど」
驚きはない。
すでに、すべてを理解した顔だった。
「陛下は、別荘へ?」
「はい」
「そうだろうな」
彼は、静かに頷いた。
「では、私は不要になった、というわけだ」
「いいえ」
ライアーは、はっきりと言った。
「その逆です」
リシュリューは、彼女を見つめる。
「あなたは、この国の良心です」
その言葉に、彼は少しだけ目を伏せた。
「買いかぶりだ。
私は、正しいと思ったことを言っただけだよ」
「それが、できる人が、もういません」
ライアーは、真っ直ぐに続ける。
「税率八割。
理由なき課税。
王太子の婚約破棄の乱発」
「……知っている」
「止めようとしたのは、あなた一人でした」
沈黙が落ちる。
牢の奥で、水滴が落ちる音がした。
「だから、投獄された」
リシュリューは、淡々と言った。
「それだけのことだ」
「それだけ、ではありません」
ライアーは、一歩、鉄格子に近づく。
「あなたがいなくなったら、
この国は、完全に壊れます」
リシュリューは、ゆっくりと顔を上げた。
「……それで?」
「お願いがあります」
彼女は、深く頭を下げた。
「私に、助言をしてください」
一瞬、空気が凍りつく。
「私は政治家ではありません。
王になるつもりもありません」
顔を上げ、続ける。
「私は、ただの“代行”です」
「……それでも?」
「それでも、
今、この国の舵を握っているのは、私です」
リシュリューは、しばらく黙っていた。
やがて、低く笑う。
「……君は、正直だな」
「嘘をつく必要がありません」
「確かに」
彼は、深く息を吐いた。
「だが、私が協力すれば、
君は、王に見えるようになる」
「構いません」
即答だった。
「私は、“王”を演じます。
ですが、判断は、あなたに委ねたい」
「……なるほど」
リシュリューの目に、初めて光が宿る。
「それは、興味深い提案だ」
彼は、鉄格子越しに、ライアーを見据えた。
「だが、条件がある」
「何でしょう」
「まず、私をここから出せ」
当然の要求だった。
「そして、改革は急ぐな」
「急がない?」
「壊すのは一瞬だが、
立て直すには、順序がある」
彼は、静かに言う。
「税を下げれば、喝采は起きる。
だが、同時に混乱も生まれる」
「……分かります」
「だから、まず“象徴”を作る」
「象徴?」
「“王が変わった”という、物語だ」
その言葉に、ライアーは目を細めた。
(やはり……)
彼は、政治家だった。
だが同時に、
民心を理解する、現実主義者でもある。
「分かりました」
ライアーは頷いた。
「あなたを、解放します」
「即刻?」
「ええ。
それが、最初の改革です」
リシュリューは、しばし彼女を見つめ、
やがて、ゆっくりと頭を下げた。
「……お仕えしよう」
「ですが」
彼は、少しだけ微笑む。
「君は、誰だ?」
ライアーは、迷わなかった。
「この国を、
壊さなかった側の人間です」
その言葉を聞いて、
リシュリューは、確信した。
(この偽王は……使える)
いや――
(この国に、必要だ)
その夜、極秘裏に命令が下される。
――宰相リシュリュー公爵、
――入牢は誤認によるものとし、即刻解放。
翌朝。
王都に、最初の噂が流れ始めた。
「……国王が、変わったらしい」
まだ誰も知らない。
それが、本物の王ではなく、
“偽王”の物語の始まりであることを。
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