偽王を演じた侯爵令嬢は、名もなき人生を選ぶ」

鷹 綾

文字の大きさ
6 / 39

第6話 王が変わった日

しおりを挟む
第6話 王が変わった日

宰相リシュリュー公爵が解放されたという噂は、
王都に夜明けよりも早く広がった。

公式発表は簡潔だった。
――入牢は誤認によるもの。
――宰相職への復帰を命ずる。

それだけ。

理由の説明はない。
謝罪もない。
だが、それで十分だった。

「……生きて戻ったのか」
「いや、それだけじゃない。復職だ」
「どういう風の吹き回しだ?」

人々は首を傾げ、
同時に、胸の奥に小さな期待を抱いた。

あのリシュリュー公爵が戻った。
それだけで、空気がわずかに変わる。


---

王宮の執務室。

ライアーは、玉座には座らず、
机の前に立ったまま書類を眺めていた。

そこへ、リシュリューが入室する。

「……これは、ひどい」

開口一番、彼はそう言った。

「予想以上だ」

机に積まれたのは、
未処理の政務書類の山。

税の増設案。
王太子名義の支出申請。
用途不明の寄付要請。

「ここ三年で、税が二十三増えている」

淡々と、しかし重く言う。

「そのうち、
 徴税コストが税収を上回るものが八つ。
 完全な赤字だ」

ライアーは、苦笑した。

「“取れるところから取れ”
 それだけの発想なのでしょうね」

「ええ。
 国家運営ではなく、
 その場しのぎの浪費です」

リシュリューは、一枚の書類を取り上げる。

「……独身税」

「ありますわね」

「意味がない。
 結婚率は下がり、出生率も落ちる。
 税収も誤差程度」

彼は、即座に結論を出した。

「廃止すべきだ」

ライアーは、すぐには頷かなかった。

「一気にやると、反発が出ます」

「分かっています」

リシュリューは、彼女を見る。

「だから、“順番”です」

机に地図を広げ、指で示す。

「まず、最も悪名の高い税から切る。
 窓税、暖炉税、ヒゲ税」

「象徴、ですね」

「ええ。
 民は理屈より、“変化”を見る」

彼は、少しだけ口元を緩めた。

「王が、民を見るようになった。
 そう思わせる」

ライアーは、深く息を吸った。

「……私は、政治家ではありません」

「知っています」

「だから、決めるのはあなたです」

リシュリューは、静かに首を振る。

「いいえ。
 決断するのは、あなたです」

「私は、代行です」

「代行でも、
 命令を出すのは、あなただ」

その言葉に、ライアーは目を閉じた。

(逃げ道は、ない)

やがて、彼女は目を開く。

「では……」

机の上の書類を取り上げる。

「窓税、暖炉税、ヒゲ税。
 本日付で廃止」

リシュリューは、即座に補足する。

「代わりに、基本税のみを整理する。
 税率は――」

「二割」

ライアーが言った。

「それ以上は、国を壊します」

「……妥当です」

リシュリューは、深く頷いた。

命令書が完成し、
印章が押される。

その瞬間。

この国は、確かに一歩、戻った。


---

同日、王都。

掲示板の前に、人だかりができていた。

「……窓税、廃止?」
「暖炉税も?」
「本当か?」

誰かが笑い、
誰かが疑い、
誰かが泣いた。

「国王陛下が、変わられた……?」

その言葉は、
半信半疑のまま、
だが確実に広がっていく。


---

その夜。

ライアーは、一人、執務室に残っていた。

灯りの下で、静かに呟く。

「……名君、ですか」

机の上には、
“王が変わった”という噂をまとめた報告書。

「まともになっただけですわ」

誰に向けるでもなく、そう言う。

(私は、王にならない)

(偽王を演じるだけ)

それが、彼女の立ち位置。

そして――

その“偽り”こそが、
この国を救う最短距離だと、
彼女はもう、理解していた。

その頃。

王家の別荘では、
ロネ国王が、
新しい酒を命じていた。

自分の名の下で、
何が起きているかも知らずに。

運命の歯車は、
静かに、
しかし確実に噛み合い始めていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約者が妹と結婚したいと言ってきたので、私は身を引こうと決めました

日下奈緒
恋愛
アーリンは皇太子・クリフと婚約をし幸せな生活をしていた。 だがある日、クリフが妹のセシリーと結婚したいと言ってきた。 もしかして、婚約破棄⁉

訳あり侯爵様に嫁いで白い結婚をした虐げられ姫が逃亡を目指した、その結果

柴野
恋愛
国王の側妃の娘として生まれた故に虐げられ続けていた王女アグネス・エル・シェブーリエ。 彼女は父に命じられ、半ば厄介払いのような形で訳あり侯爵様に嫁がされることになる。 しかしそこでも不要とされているようで、「きみを愛することはない」と言われてしまったアグネスは、ニヤリと口角を吊り上げた。 「どうせいてもいなくてもいいような存在なんですもの、さっさと逃げてしまいましょう!」 逃亡して自由の身になる――それが彼女の長年の夢だったのだ。 あらゆる手段を使って脱走を実行しようとするアグネス。だがなぜか毎度毎度侯爵様にめざとく見つかってしまい、その度失敗してしまう。 しかも日に日に彼の態度は温かみを帯びたものになっていった。 気づけば一日中彼と同じ部屋で過ごすという軟禁状態になり、溺愛という名の雁字搦めにされていて……? 虐げられ姫と女性不信な侯爵によるラブストーリー。 ※小説家になろうに重複投稿しています。

