偽王を演じた侯爵令嬢は、名もなき人生を選ぶ」

鷹 綾

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第7話 噂という名の防壁

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第7話 噂という名の防壁

王都に広がった噂は、翌日には“空気”になっていた。

掲示板の前で足を止める者は減り、
代わりに、人々は互いに目配せを交わすようになる。

――国王が、変わった。
――理由は分からない。だが、税が消えた。
――宰相が戻った。

それだけで十分だった。

理屈は、後からついてくる。
民が先に求めるのは、息ができることだ。


---

王宮では、別の種類のざわめきが生じていた。

「……本当に、窓税を廃止したのですか?」
「しかも、署名は“陛下”ご本人の……」

官僚たちは、書類を何度も見返す。
印章に、偽りはない。

「宰相リシュリューの復帰が、条件だったのか?」
「いや、あの方は、条件を出すような人物では……」

結論は出ない。

だが、共通していたのは一つ。

(逆らう理由が、ない)

税が減り、業務は整理され、
責任の所在が、はっきりした。

“まとも”というだけで、
どれほど現場が楽になるか。

それを、彼らは嫌というほど知っていた。


---

同時刻。

ライアーは、執務室で報告書を読んでいた。

「……民間の反応は、概ね好意的です」

リシュリューが、淡々と読み上げる。

「一部の貴族から不満は出ていますが、
 表立った反発はありません」

「理由は?」

「彼らもまた、
 “次に何が起きるか”を見ているからです」

ライアーは、頷いた。

「噂は?」

「拡散しています。
 “国王は愚行を恥じ、改心した”
 “宰相の進言を聞き入れた”
 そういう筋書きで」

「……誰が?」

「誰でもない。
 自然発生です」

それが、一番強い。

「噂は、盾になります」

リシュリューは続ける。

「陛下が何をしても、
 “変わったから”で説明がつく」

「では……」

ライアーは、視線を上げる。

「次は、何を?」

「触れてはいけないところです」

リシュリューは、間を置いた。

「王太子、です」

その名に、空気が一段、重くなる。

「彼の行動は、すでに限界を超えています。
 婚約破棄の繰り返し、
 家門への不当な金銭要求」

「国王が容認してきた」

「ええ。
 ですが、今の“国王”は、違う」

ライアーは、ゆっくりと椅子に腰を下ろした。

「謹慎、ですか」

「まずは」

リシュリューは、淡々と言う。

「処罰ではなく、
 “調査のための措置”として」

「反発は?」

「出ます。
 ですが、民は拍手する」

その言葉に、ライアーは目を伏せた。

(私は、王ではない)

(だが……)

「命じます」

顔を上げ、はっきりと言う。

「王太子オレンに、
 謹慎を命じなさい」

リシュリューは、一礼する。

「期間は?」

「無期限」

即答だった。

「調査が終わるまで」

その日のうちに、王命が出された。


---

王太子の私室。

「……は?」

オレンは、使者の言葉を理解できずにいた。

「謹慎? 私が?」

「はい。
 陛下のご命令です」

「父上が?」

「左様にございます」

オレンは、笑った。

「冗談だろう。
 今まで、何も言われなかった」

「“今の私は、その時の私ではない”
 ――そう、おっしゃられました」

その言葉に、オレンの顔が歪む。

「納得できん!」

「納得は、不要とのことです」

使者は、淡々と告げた。

「王命である。
 速やかに謹慎に入れ」

扉が閉まる。

オレンは、拳を壁に叩きつけた。

(……何が起きている)

父は、こんな男ではなかった。
いや、こんな“面倒なこと”をする男ではなかった。


---

同日、王都。

人々は、噂を聞き、頷いた。

「王太子が、謹慎?」
「やっとか……」
「遅すぎるくらいだ」

誰も、擁護しない。

それが、すべてだった。


---

夜。

ライアーは、窓辺に立っていた。

遠くに、王都の灯りが見える。

「……噂は、壁になります」

「ええ」

背後で、リシュリューが応じる。

「ですが、壁の向こうには、
 本物の王がいます」

「承知しています」

ライアーは、静かに言った。

「だからこそ……」

(私は、退位する)

(すべてが終わった後で)

その決意は、まだ誰にも告げられていない。

だが、確実に、
次の段階へと物語は進んでいた。

王家の別荘で、
何も知らずに遊興に耽る男の元へ、
静かな包囲網が、
すでに伸び始めていることを。
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