偽王を演じた侯爵令嬢は、名もなき人生を選ぶ」

鷹 綾

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第8話 偽王という役割

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第8話 偽王という役割

王太子オレンが謹慎に入ったという報は、
王都にとって“当然の帰結”として受け取られた。

怒りは起きない。
抗議も起きない。
ただ、「やっとだ」という空気だけが残る。

それは、為政者にとって最も重い評価だった。


---

王宮・執務室。

ライアーは、机に積まれた報告書を前に、静かに息を吐いた。

「反発は、予想より少ないですね」

「当然です」

リシュリューは、淡々と答える。

「民も、官僚も、
 王太子が“守るべき存在”だと思っていなかった」

それは、残酷だが正確な分析だった。

「……謹慎とは名ばかりで、
 実質的な隔離ですわね」

「ええ。
 ですが、“罰”ではありません」

リシュリューは、言葉を選ぶ。

「罰にすると、
 彼は“被害者”を演じます」

「……なるほど」

ライアーは、理解した。

(処罰ではなく、
 調査の名目で縛る)

それが、最も静かで、
最も確実なやり方。

「では次は……」

彼女は、自然とその言葉を口にしていた。

「国王、ですね」

沈黙が落ちる。

その名は、
今や王都でほとんど語られなくなっていた。

「ロネ国王は、
 まだ別荘に滞在中です」

「ええ。
 しかも、長期滞在の準備をしている」

ライアーは、わずかに眉を寄せる。

「……戻る気がない?」

「最初から、そのつもりでしょう」

リシュリューは、苦笑した。

「政務は煩わしい。
 責任は取りたくない。
 ですが、王の座は手放したくない」

「……最低ですわね」

「それでも、“王”です」

リシュリューは、静かに言う。

「だから、ここからが重要です」

彼は、机の上に一枚の紙を置いた。

「“国王は変わった”
 この物語を、完成させる必要があります」

「完成、ですか」

「ええ」

彼は、ライアーを見据える。

「今のあなたは、
 “国王の代行”です」

「はい」

「ですが、民はすでに、
 あなたを“国王”として認識し始めている」

その言葉に、ライアーは目を伏せた。

(私は、王にならない)

(王になるつもりもない)

「……それは、危険では?」

「危険です」

即答だった。

「だからこそ、
 役割をはっきりさせる」

リシュリューは、低く告げる。

「あなたは、“偽王”です」

その言葉は、重かった。

「本物の国王が戻るまで、
 国を正常に保つ存在」

「……私は、
 本物になるつもりはありません」

「知っています」

リシュリューは、静かに続ける。

「だから、あなたに任せたい」

ライアーは、しばらく考え込んだ。

偽王。
それは、
栄光も、名誉も、
最終的にはすべて捨てる役割。

(……向いているのかもしれません)

そう、思ってしまった自分に、
彼女は内心で苦笑した。

「分かりました」

顔を上げ、言う。

「私は、
 “国王を演じる”だけです」

「それで、十分です」

リシュリューは、深く頷いた。


---

その夜、
王宮では小さな変化が起きていた。

近侍たちが、
ライアーに向かって、
無意識に頭を下げるようになったのだ。

「陛下……」

そう呼びかけてから、
慌てて言い直す者もいる。

「……いえ、代行殿下」

ライアーは、そのたびに、
軽く首を振る。

「構いません」

それ以上、訂正はしなかった。

(名前など、どうでもいい)

(役割が果たされるなら)


---

王家の別荘。

ロネ国王は、
新しい娯楽に夢中になっていた。

「……王都が、静かだな」

「はい。
 宰相が戻り、
 政務は滞りなく進んでいると」

「そうか」

ロネは、満足そうに笑う。

「なら、問題ない」

彼は、気づいていない。

その“滞りのなさ”こそが、
異常であることに。


---

王都の夜。

ライアーは、窓辺に立ち、
静かに呟いた。

「私は、王になりません」

その声は、誰にも聞かれない。

「……ですが」

(王でなければ、
 できないことが、
 あるのも事実)

彼女は、
自分が立っている場所を、
はっきりと理解していた。

偽王。
仮初の王。
そして――
すべてが終わった時、
真っ先に消える存在。

その覚悟が、
この夜、
静かに固まった。

物語は、
次の段階へ進む。

“本物の国王”が、
自分の立場を失ったことに、
まだ気づかないまま。
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