報われない恋の行方〜いつかあなたは私だけを見てくれますか〜

矢野りと
恋愛
『少しだけ私に時間をくれないだろうか……』 彼はいつだって誠実な婚約者だった。 嘘はつかず私に自分の気持ちを打ち明け、学園にいる間だけ想い人のこともその目に映したいと告げた。 『想いを告げることはしない。ただ見ていたいんだ。どうか、許して欲しい』 『……分かりました、ロイド様』 私は彼に恋をしていた。だから、嫌われたくなくて……それを許した。 結婚後、彼は約束通りその瞳に私だけを映してくれ嬉しかった。彼は誠実な夫となり、私は幸せな妻になれた。 なのに、ある日――彼の瞳に映るのはまた二人になっていた……。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※お話の内容があわないは時はそっと閉じてくださいませ。

他の人を好きになったあなたを、私は愛することができません

天宮有
恋愛
 公爵令嬢の私シーラの婚約者レヴォク第二王子が、伯爵令嬢ソフィーを好きになった。    第三王子ゼロアから聞いていたけど、私はレヴォクを信じてしまった。  その結果レヴォクに協力した国王に冤罪をかけられて、私は婚約破棄と国外追放を言い渡されてしまう。  追放された私は他国に行き、数日後ゼロアと再会する。  ゼロアは私を追放した国王を嫌い、国を捨てたようだ。  私はゼロアと新しい生活を送って――元婚約者レヴォクは、後悔することとなる。

覚悟はありますか?

翔王(とわ)
恋愛
私は王太子の婚約者として10年以上すぎ、王太子妃教育も終わり、学園卒業後に結婚し王妃教育が始まる間近に1人の令嬢が発した言葉で王族貴族社会が荒れた……。 「あたし、王太子妃になりたいんですぅ。」 ご都合主義な創作作品です。 異世界版ギャル風な感じの話し方も混じりますのでご了承ください。 恋愛カテゴリーにしてますが、恋愛要素は薄めです。

有能婚約者を捨てた王子は、幼馴染との真実の愛に目覚めたらしい

マルローネ
恋愛
サンマルト王国の王子殿下のフリックは公爵令嬢のエリザに婚約破棄を言い渡した。 理由は幼馴染との「真実の愛」に目覚めたからだ。 エリザの言い分は一切聞いてもらえず、彼に誠心誠意尽くしてきた彼女は悲しんでしまう。 フリックは幼馴染のシャーリーと婚約をすることになるが、彼は今まで、どれだけエリザにサポートしてもらっていたのかを思い知ることになってしまう。一人でなんでもこなせる自信を持っていたが、地の底に落ちてしまうのだった。 一方、エリザはフリックを完璧にサポートし、その態度に感銘を受けていた第一王子殿下に求婚されることになり……。

【完結済】自由に生きたいあなたの愛を期待するのはもうやめました

鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
 伯爵令嬢クラウディア・マクラウドは長年の婚約者であるダミアン・ウィルコックス伯爵令息のことを大切に想っていた。結婚したら彼と二人で愛のある家庭を築きたいと夢見ていた。  ところが新婚初夜、ダミアンは言った。 「俺たちはまるっきり愛のない政略結婚をしたわけだ。まぁ仕方ない。あとは割り切って互いに自由に生きようじゃないか。」  そう言って愛人らとともに自由に過ごしはじめたダミアン。激しくショックを受けるクラウディアだったが、それでもひたむきにダミアンに尽くし、少しずつでも自分に振り向いて欲しいと願っていた。  しかしそんなクラウディアの思いをことごとく裏切り、鼻で笑うダミアン。  心が折れそうなクラウディアはそんな時、王国騎士団の騎士となった友人アーネスト・グレアム侯爵令息と再会する。  初恋の相手であるクラウディアの不幸せそうな様子を見て、どうにかダミアンから奪ってでも自分の手で幸せにしたいと考えるアーネスト。  そんなアーネストと次第に親密になり自分から心が離れていくクラウディアの様子を見て、急に焦り始めたダミアンは───── (※※夫が酷い男なので序盤の数話は暗い話ですが、アーネストが出てきてからはわりとラブコメ風です。)(※※この物語の世界は作者独自の設定です。)

【 完結 】「婚約破棄」されましたので、恥ずかしいから帰っても良いですか?

しずもり
恋愛
ミレーヌはガルド国のシルフィード公爵令嬢で、この国の第一王子アルフリートの婚約者だ。いや、もう元婚約者なのかも知れない。 王立学園の卒業パーティーが始まる寸前で『婚約破棄』を宣言されてしまったからだ。アルフリートの隣にはピンクの髪の美少女を寄り添わせて、宣言されたその言葉にミレーヌが悲しむ事は無かった。それよりも彼女の心を占めていた感情はー。 恥ずかしい。恥ずかしい。恥ずかしい!! ミレーヌは恥ずかしかった。今すぐにでも気を失いたかった。 この国で、学園で、知っていなければならない、知っている筈のアレを、第一王子たちはいつ気付くのか。 孤軍奮闘のミレーヌと愉快な王子とお馬鹿さんたちのちょっと変わった断罪劇です。 なんちゃって異世界のお話です。 時代考証など皆無の緩い設定で、殆どを現代風の口調、言葉で書いています。 HOT2位 &人気ランキング 3位になりました。(2/24) 数ある作品の中で興味を持って下さりありがとうございました。 *国の名前をオレーヌからガルドに変更しました。

処理中です...